小さな思い出と共に

「凪! 目が覚めたか!」

「……おと……さん……?」

「そうだ。お父さんだ。よかった……」

「……心配かけて、ごめんなさい」

「いや、謝ることなんかない」


 お父さんの手は、とても温かかった。目の下には隈がある。


「わたしは何日くらい寝てたの?」

「一週間だ。とにかく、お医者さん呼んでくるから、ここでじっとしてろ。な?」

「うん」


 あんなにわたしのために必死になってくれる。そんなお父さんにわたしは酷いことを心の中でたくさん言った。

 今日の晩御飯は、一緒に食べたい。楽しい会話がしたい。ごめんなさいと言うのも少し違う気がするから、もっとお父さんのことを大好きになりたい。


「凪……ちゃん……?」

「……えっ?」

「あはは……あたしね、凪のお母さん。急に言われても、誰だよーってなると思うんだけど、お母さんなんだ。白川燈。はじめまして」

「は……じめ、まして……」


 隣のベッド。そこで寝転んでいたのは、燈さんだった。


「本当はもっと早く会いたかったんだけど、ちょっと前までお喋りするのも難しくて。でも、あと何日かしたら退院できるから、そのときに凪とは会うはずだったんだよね」

「お母さん……お母さんっ!」

「おっと。もう、どうしたの? お母さん聞いてあげるよ」


 涙が止まらなかった。身体が弱いと言っている人に抱きついてしまった。でもお母さんは笑って受け止めてくれた。


「お母さんね、子どもの時はずっと一人だったんだ」

「うん……」

「でもね、蓮……お父さんがあたしの住んでた島に来てくれて、ずっと一緒にいるって約束してくれた。帰っても、またここに来たときは一緒にいるって。もうそれってプロポーズみたいなものでさ。とっても嬉しかった」

「そう、なんだ」


 その思い出は、夢で見た。けれどその思い出にわたしはいない。少しだけ寂しくなった。


「蓮も約束守って、こっちに入院してからも毎日夜遅くまでいて。でも、楽しそうだった。凪のご飯が美味しいって。凪がかわいいって、とっても楽しそうに。無愛想だから人から見ればあんまり楽しそうに見えなかったかもだけど」

「お父さんが……」


 嬉しくて、悲しくもなった。もっと早くお父さんの気持ちに気づけていたらよかったのに。


「お母さんはまだまだ不甲斐ないお母さんだけどね、凪のことは大好きだよ」

「わたしも、大好き」

「うん。だから、これからはずっと一緒。もう絶対に離さない」

「……うんっ!」

「あー、俺も一緒でいいよな?」

「お父さんは凪とあたしがいないと寂しいもんねー?」

「あははっ、お父さん寂しがり屋だね」

「そうだぞ。お父さんは二人がいないと寂しいんだ」



 わたしたちはきっと、この約束を忘れることはないだろう。

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夏の思い出と小さな足跡 神凪柑奈 @Hohoemi

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