+ 11 weeks (±0)
その日、僕は屋上に立っていた。
彼方が通っていた高校の校舎。彼方が飛び降りた場所。
「……本当に入れたな」
半信半疑だったが、学校の体操着に身を包み『部活の練習試合で来ました』と警備員に言ったら、誰にも疑われずに校内へと入れた。有澤の言う通りだった。
それはつまり、僕が生物学上の女性である、ということ。
小さい頃の記憶が思い出される。医者が言っていた。君はちょっと特別な男の子だから、と。
性別不合。最初はその意味がわからなかったが、思春期と呼ばれる時期になれば理解ができた。中学では周囲も理解してくれていたおかげで、僕は
そして高校になって再会した彼方もまた、理解の外側にいたのだ。
僕はスマホの画面を見る。そこには彼方が最後に送ってきた写真――クロッカスの花。彼女がこれを僕に送ってきた意味を考える。最初に考えるべきだったのに。
たしか花言葉はいくつかあった。『青春の喜び』『切望』それから、
「私を裏切らないで、か」
僕の身体は女であること。それを彼方に伝えていなかったこと。彼女の望みが『幸せな家族をつくること』。最後にこのクロッカス。ここまでくれば嫌でもわかる。突きつけられる。
彼方が死ぬことを選んだ、その理由を。
であれば、僕がとるべき行動はたった一つだ。
報いを、受けさせないといけない。
ああ、そういえば。
クロッカスにはこんな逸話があるらしい。
あるところにクロッカスという少年と、スミラックスという少女がいた。二人は偶然の出会いだったが、恋に落ち、結婚の約束をする。
だがそれは神々に認めてはもらえず、絶望したクロッカスは自ら命を絶ち、スミラックスも後を追った。
僕は屋上に設けられたフェンスを乗り越える。目の前には何もない。空との距離が少しだけ近くなる。
一度だけ深呼吸をしてから。
――僕は飛んだ。一瞬だけ僕は空に浮き、落ちて、堕ちる。
何の感情も湧いてはこなかった。頭にあるのは逸話の最後。
クロッカスとスミラックスの二人は死を選んだ後、花へと生まれ変わった。
彼方を殺した僕が花に転生できるとは思わないけど、せめて彼女は、美しい花に生まれ変われることを祈る。
地面が近づく。徐々に、いや、瞬く間に。そこで、僕の意識は消える。
水無瀬彼方が死んだ理由を、僕は知った。
水無瀬彼方が死んだ理由を、誰も知らない。
水無瀬彼方が死んだ理由を、僕は知らない 今福シノ @Shinoimafuku
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