(母親視点①)
※胸糞展開にご注意ください。
――ありさは私の子供じゃない。旦那の連れ子だ。
私は結婚するまで彼女のことを知らなかった。
急にお前の子供になるんだ、と言われて。しかも障害者手帳渡されて。
ただ彼と幸せになりたかっただけだったのに。
旦那はありさが嫌いだった。
いつも彼女にキツく当たって、怒鳴って。最後には面倒くさくなって家を出る。
私もどう接すればいいか分からないし、親に相談すると「離婚しろ」としか言われない。
私もそう思う。離婚したい。でも彼のことは、ちょっと幻滅したけど、離れたくはなかった。
私の実家は田舎にある。
何をするにしてもご近所さんの目があって、すぐに噂になるし、親にも筒抜けだ。
そういう関係が煩わしいから上京して、頑張って働いて、でもブラック企業でサービス残業ばかりさせられて。
身も心もボロボロだったとき、今の旦那と知り合った。
酒場で飲み潰れていた私を介抱してくれて、ホテル行ってセックスして。
たまに会っては関係を持った。
最初はただ欲求だけ解消出来るだけで良かった。でも体も言葉も重ねていけば、情も比例して湧いてくる。
好きになっちゃったと言ったとき、きっと彼は離れるだろうと思った。
まさか「俺も」と返されるとは思わず、嬉しくなって舞い上がって――――バカみたい。
彼はきっと、ずっとこの荷物(ありさ)を押しつけられる相手を探していただけだった。
私は突然出来た娘に戸惑いつつも、それでもなんとか交流を持とうとしていた。
血は繋がってないけれど、それでも私の子供だ。
「そんな欠陥品押しつけられて、可哀想に」
電話で相談した母からの言葉だった。
欠陥品? と疑問を感じていると、母は矢継ぎ早に愚痴る。
「障害持ってるなんて、あんたの前の奥さんも障害者だったんかねぇ。遺伝するって言うし。旦那の方もそれを秘密にするなんて……。まぁ、障害者なんてみっともないし恥ずかしいのも分かるけどねぇ」
みっともない?
恥ずかしい?
「そ、そうかな。でも、可愛いよ?」
「小学生にもなって夜泣きもまだするんだろ? おねしょも」
「でも、」
小学生でも、する子はいるし。
「普通じゃないんだよ! そういう子供は! 遺伝子が元からおかしいんだから、まともじゃない!……あんた、血も繋がってない子供、一生面倒みるんかい?」
「え、」
「だってまともに生活出来ないでしょ。まともな職にも就けないし」
……確かに、前にテレビとかで、障害者に関するドラマを観た。
母親はいつも泣いて病んでいて、最後は障害者の子供と心中してたっけ。
でもテレビ番組っていうのは誇張するものだし。私には旦那がいるし、ありさも重度な障害というわけでもない。
「はぁ……。旦那さん、ろくに帰宅もままならないんだろ?」
「そ、それは………」
「あんたに押しつけて、別れるつもりなんじゃないんかい?」
「そっ、」そんなことない、とは言い返せなかった。
「離婚して、こっち戻ってきなさい。お母さん、結婚相手見繕っておくから」
「嫌よ! そんな時代遅れなことしないで!」
「――とにかく、離婚なさい。いいわね」
一方的に切れた電話。
ありさは軽度の発達障害。
調べた限りでは一生側で面倒を見る必要はないはずだ。……でも、そうなのかな。
「彼と話してみよう」
ありさは彼の子供だし、これは家族の問題でもある。
一緒に抱えるべき問題で、これからどうするべきか。どこに協力も求めるべきか考えて―――「……また夜泣きだわ」
家中震わせるような、激しい鳴き声。耳を塞ぎたくなる。うるさい。
ご近所さんかも苦情が来てるし、このことも相談しよう。
旦那は、「お前の仕事だろ」と冷たく突き放した。
「え……?」
「子育ては女の仕事だろ。俺は疲れてんの。つーか、うるせえなぁ。まだアイツ泣いてんじゃねーか。夜泣きも治ってねぇの?」
「そ、そうなの! 夜泣き酷くて……。念のため病院で診てもらったんだけど、お医者さんが旦那さんと協力して―――」
「はあ!? 病院行った!?――まじかよ、信じらんねぇ……」
「え、でも、何かあったら、」
「子供が泣いて気を引こうとしてるだけだろ! お前が側にいてあやせば、泣き止むだろうが!」
「でも、」
「でもでも言い訳すんな! ありさはバカなんだよ。知能遅れてっから。それだけなの。――だから、いちいち病院なんて行くんじゃねーぞ! 恥ずかしい……」
「ぁ、」
久しぶりに帰宅したと思った彼は、話は済んだとばかりに再び家を出てしまった。
……確かに病院に行ったのは、結果的に大袈裟だったのかもしれないけど。
「恥ずか、しい……ことなんだ」
母も、旦那も、口を揃えてそう言った。
ありさの存在は恥ずかしいから、だから普通の子供みたいに扱うことはおかしいのだと。
言われてみれば、だんだん自分のしたことが恥ずかしく思えた。
“とくいなこと” くたくたのろく @kutakutano6
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