5.踊り子の服[終]
さて俺たちはゴブリンも倒し、報酬の金貨も手に入れた。
実を言えば、ゴーストの欠片の換金額のほうがゴブリンの報酬よりはるかに高い。
しかし「闇の聖職者」たる黒魔術師ウォーロックであるから、ゴブリンのような本当に卑怯な連中を放っておくことなどできない。
卑怯と言えばドルボは俺を探しているらしいが知ったことではない。
「ゴブリンなんだが、知っているとは思うが女性を
「え、うそ、そうなんですか……」
冒険者ギルドの中で次のクエストを探すように掲示板を見ながら雑談をする。
隣にいたラティア嬢が俺の後ろ側に回ってきて抱き着いてきた。
最初少し震えていたが、だんだん収まってくる。
「私、本当はゴブリン、すごく怖かったんです。はじめての本格的な戦闘で」
「そっか」
「はい。以前、ちょっとだけ戦った時に、襲われそうになって」
「そうか、それは災難だったな」
「ルーク様にくっついていたから我慢できたんです」
「ふむ」
「もっと、もっと強くなりたい、もう足手まといは嫌です」
俺にギュッと腕を回してくっついてくる。
また背中に柔らかい膨らみがこれでもかとくっついてくる。
ドキドキしている心音すら感じられた。
その感触はまさしくラティア嬢が生きている証だ。
はぁはぁはぁという彼女のなまめかしい息遣いが俺のすぐ後ろから聞こえてくる。
俺はエンチャンターの能力により自分の魔法が格段に強化されたのを実感している。
しかし彼女は俺の彼女なしでの攻撃力を見たことがないので、自分の功績を評価できていないようだった。
だから自分自身の力を過小評価しているのだ。
「体の相性がいい」かはともかく彼女のエンチャンターの能力は俺が保証する。
「あの、私、強くなります。決意しました」
「そうか」
「踊り子の衣装、着ます」
「え、いいのか?」
「はい」
「どんな服か見たことあるのか?」
「はい、一度だけ、酒場で。……すごく布が少なくてびっくりしました」
「じゃあ、やめたほうが」
「いえ、着るんです。エンチャンターの能力って厚着より薄着のほうが効果が高いんです。だから、踊り子の衣装って本来はエンチャンターの衣装だったんだそうです」
「そ、そうか。なら俺は何も言うまい」
「いままで活躍する機会もなかったし、すごく恥ずかしいから着ようと思わなかったけど、うん、私プロのエンチャンターになるんです」
踊り子の衣装とは。
端的に言えば、すごく小さなブラとパンツに装飾がついたものだ。
装飾品は魔術的作用があり、増幅効果がある。
本職の踊り子はダンスを踊り神にささげることで、補助魔法の効果を出せる。
神は彼女たちの「肉体美」を是としている。はるか昔は全裸で奉納舞をしていたらしい。
一般人の前では普通のワンピースのような衣装を着ていたのだが、しかしやはりエンチャンターのような直接的なものより効力が低い。
そこで考え出されたのがあの露出度の極めて高い、必要最低限の部分のみを覆う服装、いわゆる紐ビキニタイプだった。
また装飾品は非常に高価だがそのぶん増幅効果が高くなる。
ただあの布なんてほとんどない服なのに一体型になっている装飾品のせいで値段はバカ高いらしい。
そのため露出度の最も高い踊り子の衣装を着せて踊らせるのを、王侯貴族が見世物として好むという、イヤらしい文化がある。
エンチャンターはそうではないが、踊り子は分類上は娼婦の一種だ。
つまり、そういう扱いだということだ。
彼女は処女の踊り子になる、と言っているのだ。
いくら服の起源がエンチャンターだろうと、あんな露出服恥ずかしいだろうに。
「いいか、俺は一応反対する。自分の身を犠牲にまでするものではない」
「いいんです。私、弱いから」
「弱くはない。はっきり言うが俺の範囲魔法は倍ぐらい強化されていた」
「倍ですか……」
倍と聞いて、目を丸くするラティア嬢。
ほんのり頬を染めて「倍、倍……んっ」とつぶやく。
「やっぱり体の相性、いいんですね」
「え、そうなのか?」
「前、野良で組んだ人は半分も強化されませんでしたから」
「それは、たぶん……」
「たぶん?」
そいつが下心からのゲスい人種だったからだ。
彼女の魔力はとてつもなく澄んでいる。
当たり前だが女性をとっかえひっかえしてただれた生活をしているようなヤツの魔力は汚れていて、その汚れた魔力ではラティア嬢の綺麗な魔力と合うはずがない。
「そいつの魔力が汚れていたからだよ。綺麗じゃないと合わないんだ」
「そうだったんですねっ」
ラティア嬢が俺の背中にくっついたまま、嬉しそうに小さく上下する。
う、うん。上下すると体にくっついた柔らかい膨らみも上下に揺れて、ぷるんぷるんという感触があってたまらない。
魔力の汚れは生活習慣と呪具などのお祓いグッズ、性行為の頻度で決まる。
性行為はなければないほうがよい。理想は処女、童貞だ。
坊主は肉を食わないがあれも一種の願掛け、または自己の呪いだ。
別に肉を食わないという誓いを立てなければ関係はないので、俺は肉は普通に食べる。
俺の最大の禁欲の誓いは童貞を貫くことだ。
まぁ世の中には肉を食う生臭坊主と呼ばれる人種もいるが、あいつらは他の面でも汚れきっていて、今更肉くらいどうということもない、ということだろう。
あまりにもラティア嬢がくっついてくるので、俺の禁欲の誓いを破らせようとする罠なのかと思うくらいだ。
しかし彼女の顔を見ると素でやっていて悪気はないのだろう。
いつ見ても聖女様のようなかわいらしい無垢な笑顔だった。
「それで踊り子の衣装、買うのか?」
「はっ、はいっ。どこで買いましょうか」
「ギルドのじゃダメなのか?」
「あ、そうですね。ギルドでも売ってるかもしれません」
ということでギルドの売店でお買い物となった。
「すみません店員さん。あの……お、おお、踊り子の衣装っ、く、ださい」
「踊り子の衣装ですね?」
「はぃ」
「露出度が非常に高いのですが、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶでしゅ」
彼女は顔を真っ赤にさせて、まるで沸騰したヤカンのようだった。
緊張しており、台詞も噛み噛みで、恥ずかしそうに小さい声で答えた。
商品棚ではなく後ろの保管室から出してくれた。
「試着したほうがいいですね、胸のサイズがあうといいんですけど」
「はぃぃぃ」
彼女の手に踊り子の服「紐ビキニ」が渡される。
確かに手に乗っているが、布なんてほとんどなかった。紐だ紐。
その紐に魔術用の金属の装飾がついていて豪華だ。
試着室に入っていく。
しばし待つ。
彼女が試着室から出てきた。
「どう、ですか?」
「ああ、似合っている」
真っ白い綺麗なつやつやの素肌。
その上に申し訳程度にブラとパンツがついている。
紐部分には黄金色の装飾品がスダレのようについていて、なかなか煽情的だった。
無駄なぜい肉がまったくない。例外はおおきな胸だけだ。
理想的で綺麗な丸い形をしていて谷間がある。
お尻は小さめで手足も細い。
スレンダー巨乳はこれでもかと、ギルド内でもとても目立つ。
「ひゃうぅぅ……恥ずかしいです」
「まあ、そうだろうな」
「でもでも。これで威力は格段に高くなりますね。私たち、最強ペアです」
「そうかもしれないな」
上から羽織る茶色いマントを購入した。
普段はあの衣装の上にマントを着て移動する。
再び掲示板を眺める。
「じゃあこれ、オーク村討伐」
「オーク!」
「そうだな。オーク」
「オークもその……女の子を」
「そうだ。ゴブリンと同じ感じだな」
「そうですか。私たちの敵です」
「うむ、これでいいか?」
「はい」
ラティア嬢はなにやら決意めいた表情をして、ぐっと手を握った。
そうして冒険者ギルドを出て、町の中をすたすた歩いていく。
ラティア嬢はなんだか赤い顔をしている。
「なんだか顔が赤いが、大丈夫か?」
「いえ、大丈夫、です。なんだか中がすーすーするんです。そのマントの下が踊り子の衣装なの意識してしまって、見られてるんじゃないかって気になって」
「大丈夫だ。ちゃんとマントで隠れているだろ?」
「はい……私、自意識過剰、なんですかね」
「そんなことはないさ。あんな服を下に着ているのは事実だ」
「はいっ」
確かに視線を気にして歩くと、こちらへ視線をよこす人は多い。
みんなラティア嬢を見ているのか。
確かにべらぼうにかわいいからな、ラティア嬢は。
それにマントの上からでも胸が目立つのだ。
門を通るときに
「どちら様ですかな。マントは脱いでください」
「ひゃいっ」
ラティア嬢の声が上ずっていた。とたんに顔が真っ赤に染まる。
そっとマントを脱ぐ。
ラティア嬢のまぶしいビキニ姿が陽のもとに晒される。
門番は上から下までじっくり眺めて鼻の下を伸ばした。
「ほほぅ、踊り子さん?」
「いえ、エンチャンターで」
「へぇぇ、踊り子のエンチャンターさんなのね。珍しいね。頑張って」
「はぃぃ」
そっとマントを戻して俺たちは町を後にする。
そうしてこうして森の中のオーク村に到着した。
「じゃあ、戦闘準備をお願いする」
「分かりました。脱ぎますね」
なんだか全裸になるみたいなイメージが浮かんできたが、ビキニになるのだ。
森の中、素肌を晒すラティア嬢の場違い感がすごい。
確かに美しい森の妖精みたいだけども。
さて、戦闘でやることはゴブリンと同じだ。
違うのは俺の後ろにくっつているラティア嬢がほとんど全裸同然の紐ビキニだということだ。
柔らかい二つの膨らみが俺の背中に押し付けられていて、ぽよんぽよんと感じる。
回された腕も、下に見える生足も服を着ていないかのように錯覚するほどだ。
確かにごわごわしたワンピースの服越しより、ずっと素直に魔力が通るのを感じる。
体の相性がいいって実は全裸で抱き合うって意味なのかもしれない。
それなら辻褄があう。
「これならいける」
オークはゴブリンとは違い、巨体で筋肉質だ。
ちょっとやそっとの初級火魔法程度では豚の丸焼きにはできない。
『ブゥブゥ』
『ゴゴ、ブブゥ』
すでに目の前にオークの群れが迫ってきていた。
「ではいくぞ」
「はい」
ラティア嬢の魔力が素肌を通じて感じる。
この布切れ一枚もない感じは確かに変に癖になりそうな快感がある。
すっと魔力が通って気持ちがいい。
「イノセント・エリア・ファイア」
使うのはいつものユニークスキル範囲火魔法。
ただし威力は段違いだ。
"天国"の清らかな炎の業火がオークの群れを豚の丸焼きに変えていく。
「す、ごい」
「ああ、すごいな」
俺たちの周りにいたオークたちは次々と倒れていき、立っているオークはついに一匹もいなくなった。
「私、エンチャンターの効果、こんなに……」
彼女が後ろからぎゅっと俺を今まで以上に抱きしめてくる。
その手は震えていた。
「こんな、すごいなんて……」
後ろからなので見えないが彼女は泣いていた。
「私、はじめて、役にたって。人の役にたって、こんな、こんなにうれしくて」
俺の背中が湿っている。彼女の涙がポロポロと俺のシャツに吸い込まれていく。
ラティア嬢が俺に顔を押し付けて、左右にぐりぐりとこすりつけた。
「生きてて、よかったです」
そこからはもう言葉はなかった。
ただ俺の背中にくっついて、今生きていることを感じているのだと思う。
彼女の初めての自己肯定なのかもしれない。
ずっと「役立たずのエンチャンター」として、後ろ暗く感じていたのだろう。
彼女の心を縛る鎖は今、バラバラになって砕け散ったのだ。
◇◇◇
俺ルークは世界最強の黒魔術師ウォーロック。ユニークスキル「エリア」による範囲魔法が得意だ。
彼女ラティアは踊り子のエンチャンター。もはや「役立たず」ではない。最強の黒魔術師を何倍にも強化する、世界最強のエンチャンターだ。
俺は黒服に黒水晶、黒ドクロのアクセサリーを付けた、人から見たら陰湿な格好をしている。
彼女は普段はただの茶色いローブ姿だ。
しかし戦闘中と宿屋の個室では踊り子の衣装となる。露出度が高く、どう見ても破廉恥で恥ずかしいだろうが、それを上回る威力を発揮する。
俺と彼女の相性はばつくんにいい。
なんだか俺の前でだけ紐ビキニを見せてくれていると思うと、その信頼がとてもいとおしい。
彼女とは処女、童貞の関係を続けている。
戦闘時には背中に柔らかい二つの膨らみがくっついたりすることもある。彼女はことのほか、スキンシップも好きだ。
俺はもんもんとしつつ、貞操の誓いを破ることは決してしない。
俺たちの能力のためにも、彼女との信頼関係を維持するためにも。
これからも魔術師ウォーロックを続けていきたいと思う。
俺たちの人生はまだまだこれから、先は長い。
「ルーク様、今、服、脱ぎますね。……恥ずかしいですけど」
「あ、ああ、頼む」
今日も今日とて、彼女はローブを脱ぎ、露出度の高い踊り子の服になる。
俺と彼女は一心同体となり、世界最強の範囲魔法を放つ。
敵はまたしても一掃された。
(了)
卑怯な黒魔術師ウォーロックだとしてパーティーを追放されたけど、ユニークスキルの範囲魔法でソロ余裕でした。今更戻ってこいと言われても、もう遅い 滝川 海老郎 @syuribox
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