解答編

   4


 地下――宮藤が囚われた鉄格子の前に全員が集まっていた。相変わらず宮藤は向こう側でぐるぐる巻きの状態で座っている。

「彼は何を……?」「えーでもなあ」「反論なんてできないと思うけどね。彼が何をやりたいのか私にはわからないね」「自分語りでも始めるのかな。ほら、追い詰められた犯人がやるやつ」「森さん……」

「すみません。黙って宮藤の話を聞いてください」

 一同は黙り、その代わりのように宮藤の笑い声が地下に響いた。ぼくの調子のよさに対してだろう。

「まあすぐには信じられないというのも仕方がない話です。まず話をきいてもらうために、僕が犯人ではないことの説明をします。冷静な判断を期待しています。一応言っておくと、僕は犯人ではないですよ。僕を幽閉して安心することは、真犯人を野放しにするということです。一人殺した真犯人は、いつ二人目に手を出すかわかりません。僕はあなたがたを心配しているのです」

 宮藤は丁寧な言葉づかいで、真摯に語りかけた。ぼくは普段の宮藤を知っているせいか若干のうさんくささを感じたが、他のみんなは少しだけ見る目が変わったように思えた。ひとまず耳を傾ける気になったようだ。

「――さあ、サンプリングの時間だぜ」

 その態度の変化に満足したように、宮藤が小さくつぶやいたのをぼくは聞き逃さなかった。

「最初におさらいをしておきます。土砂崩れがあったため外部犯ではなく、死体の爪の状況から他殺である。ここまでは大丈夫でしょう。そこに付け加えられるのがこのピンです」

 宮藤は『眠』という字を象ったピンバッジのようなものを見せた。

「娯楽室に落ちていたこのピンを森くんが発見したことで、すべてが繋がりました」

「ああ、さっき質問されましたね。犯人のピンではなかったようですが……」

「いいえ、僕はこのピンは犯人のものだと思っています。文字の隙間をよく見てください。小さなビーズのようなものが挟まっています。森くんに確認してもらいましたが、もう一度訊ねます。これに見覚えがありませんか?」

 宮藤がつまんでいるロゴピンをまじまじと見つめ、家笛がぽつりと言う。

「もしかして菜々ちゃんの……」

「そう、これは門絵さんがネイルの装飾に使っていたものでしょう。『眠』ピンは『眠りの会』の睡眠バンド一本につき一個ずつついているものです。このロゴピンの持ち主は、門絵さんと接触があったにもかかわらず、自ら名乗り出ない。なぜでしょう? ロゴピンの落とし主が犯人だから……というのは考えすぎでしょうか」

「いや、でもロゴピンがなくなっているやつはいないんだぞ。誰も落としていないのだから名乗り出るも何も……」

「そうですねえ。しかし想像できませんか? 犯人に首を締められ、死の淵で門絵さんはもちろん抵抗したでしょう。門絵さんが首を締める犯人に攻撃した、その結果が、折れた爪とピンなのではないでしょうか。ピンはかなりの力を加えないと取れるようにはなっていません。森くんの話によると、ピンはビリヤード台にくっついていたそうです。自らピンを外し、なんとなくビリヤード台にくっけたというのも考えにくい。ビリヤード台の側面がマグネットになっているなんてなかなか知る機会もないでしょう……ピンが外れたことは持ち主の意思が介在していない。状況として最も考えられるのが、門絵さんの抵抗でしょう。

 

 よって、この小さなビーズとピンから導き出されるのは、犯人は犯行時、睡眠バンドを着用していたということです」


 混乱する一同を代表したように両域が反論する。

「ええ? 話が見えないんだが。何からなにまでおかしいじゃないか。ボクたちは全員バンドをつけて眠ってたし、全員のバンドにピンはついていた。ピンもそれこそ宮藤さんのバンドから落ちたものってことじゃないのか?」

「そう。そこがわからなかった。犯人はデバイスを着用して犯行に及んだにも関わらず、あなたたちにはバンドを着用して眠っていたという記録がある。でもピンがすべてをすっきりさせました」

「だからきみが――」

「ぼくはデバイスをしていませんよ」宮藤はダボダボパーカーの袖を捲りあげた。宮藤の言う通り、細い手首には何も装着していない。「言ってませんでしたっけ。ぼくは森くんの連れあいで、飛び入り参加しただけの部外者です。デバイスも持っていない。デバイスは入会特典で、一人につき一本の特別性なんでしょう?」

「いや、どこかにデバイスを隠して――」

「ああ、言い忘れていました。すみません。宮藤さんにはデバイスを渡していませんね。まあお金も受け取ってないしなあ」

 明東はうっかりというふうに頭に手を伸ばした。宮藤がデバイスを隠し持っている可能性が消えたのを理解したのか、両域の口からは何の言葉も出てこなかった。

「犯人がバンドをしていたことについての反論はないですか? じゃあバンドを持っていなかった僕は犯人ではない。いいですね?」

「そっ、そんな……」

「確認です。被害者のデバイスによると、彼女は十二時に死んでいた。この時間が偽装だった可能性はないか。ここの電波は良好です。我々の荷物は突然明東さんに回収されているので、何らかの道具を使った工作をする余地もない。彼女の死亡時刻は十二時です」

 地下に宮藤の落ち着いた声だけが響く。

「考えてみれば単純なことでした。もっとも、三時間前のぼくは眠さと焦りで頭が回りませんでしたが。ぼくが犯人ではない以上、あなたがたの誰かが、デバイスが睡眠を記録している間に、デバイスを装着して犯行に及んだのですね」

「話が進んでないじゃないっすか。そんなこと不可能っす!」

「いえ、僕はそのデバイスが同一であるとは言ってません」宮藤は向こう側で人差し指を振り、中指を追加した。「デバイスは二本あったのです。さてここまでで何か質問はありませんか?」

 宮藤は自分が真実に到達していることを確信しているような口ぶりだった。

 意見を出すものはいなかった。

「続けます」

「しかし二本あったところで……」

「犯人は二本のバンドでどう偽装をしたか。もちろん、巻いたのです。眠っている、ほかの人物にね」

 一同に動揺が走った。殺人犯が自分に偽装を施したかもしれない。その可能性は、ひとつ間違えれば自分が殺されていたかもしれないという恐ろしい想像を駆りたてる。さらに、ぼくもようやく宮藤が犯人ではないという話が呑みこめた。宮藤が犯人ではないということは、こちら側の六人に犯人がいるということなのだ。その認識に到達したタイミングは全員似たようなものだったのか、ぼくたちはお互いの表情を伺い、疑心暗鬼のまなざしをむけあいはじめた。

 宮藤はすべてを見通しているかのように、余裕綽々のにやにや笑いでぼくらを眺めている。

 その様子にどこか安心しているぼくがいる。そうだ。宮藤はそうでなくちゃいけない。

「問題は誰に巻いたのか、です。ところで明東さん、昨夜部屋の鍵はおかけになりましたか?」

「えっ私ですか? どうだったかな?」

「そもそも――お話を聞いていると、あなたはうっかりもののようです。昨日、あなたがお昼寝している部屋を森くんが突撃しました」

「えっ」

「森くんは部屋を間違えたのです。プライベートな時間だったにもかかわらず、そのときもあなたは鍵をかけていなかった。昨夜も鍵をかけていなかったのでは?」

「そうだ……たしかに、昨日寝るときもかけなかったよ。でもしかたがないじゃないですか。自分の家で部屋に鍵をかける習慣なんてないですよう」

 何故か言い訳がましくなった明東だった。

「森くんに調べてもらいましたが、いま、この現在も明東さんの部屋の鍵は開いていたそうです。他のみなさんの部屋の鍵は閉まっているにもかかわらず。ちなみに他の方々は昨晩部屋の鍵はどうでしたか?」

「そりゃするっすよ」「ボクもしましたね……」「まあするだろう」「わたしもかけました」

 明東以外、全員でうなずきあった。

「もちろん僕も鍵はかけています。都会っ子で防犯意識が高いんでね。……それではおめでとうございます。明東さんは殺人犯ではありません」

「どっどういうことっすか!?」

「ああ、そうか――」

「右近さんには納得していただけたようだ。そう、昨夜ほか全員の部屋に鍵がかかっていて、睡眠デバイスを偽装できる先が明東さんだけである以上、偽装先は明東さんなのです。もちろん、偽装に使われた明東さんは本当に眠っていたのです」

「でも明東のグラフはバーコードだったじゃないか? 偽装って、明東の睡眠を犯人が自分のものだって主張しているってことだろう? 明東が偽装先なら犯人の提出したデバイスも、似たようなグラフを記録しているはずじゃあないかい?」

「むしろそこが不思議な点でした。明東さんは自分の睡眠に自信をもっているのに、なぜ今日に限ってバーコードだったのだろう、と。何か悩み事でもあったのでしょうか? 悩み事に関しては未知数ですが、習慣は嘘をつきません。明東さんは普段からきっちり十時から八時まで眠る規則正しい生活を送っていて、睡眠スコアも安定している。そんな彼のスコアが突然落ちるのは不自然です。そういえば、森くんが言ってましたよ。デバイスをきつく巻かないと睡眠スコアが落ちるって」

「私は昨日もちゃんとデバイスをきつく締めたぞ!」

「だから、それも犯人が施した偽装なのです。明東さんの部屋で犯人がしたことは二つ。明東さんに自分のデバイスを巻くことと、明東さんのデバイスをゆるめることです。第一、眠りが不安定なのに十時間睡眠って不自然じゃないですか? 熟睡でなければ十時間も眠れませんよ。眠りが不安定な人間は森くんみたいに長い時間眠れないもの……ということはあなたがたのほうが詳しいでしょう。あと、犯人の心理的にも規則正しく睡眠時間と起床時間が決まっている明東さん以外に偽装しようとは思わないでしょう。ちなみに今までの明東さんの発言から、犯人と明東さんが協力関係にあったことも薄そうですね。状況がよくわかってなさそうでしたし、協力者ならば最後まで犯人をかばうと信じたいものです」

「ふうん。なかなか考えてるじゃないか。きみが誰を犯人として指名するつもりなのか私も楽しみになってきたよ」

 右近は愉快そうだ。

「ちなみにもちろんこれは犯行前の出来事です。そのあとのことは今朝に話しましたが、そうですね。犯人の行動をざっと時系列順にまとめると、犯行前、明東さんにデバイスを巻く。零時に門絵さんを殺害。明東さんの起床前にデバイスを回収。そのあとは何食わぬ顔で部屋に戻り、我々に紛れた、なんてところでしょうか」

 一同は宮藤の推理を固唾を呑んで聞いていた。

「以上が状況推理です。ここから犯人を絞りましょう。犯人の条件は四つあります」

 もはや構図は逆転していた。格子の向こう側にいる宮藤は正義の裁判官で、こちら側にいる我々は裁かれるのを待つ子羊であるかのようだった。宮藤はいやにゆっくりと宣告していった。その不安を煽る間は、宮藤を幽閉したぼくらへの意趣返しだったのかもしれない。

「一つ。明東さんにデバイスを巻き、活動できた人物です。もちろん、偽装先である明東さんは眠っていなければならないので、明東さんが除外されます」

「えっ、ありがとうございます?」

 明東に礼をされ、宮藤はひとりで笑った。

「さっき聞いたっすよ!」

「すみません。ジョークです。二つ目。明東さんより遅くに眠って、早く起きたと記録されている人物です。犯人は先ほど言ったような手順を取っているはずです。この条件により殺害時刻である零時から明東さん起床後も継続して睡眠の記録がある右近さんが除外されます。彼女は本当に眠っていたのでしょう」

「おっ。やったね。ありがとう」

「同じ条件で明東さんより早く眠り、零時以降まで記録が続いている森くんも違います。忘れるところだった」

 忘れるな。

「ここから先は心理的な要素を含み、少し確度が落ちます。しかし最後まで聞いてから総合的に考えてください。犯人はその人物しかいないように思るのです。その三。バンドを二本所持している人物です。これにより二本持っていないと推測できる人物、赤牛さんが外れます。デバイスは特別性で、一人一本しか所持できない。明東さん、そうでしたね?」

「……そうだ」

「赤牛さんはデバイスに名前をつけ、我が子のようにかわいがっていました。夕方の時点で、ひとりきりの家族だと言いました。その目に嘘は見られなかった」

「そのとおりっす! シェリーはひとりだけの家族っす!」

「なので彼を信じましょう。彼が所持するバンドは一本だけであり、家族を偽装に用いるような犯人ではなかった!」

「ありがとっす!」

 なぜみんなお礼を言うのだろう。

「逆に言うと、犯人はいかにして二本目を手に入れたのか、ということが問題ですね。おっと、明東さんは犯人の察しがついたようですが、少し待ってください」

 やっぱり話を引き伸ばすことで状況を楽しんでいるのではないだろうか。

「ところで、みなさんにお訊ねしたいのですが、なぜ犯人はデバイスの偽装を行ったと思われますか?」

「それは……えっ。宮藤さんもずっと殺人のアリバイ工作のためって話をしてたじゃないっすか」

「そうは言っていません。実は殺しの偽装工作に睡眠バンドを使うというのは疑問符がつくのです。考えてもみてください。今回の状況、たまたま記録がなかったから僕が疑われた。だけど、この会のメインイベントはなんでした?」

「睡眠スコアトーナメント……」

 ぼくが言う。

「そう、そして犯人は僕のことを知ってたのかということ」

「宮藤の登場はイレギュラーだね。たしかにみんなうさんくさいきみの存在を不審がっていたが……」

「うさんくさいは余計だよ。それにけっこう仲良くできてたつもりなんだが、森くんよりも。いや今そんなことはいい。大切なのは、犯人にとって僕がどう見えていたか、なのです」

「何を言いたいのかわからないけれど」

「我々は初対面でした。犯人にとって僕は会の一参加者に見えないでしょうか? みなさん知っていました? 今朝の時点で、僕がバンドをしていなかったことを。そして、犯人にとって、僕が睡眠バンドをしていないと知る機会はあったか?」

 宮藤が着ているダボダボのパーカー、その長い袖は手首の先まで覆い隠している。

「残りの容疑者――家笛さんと両域さんはどちらも僕がバンドをしていると勘違いしているような反応を今朝の時点でみせています。誰もが睡眠バンドをしているように見える中、アリバイのために睡眠バンドを偽装するというのはいささか消極的なのです。だって、推測できそうなものじゃないでしょうか。犯行時刻、たまたま僕に記録がなかったからよかったものの、みんな睡眠スコアのために、ぐっすり眠っていたらどうです? 犯行が露見したとき、おかしな状況が現れることになる。館の誰もがよく眠り、誰もが殺人を犯していない。外部犯の可能性も考えにくい。ならば? 同じなのです。今回の僕の視点が共有されることになる。『犯人はなんらかの方法で睡眠バンドを偽装したのではないか?』ってね。そうなると偽装の意味がない。そもそも殺人のための偽装だとしたらリスクが大きすぎるな。朝デバイスを回収しにいくタイミングで誰かに見つかるともしれない。夜の偽装の時点では明東が起きてもごまかして殺人をやめるだけでいいけれど、朝、明東に見つかったら取り返しがつかない」

 ぼくはしばらく考える。

「……じゃあ、いや、どういうことだ? 二人は犯人じゃないのか?」

「いや、二人のどちらかは犯人さ。他の人間を犯人と仮定しても同じことだしね」

「それじゃあ……」

「前提が間違っているのです」宮藤はにやにやと笑った。「まあそこまで考えていなかったという説も否定しきれないですが、おさまりがいい仮説はこうだ。殺人のために睡眠バンドを偽装するのは割にあわない。だから因果が違うんだ。犯人は、睡眠バンドを偽装した。そのこととは関係なく、門絵を殺してしまった。これなら回収は絶対条件で、リスクは釣りあうだろう? どうせなら早朝に回収したほうが睡眠時間としてのアリバイもそれっぽい。もしかすると不安だったのかもしれませんね。殺人犯になった自分がちゃんと眠れるか。すぐに回収してしまって一睡もできなかったら、アリバイがあったとしても怪しまれるかもしれない」

「なるほどな……」

 宮藤は赤牛、家笛、両域を順番に見てから、ぼそりと言った。

「因果というと、逆だった、もあるな。犯人は睡眠バンドを偽装するために門絵を殺したんだ」

「そっ――」

 ――ガリ。

 そんなわけ、と反射的に言いかけて、咀嚼する。手段と目的。睡眠トーナメント優勝者の賞金。館での犯人の姿が目の前に浮かぶようだった。あの夜、高い数値を求め、バンドの偽装をした犯人。事前に睡眠薬でも盛っていたのだろうか。明東にバンドを巻くところまではうまくいった。だが部屋を出たところを門絵に見つかってしまう。挑発的なやりとり。ずるだとか、犯人が最下位で確定だとか。二人はあの部屋へ向かう。門絵が殺されたと見こまれる娯楽室。口論で熱くなった犯人は――。

 いやいや。僕は首を振る。

 ――ガリガリ。

「いずれにせよ、なんのための偽装かというと、トーナメントのためでしょう。最後の条件は、トーナメントのために偽装を行った人物です。よってトーナメントのことを知らなかった家笛さんは犯人ではない。トーナメントの話は突発的な思いつきだったという。夕食以前に知る機会はない。家笛さんは長風呂により夕食に遅れました。それからずっと森くんと一緒にいたそうですが、誰もトーナメントのことを話さなかった。彼女にはデバイスを偽装する理由がない。残った人物は――」

 ――ガリガリガリッ!

 何かが折れる音がした。

「犯人はあなただ――両域」

 彼が噛んでいた眼鏡の弦が折れたのだ。

「ち、違う……聞いていればなんだ! 赤牛の妹だなんだってそんな適当通るか!」

「適当とはなんすか! この……殺人犯がッ!」

 殺しあいでもはじめそうな雰囲気だ。

「まあまあ二人とも落ち着いて。さきほどはすみません。デバイスを二つ持っていた人物と言いましたが、赤牛さん以外、二本目がないことの証明は難しかった。しかし他のアプローチから両域さんが犯人であると推理される以上、彼が二本持っていたのだと結論しました。ただ傍証のようなものはあります。明東さんはお昼ごろ、誰かに対して何か怒っていましたよね。諭しているようにも聞こえました。あれは合宿にも関わらず、その人物がデバイスを忘れてきたことに対してのものではないですか? デバイスは各自で自由にピンをつけられるという拡張性がある。両域さんはスマホやバッグにデコレーションをするなどおしゃれな側面があります。対して彼が今日装着しているデバイスはシンプルだ。彼のデバイスは、昨日の朝渡された予備のものだったのでは? どうでしょう、明東さん」

「その通りだ……」明東は首肯した。それは両域が犯人であることの証明のようにも見えた。「両域くん、きみが……」

 同時にぼくは疑問に思った。宮藤の推理の内容にではない。最初から明東が誰にデバイスを貸したか訊いていればよかったのでは……。

 やはり宮藤は推理を楽しんでいたようだった。


   5


「まあそれも否定しない。ひどいめにあったのだからそれくらいのリターンはもらわないとな」

「やっぱり……」

 帰りの車で宮藤は言った。警察の捜査は想像より長くかからなかったが、夜になっていた。眠りの会は楽しかったが、さすがに殺人が起こった館より我が家が恋しい。

「だけどいちばんは明東が協力者である可能性をまあまあ見ていたから、しばらく泳がせたまま詰めたかったんだ。協力者であっても裏切ったほうが得な状況になれば、最後の質問に嘘はつけない。人は裏切るもんだって、誰かの行動で理解したからな」

「悪かったって」

 あのあと両域は赤牛にロープでぐるぐる巻きにされ、鉄格子の中に入れられた。

 警察が到着すると、両域は犯行を認め、おおむね宮藤の推理通りのことを語った。両域は金ほしさに明東にバンドを偽装したはいいが、門絵に見つかってしまった。門絵のギャル特有の煽りに腹を立てた両域は我を忘れ、次に気づいたときには彼女をタオルで締め殺していた。門絵の部屋の鍵が門絵のジャージから見つかったので、慌てて門絵の部屋まで死体を運びこむと首吊り自殺に偽装した。鍵とタオルはトイレに流して捨てたという。あの詰まっていたトイレだ。パイプを改めると、タオルに包まれた鍵が現れた。

 剥がれたロゴピンは気づいてはいたが、それが証拠になることには思い至らず、人を殺してしまった不安で一晩中部屋に引きこもっていたらしい。

 一睡もできずに。

「あとまあ、ああは言ったけれど、最後の三人からの絞りはちょっと怪しいところがあったし……。様子見しながらだったってのもある。赤牛が犯人じゃなくてよかったよ」

 あのムキムキの筋肉に取り押さえられた記憶が蘇ったのだろう。宮藤はぶるぶると震えた。

「いや確かに赤牛のときの推理はよくわかんなかったな」

「まあなんかひとりきりの家族とか言っちゃったけど、よく思い出してくれれば赤牛が犯人じゃない可能性が高いことはわかるよ。僕たちが最初に赤牛に会ったのはいつだった?」

「ああ――明東の怒った声を聞いたすぐ後、か。怒られていた人物が赤牛ならワープしないといけないもんな。え。じゃあ決定的じゃないか」

「いや、明東の怒鳴り声がロゴピン貸しだしの件である確証がない」

「そうか……」いろいろ考えているものだ。「可能性って言ったけど、どれくらいの確度を見積もっていたんだ?」

「七割くらい?」

 なんとも微妙な数字だ。今となっては、どうすれば家笛や赤牛が犯行できるのか、ぼくには思いつかないが。

「よくそんなハッタリを……」

「僕は探偵じゃない。ただのラッパーだよ。事実を組み合わせたり、言い負かしたりするだけだ」

 DJじゃなかったっけ? そういう適当さがうさんくさいのだ。

「まあそれは冗談だけどさ。そろそろわかってくれたか? 僕の気持ちを。眠りの会の実態を。人を殺すような連中の集まりなんだ。そんな会に、きみはまだ居座るつもりかい? 僕は心配なんだよ」

「うーん……」赤信号で止まる。信号が存在する程度の都会に戻ってきた事実がぼくを安心させる。たしかに、合宿にもう一度参加したいかと言われれば首を振る。こりごりだ。

 だけど――。

 ぼくはこの二日間の出来事を思い返し、よく考えてから言った。会った人物、起こった出来事、会話、そのすべての体験を思い、宮藤に告げた。

「でもさ、今回はたまたま殺人犯がいたというだけで、会は悪くないと思う。イレギュラーもあったけれど、たのしいレクリエーション、おいしい食事、温泉、ふかふかのベッド、待遇はよく、主催側も参加者もおかしなところは何一つなかった。宮藤こそ考えを改められたんじゃないか?  会のまともさ、すばらしさが身にしみてわかったはずだろう。宮藤のことは友だちだと思ってるよ。よかったら一緒に会に入って、いい睡眠を目指ないか」

「あのさあ……」

 赤いライトに照らされた宮藤は、心底疲れたような表情をしていた。

 やはり睡眠の質が悪いのではないだろうか? 

 宮藤は自分が正しいと思っているのかもしれないが、良質の睡眠をとれたほうがいいことは明らかであり、入会したほうが宮藤のためになるだろう。

 今回ばかりは考えを改めてほしくて言う。

「いい加減目を覚ませ」

 二人の声が重なった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

睡眠スコアバトル殺人事件 おがた @ogatashuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ