最高のラスト
猫屋 こね
僕の彼女
僕には彼女がいる。
一月前。
7月の夕暮れ時。
蝉の鳴き声も少しずつ静まり、灯る街灯には小さな虫達が吸い寄せられていく時間帯。
そこで僕は彼女と出会った。
彼女は公園のベンチに座っていて、通り行く人達を何やら吟味するかのように見てたんだ。
そこを偶然通り掛かった僕は、彼女を見て一目惚れした。
8個ある目。
髪は長く、口は縦に胸元まで開いている。
手は6本・・・いや7本かな。
足は4本。
そして何より、体の大きさが3m位あるんだ。
僕はドキドキが止まらなかったよ。
と同時に冷や汗も止まらなかった。
足もガタガタ震えるしね。
この動悸にも似た胸の高鳴り。
これを恋と言わずして何と言うのだろう。
いてもたってもいられず、僕は彼女が一番活発になる時間帯に会って告白したんだ。
突然のことに呆然としていたっけ。
それに食事中だったみたい。
成人男性の片足が口から少しだけ出ていたからね。
ちょっとタイミングが悪かったかな。
僕の告白に、彼女は額(?)に手を当てて熟考しちゃったんだ。
でも・・・
OKしてくれた。
僕の気持ちが届いたんだ。
それからというもの。
毎日のように彼女とデートした。
時間帯はいつも丑三つ時だったけど、全然苦にならない。
とっても楽しかったからね。
彼女は無口だったけど、意思の疎通は出来てたと思う。
相思相愛で以心伝心してたってこと。
幸せだなぁ。
でも・・・
彼女はいつも僕と会う前に食事を済ませちゃってるみたいなんだ。
口の端に革靴とかパンブスとかの端切れがくっついてるからすぐわかるよ。
時には足元に食べ残しが散乱してたりしてたからね。
血の臭いが凄かったっけ。
でも・・・
・・・本当は一緒に食べたいんだけどね。
勿論食べるものは違うだろうけど、夜の公園のベンチでディナーデートしてみたいよ。
だって・・・
これからその・・・
結婚とかしたら・・・
一緒に住むわけじゃない?
そしたら一緒に食事もするわけじゃない?
だったら・・・
早目に慣れておきたいんだ。
僕は受け入れるよ。
彼女の偏食を。
誰だって苦手なものくらいあるでしょ。
僕だってまだ苦いの苦手だし。
だから彼女は彼女なりに、食べられるものを食べればいいと思う。
・・・ホントに好きだなぁ。
あの8個の目に見つめられると・・・
動けなくなっちゃう。
あの7本の腕で抱き締められると・・・
ドキドキし過ぎて心臓が飛び出しそうになる。
これが・・・
恋ってやつなんだよね。
ずっとこの幸せな日々が続けばいいと思った。
最近この近所の失踪事件はすこぶる多いけど、僕は気にならない。
彼女がいれば幸せだから。
彼女さえいれば僕はもう何もいらない。
恋は盲目だって?
そうかもしれないね。
でもそれは誉め言葉として受け取っておくよ。
僕の一生は彼女に捧げるって決めてるから。
そう・・・
そう決めてたのに・・・
僕は事故に遭ってしまった。
この小さき体では、迫り来るトラックをかわしきることが出来なくて・・・
受け身をとっても全ての衝撃は受け流すことができなかったんだ。
直後は凄く痛かったけど、今は何も感じない。
彼女に会いに公園まで行く途中だった。
僕が来なくて寂しい思いをしていないだろうか。
何人も食して、お腹を壊していないだろうか。
声も出せず、ただ頭の中だけで心配してしまう。
どうなるのだろう。
もうこのまま彼女に会えないのかな。
お父さんとお母さんの声が聞こえる。
僕には聞こえていないと思ってるみたいだ。
助からない・・・
聞こえてるよ。
そんなに泣かないで。
12年間も僕に愛情を注いでくれて、愛してくれてありがとう。
大切に育ててくれてありがとう。
ごめんね・・・
それでも・・・
最後に会いたい人がいるんだ。
会わなくちゃ。
お父さんとお母さんが帰った後、僕は心の中で彼女に呼び掛ける。
会いたい・・・
会いたい!
あの8個の目で見つめられたい。
7本の腕と4本の足で抱き締められたい。
あの大きな口で・・・
・・・きっと今の時間は真夜中なんだと思う。
つい先日なら、彼女とデートしていたな。
もう何年も経ってるみたいに酷く寂しい。
後何日生きられるかわからないけど、それまでに彼女に会いたい。
そんな僕の願いが届いたのか。
近くに彼女の気配が感じられた。
・・・そこにいるの?
嬉しい。
会いに来てくれたんだ。
でもごめんね。
もう手を繋ぐことも話すことも出来ない。
折角来てくれたのに・・・
僕はもう・・・
何もしてあげられない。
この・・・
命しか・・・
あげるものはない・・・
だから・・・
僕を・・・
食べて・・・
心の中でそうお願いした。
彼女の栄養になるなら本望だよ。
それに、本当の意味で一つになれると思ったんだ。
これが最高の最後になるはず。
・・・
でも、彼女の気配は動かない。
何で?
どうして食べてくれないの?
怖くないよ?
だから大丈夫だよ?
お願い。
食べて。
食べて。
僕の命が尽きる前に。
それでも動かない彼女。
動かないけど・・・
動揺してるのはわかる。
きっと僕がそんなこと思うとは思ってもみなかったんだろうね。
・・・どうしよう。
もう僕の時間は少ない。
このまま彼女に看取ってもらうのもいいけど・・・
何か違う・・・
・・・そうだ・・・
じゃあ・・・
僕を食べてくれないんなら・・・
僕が君を食べたい。
・・・
・・・な~んてね。
冗談・・・
彼女の気配が病室中に広がる。
そして次の瞬間・・・
胃の辺りが熱くなった。
わかる。
わかるよ。
君が僕の中に入ってきてるんだね。
僕は彼女を食べてるんだ。
幸せ過ぎる。
彼女と一体になっていくようだ・・・
身体が熱い・・・
気が付くと・・・
僕は目を覚ましていた。
・・・
・・・
今日も元気に過ごせたな。
あの数日後、退院した僕は普段通りの生活に戻っている。
学校も変わらず行ってるよ。
お父さん、お母さんとの関係も良好だ。
一つ変わったことと言えば・・・
深夜にお腹が空くこと。
あの日から毎日、病院や家を抜け出しては公園に行っている。
彼女とよくデートしてたあの公園に。
そして今日も丑三つ時に来てる訳なんだけど・・・
・・・
誰がいいかな・・・
彼女に誰を食べさせてあげよう・・・
・・・
あっ、あのヤンチャそうなお兄さんがいいな。
僕はそう決めると、10個の目でお兄さんを見据え、6本の足で素早く動き、9本の腕で絡めとるように餌を捕らえた。
そして胸まである大きな口をゆっくり開く。
どれ・・・
ガパァ・・・
・・・
『いただきます。』
・・・
バツン!
・・・
・・・
そうそう。
僕は一つ夢を叶えることが出来たんだ。
それは・・・
ずっと願い続けてた・・・
彼女と一緒に食事をすることだ・・・
最高のラスト 猫屋 こね @54-25-81
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