9話 祭司の目論見

祭司様に連れてこられたのは、神殿の地下だった。

そこには今まで見たことがないぐらいの密度で水晶が乱立しており、ここから水晶が各地に広がっていっていると説明されても納得するぐらいだった。

ここに連れて来られた理由は何となく推測できたので、つけていた首飾りを無意識のうちに握っていた。

この首飾りは先日来訪者達と化け物を倒した際に拾った首飾りで、あの日以来大事に持っていたものだ。


「私達はね、これでもあなたを高く買っていたんですよ。あなたは本当に優秀な戦士でしたからね。ですからここに連れてくるのはもう少し後かと思っていました」

「祭司様にそこまでおっしゃっていただけるとは、光栄です。俺も、親のように思っている祭司様なら、俺の希望を受け入れてくださるのではないかと思っていましたよ」

「他の希望なら良かったんですけどね……。儀式についてはいけませんよ」

「なぜですか?俺の提案した方法なら、儀式という形でなくとも水晶を存続させることができるでしょう」

「それはですね……。私達が儀式をする目的は、水晶の存続のためではないからですよ」


祭司様の答えを聞いた瞬間、ぞわりと背筋に冷たいものが走り、一歩後ずさった。

俺が物心つく前に救世主としてこの街に君臨した祭司様。その祭司様は表面は救世主だが、決して本物の救世主ではないことに薄々気付いていた。

なぜなら祭司様は、決して俺達を生かそうとは思っていないのだから。

祭司様が何をしたいのかについては分からない。俺達に強くなる水晶を与えて、救世主として祀られるほどになったにも関わらず、決して俺達の発展を望んでいないというのはどういった理屈なのだろう。


「セレン。あなたがもっと愚かだったら少しは長生きできましたのに」

「……俺に、何をしようとしてるんですか?」

「気付いているでしょう?あなたがその首飾りを拾った時点で」


この首飾りは、同じ自警団に入っていた、来訪者を神殿に連れて来た際に具合が悪くなっていた友がつけていたものだ。

祭司様にどこかに連れ出されて以来、姿を見ないと思っていた矢先にこの首飾りを持った化け物と戦った。

以前から具合が悪くなって祭司様が看病すると言った同志がいなくなることがあったため、疑問には思っていた。化け物の出現頻度と必ずしも一致するわけではないので結び付けられていたわけではなかったが、この首飾りを拾ってから確信に変わった。

祭司様は、この緋色の水晶がひしめく地下の部屋で、人間を化け物に変えていたのだ。

そして、次は俺を化け物に変えようとしている。

ああ、なぜ俺は説得できるだなんて甘い期待を抱いてしまったんだろう。この人達が俺達を虫けら同然にしか見ていないことなんて、知っていたはずなのに。

じりじりと後ろに追いやられるほど、水晶に近付くことに焦燥感を覚える。

水晶が人間に力を与える理屈は、人間の体内に存在する魔素まそというエネルギーを増幅させるかららしい。そして水晶を使い過ぎると、魔素の量が体に合わなくなり、体を変容させるんだそうな。

水晶の力は握ることで得ることができる。俺が触れなければ水晶の力を取り込みようがないのではないかと思う。が、水晶は祭司様が俺達にもたらしたものだ。触れずにどうにかする方法なんていくらでも持っているだろう。

その証拠に、1人が持っていた杖を振り上げた瞬間、俺の背後の水晶の塊がいくつか割れ、緋い光を放ち始めた。光が粒子となって竜巻のように地下室全体を回り、やがて俺の体に収束する。

鼓動が大きく早くなり、苦しくて膝をつく。いつも気を付けて水晶を使い過ぎないようにしていたから気が付かなかったが、水晶の過剰摂取はこんなに辛いものだったのか。

目の前が緋色に染まり、倒れそうな体を支えるために床についた左腕から小さな水晶が飛び出した時、遠くから最近聞き慣れ出した女の声が聞こえた。


「ちょーっと待ったあー!!」


ゴッという重い打撃音と杖が床を転がる軽い音、そして勢いで床を滑っていく祭司様が見えた時、緋い光は消え、俺の肉体の変化も止まった。


**********


祭司に連れられて向かった先は、祭壇のある部屋だった。

しかしセレンも他の祭司もいない。もしかして騙されたか?と一瞬怪しんだ瞬間、祭司が祭壇を一生懸命横に押そうとし始めた。ただ、ものすごく非力なのか何なのか、変化は見られない。


「一緒に……押せばいいですかね?」

「ご、ごめん……。兄さん達なら1人でも問題なく動かせるんだけど、僕杖より重いものほとんど持ったことなくて……」

「ま、まあ重いもの持つ機会がなかったらそうなりますよね……」


内心「お嬢様か??」と思っていたものの、あまりに申し訳なさそうだし普段出さない力を出したことで息切れをして死にそうになっていたので、八郎太も慰めになっているか分からない言葉をかけることしかできなかった。

仁沙と甲賀も祭壇に手を添え、狭くて一緒に押すのが大変になりながらも祭壇をずらすと、元々祭壇があった場所から地下への階段が見つかった。普段使うことを想定されているようで、明かりが壁面についている。

しかし、ゲームでも地下室内に人がいるのに邪魔なオブジェクトが地下室への階段を塞いでいることが多く、どうやって中から塞いだのか毎回不思議に思う。一定時間が経てば勝手に元の位置に戻るようにプログラミングでもされているのだろうか。すごい機能だ。

地下室を降りてすぐに、地下室内が眩しいほど緋い光で満たされる。雰囲気は妖しかったが、目の前が見えたのが救いだった。

走って光の発生源を調べると、緋い光が集まって空中でうねり、セレンの体に吸収されているのが見えた。光の影響か、セレンは具合が悪そうな様子で床に膝をついている。不自然なほどに汗をかき、目が緋色に染まって血が流れ出していた。

その近くに杖を振り上げている祭司がおり、それを見つけた途端仁沙が駆け出した。八郎太が引き止めようとした時にはすでに飛び上がり、左足を後頭部にぶつけて祭司を吹き飛ばしていたところだった。

やはり祭司が杖を振り上げていたことが原因だったみたいで、光も止みセレンの瞳の色も戻っていた。

セレン自身も仁沙の登場に驚いていたが、もっと予想外に思っていたのはセレンの様子をただ見ていただけの祭司のようだった。顔は見えないものの明らかにうろたえた様子を見せていたが、地下室の入り口に近いところにいた祭司を見つけて怒りの声をあげた。


「ウル……。貴様、裏切ったか!」

「兄さん、もうやめようよ!こんなことしても何にもならないじゃないか!ここの人達は僕達に危害を加えないし、僕達を信じてついて来てくれているのに!」

「貴様、人間にほだされたか?……ああそうか。貴様はあの人間の女を気に入っていたからな。だから弟を助けに来たわけか。浅はかなやつめ」


『人間にほだされた』というフレーズが気になってしょうがなかった。『この街の人達に』という表現なら分かるのだが、なぜだか『人間』というフレーズ。まるで祭司達は人間ではないかのような……。

その理由は、仁沙に吹き飛ばされて立ち上がった方の祭司を見れば分かった。あれだけ微動だにしなかったフードがめくれ顔が見えたのは、もはや隠す気もなくなったからか。

祭司の顔は、人間のものではなかった。身長も平均的な人間のもので、フードをかぶっている時のフォルムとしては人間そのものだったのだが、顔は全く人間とは異なるものだった。

ごわごわとした青緑色の皮膚にシミのように顔中に広がる黒い斑点。眉毛はなく、目は全体が黒く白い部分は存在しない。鼻は平面に穴が存在するだけで、口は大きく横に広がっている。

自分達の知っているもので例えるならば、トカゲに似ている。しかも毒を持ってそうな見た目だ。実際に目の前でセレンに毒のようなものを与えていた。

1人に隠す気がなくなったからか、仁沙達をここに連れて来た祭司に声をあげた祭司の方もフードを脱ぎ、素顔を晒す。兄弟だからか、こちらも全く同じ顔かたちで見分けがつかない。強いて言うならばこちらの方が気持ち目が垂れ目がちがぐらいか。

祭司のその姿を見て、1番驚いていたのはセレンだった。特に人間だと明言されたわけではないが、1度もフードの下を見たことがなく、人間だと信じて疑わなかったのだ。

後ろにいたウルだけは、それでも自分の姿を晒すことが怖かったのか、フードの端をぐっと握っていた。


「醜いと思ったか?我らの姿は貴様らと大きく異なるからな」

「いやそんなことは一言も……」

「貴様らはいつだってそうだ。自らと異なるものを疎み、蔑み、忌避する。我らは静かに暮らしていただけだったとしても」


昔の話をしているのだろうか。少なくとも仁沙達が見ている限り、あのフード姿の祭司を異形だと分かっている者自体この街にはいなかったように思う。まあ、そもそも仁沙達はほとんど街の人に会っていなかったから、セレン達以外の人間のことについては分かっていないが。

ただ、この街は救世主として祭司を迎え入れたのだから、どんな種族だったとしても関係なかったのではないかと八郎太は考えていた。


「我らは我らを追い出した貴様らが憎い。だから、貴様らを少しずつ苦しめて絶滅させていくことにしたのだ。水晶のために命を捧げさせて、水晶で手駒を増やして他の場所へも侵略して」


要するに、他の人間に差別されて辛かったから、手始めにこの街の人間を苦しめて全員殺したり魔物にしてから、その魔物を使って他の人間も絶滅させるという復讐計画を立てたというわけか。

仁沙も八郎太も甲賀も、小さいながらも差別をされたことはあるので差別の辛さは分かる。全く詳しく話してくれないから推測しかできないものの、恐らく自分達が人あらざる者であったことにより、普通に暮らしていただけだが人里を追われたのだろう。そこは同情できる。

しかし、だからと言って何も関係ないセレン達を復讐対象にするのはやはり間違っている。人間を恨むなとは言わないが、せめて復讐するなら自分達を追いやった者達だけだろう。


「……お前、逃げろ。男2人は出口側にいるし、お前1人ぐらいなら俺が祭司様を引き付けて逃がすこともできるだろう」

「どういうこと?」

「お前達を巻き込んでしまったのは俺の責任だ。こんなことになるとは思わなかったから、お前達の同行を許してしまった。だからせめて、最後に命がけで逃がすぐらいはしてやらないとな」


「どうせ俺は逃げられないだろうしな」と自嘲気味に笑う。確かにセレンのことは逃がすわけがないだろう。が、かと言って昨日今日会ったばかりの仁沙達を逃がしてくれるとも思えない。

それに、逃げろと言われても逃げるつもりはなかった。元々セレンを助けるつもりでここに来たのだ。八郎太と甲賀はいつの間にか握りしめていた武器をプルプルと前に向けながらも腰が引けており、今にも逃げたそうだが。


「逃げるつもりなら、最初からここに来てないわよ」


仁沙がセレンに細めの剣を渡す。ナイフよりは長さがあるものの、女が持ち運んだだけあってかなり軽めだった。レイピアよりはさすがに刀身はまだ幅があるものの、いつも使っているものよりはかなり細い。

が、武器があるのとないのとでは大違いだ。


「まあ、4対2だし、勝てるんじゃない?」

「せっかく逃がそうとしてくれていたのに、愚かな女だ。まあ……逃がすわけもないんだがな」


祭司が右足を前に出して構えた状態の仁沙を見てせせら笑うと、セレン1人の時にやったのと同じように杖を天高く掲げる。

今度は地下室中の水晶のうち半分が独りでに砕け、床に破片となって散った。

が、先程と違ったのはここから何も起きなかったことだ。杖を振り上げていた祭司はなぜか緋色の光が出ないことに眉をひそめていたし、先程と同じことになるのかと身構えていたセレンも不思議そうな顔をしていた。

一呼吸置いて今の状況の原因が分かったようで、振り上げた杖を苛立ったように叩きつけ、怒りの声をあげた。


「ウル!貴様どこまで我の邪魔をすれば……」

「兄さん達に、もう誰も殺させない……!」

「……あくまで歯向かうか。いいだろう。ならば貴様もろとも殺してやる!」


状況から推測するに、祭司のうちの1人が仁沙達に味方してくれて兄の行動を阻害してくれているのだろう。何をやっているのか良く分からないが、杖を兄2人の方に向けているから魔術でも使っているのか。

そんな弟の姿に、漫画やゲームに良く出てくる悪役のセリフを憎悪に満ちた顔で吐いた祭司が何かをやらかす前に倒してしまった方がいいだろうと仁沙が真っ先に右拳を鼻っ面に叩き込もうとした瞬間、何かを飲み込んだ祭司2人の首から下から緋い水晶が生え出た上に身長が2倍ほどになった。

一緒に串刺しにされる前に嫌な予感を感じて瞬時に後退できたのは、反射神経のおかげと言っても過言でもない。野生の勘も混ざっている可能性は非常に高いが。


「うっそだろ……。5対2の有利性なんて全く感じさせない進化っぷり……」

「いやいやいやあれ、某有名な怪獣みたいなもんだろ。人類悪ってやつ。あんなのどうやって倒せと……」

「ウチの猿姫が何とかしてくれんだろ。……多分」


八郎太と甲賀が各々自分の武器をぐっと握りしめて目の前の怪物を見据えた時、2人の期待通り仁沙と、そしてセレンが同時に攻めに入った。

仁沙はいつの間に拾ったのか水晶の欠片を握り潰した後、緋い水晶が出ていない顔面部分目掛けて右ストレートをぶつけようとし、セレンは同じ相手の胸部分を狙って刃を突き立てようとする。卑怯だとかそんな考えはなく、とにかく1個撃破の考えで攻めた。

が、強者の前ではそんなものは無意味だったようだ。仁沙の右腕も、セレンの右肩も、祭司から生えた緋い水晶が伸びて貫かれたことで動きを止められた。

更にセレンは後ろにいたもう1人の祭司によって頭を掴まれ、床に顔面が叩きつけられていた。鼻の辺りが潰れた音が脳内に響き、顔に違和感を感じた。

頼みの綱だった2人が早々に重い攻撃を受けたことで八郎太と甲賀の顔が絶望したものに変わる。特にセレンなど、顔の下半分が異常なぐらいに出た鼻血で染まっている。鼻の骨が折れたからか脳に影響が出たのか、足元がふらついており瞳もぼんやりとしている。


「やべえよこれ。無理だって。仁沙連れて逃げた方がいいんじゃ」

「いやでもどうやって逃げんだよ。仁沙は敵の目の前だし、それにセレンさんを見捨てるのもちょっと……」

「つい先日会ったばっかの他人を気にかけてらんねえだろこの状況。……そりゃあ、確かに助けられたら理想だとは思うけど」


残念ながら八郎太は仁沙ほど自分の身も顧みず他人を助ける気にはなれない。自分と家族と幼馴染ぐらいで精一杯だ。

だがそもそも、自分の身をまともに守れると考えたことすら間違いだったというのがすぐに分かった。

化け物に掴まれて投げられた仁沙が、八郎太の真左、ちょうど地下への階段に当たる場所へ飛んで行ったのだ。

頭をぶつけるのは避けられたようだが、逆立ちのような格好で階段近くでぐったりとしている。気絶まではしていないのだが、痛みに悶えてすぐに動けないのだ。


「……これ、俺達も逃げられるか怪しいぞ」

「言ってる間に逃げとけば、オレ達だけでも助かったのかもな……。もう遅いけど」


すでに片方の祭司のターゲットは八郎太と甲賀に変わっている。もう片方はセレンと戦っているが、そもそも万全の状態ですら一瞬で体力を削られたのに、負傷したまままともに戦えるわけがなかった。祭司の機嫌次第で終わる遊びに付き合わされているような様子だった。

祭司の中でも末弟は戦闘向きではなく全く脅威には感じていないようで、見向きもしない。それともお前が味方になった存在などちっぽけで、赤子の手を捻るより簡単に壊せるのだと見せつけているのか。

わざとゆっくり近づいてくる祭司と距離を取りながら、八郎太と甲賀はじりじりと部屋の真ん中の方に近付いて行く。もはや逃げられるわけがないと思っているので、なるべく油断してくれている間に戦闘態勢を整えようという魂胆だ。2人は武器こそ持ち出したものの、まだ水晶の力を取り込んでいないのだ。

祭司の方も脆弱な人間なのだから水晶の力程度与えてやろうと考えていたのか、八郎太と甲賀が水晶に近付いて行くのなどバレバレだったにも関わらず、何もアクションを起こさなかった。これが圧倒的強者の余裕というものか。

水晶の力を得て少し移動速度も攻撃の重さも変わった八郎太と甲賀が、片方の祭司に襲い掛かる。相手が1人にも関わらずこちらは2人もいるが、そもそも一昨日戦闘訓練を始めた素人にどうにかできるはずもなかった。

戦闘訓練のカリキュラムはヒト型生物もしくは獣型の怪物を想定したもので、ないよりは断然役に立っているとは思うものの、付け焼刃で習ったもので決め手どころか打撃を与えられている様子すら感じられない。

セレンや仁沙と異なりこちらは長物で戦っているため、不意に飛び出てくる緋色の鋭先えいせんを避けやすかったものの、全て避けられたわけではなく顔や腕を掠ったり、中には八郎太の脇を抉ったものもあり、泣きそうになっていた。

這うようにして起き上がった仁沙が再度参戦するものの、動きに最初ほどの精細はない。骨が折れていてもおかしくない力で階段に叩きつけられたにも関わらず、まだ飛び上がって回し蹴りを頭に見舞う体力が残っているのは感動を通り越して人間かと疑うレベルだが、それではまだ足りない。

硬い銅の脛当てをより硬い水晶のついた腕で防御し、更に同時に伸ばした細長い水晶が仁沙の蹴りをかました方の足の太ももを貫通する。戦闘でアドレナリンが大量に出ていたのか悲鳴はあげなかったものの、顔を歪め呻き声をあげていた。

うまく着地できずバランスを崩したところに、弱者をいたぶる愉悦をたたえた笑みを浮かべながら、鋭利な水晶だらけの足で仁沙の顎辺りを蹴り上げようとしていた。その瞬間に甲賀が祭司の首を狙って、八郎太が仁沙を攻撃しようとした足目掛けて武器を振るう。

残念ながらどちらの攻撃も効かず、仁沙の顔面は無数の水晶に刺され、顎辺りから口にかけて血を飛ばしながら蹴られた勢いで後ろに飛んで行った。


「仁沙!」

「女の心配をしている余裕があるんだな」


ついといつの間にか至近距離に来ていた祭司を遠ざけようと八郎太が大剣の刃を手前に引き寄せるものの、鞭のようにしなった腕が大剣に当たって吹き飛ばされる。後ろが水晶だったので、串刺しにはならなかったが背中に尖った痛みが走り、そのまま座り込んで動けなくなった。

甲賀も祭司の腹の辺りから伸びた水晶は槍で弾いたものの、肩から伸びてきた水晶4本に脇腹が傷つけられ、うずくまった。

負傷した状態で1人で祭司の相手をしていたセレンは、更に色々なところに切り傷を作り、頭からも血を出して元の面影はほとんどなくなっていた。垂れ下がった前髪から覗く瞳も濁り、生気がなくなっている。


「しょせんは愚かな人間よ。我らの手のひらの上で踊ってさえいれば、もっと楽に死ねたものを」

「こんな矮小な生き物にかどわかされるとは、貴様も愚かだな、ウル。その馬鹿さにむしろ憐れみを感じるよ」

「その頭の小ささに免じて、此度のことは錯乱として片付けておいてやろうか」

「兄者の寛大な処置に感謝するが良い」


一緒にいた人間全員を倒し、高笑いした兄を目の前にしてもなお、末弟の祭司ウルは俯いたままだった。ぐっと両手で杖を握る力を強める。

兄達はウル自身が自分達に何かする力がないことを知っていた。末弟には強い体もなければ、破壊力のある魔法を使うこともできない。

しかし、だからと言って目の前の兄に従うつもりはなかったし、これで万事休すだとも思っていなかった。ウルはウルで自身にしかない強さを持っていた。

それは、水晶の怪物と化した祭司達が意識が切れそうな仁沙やセレン達にとどめを刺そうとウルに背を向けた瞬間だった。


「……何だ?」


先に異変に気付いたのは真ん中の兄だった。周囲から薄緑色の光の粒子が浮かんできたのだ。

光は祭司達を避けるように浮かび上がり、弾ける。特に違和感も痛みもなく、ただウルの足元から発生するのみだ。

不思議な光景ではあるが取るに足らないことだとたかを括っていたのだが、その光の正体に気付いた時、ちょっとした焦りと末弟への怒りが生まれた。

薄緑の光は傷だらけの仁沙やセレン、八郎太、甲賀に少しずつ吸い込まれていき、見るも無惨な傷を少しずつ少しずつ治していったのだ。

光が治すものは傷だけではなく体力もだったようで、ぐったりと意識を失いかけていた仁沙達の意識は現世へと戻された。

一瞬で回復できるものではなかったのでまだ動くと体のあちこちが痛んだが、それでも立ち上がることは可能なレベルにはなっていた。それに長時間続くリジェネ効果のようで、立ち上がった後も更に回復していた。

血を多めに失った仁沙とセレンは立ち上がる時にめまいはしたものの、潰れた部分や肉に穴が空いた部分が徐々に修復されていくので戦う気力が戻ってきた。

なぜ死にかけだった人間達が元に戻っているのか最初は理解できず戸惑うしかなかったが、杖を強く握ったまま脱力したように座り込んだウルを見て察した。


「貴様……!せっかく迎え入れてやろうと思ったところだったのに!!」

「こんなことをして、許されると思って……ぐっ!?」


よそ見をしているところを好機と見て、甲賀が祭司の1人の耳辺りに槍を伸ばす。一瞬反応が遅れたため、槍の切っ先が祭司の皮膚を浅く抉る。

この薄緑色の光による癒し効果はウルが仁沙達に向けたものだったため、祭司の傷はそのままだった。そのことを再認識させられて忌々しげに歯ぎしりした。

それに一度瀕死状態に追い込んだにも関わらず、回復したからといってすぐまた向かってくる仁沙達の存在がまた煩わしかった。仁沙達の攻撃が祭司に大きな打撃を与えていないのと同じように、祭司も仁沙達に致命傷をつけられていないため、何度突き刺しても飛ばしてもすぐに回復して向かってくる。

祭司達が取った、意識を保ったままの水晶による怪物化だって祭司達自身の魔素を消費するものだ。時間が経つほど少しずつ魔素はなくなっていくし、ダメージを受ければその分大きく削れる。魔素をかなり失った結果なのか、意識がぼんやりとしてきた上に、体内に生えた水晶を保つ力もなくなってきた。

耐久力もなくなり、八郎太が上から振り下ろした大剣を完全に防御することができず受け止めた面から伸びていた水晶のいくつかがバキリと割れる。痛みと衝撃で目を見開き動きを止めたところでセレンが目の辺りに剣を突き刺し、両腕を使って斜め上方向に切り裂いた。

頭蓋ずがいと脳が共に切り裂かれ、前に倒れそのまま動かなくなった。


「兄者!?兄者!き、貴様らあああ!!」


兄を殺されたことと自分も殺されるという焦りで理性を失い、目の前にいた甲賀に腕を大きく振り上げて襲い掛かる。体のどこから凶器が出てくるか分からない状況よりは攻撃方向が読みやすく、斜め後ろに下がって殴りかかってくる拳を避けた後、怒号をあげたことで大きく開かれた口に槍を突き刺す。

その状態のまま仁沙のかかと落としが頭のてっぺんに喰らわせられて床に体が沈んだ。銅の脛当てをつけた状態で渾身の力で見舞った足技に耐える体力は残っていなかったのか、刺さったままだった甲賀の槍が致命傷になったのかは定かではないが、そのまま弟の方も絶命した。

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