第九話: 次から次へと……
──そうして色々と不穏な種を残したまま始まった文化祭だが……意外なことに、始まってしばらくは、特に問題らしい問題は起きなかった。
いや、まあ、それはそれで当たり前なのだが……とはいえ、
問題に発展まではしなくとも、その直前までは幾つか起こった。
いちおう、男子たちがキッチリ教室内にて目を光らせているおかげでもあるが……そこに加えて、もう一つ。
『ガキだからって俺たちを見下して高を括るのは勝手ですけど、異世界側が後で動くんで、マジで知らねえっすよ』
『俺たちに泣きつこうが、警察に泣きつこうが、どうにもならないっすからね。俺たちも、なんとも思わないっすから』
不穏な挙動を見せ始めた者に、そんな感じの言葉を告げれば、全員が顔を青ざめておとなしくなった。
やはり、『異世界』のパワーはえげつない。
普段の生活にほとんど関わってこないので実感が薄くとも、異世界に逆らったりナメた態度を取ればどうなるか……少しでもネットに触れられる環境と頭が有れば、嫌でも理解している。
だから、問題に至るまでには誰も彼もがおとなしくなり……事前に剛たちが想定していたよりもずっと、教室内は穏やかな空気が流れていた。
とはいえ……女王の推測通り、客層は明らかに男が多かった。
もちろん、女もちらほら居たわけだが、割合としては圧倒的に男が過多で……雰囲気からして、学生とは無関係の部外者な者が多かった。
まあ、そうなるのも仕方がない。
なにせ、愛は目立つ。
いや、異世界女子が……というのが正しいのかもしれないが、とにかく、愛は目立っていた。
遠目にも胸元の深すぎる谷間が確認出来るうえに、モデル顔負けの美貌に朗らかな笑顔となれば、一目が集まらないわけがない。
しかも、顔立ちは北欧系というか、外人系だ。
異世界よりも外人等の方がはるかに日本に馴染んできているとはいえ、それが成人していない学生ともなると、少し事情が変わる。
加えて、愛ほどではないが、桔梗も目立つ。
いや、場合によっては桔梗の方が視線の熱というか、粘着質な視線の割合が高いように思えた。
なにせ、明らかに外人系(まあ、異世界人だけど)な愛とは違い、桔梗の外見は日本人系(重ねるが、異世界人)である。
つまりは、外人系に対する気後れ(要は、不慣れ)等が一切無い。
パッと見た感じだと、『マジでシャレにならんぐらいに美人でスタイルの良い女子高生』でしかないからか、そういう者たちの視線が一身に向けられた。
……さて、そうなると、どうしても出て来るのが……不埒な行動である。
先述の通り、始まってしばらくは大丈夫であったが……やはり、中には何があっても自分なら平気だと本気で思っているやつもいる。
──それは、明らかに盗撮を行っている、ヤンキー系の風貌をした男であった。
スマホを片手に、堂々と盗撮を行っている。それはもう一切隠す素振りがなく、気付いた周囲の者が嫌そうに顔をしかめても、お構いなしに撮影を続けている。
「うっほ~、揺れてる! すっげぇ揺れてる、○○気持ちよさそう~!」
しかも、出る言葉の全てが下品極まりない。というか、公共の場でそんなことを口走っていたら、警察を呼ばれるレベルだ。
これには、さすがに笑顔を保っていた愛や桔梗……女子たち全員が、嫌悪感を隠そうとせず、その男に目線すら向けようとはしなかった。
「ちょっと~、俺って客だよ。最近の学生って、客を差別するのが流行ってんの~」
そうすると、なにやらヒートアップする……もはや、不気味を通り越して恐怖すら覚えてしまいそうな、場違いな空気を醸し出していた。
おかげで、それまで忙しなくも穏やかな空気だった室内に、嫌な空気が流れ始めた。
見て見ぬふりに徹していた他の客たちや、長蛇の列を見て迷っていた客たちが、徐々に落ち着かない様子を見せ始める。
そりゃあ、そうだ。
常識的に考えて、こんなヤバいやつが利用しようとしている店なんて、誰が行きたいと思うだろうか。
いわゆる、迷惑系配信者というやつなのか、ブツブツと誰かと会話をしているかのような素振りで独り言を呟いてすらいる。
……それを見て、男子たちも動いてはいる。
だが、ヤンキー系のその男は注意を受けても一切を無視しており、カメラを全く下げない。
それどころか、男子たちを逆に撮影して。
「性欲ビンビンの学生が、女子の前で格好つけたいそうで~す」
と、いった感じで、もはや言葉では言い表せられないぐらいに相手を舐め腐った態度であった。
これに怒った男子たち(もちろん、剛も怒った)は、一斉にその男を取り囲む……というより、バリケードを作った。
幸いにも、ヤンキー男はまだ教室(つまり、お店の中)には入っておらず、列に並んでいる状態だ。
「お引き取りください」
男子たちの中より、剛が率先してキッパリと言い切った。その後ろで、後押しするように番町が男を睨みつけた。
ヤンキー男もそれなりに体格は良かったが、それは男を囲っている男子たちも同様である。
伊達に、『キーコくん』による肉体改造が行われていない。
さすがに成人男性に比べたらまだ子供の域ではあるが、それでも、誰も彼もがやせっぽちみたいな体格ではなかった。
「あっ? なに、おまえ?」
「お引き取りください」
「はっ? 客だよ? 差別すんの?」
「お引き取りください」
「……あっ?」
慣れているのだろう。
ヤンキー男は、実に手慣れた様子で剛を睨んだ後で、男子たちを順々に睨みつける。
それは実に様になっており、仮に1人で対面していたら、思わず腰が引けていただろう。
だが、この場には他の男子たち……クラスメイトが居る。それが、彼らに少なからずの勇気を与えていた。
そして、それは同時に……ヤンキー男の蛮行を止める抑止にもなっていた。
仮に、だ。
ヤンキー男がキレて、誰か一人へ拳を振るったら、この場の男子たち全員が一斉に殴りかかるだろう。
そうなれば、いくら慣れているのが傍目にも見て取れるヤンキー男も、無事ではすまない。
いや、それ以前に、あっという間にリンチにされて全身ボコボコに殴られ……数の力は、時に猛獣すら倒すのだ。
その中でも、番町の拳の威力は別格だろう。
体格もそうだが、腕の太さや背中の大きさが、ヤンキー男よりも太くて大きい。体重の有無だけでも、パンチの重さは変わるのだ。
「……そうっすか」
ポツリとヤンキー男は呟くと、男子たちの顔を……最後に番町へと視線を向けた後、スマホをポケットに入れた。
……しばしの間、沈黙が辺りに広がった。
おそらく、ヤンキー男は……いや、間違いなく、番町の全身をジロジロと見ながら、格闘能力を確認したのだろう。
見た目からも、この場で喧嘩が勃発すれば最後、一方的にボコボコにされるのは自分。
なんとか生意気なガキを1,2人ぐらい殴れても、その10倍以上の数の拳が来たら……おそらく、そんな計算をしたのだろう。
ヤンキー男は……小声で悪態を突きつつも、それ以上のことはせず……列からも離れ、そのまま人ごみの向こうへと消えて行った。
……。
……。
…………そうして、後ろ姿が見えなくなってから、5秒ほど経った後で。
「は~、ビビった。初っ端からアレとか、レベル間違えているだろ……」
溜息と共に、おもむろに零された番町のその感想に、ようやく張り詰めていた場の空気も緩み……ざわめきが戻り始めた。
ホッと、気を緩めたのは、男子たちだけではないだろう。教室の中から様子を伺っていた女子たちも、同じくホッと気を緩めた。
そして、成り行きを見ていた客たちも、安堵のため息を零す。
まあ、下手に警察を呼んで大事になっても責任が取れないし、見守るしか出来なかったのだろうから、仕方がない。
「大戸くん、大丈夫だった?」
──っと、その時……ようやく頭が動き出したのか、女子たちがゾロゾロと廊下の方へと顔を覗かせ、番町へと笑みを向けた。
中で、愛と桔梗が客たちに軽く挨拶をしているのか、まだ出て来る様子はない……ちなみに、だ。
……けっこうな人が忘れているだろうが、番町の名字が
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「そうなんだ、良かった。ありがとう、守ってくれて」
次々に、女子たちから感謝の言葉が出る。それは番町だけでなく、他の男子たちにも……だが、しかし。
(……俺も、やったんだけど)
その中で、自分を含めて一部の男子の名前が女子たちの口から上がらないことに、剛は首を傾げ……ああ、と納得した。
──なんてことはない。
女子たちの口から名前が上がっていないのは、単純に不細工……言うのもなんだが、女性にはモテなさそうな外見の男子であった。
もちろん、女子たちは無視なんてしていない。
単純に背丈がある番町などが目立っていて、目に留まらなかったのかもだし、ちゃんと感謝の言葉は出している。
ただ、番町含めた一部男子以外は『その他大勢』という具合に、ひとまとめにしているだけで、例外が、女子たちからの評価が高かったりする人物なだけ。
自分は……どう評価されるのかは分からないが、色々あって好かれていないのは確実だろうと、剛は思う。
わざわざ嫌っているやつだけが助けてくれたならまだしも、イケメンの番町も助けてくれたとなれば、名前は上がらないよなと剛は内心にて苦笑を零した。
(女王さんが前に言っていたことって、コレか……実際に意識して体感すると、けっこう女子も露骨に差別するんだな)
そうして、ふと、脳裏を過るのは……女王の言葉。
そう、それは以前、フラッと様子を見に来た女王との、何気ない雑談の際にポロッと零された忠告。
『剛くん。君はまだどこか女に対して幻想を持っているようだからあえて忠告しておくけど……女って、君が考えているよりもずっと利己的なの、忘れちゃ駄目よ』
『……君だって経験したでしょ。幼い頃から付き合いのある相手を平気な顔で騙して、そのうえで自らを被害者にして、知らん顔していた女の子の残酷さを』
『──うん? もしかして、あの子だけだと思ってない? そんなんじゃ甘いよ、君が思っているよりもずっと、あ~ゆ~タイプは多いんだよ』
『……まあ、仕方ないとは思うよ、私もね』
『極論を言っちゃえばさ、こっちの世界って基本的に男の方が数は多くて、女の数は少なくて……その中でも異常が無い健康な女子ともなれば、更に数が減るわけでしょ』
『そうなるとさ、この世界のお偉いさんというか、上に立つ側からすれば、男100人見殺しにしてでも、若い女1人を生かした方が総合的には得なわけなのよ』
『それはね、誰も口に出していないけど、男も女もうっすらと理解していることなの』
『だから、いざという時に男が後回しされるような状況でも、大半の男は我慢するし、大半の女だってそんな贔屓は受けられないって言わないでしょ?』
『もちろん、限度はあるでしょう。色々な前提条件を踏まえたうえでの話でもある』
『でもね、少なくとも、剛くん……君が生きている今の時代は、君が考えている以上に男が使い潰されている時代なの』
『男が出来る事は機械やら何やらが出来るようにはなったけど、子供を産むという事だけは、機械では代用出来ないから』
『だからね、剛くん』
『物事に限らず、もっと──一歩分、心の距離を取って頭を冷静にしてから女を見るようにしないと、駄目よ』
『君は、女を殴って心を痛めない子じゃないから、特に』
『傷ついているから身を引けているだけで、冷静に見ているわけじゃないってこと……ちゃんと、頭の片隅に入れて自覚しないと、ね』
……。
……。
…………その時の剛は、女王さんってなんかこの世界の女性に対してかなり鋭い棘があるよな~といった感じで受け止めていたが。
(う~ん……しかし、俺は平気だけど、男子たちが気付いてしまえば不満を溜め込むのではなかろうか)
こうして、実際に目の当たりにすると、けっこう当たっていると思えて……ちょっと面食らう部分もあると剛は思った。
おそらく、女子たちに悪気はない。自分たちがそういう差別(たぶん、区別と思っている?)をしているという自覚が全く無い。
というか、もはや自覚云々のレベルではないのかもしれない。
人が意識せずとも呼吸が出来るように、女子たちのこういった選別は呼吸と同じぐらい無意識の内に……いや、それは男も同じか。
(そういえば、女王さんが言っていたな……男はより多くの女を求めて、女はより優れた雄を求めるのが人の本能だって……)
軽く想像し、あまり否定は出来ないかも……っと、思わず苦笑──っと。
「なんか列が詰まっているけど、やってるの?」
にわかに湧き立っている教室(つまり、店内)へ、唐突に顔を覗かせたのは、見知らぬ男子──ああ、いや、違う。
(あれ、あの人って……吾妻先輩?)
その顔に見覚えがあった剛は、うわぁ面倒臭いやつが来たぞと思わず顔を引き吊らせた。
実際のところは分からないが、これまたみっちゃん曰く『かなり女子からモテている』らしく、セフレが何人もいるらしい。
正直、女性(というか、幼馴染だ)に対してトラウマを持っている剛としては、よくやるなあ……という感想が……っと、そうじゃない。
(──どうしよう、逃げたい)
とりあえず、番町の背中に隠れながら、見つからないよう背中を向ける。
なにやら察した番町が、その場から動かないでいてくれるが……そう長くは続けられない。
剛としては、他所で勝手にやってくれといった話だが、そうするとみっちゃんに向かってしまうし、加えて、既に剛は悪い意味で向こうに顔を覚えられている。
──だれ、あの人?
──知らねえ、靴の色から見て上級生だけど。
──あれ、吾妻先輩だよね?
──みっちゃんって、もしかして吾妻先輩って……。
声からして男子たちは知らないようだが、女子たちの間では知られているようだ。
まあ、女子からの人気が高いのだから、女子に知られているのはなんら不思議では……いや、待て。
──あ、あの、吾妻先輩、来てくれたんですね!
(──セフレだったよね、たしか……)
背後より聞こえてきた女子の声……
どうしてかって、それは……秋は吾妻のセフレでありながら、吾妻に対して恋愛感情を抱いていることを情報として知っているからだ。
もちろん、それが本当なのかは不明だ。あくまでも、みっちゃんの話が本当ならば、という前提の話である。
(あ、秋さん、あんな可愛い声出せたのか……)
けれども、声だけとはいえ……いや、声だけだからこそ、これまで剛が耳にしてきたモノよりも1オクターブは甘ったるい感じになっているのが分かってしまった。
もう、疑うなんて無理だ。
明らかに、みっちゃんの話の通り、秋が吾妻に対してセフレ以上の感情を抱いている……が、しかし。
──ん? 秋か、似合っているな、それ。
──え、えへへ、そうですか?
──うん、似合う似合う……でさ、みっちゃん、いる?
──え?
残念なことに、吾妻の方は……あくまでも、数居るセフレの内の一人にしか過ぎないのが、声だけだからこそ嫌でも理解させられた。
いや、だって、アレだ。
声に込められた熱が違い過ぎる。『え?』って呆気に取られた秋の声色と、みっちゃんと呼んだ時の吾妻の……止めよう、考えるだけ辛くなってくる。
(……恨むよ、みっちゃん。知らぬ存ぜぬだったら、気付かなかったものを……!)
本当に、このままこっそり逃げ出したいが……逃げ出すよりも早く、吾妻の視線が番町の背後にいる剛を見つけ出した。
「あ~、時田剛、だったか? ちょっと聞きたいことが、あんだけどさ」
さすがは、セフレを何人も作る行動力のある男。何時の間にか名前を調べているようで、普通にフルネームで呼ばれた。
とはいえ、言ってはなんだが剛は色々な意味で有名人だし、みっちゃんに協力した時には名前が出たから、そこから探ったのだろう。
まあ、それはそれとして……さすがは、大らかなみっちゃんから『しつこい男』と言われるだけはある。
先ほどの喧騒もあって入るには少しばかり勇気が必要だというのに、中々に図太いようで、気にした様子も無く中へと入って来た。
その際、番町がチラリと剛へと振り返る。『どうすんの?』そう言いたげな視線だ。
対して、剛は静かに首を横に振れば、番町はポンと剛の肩を叩き、そっと横に動いた。
「みっちゃん、いる? 用があるから、呼んで来てほしいんだけど」
そうして、対面するやいなや、ズバッと真正面から尋ねてきた。
断られる可能性など微塵も考えていないのが、態度からも透けて見えていた。
……なんで、この人ってモテているんだろ? 顔か?
正直、ちょっと剛はイラッとした。
傍目にも何か起こったのが見て取れるのに、一切無視したうえで、まるで部下に物を言うかのような態度。
いくら上級生とはいえ、吾妻と剛との間に面識は無いに等しい。
それで、上から目線で、まるで従うのが当然であるかのような言い草……これで腹を立てるなというのが無茶な話だ。
「ここにはいないよ」
とはいえ、だ。
下手な嘘で誤魔化すと、それはそれで剛自身にも、みっちゃんにも迷惑が掛かりそうな気がしたので……とりあえず、嘘だけは言わない方向で答えることにした。
「……じゃあ、どこに居るの?」
「衣装が破損したから、替わりの衣装を取りに行っている」
「え、破損? 大丈夫なのか?」
途端、心配そうな顔になる吾妻。素材が良いから、どんな動きでも様になっている。
とはいえ、剛が女だったら心動いたかもしれないが、同性である剛には対して意味はなく……大丈夫だからとあっさり切り捨てられた。
「とにかく、ここには居ないから。話はそれで終わりですか?」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、来るまで待たせてもらうから」
「は?」
思わず、剛は呆気に取られた。
「ああ、隅っこの方に居るから気にしないでくれ」
けれども、吾妻は欠片も気付いていないのか、逆にこちらを気遣っているかのように手を振った……いや、そうじゃないだろ。
「そんなの駄目に決まっているじゃないですか」
「え、なんで?」
──え、分からんの?
思わず、そう言い掛けたところを寸でのところで呑み込んだ剛は、褒められるべき対応だろう。
大して、吾妻の方は、機嫌を損ねた……というより、駄目と言われた事が、本当に意味が分からなかったのだろう。
初対面の時とは違い、苛立ちではなく困惑の顔で、どうしてかと尋ねてきたので……しかたなく、剛は率直に答えた。
「そりゃあ、横を見れば分かるでしょ」
「横?」
首を傾げながら、吾妻はぐるりと教室内を見回し……再び首を傾げると、剛へと向き直った。
「なにが?」
「……セクシーな恰好をしている女子たちがいるでしょ。1人許しちゃったら、他の人が自分も自分もと声を上げるでしょ」
剛の言い分は、もっともだ。
ただでさえ、愛と桔梗という超ハイレベルな女子が2人、それもセクシーな恰好をしているのだ。
1人を許せば、何だかんだと理由を付けて長居しようとする者が出ても不思議ではなく……ゆえに、吾妻の言い分は何一つ受け入れることなど出来ないのであった。
「え? あ……あ、ああ、そっか、そういうことか」
それなのに、だ。
(え、今になって気付いたの?)
たったいま気付いたと言わんばかり那表情で頷く吾妻に、剛は内心にて呆れて溜息を零し……けれども、意外なことに吾妻はそれ以上は無理強いはしなかった。
「それじゃあ、時間を改めて午後にまた来るから」
「……言っておくけど、横入りは駄目だぞ。そう判断したらまた最後尾に並び直しさせるからな」
「そんなん当たり前だろ、ちゃんと列に並ぶよ」
さすがに、最低限の分別は付くのか……吾妻は変にごねるようなこともせず、来た時と同じく、帰る時も颯爽としていた。
……そうして、客たちを除いて、後に残されたのは、だ。
「……なんだったんだ、あいつ?」
ポツリと感想を零した番町と同じく、わざわざ下級生の教室までやってきた吾妻に首を傾げる男子たちと、一部女子と。
「さ、さあ、なんだったんだろうね?」
吾妻に多数のセフレが居ることを噂なり何なりで知っており、そのうえで、先ほどの秋の反応から察した女子たちと。
「…………」
おざなりに褒められただけで、その後は見向きもされることなく素通りされ……少しばかり俯いたまま、スカートを握り締める秋道子と。
「ふ~ん、そっか……意外や意外、ってやつ?」
直前まで顔をしかめて嫌そうにしていたが、吾妻の素っ気ない反応に興味を引かれたのか、面白そうに互いの顔を見合わせている異世界女子の愛と桔梗と。
(……これ以上、何事も起こりませんように!)
無言のままに手を合わせ……とにかく、無事に終わりますようにと祈りを捧げる、剛の異様な姿であった。
とある世界のありふれた青春 葛城2号 @KATSURAGI2GOU
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