生きる

 ドレイの正体は、金森の先祖に当たる霊媒師だという。返り血と汗まみれの全身を洗うために風呂を借りている最中、扉越しに金森から聞いた話である。

「昔はちゃんとした霊媒師で、悪霊とか怪異の退治をしていた人だったらしいんだけど、当時本家の霊能者以上に優秀だったせいで増長して、それもあって恨みを買うことが多かったらしいの。それで金森とは違う家の呪術師に呪いをかけられて、死にはしなかったけどになっちゃったから、当時の金森家は彼に『守り神』として役割を与えることで、他人に服従を求める代わりに家を守って財を生み出してくれるもの、として制御していたんだけど、それも難しくなったから、元々土地に封じていた怪異みたいに、金森の家で封じ込めることにしたんだって。書斎の記録には、そう書いてあった」

「……結局、あれは人間だったのか?」

「信じられないけどね、記録を見る限り何百年も前の人だし。でも黒咲さんが殺せた以上、幽霊だったわけではないと思う」

 幽霊や怪異が当然存在するものとして語られるのは不思議な感覚だが、あの異様な屋敷を彷徨った後では、実在を否定する材料はどこにもない。

「……黒咲さん」

「なに」

「本当にごめんなさい。私、自分が助かる為に、貴方を……」

「もう良いよ、どうでもいい。悪いのは全部あの化物、それが一番分かりやすい」

 これは本心だった。極限まで追い詰められた人間の判断に責任を求めるのは無駄だ。それに──。

「もう『声』も聞こえないしね」

「え?」

「こっちの話。それより、私そろそろ上がるから出てって」

「あ、うん、じゃあさっきの和室に戻ってるから」

「分かった」

 金森が脱衣所から出ていったのを足音で判断し、風呂場の扉を開ける。返り血で汚れた私の服は、金森の母親が洗ってくれている。代わりに用意された金森のものと思わしき服に着替えながら、私は自分に聞こえていた『声』について考え始めた。

 ドレイを殺し、人を殺してみたいという興味が失せたからなのか、無防備な金森を見てもあの声が聞こえてくることはなかった。ほかの人間に対しても同じく反応しないのかはまだ確かめられていないが、少なくとも、金森の母親と顔を合わせてもあの声は聞こえてこなかった。

 もしこのまま消えてくれるなら、私としては喜ばしいことだ。あの声が聞こえるせいで、私は人並みの生き方を制限されていたのだから。

「あ、おかえりなさい」

 和室に戻ると、金森はドレイの死体があった場所を掃除しているところだった。死体そのものは庭に放り出されており、身長が高すぎることもあって、よく出来た人形にも見えてくる。

「で、どうするの」

 私が問いかけると、金森は掃除の手を休めずに答えた。

「死体は夜になったら私有地へ埋めに行く予定。人目につくと困るし、もし見つかって黒咲さんに迷惑がかかっても良くないから」

「いや、死体の処理について聞いてるわけじゃなくて」

「……? じゃあ、なんのこと?」

「テスト勉強。まだ全部終わってないでしょ。それとも私を呼び出す為の口実で、本当はもう完璧に終わらせてあるの?」

 私が質問すると、金森はきょとんとした目でこちらを見たあと、何故か泣きそうな震えた声で聞き返してきた。

「まだ、手伝ってくれるの? 私、あんなことしたのに?」

「だからそれはもう良いって言ったでしょ。ただし、1つ約束してもらうけど」

「約束……?」

「友達になって。私、知っての通り友達居ないから。良いでしょ、アンタは既に友達多いんだから。それとも、殺人経験者の友達は嫌?」

 あの声が私の殺人衝動だとしたら、もうあの声を私が聞くことはないだろう。ならばこれまで避けていたこと──他人との関わりを増やしていくことも出来るはずだ。まずはそのファーストステップ、既に大きな秘密を共有した金森なら、1人目として悪くない。

「嫌じゃない。黒咲さんは、悪い人じゃないと思うから」

「じゃあ改めて、これからよろしく」

 ぎこちない握手。金森の手は温かかった。冷たいナイフとも、生温かい返り血とも違う、ほっとする優しい温かさだ。

「今夜、一緒に死体、埋めに行く?」

「悪いけど、それは嫌だ」

 このとき私は、初めて「友達」と笑い合うという経験をした。それは、人を殺したあの瞬間よりも、よっぽど楽しいことだった。

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黒咲深白の異能 桜居春香 @HarukaKJSH

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