「お」


 いた。

 いたけど、声をかけるのはたぶん違うな。

 今の仕事の関係で、多少時間軸が混在した場所にいる。だから、通信先で時間や場所がおかしくなったりしていた。

 相手の顔も。自分の側だけが知っている。たまたま仕事先のリストにあった。今回の案件の原因に近い人間。

 遠くから、なんとなく眺めて。それで終わり。


「お」


 と。


「え?」


 思っていた。


「おわっ」


 突っ込んできた。なんで。


「あなたですよね?」


「いやあ、えっと」


「見れば分かります。わたし、声で相手の顔が分かるんです」


 そんなことリストに書いてなかったぞ。


「そのかわり、触覚が薄いので。ちょっと失礼します」


 彼女の手が、ぺたぺたと顔をさわっていく。


「おお。お顔だ」


 嬉しそうな彼女。

 彼女が嬉しそうなので、とりあえずいいか。一応、後で仕事場に連絡しておこう。




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rain calls 729 (短文詩作) 春嵐 @aiot3110

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