ムウ帝国皇帝とオレ

稲荷田康史

ムウ帝国皇帝とオレ

 ある日突然、ムウ帝国皇帝がオレの部屋にやってきた。

 オレがムウ帝国皇帝だと思っているあの格好だ。

「お前は乙姫とやらにたぶらかされて街の掃除という善行を積んだそうだが、人が好い事をするなどという話は読んでいても全然面白くないのじゃ」入ってくるなり彼女はそう言った。

 オレは慌てて言った。「時間が止まっているのに、なぜ動けるんだ!」

「ムウ帝国の科学力をもってすればそんなものは何でもないのじゃ」彼女は言った。「なぜ街を破壊せんのじゃ。世界征服の絶好の機会だとは思わんのか」

「別に思いませんけど」オレは言った。

 ムウ帝国皇帝は言った。「不甲斐ないのお。不甲斐ないお前はマンダの生け贄じゃ」

「えっ、あれっ、マンダってどこにいるんですか?」

「うむ、おらぬか、おらぬのか、そうか、持ち運びできるしろものではないからな。それではお前に機会を与えよう。余の試験に合格すれば命は助けてやるぞ」

「前の誰かみたいだなあ」

「何か言うたか」

「いえいえ、何も言ってません」

「お前は気に食わんものはないのか。気に食わんものを破壊すればいいではないか。絶好の機会だぞ」

「破壊すればいいというものでもないでしょう」

「ええい、しゃらくさい、言うてみい、余が破壊してくれる」

「取り返しがつかないじゃないですか」

「人生なんて取り返しはつかないのじゃ。不甲斐ないのお」

 オレはムウ帝国皇帝が憤る様を呆れて見ていた。どうにも収まらないらしいので、当たり障りのないことを言ってみた。

「蚊が嫌いです」

「蚊? 蚊か、お安いご用じゃ。ほれ」

 ムウ帝国皇帝は、手に持っていたしゃくを振った。従者が光線銃を発射した。

 音と光がした。

 オレの周りに蚊の死骸がぱらぱら落ちてきた。

「ああ……」

 オレはおののいた。これはかなりまずい。危険だ。

「次は何じゃ、言うてみい」

「カラスが……、カラスが迷惑だったんです」

「そうか」ムウ帝国皇帝は笏を振った。従者の光線銃。

 音と光がして、オレの周りは焼き鳥だらけになった。

「ああ……」

 オレは立ったまま腰を抜かした状態になっていた。

「次は何じゃ。言うてみい」ムウ帝国皇帝は何も気にしていない。

「うーん」オレは考え込んだ。これ以上は必ず被害が出る。

 ムウ帝国皇帝は言った。

「何をためらっておるのじゃ。しょせんこれは小説世界じゃ。好きに破壊すればよいではないか」

「あっ、それを言っちゃ」

「何も構うことはない。好きにやるのじゃ」

 ──そうかもしれない──オレは段々その気になってきた。

「政治が気に食わなかったんです」オレは言った。

「そうか。ならばやることはひとつじゃの。国会議事堂を破壊するのじゃ。いくぞ」

 ムウ帝国皇帝は先に行ってしまった。

 慌ててオレはあとを追った。

 ムウ帝国皇帝はオレを待っていたようだ。

 オレが一団の輪に加わるとムウ帝国皇帝は言った。

「我々はテレポートする。集団テレポートじゃ。それ」

 オレを含めたムウ帝国の一団はテレポートし、国会議事堂の前に着いた。

「遠慮はいらん、存分に破壊するがよい」

「えーっと、何をどうすればよいのか……」オレがとまどっているとムウ帝国皇帝が「こうするのじゃ」と言って笏を振った。従者が光線銃を発射する。

 音と光がしたかと思うと、国会議事堂は粉みじんになった。あとにはがれきの山だけが残った。

「はっはっはっ、粉みじんじゃ」ムウ帝国皇帝は愉快そうに笑った。

「次は何じゃ、言うてみい」

「テレビ局が気に食わなかったんです」

「テレビ局か、お安いご用じゃ」ムウ帝国皇帝は笏を振った。

 光線銃の音と光。

 その某テレビ局も粉みじんになった。辺りはがれきの山となった。

「次は何じゃ」

 オレは調子に乗ってきた。「出版社が気に食わなかったんです」

「分かった」ムウ帝国皇帝は笏を振った。

 音と光。

 その某出版社も粉々になった。がれきの山。

「最初からこの調子で街を破壊すればいいのじゃ」ムウ帝国皇帝が言った。

 その時、突然どこからか海底軍艦が現れた。

 海底軍艦の方から声がした。「君たちは虚構法に反している。今から処置を行う。超虚構砲発射」海底軍艦のドリルの先から光が放たれた。と、あっという間に破壊されたものが元通りになった。

「神宮司の奴め」ムウ帝国皇帝が言った。「引き上げじゃ」ムウ帝国皇帝と従者は消えてしまった。海底軍艦も消えてしまった。

 ひとり取り残されたオレは言った。「メタ・フィクションってこんなだっけ」


                  (了)


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ムウ帝国皇帝とオレ 稲荷田康史 @y-i-2018

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