第8話 『決める』

 トイレに行くと言ったけれど、わたしは廊下の曲がり角で立ち止まった。

 みんなびっくりしただろうな。

 わたしはこういう――『分岐点』が苦手だ。

 探偵部に入ると決めたときみたいに、すぐに決まるのなら問題はない。

 だけど一度深く悩み始めると、答えが出てくるまですごく時間がかかってしまうのだ。

 まわりのひとは「間違いでもいいから話してごらん」と言ってくれるけれど、頭が真っ白になるから喋るどころではない。

 そういうときは、お母さんから「お守り」として貰ったペンジュラムを使う。


 壁に寄りかかり、息を整える。

 そしてピンクの石を指からぶら下げて揺れなくなるまでじっとする。


「……依頼に、ついていく?」


 右に大きく揺れたら「はい」、左に大きく揺れたら「いいえ」。

 しばらく見つめているとぶらぶらと石が揺れ始めた。

 やがて――右に大きく動き始める。

 「はい」だ。


「よし――」


 ついていく!

 そもそも『探偵ライセンス』を持っている天坂先輩が中心になるだろうし、金剛先生も付いてくるだろう。わたしの出番なんて全くないはずだ。緊張することはない。たぶん。

 ペンジュラムをしまおうとしていると、横から「花咲さん?」と声がしたのでわたしはびっくりして落としてしまった。

 それを拾い上げて、声をかけて来た人物――天坂先輩はまじまじと観察していた。


「これ、ペンジュラム?」

「あ、はい……」


 学業に必要ないものは持ってきてはいけないという校則に違反しているけど、見逃してくれないだろうか。

 どきどきしながら様子を伺っていると天坂先輩はすぐに返してくれた。


「僕も同じものをもっているよ。石の種類は違うけど」

「そうなんですか?」


 持っている人は今までお母さん以外見たことがなかった。

 天坂先輩も悩んでペンジュラムで決めごとするときがあるのかな。


「それは自分で買ったの?」

「お母さんからもらいました」

「ムラサキさんから……」


 彼は一瞬難しい顔をしたあとに、すぐころりと笑顔になる。


「考えの邪魔をしたならごめんね。きっと本当はトイレではなくて、ひとりで冷静になりたいんだろうなって思ったんだ」


 まさにその通りだったので、わたしは恥ずかしくなってうつむく。


「ちょっと怖いなって思ってしまって……」

「怪盗ソレイユと会うかもしれないことが?」

「はい……」


 怪盗ソレイユは危害を与えてこないことでも有名だ。

 彼の入った犯行現場で大怪我をしたり死人が出たということはまったく無い。

 それに自分から捕まえに行こうとしなければ、攻撃されることもないはずだ。

 だから怖がることなんてちっともないはずなのに。


「怪盗ソレイユが目の前で宝石を盗んでいっても、何もできなかったらどうしようって……。ただ見ていることしかできないのが怖いんです」

「たいていの人はそうだと思うけど」

「ですけど!」

「うん、花咲さんの言うことは分かるよ」


 天坂先輩は少し背をかがめて私と同じ視線の高さになる。


「僕も正直怖い。ライセンスを持っている以上、成果は求められるからさ。依頼が来たと聞いたときも実は怖かった」


 涼しい顔をしていたから、そう思っていたのは意外だった。


「でも部長もいるしトオルもいる。短い付き合いではあるけど、僕はあの二人を仲間として信用しているんだ」

「……」

「頼れる相手がいるから、僕も受けようと思っている。花咲さんは昨日来たばっかりで不安な気持ちがあるだろうけど――僕としては、花咲さんにも来てほしい」

「わたしが……?」

「きみの洞察力や、冷静に物事を見る力がほしい。椎名さんのように元気なムードもね」


 真剣なまなざしだった。顔も近いことに気付いて顔が赤くなる。

 わたしは答えようとする。のどがカラカラで、かすれた声になってしまった。


「わたしも、行こうって決めていました」

「そうだったんだ。ありがとう」


 にこりと天坂先輩は笑った。


「部室に戻ろうか。僕もこっそりと出て来てしまったから」

「こっそりとですか!?」


 あんな少人数だからバレてると思う……。

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愛火学園探偵部~盗まれなかった⁉宝石のなぞ~ 青柴織部 @aoshiba01

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