第3話 ギャルの魔女
太陽の位置からしておそらく今は昼過ぎ頃。魔法が使えるようになった俺は物置から使えそうなものをザックにいれ、森の探索に出ることにした。
目標は川。川は飲み水の確保や水を求めてやってくる動物、川沿いにあるかも知れない人里など、見つけることでさまざまな恩恵が考えられる。女神様との話でおそらく近場に用意してもらっていると思うので、すぐに見つかるとは思うが果たしてどのくらい近いのだろうか。
森に入り、しばらくすると水の流れる音が聞こえた。音のする方向にいくと川にでた。木に目印をつけたり、地形を探り探り慎重に歩いても30分くらいだろうか。
慣れてしまえば家から15分くらいだと思う。思ったよりも家に近くて安心した。川幅は十メートルくらいで、水も澄んでいて、川底が綺麗に見えるほどだ。川には魚が泳いでいるのも見える。
「これだけ綺麗な川なら生活に十分使えそうだな」
魚もこれだけいるなら、日々の食糧にもできるだろう。
川を見渡していると、下流の方に人影が見えた。岩を背に座り込んでいるようだ。休んでいるのだろうか。
俺はこちらの世界にきて初めての人間に少し緊張いながらも、話しかけることにした。言葉が通じてくれればいいのだが。
近づくと、その人は長く伸ばした金髪で毛先を少し巻いた女性のようだった。外套で身を覆い、うずくまっている。近づいても気づかない様子を見ると寝ているのだろうか。
「あの?」
びくっ!
驚いた彼女は勢いよく頭を上げて強張った顔でこちらを見上げた。
大きい紫掛かった瞳に、長くふさふさのまつ毛。スッと通った鼻に瑞々しく潤ったピンク色の唇。耳にはいくつかピアスがついている。若くてとても綺麗な子だ。
「びっくりしたー、人かー」
俺の顔をみると彼女は一気に安堵して「はあー」と息を吐いた。
相手の言葉をはっきりと理解できたので俺はこちらの世界の言葉の聞き取りも問題なくできるようだ。
「脅かしてすまん。えーと、こんなところで、その、大丈夫?」
女の子がこんな森の中で一人うずくまっている状況に不安を感じ、心配の声をかけた。
「あー…ちょっと冒険者ギルドの依頼で来たんだけど、魔物に出くわしちゃってさ。命からがら逃げてきたって感じなんだよね」
彼女は「へへ」と困り顔のまま笑った。
剣と魔法の世界と聞いてはいたが、こんな女の子まで一人で魔物が出る森に入らないといけないとはなんとも厳しい世界だ。
だが、どんな世界だろうと、命からがら逃げてきたという女の子をこんなところにおいておくわけにはいかない。
「そりゃ大変だったな。よかったら一時的にでも俺の家に来るか?この近くなんだけど」
「え、まじ?いいの?」
「ああ。女の子を森の真ん中に置いていけるわけないしな。」
「…じゃあ、お願いしようかな」
「ああ。」
彼女は疲れ切っているのと少しまだ緊張している様子だったが、少し安心した表情になった。
自分から行っておいてなんだが、女の子を家に誘うおじさんって、向こうの世界なら犯罪臭がすごいが、今はそんなこと言ってられない。
「俺はマサミチ。よろしく。」
簡単な自己紹介とともに右手を差し出した。
「あたしはキアラ。近くの街で冒険者やってる。よろしく」
彼女も簡単に自己紹介をして、「ありがと」と俺の手を握る。
そのまま彼女の手を引き、立たせると羽織っていた外套がパサっと地面に落ちて、俺は一瞬固まってしまった。
身長は160センチくらいだろうか。手足はすらっと伸び、大胆に露わになっている腰は引き締まって綺麗なくびれだ。
しかし、すらっとした体型とは裏腹に革鎧を巻いた胸部は大きく綺麗な弧を描き、オフショルダーシャツの胸元からは綺麗な谷間が覗いていた。
皮でできたホットパンツからはすらっとしているが、肉付きの良い健康的で真っ白な太ももが伸びる。
あまりにも扇情的な格好だが、ここまで綺麗だと逆に健康的に見えてくる。この子、なんというか…見た目や少し喋った感じが、その…ギャルっぽいな。
こちらの世界の価値観でギャルっぽいのは良いことなのかわからないが、俺は心の中で異世界のギャルに手を合わせ感謝の念を送っておいた。と同時に自分の理性と倫理観にも非常召集をかけ、己の欲求の暴走が起こらないよう臨戦態勢に入る。助けたのに逆に危害を加えないよう細心の注意を払わなければ。そう心に決めつつ、俺は自分の家の方へと少し前屈み気味で歩き出した。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
彼女は落ちた外套を拾い上げ、俺の後ろをついて来る。
俺は最近とことんギャルに縁があるなあ。そんなことを考えながら俺は異世界のギャルと帰路についた。
帰宅後、俺はキアラをテーブルにつかせた後、体を拭くための湯を沸かすことにした。俺も少し汚れてはいたし、キアラも森を長いこと彷徨っていたのか、土埃や泥などで汚れていた。このままで一息つくこともできないだろうと思ったのだ。別に他意はないぞ?
水を火にかけ、振り返るとキアラは机に突っ伏して寝息をかいていた。
魔物に襲われた森で一人いたのだ。体力もそうだが気疲れも相当なものだっただろう。俺は湯が沸くまでそのままにしておくことにした。
湯が沸いて、体を拭くが準備できたので、キアラを起こすことにした。
「おーい、キアラさんよ」
「んーん…」
なかなか起きそうにない。
だが、このまま寝るよりも体を拭いてベッドで寝た方が良いだろう。
「キアラ、体拭いてベッドで眠った方がいいぞー」
すると「うーん…」と眠そうに唸りながらも体を起こしたキアラだったが、
「拭いてー」
「拭いてって…」
相当眠いとはいえ、今日知り合ったばかりの見ず知らずのおっさんにその発言はまずいだろ。この子、こんなんで変な男に引っかかってこなかったのだろうか。俺は親戚の姪を心配するような気持ちがふつふつと湧いてくる。
だが、ほとんど寝ぼけていて、このまま自分で拭くのも無理そうにも見える。
「わかった。髪とか手足は拭いておくから、服の下だけは自分で頼む、な?」
「うーん…」
そんな返事なのか唸り声なのかわからない声を聞きながら、俺はお湯に浸した手拭いを絞り、彼女の砂埃でゴワゴワになった髪の毛をわしゃわしゃと拭き始めた。 はじめは土埃の匂いが強かったが、拭いていくにつれて段々と甘いフルーティだかフローラルのような香りが俺の鼻腔をくすぐり出す。
不意の女の子の匂いに童貞の俺の脳は痺れ、ふわふわした不思議な気持ちになっていく。
た、耐えるんだ俺!こんな可愛らしいギャルの髪を拭いてる状況と、久々の女性特有の甘い香りによって俺の中の悪魔の封印が解かれそうになるが、己の倫理観や理性を総動員して必死に食い止める。
その後も必死に煩悩と戦いながら、彼女の陶器のように白い首筋や手足、引き締まった腰回りを拭いていき、どうにか俺のできることは全て終わらせた。
「うーん、気持ち〜」
ある程度スッキリしたキアラが眠気まなこで呑気な声を上げた。
くっ、こちらの気も知らないで…。
「…まじでありがとうね〜…ほんともう目を開けるのもやっとで〜…ふぁ〜」
「ああ、もう構わないよ。相当疲れてるところに無理させようとした俺も悪かった」
俺は彼女に俺の替えのシャツと、絞り直した手拭いを渡す。
「着替えたかったらこれを使ってくれ。絞り直した手拭いもおいておくから服の下も拭きたくなったら使って。俺は書斎に行ってるから。しばらくしたら片付けに戻るよ。」
「…うん…わかった〜…」
やはり、眠気はまだ強いらしく、寝ぼけたままのような返事を返すキアラ。
俺は書斎に入り、本を読みながらしばらく時間を潰すことにした。
しばらくして書斎から居間に戻るとキアラがベッドに丸くなっていた。床に革鎧や着ていたシャツが転がり、俺のシャツが消えていたので着替えることはできたようだ。
キアラの寝顔を見るとぐっすりと寝ている。おそらく当分は起きないだろう。
俺は散らかった衣類を片付けつつ、その寝顔を見て自然と笑みが溢れていた。
俺は再び川に行き、魚を五匹ほど取ってきた。
日はもう暮れ始めていて、俺は部屋の隅に置いてある蝋燭に火を灯し、晩御飯の準備を始めた。
今日は物置の木箱にあったパンと採ってきた魚の塩焼きだ。
採ってきた魚のうち三匹は適当な水瓶に水をはって、明日の朝飯とキアラが起きた時ように取っておく。
竈門に火を入れて網をかけ、内臓を取り両面に十字の切り込みを入れた魚二匹を乗せる。
これまで仕事で忙しく、ほとんどの食事が出来合いの弁当や簡単な料理だった。何かを作るのが好きな俺にとって、こういうのはやはり楽しく感じられた。
焼き魚の香ばしい香りが部屋中に広まった後、開けておいた窓から抜けていく。
こちらに来てから初めての夕食。コンビニ弁当やスーパーの惣菜と比べて品数や味付けは質素ではあるが、今日の夕飯はそれとは比べ物にならない充足感のある晩御飯になった。
次の日、俺は居間のテーブルの上で目が覚めた。夕食の食器を洗った後、そのまま机で寝落ちしてしまったらしい。
顔を上げるとシャツ姿のキアラが部屋をうろうろと見て回っていた。
だいぶ俺のシャツは大きかったようで、かなりダボついて肩が常にずり落ちそうになっている。胸元の切れ目からは谷間が見え隠れし、シャツの裾からキアラの綺麗な太ももがすらっと伸びている。
正直目のやり場に困る。
そんなことを考えていると、キアラが俺が起きたのを気づいた。
「あ、おはよ、昨日はほんっとにありがとね。まじで助かった!」
「あーいいよ。…それより、よく眠れたか?」
「うん。もうぐっすり。だいぶ疲れ取れたー」
ピースサインを頭の上に乗せニコニコしている。昨日よりもだいぶ元気になったのが俺から見てもわかる。俺も一安心だ。てか、かわいいな、おい。
「それは何より。あとは腹減ってないか?パンと魚、干し肉とかもあるけど。」
「ほんと!?食べたい!一昨日から何も食べてなくて〜…」
「了解。できるまでもう少し休んでな」
「はーい!」
キアラは元気に片腕を高らかに掲げて、元気な返事をする。すると、自然ともう片方の肩が下がり、何もしなくてもずり落ちそうなシャツの襟はさらにずり落ちる。襟はどんどんと下がり、彼女の大きく真っ白な果実の全貌を表そうとしていた。
俺はギリギリのところで目を逸らしていた。
馬鹿野郎!よくやった俺のクソ理性!死ね!
もう俺の脳は動揺でまともに機能していないみたいだが、なんとか体を掌握できた。
これ以上キアラを見ていると体の一部により一層血を集めてしまうと思ったので、俺はキアラに背を向けて、またしても前屈みになりつつ、朝食の準備に取り掛かった。
パンは食べやすいように適当な暑さにスライスして、干し肉は鍋でハーブとともに火が通るまで焼き、軽く塩をふる。昨日取っておいた魚も水瓶から出し、昨晩同様に塩焼きにした。
食材をテーブルに並べ、キアラの席を引いて彼女をテーブルにつかせた。
「ほい。じゃあ食べますか。」
キアラも「美味しそう!いただきまーす!」とホークに手を伸ばす。
「う!美味しい!」
魚を一口食べたキアラは目を輝かせ、次々に料理を口に運んだ。
「喉に詰まらすなよー」
そう声をかけつつ、俺は食欲のある彼女を見て改めてほっとしたのだった。
キアラはその後も夢中で朝食を食べ進め、すぐに食べ終わった。そして水を飲んで少し自分を落ち着かせる。
「ふう…」
「いい食べっぷりで安心したよ」
「えへへ、おかげさまで。…本当に昨日からずっとありがとね、マサミチ…さん。体拭いてくれたり、寝床や食事まで。」
「マサミチでいいよ。あとそんなに気にしなくていいって。こうやって一緒に飯を食べる相手ができて俺も嬉しいし」
「マサミチ…は、ここに一人で住んでるの?」
「ああ。つい最近越してきたんだ」
「へー」
「キアラもここら辺に住んでるのか?」
「うん。少し離れたところにある街の宿でしばらく暮らしてるんだ」
「お、街があるのか?」
「うん。あたしたちが会った川を降りていくと街の水門に着くよ。」
「そうか。よかった。今度行ってみるよ」
「まじ!?じゃあさじゃあさ!アタシが案内するよ!今回のお礼も兼ねてさ!」
一瞬で目を輝かせたキアラが、テーブルの上に身を乗り出して元気に提案してくる。
「わ、わかったから!お願いするから!てか、襟元襟元。」
身を乗り出したキアラの襟が大きく弛み、これまでかろうじて隠せていた胸元から大きな山を覗かせていた。山が大きかったのが幸いし、頂上付近は襟によってまだ隠されて、見えなかった。くそっ!。
「うわ!ご、ごめん…!」
キアラは襟を急いで手で引き上げ、胸元を隠し、頬を赤く染めて恥じらいながら席に戻る。
元気になったのはいいが、キアラはさっきから危なっかしい。その綺麗で可愛らしい見た目、扇情的な格好、溌剌とした性格。こんな子と話せて男としてはこの上ない喜ばしいが大変疲れる…。まあ正直嬉しい疲れでもあるが。
「…まあ、街案内は、その、お願いするよ。キアラはいつ頃なら都合がいい?」
俺は自分の考えも切り替えるため、話をすぐに戻した。
「あ、うん。アタシはいつでも大丈夫。あ、今日でも大丈夫だよ?ギルドに依頼失敗の報告しに行かなきゃだし…。」
そういうとキアラは少し落ち込んだ表情になる。
「そういえば、依頼っていうのはどんな依頼なんだ?」
「えーと、ポーションの材料になる薬草の採取依頼なんだけど。全然見つからなかったから…。」
それを聞いて俺は物置にある木箱を思い出した。確かあの中に…。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺はそういて物置に向かう。
「え?うん。」
物置から戻った俺は持ってきた物をキアラの前に置いた。
「これか?」
「あ!これこれ!」
物置の中にはたくさんの木箱があり、森に探索に行く前、中を確認するとパンや干し肉、調味料、それに薬草が入った木箱もあったのだ。
昨日キアラが着替えている時に読んでいた本で、この薬草がポーションに使われると書いてあったのでもしかしたらと思ったが、どうやら正しかったようだ。
「もしよかったこれあげるよ。まだ物置にたくさんあるし。」
「え!嘘!マジ!?いいの!?」
「ああ。気にせず持ってってくれ。」
「ちょっと、マサミチって神?昨日からほんと信じらんないんだけど。優しすぎて逆にあやしいってレベル!え?なに?なんか企んでんの!?」
と言いながらも、キラキラした目でこちらを見てくるキアラ。おい、俺が何か企んでたら完全にお前騙されてる顔だろそれ。全く疑ってないだろ。ほんとこの子、色々と危なっかしいな…。
「いや、別にそんな大したことじゃないし。たまたまたくさんあったから分けるってだけだ。それにこのあと本当に街案内してもらいたいし。」
「うん!するする!いくらでも案内しちゃうよ!あー、マジでよかったー。この依頼失敗したらマジでピンチだったんだよね。宿代も払わないとだし。あ、そうだ魔物から逃げる間に杖も壊れちゃったから買わなきゃなんだ!ああ、お金が飛んでいく〜」
「杖?杖って、魔法の杖か?」
「え?うん。アタシ、魔女やってるんだ〜。全然見えないってよく言われるけど。」
「杖なら、俺が作ろうか?俺、魔法具師やってるんだ。まあ、正確にはこれから始めるんだけどな」
俺の申し出にキアラは呆然としていた。
「おーい、キアラ?」
キアラの顔の前で手を振る俺。
「あ!ごめん。なんか、もう…。その…やっぱり……なんか企んでるでしょ!」
そういってくわっと見開いた目は、怒っているような驚いたような、でも嬉しそうにキラキラさせている。そして、またしてもキアラは俺の前に身を乗り出していた。
「だから胸!胸を隠してくれ!」
「ああ!ごめん!!」
そんなこんなで俺は、魔法具師として初めて人に魔法具を作ることになったのだった。
魔法具師の異世界スローライフ 谷山 えまる @emaru
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