第7話 『選べない!』
「それで部長。いったいどんな依頼が来たんですか?」
「ふふふ」
もったいぶったようにホワイトボードの傍まで行き、がしがしと文字を消していく。
それ、消してもいいんだ……。
そしてマーカーペンを滑らせ、ひとつの単語を書いた。それは――
「【怪盗ソレイユ】が宝石を盗むと予告状を出してきたの!」
同時になにか物が落ちる音がしてそちらを向くと、天坂先輩が本を拾い上げている最中だった。なんだかとてもしかめっ面だけれど、どうしたのだろう。
藤宮先輩は頭の後ろで手を組んでつまらなそうな顔をしている。
「あれ!? 思ったより反応が薄い気がするんだけど!?」
「……いや〜、天下の大怪盗相手に学生が敵うわけないですって部長」
「トオルくんはすぐ諦めるんだから! もしかしたらってこともあるかもしれないじゃない」
「俺としては学生相手に捕まってほしくないな、怪盗ソレイユ……」
【怪盗ソレイユ】。もう何十年も世界を相手にし、未だ捕まっていないスゴ腕の大怪盗だ。
狙ったものは必ず盗み、しかし誰もその正体を知らず、本当の顔を見たことがなく、声も自在に操れるという。
探偵たちのあいだでは何としてでも捕まえたい相手であり、お母さんも長年にわたり追いかけているが、あと一歩というところで取り逃がした時はすごく悔しがっていた。
「どうして、この部に依頼が来たんですか」
苦いものを口に入れたような表情で天坂先輩は質問する。
「怪盗ソレイユの絡む事件に関わりたい探偵はたくさんいるでしょう。捕まえれば英雄ですし、知名度だって上がります。我こそはと名乗り出る人はいなかったんですか?」
「これ、秘密の依頼なんだって」
秘密の依頼を仮入部のわたしの前で言ってしまっていいのだろうか。言いふらすことはしないけれど。
「金剛先生が直接――」
「みんな揃っているかー?」
夏織部長の声に被さるように部室へ男性が入って来た。
がっちりとした背丈の人だ。見覚えがある。
金剛豊先生。入学式の日、中等部の生活指導担当で、化学を教えていると紹介されていた。
「えーん、ノバラー」
大きな体のかげからこはくちゃんが現われた。
ぐったりとした様子の彼女はわたしのところに駆け寄るとそのままぎゅうと抱き付いてくる。
「やっと解放されたよー、疲れたー! 先輩たちにもみくちゃにされているところを金剛先生に助けてもらったの」
「そうだったんだ……。部活は、どこに入るかは決めたの?」
「ううん、学校外で新体操してるって言ったじゃん? だから運動部は入れませんって断ったんだけどあんまりにもお願いされるから助っ人としてならいいですよって答えた」
もしかしてこはくちゃん、スポーツ分野だと有名な子なのだろうか? 後で聞いてみよう。
「ああ、きみが噂の新入生か。オレは金剛豊、この部活の顧問をしている」
「は、花咲ノバラです」
「よろしく。石墨、どこまで話した?」
「怪盗ソレイユから予告状が届いたってところまでしか話してないです」
「分かった」
「怪盗ソレイユ!?」
遅れて部室に来たために事情がよく分かっていないこはくちゃんへ一から説明する。
話を理解すると「あの怪盗ソレイユが……」と呟いていた。なにか盗むたびに話題になるのでけっこうな有名人なのだ。
「金剛先生、深月くんは当然として私とトオルくんもついていくとは思いますが――この子たちも一緒で構わないですか?」
「本当は部員それぞれがどういう人柄なのかを分かったうえで事件に臨んだほうがいいんだが……これもひとつの経験だな」
「えっ、いいんですか?」
すっとんきょうな声を出してしまった。
この学校のルールとして、仮入部期間は二週間ある。
それが終わったら本登録して晴れて部員となることができるのだ。ゆっくり選んでほしいというのが狙いらしい。
なので、怪盗ソレイユが現われる日によってはまだわたしもこはくちゃんも仮入部の可能性がある。
「『探偵ライセンス』持ちも、ひとりで行動しているわけではないんだ。助手や弟子と動いている探偵も多くいる。とくに天坂は知識こそあるが経験はまったくない。『目』はたくさんあったほうがいいだろう」
そうですね、と天坂先輩は同意した。
確かに、ひとりで物事を考えるよりもみんなで考えたほうがいいだろうけど……。
「依頼人さんになにか言われませんか……?」
「それは大人のオレが何とかする問題だよ。大丈夫だ、探偵部が不自由なく動けるようにはできるから」
「金剛先生の言う通りだよ。なにかあっても部長の私が守るし、どうかな」
「はいっ! 行きたいです!」
元気よくこはくちゃんが手を挙げた。
わたしは、ポケットの中のペンデュラムを握る。
ど、どうしよう。行く? 行かない?
行ってみたい。
けれど、怪盗ソレイユにもし会ってしまったらと思うと怖い。
選べない!
「えっと……」
みんなの視線がわたしに集まっている。
ぶわりと汗が出て来た。
「……あのっ! ちょっとトイレ行ってきます!」
返事を待たず、わたしは部室を飛び出したのだった。
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