第8話

──大西氏の場合は、大学進学を機に故郷を殺すことで、解脱できたようですね。長官に就任してからの業績を見る限り、いずれも成功していますから。故郷を見つめ直して、責任ある立場で故郷のために尽くす。本望でしょうね。


「うーん、どうでしょうね。確かにこの一大事からサヌキを立て直す長官職として、彼は適任ですし、実績も残しています。ですがそれが彼の真の狙いかと言うと、断言はできないかなと思います。彼とは上京後も度々連絡を取っているのですが、向こうでの数年間で彼は悟りに近付いたように見えました。しかし今、長官としての彼を見ると、果たしてそれが本当に、彼が人生を懸けてやりたかったことなのか、なりたい人物像なのか、というと、そうではないことが私には分かります。彼はまだ何か持っています」


 言い終わると黒川氏は、喫茶店に据え付けのテレビを選局し始めた。地域ニュースの所で止めた。大西氏が記者の質問に答えている。


「ほら、今も彼は真摯しんしに対応しているでしょう。皆の声を聴いてそれに応えたために、区民は一層彼に期待を寄せるようになりました。水不足やソーラーパネル問題を早急に解決した彼ならば、他の課題も解決してくれるんじゃないか。そんな期待が区民の間に広がってきました。彼はそれにも、何とか応えようとする姿勢を見せるでしょう。模範解答的な振舞いを。ですがもう少しこう……そういった優等生的な側面以外も、いずれ見せてくれるように私は思います。高校時代もそんな側面が見え隠れしていましたが、故郷を捨ててからの数年間で、より強かさを上積みしたようです。その強かさが、これからどのような形で現れるのか、私は楽しみにしています」


──大西氏の意外な一面については、今後のご活躍を追って見ていきたいところですね。


「そう遠くないうちに見られるでしょう。とはいえ待ち遠しいものです」


 インタビューの最後に、筆者はもう一点質問した。先程から気にかかっていたことがあったのだ。


──先程は「羅漢に逢うては羅漢を殺し」を始めとして、サヌキを捨て外界へ飛び出すことを奨励する貴校の方針についてご説明いただきました。本インタビューで忌憚なくお答えいただけたことは大変ありがたいのですが、この内容を公開することで貴校の評判などへは影響しないでしょうか? 地元の学校が地元からの離脱を若者に勧めたということで、例えば次年度以降の貴校の志願者が減少する可能性があると思いますが、いかがでしょう。


「その点は大丈夫ですよ。ご心配されるのも当然ですが、それには及びません。近いうちに、問題にならなくなります」


 黒川氏は再びテレビを見た。他地域との人の往来の自由化を求める若者の声が取り上げられていた。中高生ぐらいが中心とされている。議会では若手議員連合が自由化意見書を提出したが、否定的な意見が大勢を占めているとのことだ。

 場面が変わって閉会後、今後の展望を記者から尋ねられる大西氏の手元に、秘書のメモらしき物がさっと渡った。手元を見ながら氏は答えた。


「自由化ですか? ええ、勿論それはですね……直ちに、遅滞なく」

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