後編

 翌日。私が婚約を解消したい旨を父に告げると、それはあっけないほど簡単に了承された。


「仕方ないな。先方には私からよく謝罪しておこう」

「ごめんなさい、お父様」

「いやお前が解消したがるのも無理はない。エルンスト君のお前に対する態度が酷いことについては逐一報告を受けている。お前には今まで辛い思いをさせたな」


 父はいたわるようにそう言うと、私の肩に手を置いた。その温かさに、思わず涙ぐみそうになる。


「私の判断も甘かった。彼の評判は聞いていたんだが、お前のような美人と婚約すれば、多少は態度が改まるかと思っていたんだ」

「あの方は私の容姿がお気に召さなかったようです」

「馬鹿な、社交界の花と称えられるお前の容姿が気に入らないとは」

「人には好みというものがあるのですから、それは仕方ありませんわ」


 私の華やかな金髪や青い瞳は世間的には持て囃されるものではあるが、エルンスト様の好みではなかった、ただそれだけの話である。


 だから彼が私を愛さなかったこと、それ自体は別にいいのだ。

 私に対して愛想がないのも、そういう人だから仕方がないと納得している。

 政略結婚である以上、他の女性を愛しているのも許容範囲と言えるだろう。


 しかし私が一生懸命刺繍したハンカチーフを、「刺繍が得意な侍女にやらせて、自分の作だと偽っている」と決めつけたことだけは許せなかった。

 それは私という人間に対する侮辱である。


(まあ、全て終わったことだけど)


 私は自室に戻ると、いつものように傍らに控える侍女に声をかけた。


「ソフィア、お茶を淹れてきてくれる?」

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婚約者の心の声が聞こえてくるのですが、私はどうしたらいいのでしょう 雨野六月 @amenorokugatu

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