武道家転生 - 武神を制すその日まで -

なぺぱてー

プロローグ

 俺は長谷 忠はせ ただし

 もう四十になる。

 今は柔道家として柔道場で師範をしている。要はリーダーのようなものだ。

 熱気に包まれた道場、それを逃がす様に全開に開けられた窓。


「整列! 姿勢を正して黙想」


 合図とともに、男たちが俺の前に整列し、黙り込み、精神集中に耽る。


 パシンッッ!


 と、手を叩く音を合図に、精神集中をやめにし、礼法に則って丁寧に座礼をする。


 「「「ありがとうございました!」」」


 男たちが一斉に、野太い声で言う。


 これは柔道の精神、「礼に始まり礼に終わる」に則って行う、稽古終わりの……簡単に言うと儀式のようなものだ。


 柔道を始め、はや三十年弱。

 幼少期から聞くこの儀式は耳に馴染み、最早日常そのものである。


 小さい頃から始めたんだ、そこそこの実績、実力もあった。


 だからこそ、最近の俺の身体が衰えてきていると実感している。

 今まで、約十年前までは、出来ないことが出来るようになる。

 この楽しさ故続けていた訳だが、最近は、出来たことが出来なくなる。それが怖くて続けている。


 俺には目標があった。世界一強くなることだ。

 理由はない。

 しかし、男なら誰しもが思うはずだ。


 世界一頭が良くなりたい。

 だとか、世界一カッコよくなりたい。

 だとか。


 ――でも、もう無理だ。


 誰しもが大人になるにつれ、それは非現実的だと諦め、「そこそこでいいや」と妥協した。

 俺もその一人だ。


「師範、考え事ですか?」


「あ、ああ少しだけな」


「今日は娘さんとお出かけなんですよね? そんな顔してると娘さん、怖がっちゃいますよ」


「そうだな、ありがとう。切り替えるよ」



―――――――――――――――――――――――

 


 ややあって、俺は嫁と八歳の娘と一緒に、新車の試運転がてら、ショッピングモールに向かっていた。


 娘の風夏ふうかは足を揺らして到着を楽しみにしている。


「あなた、ちょっとお金おろしたいから、近くの銀行に止めてもらえる?」


 俺を見て、嫁の恵子けいこが微笑む。


 ドキッ。


 彼女には勝てない。結婚して約十年経った今も、常にキュンとさせられる。


「ああ、分かった。

 近くの銀行でいいんだな」


 頷くと、次は娘が自慢げに話しかけてくる。


「ねぇパパー」


「なんだ風夏、いい事あったのかー?」


「あのねあのね、私かけ算ならったんだよ! いんいちがいち! いんにがに!」


 楽しそうにかけ算九九を披露する。

 そんな姿が愛おしくて、可愛くて、ついつい笑みを浮かべてしまう。


「凄いなー風夏は。 いい子に勉強してるんだな」


「うんっ! わたしいい子だよ!」


 決して裕福ではないが、とても幸せな暮らしだった。


 ――あそこにさえ行かなければ。


 ややあって、銀行に嫁がお金をおろしにいくと。


 銀行から駐車場まで届き渡る、女性の悲鳴が聞こえた。

 まさかと思った。


「風夏! ここで待ってろ、良いか……絶対にだぞ!」


 娘に絶対に車から出るな。そう言い聞かせ急いで銀行に駆け込んだ。


「この銀行中ありったけの金を出せ! じゃねぇとこの女……お前ら全員も殺すぞ……!! 少しでも変な動きをするんじゃねぇ……その瞬間お前らを殺す!」


 ――は?


 なんだよこれ、嘘だろ……。


「なんで……なんで恵子なんだよ!!」


 目出し帽で顔を隠した大男に掴まれてる恵子に、ナイフが向けられている。

 恵子が俺に気づき、「安心して」と語りかけるように微笑む。


「何をしている!! 早くしやがれ!! 殺すぞ!!」


 周囲の人間は怯え、固まっている。

 だが、俺は大男に走って向かった。

 冷静ではなかった。


 大男の要求は金だ。もう少し待っていれば何も無く終わったのかもしれない。

 いや、きっとそうだった。


 大男は俺に気付き咄嗟に振り返る。


 俺は、恵子を掴む腕を振り払い、大男の顔面に力いっぱいの拳を入れてやった。


「いてぇえ……!! いてぇぇぇぇぇよぉぉぉおお……てめぇ…………何してんだよぉおおおおおお!!!!!!」


 大男が狂ったかのように俺にナイフを振りかざす。

 俺にとって、これはチャンスだと思えた。


 なぜなら俺は、柔道家だから。


 柔道形じゅうどうかた、攻撃防御の理合いを習得するために行われる形稽古のことだ。

 形稽古では必ず、投げられる側の「受け」また、投げる側の「取り」に分かれている。


 そして何度も繰り返し行ったこの形稽古には、殴りかかってきた「受け」の力を逆に「取り」利用し、投げ飛ばす。

 そんな場面がいくつもあるのだ。

 何百、あるいは何千とやった形稽古。


 失敗するかもしれない、なんて心配は無かった。

 過信していたんだ。自分の実力を。


 俺はふりかかるナイフに怯む事無く、腕をがっしり掴み取り大男の懐に潜り込む。



 ――後は体全身を使い投げきるだけだ。



 柔の道には「柔よく剛を制す」なんて言葉がある。

 だから俺は体格差のある大男に向かうことが出来た。


 俺の技が、力に負けることはありえない。そう思っていた。


 でも、忘れていたんだ。

 まだ俺は、剛を制す程の技術を持っていなかった。


 耐えられてしまったんだ。

 少しでも持ち上げることができなかった。


 渾身の攻撃だった。

 技のタイミング、形だって悪くなかった。

 しかし、通用しなかった。


 俺は戦意を喪失し、そこからは早かった。

 胸ぐらを掴まれ、なんどもなんども頭突きをくらう。


「なんだよ!! 抵抗してみろよぉぉおおおお!!!!!!」


 頭蓋骨が割れそうだ、なんて頭の硬さをしてるんだ。


 この光景をみた恵子は泣き崩れ、周りも怯えている。

 だから俺は笑った。

 いつも恵子が俺に笑いかけるように、「安心しろ」ってそう伝えたかったから。


 大男は無抵抗の俺に対し、呆れたように舌打ちする。


「つまんねぇ野郎が……死んじまえゴミ虫が」


 さっきの狂った振る舞いからは信じられないほど、低いトーンの声でそう言って、俺を刺した。


 俺は大男に殺された。


 もしあの時、冷静に物事を判断できていたら、あるいは、世界一強い男だったら……。


 もしまた生まれ変われるのならば、世界一強い男でありたい。

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