“とくいなこと”
くたくたのろく
「とくいなこと」
きのう、せんせいが“しゅくだい”で、「とくいなこと」をかくように言いました。
わたしはたくさん、かんがえました。
わたしはバカなので、たくさんかんがえたよ。
お母さんが、いつもわたしはバカだから、わるい子だって言います。
わるい子にならないように、がんばってべんきょうしてるけど、バカだからむずかしい……
お母さんはわたしをたたくよ。
でもそれは、わたしがわるい子だからです。
でも、せんせい。そうだ!
わたし、おもいついた!
わたし、「とくいなこと」あったよ。
たたかれても、なくの、がまんできるんだ!
なくのは、わるい子だってお母さん言ってた。
なかないと、お母さんエライってわらうんだよ!
だから、なかないように、おくちをぎゅっとするの。
ほっぺたにチカラいれて、めをとじるの。
そうするとね、なかないんだよ?
すごいでしょ。
いたいのはね、がまんできるんだよ?
お母さんがゴミをすてないとって言ってます。
わたしもおてつだいするんだ。
ふくろに入るだけでいいんだって!
バカでもかんたんだから、できるねってお母さんわらってた!
できますって言ったら、お母さんまたわらったんだよ!
こんどは、しゃべっちゃダメなんだって。
お山に行くから、しゃべるとオバケでるからだって。
なくのはがまんできるけど、しゃべるのもがまんできるかなぁ。
でもわたし、がんばります!
せんせい。
これがわたしの「とくいなこと」です。
4ねん1くみ ありさ
*** ***
昨日、学級委員が回収した作文を確認していると、クラスに一人いた軽度の発達障害の生徒の作文が目に入る。
一生懸命書かれたそれは、小学4年生とは思えないほど拙く、だけど必死に伝えようとしていた。
少女の――SOSを。
「ごめん……っ、ごめんね、ありさちゃん………っ!」
あまり学校に登校しない子だった。
クラスにも馴染めず、何度か電話して親御さんと話したが、障害への偏見が強い両親であることは分かってた。
でも体に痣は見られなかったし、本人と話しても「だいじょうぶ」しか言わない。
心配はしていた。気にもかけていた。
だけど他の教諭と相談するだけで、それ以上のアプローチもしなかった。
先刻、校長と教頭に呼び出され、警察から連絡があったと聞かされて。
学校の裏にある山で、ありさちゃんの死体が埋まっていたと言われた。
それで思い出したのが作文だった。
テストの作成や授業でやることのまとめに忙しくしていたせいで、読むのを後回しにしていたのだ。
――「皆さん、今日の宿題は作文です。“得意なこと”について書いてください。家族や友達に聞いてもいいですよ? 先生でもオッケーです!」
ただ、昨日久しぶりに登校したありさちゃんが、クラスの子や自分に話しかけやすいように出した宿題だった。
こういう宿題は下手するとモンスターペアレントたちから苦情が来たりもするのだが。
知能遅れといっても、ありさちゃんは文字を書くのが苦手なだけで、しゃべるのは同年代とそう変わらない。
クラスメイトたちもありさちゃんとどう接していいか戸惑っているだけで、イジメもなかった。
だからキッカケをつくりたかっただけだった。
“得意なこと”を聞いてきたら、言いたいことはたくさんあった。
ありさちゃんは歌が上手だとか、足し算引き算が早いとか。いつもクラスメイトたちに気遣ってることとか、動物が好きで図鑑の種類をいっぱい言えるとか。
「先生、仕方ないことですよ。あまり気に病まずに……」
作文を見つめたまま動かない私を気にかけ、励まそうとする同僚の声。
キンコンカンコンとチャイムを鳴らすアナウンス。
お前が殺したんだろ、と何も知らないモンスターペアレントからの電話の着信。
全部がうるさくて、煩わしくて。
――なかないように、おくちをぎゅっとするの。
――ほっぺたにチカラいれて、めをとじるの。
――そうするとね、なかないんだよ?
ああ、本当だね。ありさちゃん。すごいね。
先生、知らなかったな。
でも痛いね。
心が痛いね。
ありさちゃんは、こんなこと我慢しなくて良かったのに。
得意にならなくて良かったのに。
先生、そんなことも教えられなかったね。
ごめんね。
助けられなくてごめんね。
今から作文を警察に渡すよ。
悪いことをした、ありさちゃんのお父さんとお母さんを捕まえてもらうために。
先生、きっと学校辞めるだろうけど。
でも先生はいつまでも、ありさちゃんの先生だよ。
先生もずっと、ありさちゃんのこと、忘れない。
先生の“得意なこと”はね、忘れないことだから。
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