8話 提案
もやもやしたまま眠りについたからか、夜中男女が言い争う声で目が覚めた。
なお、八郎太と甲賀は今日も今日とて、化け物は出なかったもののハードな訓練をさせられたみたいで、帰ってきた時にはもうくたくただった。ずいぶん根に持つ性質のようで、仁沙の顔を見るなり仁沙だけが帰ってしまったことをまだネチネチと責めてきた。
別に帰りたくて帰ったわけでもないし、勝手に仁沙に戦闘分野を押し付けられると期待してアテが外れたから恨みに思ってるなんて筋違いもいいところだから、イラっとして両方の顎に一発ずつパンチをくれてやった。
それで気絶するように眠ったからか、2階の自分達の下宿部屋まで声が響いていたにも関わらず、目を覚ます気配はなかった。
何を具体的に言っているのかは分からなかったので忍び足で階段を降りていくと、食事をする部屋で焦るように詰め寄るセレンの姿と、椅子に座って困ったように首を横に振るセレスの姿を見つけた。
「いつだって姉さんはそうだ!俺は嫌だって言っているのに、勝手に色々決めて……。いつだって祭司様祭司様、俺の気持ちなんて考えもしないで……」
「私はセレンに強要したことなんて一度もないわ。自警団だって、私が入るって言ったのになぜだかセレンが自分で名乗りをあげてて驚いたのよ」
「姉さんに死んで欲しくないからに決まってるだろ!……なのに姉さんはまた、自分から死にに行こうとして……」
「だって、祭司様のお役に立てる方法がそれしかないんだから、仕方ないじゃない……」
「……姉さんの分からず屋!」
「…………」
が、思わず愛想笑いを浮かべるしかなかった仁沙を見ても何も言わず、苦しそうな表情をしたまま外に出て行った。
別にこのままやけになって自殺をするとまでは思っていなかったものの、何だか気になったのでそのまま仁沙もセレンを追いかけて出て行く。
セレンは宿から少し離れた、街の入り口に比較的近い民家の近くの階段に座っていた。民家は半壊だったので誰も住んでいないと思って1人になるには最適だと思ったのか。
「……何だスパイ。お前に話すことなんて何もないぞ」
「いつになったらそのスパイ設定を取ってもらえるのか気になるんですけど……」
「いつまでもに決まっているだろう。お前達は油断したらすぐにこちらの重要な情報を持ち去って、それを武器に街を潰しに来るんだからな」
「もう大体セレスさんに聞いちゃったし、会話内容からも大体推測できるから、隠しても無駄だと思うんですけどね」
仁沙の返答に、セレンが苦い顔をして頭を抱えていた。セレスから聞いたという言葉に疑うこともしなかったのは、姉なら気にせずバラしてしまいそうだと自分でも分かっているからか。
「……絶対に思ってないとは分かってるんですけど、念のため聞かせてください。セレンさんは、セレスさんが死んでもいいって思ってるんですか?」
「思ってるわけないだろう。姉さんは俺の、唯一の家族なんだぞ。だから儀式の前に一緒にこの街から出て逃げようって言ったのに姉さんは……」
こっちがもうほとんど情報を掴んでいると分かったからか、色々ポロポロと出してくれるようになっている。というか、元々誰かに聞いて欲しくて仕方なかったようだ。情報を漏らしてはいけないとか言いつつ、ちょっとずつ吐き出していたし。
「……セレスさんが逃げてくれないなら、儀式の方をやめさせればいいんじゃないですか?」
「は!?いや、それはさすがに難しい。だって儀式がないと水晶が枯れてしまうって話だし、それに祭司様がお許しになるはずがない……」
「街から出ようと思ったぐらいなのに、今更水晶のことを気にしたり、祭司様のご機嫌伺いを続けるんですか?儀式をやめさせれば、今後誰も死ななくなるし、ってことはセレスさんが死ぬ可能性だってなくなりますよ」
「……いや、この街で住み続ける以上、水晶は絶対必要だ。この街に攻めてくる人間と化け物を撃退できなくなる」
「セレンさん、この地に定住する前は色んなところを転々としてたって言ってましたけど、それじゃダメなんですか?」
ここではなく、他の場所、例えば周囲に他の国がない山の上に移動してしまえば、攻めてくる国だってなくなるだろう。それに化け物だってさすがにそこまで追いかけてこないはずだ。
特別作物がたくさん獲れる地でもないし、海からも遠い。水晶があるという以外はこの地にしがみつく理由もないだろう。
セレンが仁沙の言葉に少し考え込んでいたが、やがて首をふるふると横に振った。
「いや、無理だ。俺達の世代ならともかく、この街にいる大体の人間は移民生活に疲れ切っていて、この生活に満足している。儀式の生贄として選ばれるまではこの生活を手放したがらないだろう。さすがに白羽の矢が立った時に、姉さんみたいに逆に喜んでいる人間はいないがな」
「えー……。それじゃあどうしようもないのかなあ」
仁沙としてはできるだけこの街の人間全員を儀式から解放する方向で進めたい。白麻が救って欲しいと言った人間が、一体誰に当たるかは分からないからだ。現時点で死にそうなのはセレスだし、困っているのはセレンだから恐らくこの2名を救えば問題ないだろうが。
「というかそもそも、何で水晶を枯れないようにするために人を殺さないといけないんですかね?血が欲しいなら1人から致死量もらうんじゃなくて、街の人全員からちょっとずつもらえばいいのに」
大量の血液を用意するシステムとして、仁沙の世界には献血というものがある。特に健康に影響がない量の血液を大量の人間から集めて、有事に備えるのだ。注射が痛いということを除けば、お礼の品ももらえるし決して悪いものではない。仁沙も献血ができる年齢になったら、アイスやチョコレートをもらえる献血の車を狙って突撃するつもりだ。
セレンの方は仁沙の発言を聞いて青天の霹靂といった顔をしていた。どうもその発想はなかったようだ。
「……確かに。別に1人の人間の血液である必要はないだろうし、それなら毎年誰も死なずに済む……」
「でしょー。できれば注射器か何かで抜けるのがベストなんですけど、新鮮な血が必要だからダメとか言われたら、皆急所を避けてさくっと切っちゃえばいいんですよ。まあ街の人全員が痛くなっちゃいますけど、誰か死んじゃうよりはマシでしょ」
「そんな名案があったとは……。恩に着る」
何気なく言った言葉だったのだが、セレンの長年の悩みを全て吹っ飛ばすぐらいのナイスアイデアだったようで、ずっと取れなかったスパイ容疑も晴れたようだ。
いや、正確には晴れていないのかもしれないが、仁沙がスパイかどうかなんてどうでも良くなるぐらいの天啓だったようで。
ずっと敵認定されていた相手から認められるというのはやっぱり誇らしいもので、仁沙は得意げに鼻を膨らませていた。
「明日祭司様にさっそく提案しに行こう。今年の儀式ももう3日後だしな」
「祭司様に提案に行く時、あたしと八郎太と甲賀も連れて行ってください!」
「……何でお前達を?お前達は儀式に関係ないんだから、連れて行く気はないが……」
「それは……著作権です!!」
「チョサクケン??」
この世界には著作権というものはないみたいで、著作権について説明するのに時間がかかった。そもそも仁沙だって、最初に絵や詩を出した人にその絵や詩をどうにかする権利があるという認識ぐらいしかなかったのだ。
ただ、仁沙の提案に気を良くしたのか、著作権についても「まあそんなものがある街もあるんだな」ぐらいの認識を持ってくれて、拒否されることはなかったのが幸いだった。
**********
「……仁沙が登場すると、毎回展開が嵐のように変わるから、温度差に全然ついて行けないんだけど」
朝起こされて速攻、「今日は神殿に行く」と言われた甲賀は、まだ覚醒しきっていない頭では状況の把握ができていなかった。
一体全体どうして、突然神殿に行くことになったのか。そりゃあ訓練も討伐もしなくていいなら嬉しいが。
「あんた達がグースカ寝てる間に、あたしが1人で人助けを頑張ってる結果よ!」
「…………?人助けでどうして神殿に行くことになるんだ?」
「……うーん、できれば神殿に行くまでにちゃんと説明したいところだけど、時間もないしあんた達まだ頭が寝てて理解してくれなさそうだし、後で隙を見つけて色々話すわ」
「っつーか、普段全然起きねえくせに、何で今日お前そんな元気なんだよ。俺も八郎太も睡眠時間足りなくてまだ眠いんだけど……」
「逆に夜中途中で起きたあたしよりも眠いのが不思議で仕方ないわ」
八郎太と甲賀の睡眠時間は約7時間、対して仁沙は途中夜中セレンと話していた分があるため6時間しか寝ていない。いつも8時間9時間寝ても寝坊することのある仁沙だが、今日はなぜだか頭が冴え渡っていた。
実は家じゃないと安心して寝れず、目が冴えてしまうタイプだったのだろうか。
朝になっても夢の世界にいるのは仁沙で、八郎太と甲賀はそんな仁沙を起こしに来るっていうのが普通なので、まだ目覚めておらず目がとろとろとしている八郎太や甲賀を見るのは何だか新鮮だった。八郎太に至っては口を開くことすらできないぐらいにまだ眠いらしい。
「おい。あんまり遅いと置いて行くぞ」
「はーい!ほら八郎太!着替えもないんだしすぐ行けるでしょ!ほら立って立って!」
「今日……学校……?」
まだ覚醒する様子のない2人を無理やり立たせて、引っ張って行くのは実に気持ちが良かった。いつも世話を焼かれている側なので、たまには優位に立ちたいと思っていたのだ。
帰ったらお母さんに話そーっと。あ、でも別世界で大冒険してましたとか言っても、信じてもらえないかなあ……。
自分達が帰った時に、もし何日か経っていたら神隠しみたいな感じでニュースになるだろうから、「神隠しに遭っていた時、実は異世界トリップして人助けしてたんです!」とその流れで言いやすいのだが、こういう時って異世界では何日も経っていても、元の世界に帰ったら数時間しか経っていなかったというパターンがほとんどだ。さすがに数時間では別世界で大冒険は難しいので話題に出しづらい。
っていうか、あたし達遺跡の未開拓の場所で異世界に飛んだのよね……。これじゃ何日も行方不明ってニュースになっても、遺跡の奥で倒れてましたって話になって終わりなんじゃ……。
宿を出て眼前に広がる不思議な水晶だらけの景色も、夜になっても大して色を変えない灰色の空についても、誰にも話せないのが残念で仕方ない。何なら当初の目的の夏休みの自由研究として書いても、ファンタジー小説を創作したと捉えられて終わりそうだ。
「そういえばセレンさん、ここからちょっと離れてもずっと空ってこんな色なんですか?」
「空……?いや、そもそも空がこんな風になったのは15年ほど前ぐらいだな。俺は覚えていないが、姉さんは灰色になる前の空を覚えているらしい。白い水蒸気の塊が空に浮かんでいるのが見える、澄んだ青空だったと聞くが……」
ここの世界は空が灰色なのがデフォルトなのかと思っていたが、そうでもないらしい。ただ、ゲームで村人が話すように、空が灰色だからと言って気にしている人はいなさそうだ。まあ、仁沙達がほとんどこの街の人と遭遇しないからそういった声が聞こえないだけで、本当は毎日青い空を恋しがっている人がいるのかもしれないが。
15年ほど前に、一体この世界には何が起こったのだろうか。
「……というか、この2人、大丈夫なのか?さすがに祭司様の前に出るのに、舟を漕いでいる状態だと困るんだが……」
「あー……いや、歩いてたらちょっと目ぇ覚めて来たんで大丈夫です。っつーか、今日何で神殿の前に来てるんだ?」
ようやくちゃんと目覚めたらしい八郎太が、なぜ訓練ではなく神殿の前にいるのか仁沙に小さい声で聞く。
「今まで毎年人1人を殺してた儀式で、人を殺さなくてもいいように街の人の血を少しずつもらう方法にしないかって祭司に提案しに行くのよ」
「!?え、この街毎年そんなおっかねえことしてたの?世紀末じゃん」
「そうそう。で、今年の儀式で殺される予定だったのがセレスさんだったから、セレンさんがすっごい悩んでたんだけど、あたしが血がいっぱい欲しいだけだったら、1人に絞らずに街の人全員からもらえばいいじゃんって言ったら、セレンさんがすっごく喜んで、今日さっそくその方法に切り替えてもらおうとしてるってわけ」
「なるほどなー。バトル漫画でも、強烈なラスボス倒すのに世界中の人から元気をもらうってのあったし、やっぱり分担は大事だよな」
別に元気を集めなくても、漫画でも仲間がいるから強くなれるという話はいくつもあるし、やはり1人でできることは限られているのだ。
「これが通ったら、誰も死ななくなるし白麻が言ってた人助けも完遂できるんじゃない?」
「ハクマ……って誰だっけ」
「ちょっと八郎太、もうボケが始まってるの?それかアルツハイマー?忘れるの早すぎない?一昨日の夜に枕元に突然「
「いや、覚える気がなさすぎて覚えてなかっただけだから。……っつーか神様って皆あんななの?もしそうなら、オレ今後の人生あんまり期待できる気がしないんだけど……」
「まー、神に仕える人間が毎年1人死者を作ってるのと比べたら全然マシじゃない?まだ人助けしてるわけだし」
「確かにそこと比べたらマシに見えるけど……。いやでも、人助けするなら自分でやれよって思うんだけど。何で顔も見たことない人間に頼むんだよ」
「それは分かるー」
別に八郎太も人を助けること自体は面倒だと思わない人間のはずなのだが、どうも知らないうちに義務化していたのが気に食わなかったようだ。神殿に入ってもまだ文句を垂れまくっている。神が住まう場所で神の悪口を言うって、天罰が下るのではなかろうか。
なお、甲賀に至っては人助けのことなんてもうとっくに忘れているようだ。というか神殿に1度来たことすらあまり覚えていないらしく、興味深く周りをキョロキョロと眺めている。もしかして深刻な痴呆症なのはこちらの方か。
「着いた。ここが祭司様の部屋の前だ。……一応言っておくが、祭司様とは俺が話すから、お前達はしゃべるなよ。ややこしくなるから」
「はーい」
口出し可能なところまでは著作権の中に含めてなかった。まあ、別にセレンが昨日の提案を祭司に話し、無事承諾してくれるところまで見れたら充分だ。
祭司の部屋に入ると、まるで来ることを察していたかのように3人の祭司が待ち構えていた。1人が掃除でもしていたのか、手に持っていた白磁器を机に置いて手を広げる。
「どうしましたか?セレン。我々が呼び出す前にあなたが自らいらっしゃるのは珍しいですね。しかも先日いらっしゃった来訪者まで連れて。もしかして彼らの故郷でも見つかったので別れの挨拶にでも来たのですか?」
「いえ、この者達は勝手について来ただけで、今回の件にはあんまり関係ないですね。……祭司様、提案したいことがございます」
「提案?何かいいことでも考えついたのですか?」
「儀式についてです」
セレンが儀式の話を持ち出した途端、祭司3人に緊張が走った雰囲気を感じた。中には戸惑うようにオロオロし出す者もいる。昨日自分から儀式の話をしていたにも関わらず、話を持ちかけられるのはダメなのか。
「……儀式について、どういった提案を?まさか姉君を差し出すのが嫌で、例えばそこの少女を代わりにするとか言い出すのですか?」
「んー??突然の参戦?」
「いや先程も申し上げました通り、こちらにいる3人は全く関係ないです。今まで儀式を行う際には1人の生き血を捧げておりましたが、今後毎年街の者全員の血を少しずつ捧げていけばいいんじゃないかと思いまして。今の人数だと全員貧血になる程度は血を出す必要があるかもしれませんが、これから街が発展して子供が生まれるにつれて、少しずつ皆を楽させられるのではないかと」
完全にセレンが考えたことにされてしまって、ちょっと言いようのない気持ちが湧いた。まあ祭司に著作権の説明を改めてするのも大変だし、後半の貧血のくだりについては完全にセレンが独自で考えたものなので許すことにする。
悪くない提案だと仁沙も思っていたし、セレンも一定量以上の生き血を水晶に与えれば問題ないという認識だったので、検討する余地ぐらいはあるのではないかと考えていた。
が、期待を見事に裏切って首を横に振られてしまった。
「……せっかくご提案いただいたのですが、その提案を受けることはできません」
「えっ……!?ど、どうしてでしょうか?」
「それについては……そうですね、ちょっとここでは説明し難いので、私達について来ていただけますか?皆さんはこちらで待っていただいてもよろしいですし、ちょっと時間がかかりそうなので先に拠点へと戻っていただいても大丈夫です。そこはお任せします」
至って自然な流れで仁沙達は対象から外されてしまった。まあ、セレンがしつこいぐらいに関係ないと主張していたからか。
それにしてもセレンは一体どこに連れて行かれるのだろうか。仁沙達もこの提案がダメだった理由を正直知りたかったのに、なぜわざわざ別の部屋に移動したのか。
そしてセレンが別の部屋に移動する際、祭司が全員ついて行かなかったのも不思議だった。仁沙達が部屋で変なことをしないように見張るためか、なぜだか1人残っている。
しかし、監視役として置いて行くならもっと強気な者を置いて行けば良かったものを。この部屋に残された祭司は、仁沙達のことをチラチラと気まずそうに見て興味を誘っては、視線を向けるとさっと目を逸らすという絶賛コミュ障っぷりを発揮していた。こんなんで監視役など務まるのだろうか。
「……オレ達、先帰るか?別にセレンさんも待ってて欲しいとか言ってなかったし」
「そうだなあ。ここにいても遊べるもんの1個もねえし」
監視役の祭司がいなければ常にポケットに忍ばせている携帯でも弄って遊んだのだが。遊ぶものがなくて暇だとつい出してしまいそうになるが、うかつに異世界人の前で出して取り上げられても困る。
ちなみに昨日寝てる間にバッテリーで充電して現在電源を落としているので、甲賀の携帯は今問題なく動く。ソシャゲだって問題なく遊べちゃうが、そもそもこの世界に電波は飛んでいるのだろうか。
宿屋に帰ってセレンが帰って来るまで束の間の自由を満喫しておいた方が得策か、と全員一致で帰ろうと祭司に声をかけようとした時、今までずっともじもじしてばかりで何も話さなかった祭司が先に口を開いた。
「あの……今帰ろうとしてたところかな……?」
「え?あ、はい。ここにいても特にすることもないし、宿に帰ってセレンさんの帰りを待とうかと……」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくれないかな……」
どもり過ぎだ。こんな子供3人に何をビビることがあるのだろう。普段話すのは2人に任せていて、自分は引きこもりも同然の生活でもしているのか。
何か用事があるのかと立ち止まったものの、引き留めておいて祭司は「あー」とか「うー」とかうめき声をあげながら逡巡していた。言いたいことがあるが言っていいのか悩んでいる様子だ。
八郎太が改めて声をかけようとした時、祭司は意を決したようにキリっと3人の方を向いた。ほぼ顔を上げているにも関わらず、相変わらずフードで顔が隠れているのでどれだけ優秀なフードなんだろうと甲賀は感心していた。
「君達に、ついて来て欲しいところがあるんだ。さっきセレンが連れて行かれたところなんだけどね」
「セレンさんが行った場所ですか?でも、オレ達がついて行っていいんですか?」
「本当は来ない方がいいし連れて行かない方がいいんだけど、ついて来て欲しい」
来ない方がいいということは危険な場所だったりしきたりで禁止されていたりする場所だったりするのだろうか。正直八郎太や甲賀としては行きたくはない。
仁沙だけが、頼まれた上にただ事ではないなら行く必要があるという気持ちでやる気満々だった。
「もちろん行きますよ。どんな話がしているのか気になってましたし」
「ありがとう。僕1人じゃあ兄さん達を止められる気がしなかったから助かるよ」
「俺達に何かできるか謎ですけどね……。ここに来たばっかりで右も左もまだ良く分かってない子供ですし」
「できるよ。君達が、セレンと一緒に訓練してるのを見たから、分かる」
「……なおさらできるかどうか不安なんですけどね」
甲賀としてはあの訓練で強くなれたかどうかも良く分からない。単純にセレンから色々指摘を受けまくりながら槍を振っていただけだ。新しい発見と言えば槍を上から振り下ろすだけでも重みで相手にダメージを与えることができるということぐらいだ。しかも槍と言えばやっぱり刺すもののイメージが強いので、振り下ろすよりは刺すことの方が多くて新知識を活用できていないし。
八郎太の方がまだ訓練を受ける前よりも受けた後の方が動きにキレが出ていた気がする。その学習能力の高さを分けて欲しいぐらいだ。
「兄さん達を止めるって、その兄さん達は何をしようとしてるんですか?」
一体自分達は何を止めさせられようとしているのか非常に気になっている八郎太が、祭司に尋ねる。答え次第では逃げたいぐらいだ。
というかそもそも、内容を聞かずに即承諾するのは仁沙の悪いところだと八郎太は思っている。極端な例だがトラックに今すぐ轢かれて欲しいとかだったらどうするんだ。
「兄さん達は、僕達のやっていることを疑問視し続けていたセレンを、処分しようとしているんだ。今までは何も言わなかったしこちらが与えた役割通りに動いてくれていたから生かしておいたけど、こちらの思惑通りに動かなくなったならいらないからね」
さらりと言われて仁沙も八郎太も甲賀も驚くしかなかった。
今までは自警団に甘んじてくれて、儀式についても悩みながらも何も言わなかったから認めていたが、儀式について新しい形を提案したから不要だと判断して殺そうとしているのか。
そんなの、儀式で人を殺すことが祭司達の望みみたいな言い方じゃないか。
ただ、それについても気になったのだが、甲賀はそれよりも気になったことが1つあった。
「……聞きたいんですけど、あなたも祭司ですよね。どうして、あなたはセレンさんを殺そうとしている兄弟を止めたいって思ってるんですか?」
兄弟の中で唯一、自分達がやっていることに反対していたのだろうか。
が、祭司がくれた返答は予想とは違うものだった。
「セレンは、セレスの弟だから」
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