独白 高野 陽介

 こんなもんで終わるならもう世界を終わらしたっていい

綾の人生に俺が存在しない世界なんて無意味だ



 俺はある大学にうちの会社の就職説明会の為出向いた日、綾を見つけた。いかにも大学のマドンナのような綾から目が離せなくなった。


 遠目からでもわかる仕草一つ、表情一つ全てに息を呑んだ。美しかった。これが『高嶺の花』を地で行く女か、俺の闘争心に火がついた。何が何でも俺の女にする。


 案外綾は、あっさり俺に惚れた。そして、もっと高慢なお嬢様かと思いきや可愛いかったんだ......。綾はおそらく男性経験は豊富じゃない、俺に歩く時だってべったりくっついて『陽介 こっちむいて』って愛らしい顔をしてた。


 ものにさえしたら満たされるって考えは、すぐに打ち消された。俺は満たされるどころか、毎日が怒りと嫉妬に狂いそうになった。綾にじゃない、綾に近寄る奴らにだ。

早く結婚してしまおう.....その一心だった。

だが、綾はレベルが高い。そこらの雑魚には靡かないはずだ。俺にはある種の自信もあった。


 けれど綾は夢をもう一度追うと言い出し、芸能や夜のバイトに精を出す。俺はもう、そんな事に費やす時間の意味が分からなかった。

ただその上品な笑顔を俺の隣で振りまいてりゃいいのに。

水商売なんてとんでもない。俺は下品でしょうもない世界から綾を守った。


 今思えば、あの頃から悟はいつも俺とは逆だった。反対の態度をとる。

優しいだけが取り柄の男。俺は唯一安全な男だと認識していたが、これが大誤算だった。


 いつも俺が機嫌悪くしたり、綾を突っぱねるとすぐに悲しそうに寂しそうに俺に擦り寄ってきた。愛おしくて可愛かった。綾は俺がいないと、駄目だって。


 いくら悟が優しく慰めたって、綾には俺しか見えていなかった。それはいつも肌で感じていた。


 結婚して、会社ではうちの基地外な親や姉の綾いじめも多少あっただろう。会社は俺にありとあらゆる仕事、責任を押し付けてきた。

激務に追われ、もう俺は疲れていた。

なんで、利用されるような人生送らなきゃならんのだ。俺はもっとデカい事をなす為に生まれてきた。

こんな老害に人生苛まれて、無能な奴らのために自己犠牲するなんてやってられるか。


 そんなある日、俺はパニック障害を患う。無敵な俺がまさか.....。連日のストレスと睡眠不足が原因だった。

俺は唯一の味方、綾に救われた。綾は、ゆっくり休んでって言ってくれた。

この頃は綾がどう過ごしてたのか知らなかった。そんな余裕は無かった。

不妊治療で妊娠しカイが産まれた頃、俺は俺らしく何かを成し遂げたいと思い立ち知人をたよって東南アジアを転々とした。

数カ月ごとに帰国する度、綾の様子が違った。

明らかに俺に苛立ち、父親だとしてなってないと責められた。

出産してホルモンバランスでも崩れたんだろうか。綾はタフだ。稼ぎも、自立してる。

俺の自慢の妻だった。


 結局実家が経営難で悲鳴を上げた為に俺は志半ばで帰国した。いつもそうだ。俺が何かに挑むとき必ず邪魔が入る。


 綾とカイとの生活が始まった矢先、今度は冷たい綾がいた。綾は出産した後も変わらぬ美貌で傍から見れば既婚者にも見えないだろう。俺は浮気を疑ったが、子供を産んでまさか、そんな女ではない。

素っ気ない彼女に、あえて明るく接してみるも開いた溝はそう簡単には埋まらなかった。

ただ、俺らは夫婦で子供もいる。離れようたって離れられるわけがない。


 この頃、綾は俺の目すら見なかった。美しい瞳は冷たい空気を纏いいつ、素知らぬ顔をした。そりゃ俺だって時には苛立ち、綾に心にもない言葉を言ってしまった。夫婦なんだからそのくらい乗り越えていけるだろ.....普通は。


 この流れを変えるため、俺は家を建てようと思い立つ。

だが、それは何故か綾と悟によって巨大なシェアホームとなった。

しかし、俺にとってもそれは好都合だと思った。綾との会話に行き詰まり、掴み所が無くなった綾も人前ではいつも可愛い妻だから。


 だがそれすらも俺の期待を裏切ることとなった。

綾は、綾は変わった。

イエスマンにしか見えないパッとしない同居人を従え、俺を化け物のように扱う。

いつからか、俺は綾に嫌われていることを嫌った。


 知らぬ間に築き上げられた綾の世界.....昔は俺の世界で舞う綾だった。

いつの間に、こんな風に俺を罵倒し俺を除け者にするようになったんだ。


 あいつだ。安藤 悟

あいつはずっと綾が好きだ。叶わぬ思いを10年も引きずって彼女がいるなんて学生時代以降は聞いたこともない。今思えば気持ち悪い。


 そんな悟を綾のすぐ近くに野放しにし俺は何をしてたんだ.....。急にあの闘争心に再び火が灯った。

安心しきっていた夫婦という誓いが、脅かされる恐怖に血の気が引いたのだ。


 悟がいくら言い寄っても、きっと綾は振り向かない。都合のいい男だ。綾にとっても俺にとっても、そう思っていた。


 綾ともう一度あの頃のように

 もう一度向き合おう


 そんな俺の気持ちをよそに綾はどんどん離れていった

俺は恐怖と哀しみと苛立ち、虚しさ、そして忍び寄る絶望の影に怯えた。


 綾を綾の心を取り戻す.......。

どんなに素っ気なくても、どんなに冷めた言葉を浴びせて来たとしても俺には分かった。

 おまえは俺にもう一度愛されたい


 あの日 俺は綾のベッドに入った。本当は眠る前に昔のように添い寝しながらゆっくり愛したかった。

だが、もうその術が分からなかったんだ。

ただ、綾を俺のものにしたい、俺のものなのに違うような顔をする綾が許せない、そんな顔は許さない。


 ベッドで目を覚ました綾は.....俺の口づけ愛撫さえも拒んだ。昔、あれだけ身体をよじって感じたのを忘れたのか、何度その白く柔らかい肌を俺が愛してきたか。

そんなはずはない。俺はもう一度.......。

少しばかり乱暴だったかもしれない。

ただ綾は責められるのが好きだ。また感じさえすれば自然と俺を求めるはずだ......。

でも綾は犯罪者から逃げるかのように家から飛び出した。


 その後あろう事か、悟だ、あいつんちに綾はいた。

俺はあいつに抱かれる綾を想像した。

殺してやる 消してやる 二度と笑えなくしてやる

人を思いやったみたいな貼り付けた笑顔を潰してやる



 あいつの存在が、綾がどんどん俺を遠ざけるのを助長した。

目障りだ、綾が少しおまえを頼ったからっていい気になりやがって。おまえに本気になるわけが無い。

綾にはおまえなんぞ物足りないはずだ。10年も相手にされなかったくせに、今更どういう神経なんだ。あわよくばにも程がある。


 しかし、綾は裁判まで起した。

まさか、ここまで別れたいのか.....。夫婦ってこんな簡単に終止符を打てるものなのか、カイだっているんだ。

俺は絶対に別れたくない。

なんとしてでも裁判は進めない。

その結果綾は自殺未遂を犯した。病室へ駆け寄った俺には眠り姫の如く弱々しい綾の姿が目に飛び込んだ.....俺は俺の宝物をそんなに傷つけたのか......

俺が何をしたっていうんだ。


 俺は綾を愛しただけだ、愛したかっただけだ

 だから離したくないだけだ


 本格的な裁判まで始まった.....

俺は何も夫らしいことをして来なかったのかもしれない、でも綾だから分かっていると理解してくれると思っていた。そこらの主婦とは違い、綾はグレードが高い。

知的で、優秀で、夫婦なら助け合うのが当たり前だろ。それを支えてくれなかったとかどうとか普通の女みたいな事をまさか、綾が言うなんて。


 やっぱり悟に身体を許したのか、悟に弱ったすきに奪われたのか.......


 判決は無慈悲なものだった。

 もう俺には後がない。なにもない。


 綾、俺には綾しかいないんだ.....綾さえいてくれるならもう何もいらない。

綾、おまえがあいつのものになるなら、壊してしまいたいくらいだ......。


 あいつの元へ行かすくらいなら死んだほうがましだ。

いや、今からでも遅くない。綾、謝るよ......。


俺はシェアホームにいた。

玄関が開いていた、入って謝ろう。謝っていちからやり直そう。


 あいつの名前を呟いたあと、振り返った綾は恐怖に凍りついた顔をした。

急にもどかしさが込み上げてくるのを抑え、なんとか言葉を吐き出そうにも出なかった。

ふと、『この世にあなたしかいないって言われても私は別れる』って言葉が脳裏をよぎった。

じゃ俺しかいない世界にいざなえばどうするんだ

綾、綾......綾 

気づけば俺はまた綾を求めていた衝動的に行き場のない喪失感を埋めるためにただただ綾を抑え込んだ

綾の首を強く.......

なにやってんだ 俺は......


気づいたときには遅かった

綾から俺を引き離す奴らに囲まれ連れて行かれた




早くこの病院から出せ

俺はおかしくなんかない

おかしいのはてめえらだ

世の中はおかしい 同調するしか脳がないあほばっかりだ

みんな俺の敵だ、みんな俺の邪魔をする

いつか全部ぶっ壊してやる




綾と悟が結婚したときいた。



結婚がなんだ?

俺と綾の結婚だってこのザマだ

略奪した愛は燃え上がるのはその時だけだろ

綾はおまえに泣きながら縋ったりしたか?


悟、おまえは綾に選ばれなかった男だ

今更旦那ヅラしたところで、偽物だ


綾、迎えに行くよ

捨てさえしなければいつでも拾いなおせる

捨てさえしなければいつでも拾いなおせる


俺は綾、おまえを捨てたことなんて一度もない

まだ何も終わってない

ごめん 綾 俺の愛が足りなかったんだな


                         おわり

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