第八話: とんでもねぇブツが飛び出しやがった
──とりあえず、衣装の件はなんとかなりそうだ。
ただ、新たな衣装を借りるために夢華屋に向かう必要がある。つまり、往復の時間を考えると、午前と午後に割り振る人員を変更する必要があることをクラスメイトに伝えた。
「それ、代表して一人が行けば良いんじゃないの?」
「いや、それは駄目だって。使う人が来ないと駄目って却下されたんだ」
男子の素朴な疑問に、剛は首を横に振った。
実は、剛も最初は同意見であった。なので、代表する形で1人が行けばと提案したのだが、女王より却下されてしまったのだ。
もちろん、理由はある。
下手に1人に任せるとプレッシャーも掛かるし、なにか起こった時に、その人に責任を被せないようにするため……らしい。
言われてみれば、ただでさえ衣装の件で揉めたのだ。
ここで更に衣装が原因で揉め事になれば、間違いなく衣装を借りて来た人物に責任をおっ被せようとするし、そうなってもなんら不思議ではない。
だから、あえて4人全員に行かせる。
そうすれば責任は4人全員に分散出来るし、誰かが適当な事を言い出しても、夢華屋の人達の証言を出せば……という判断に剛は納得した。
ちなみに、納得したのは剛だけではない。
夢華屋の女王からの説明をそのまま話せば、ほとんどの者は納得した様子で頷いた。
ほとんど、と称したのは、『そういうものなのかな?』と首を傾げていたり、そもそもあんまり事態が呑み込めていないっぽいだけだったり……で、だ。
時間が無いので、衣装が駄目になった4人……みっちゃん含む異世界女子が3人と、こっちの世界の女子である秋が、急いで『夢華屋』へと向かった。
みっちゃんと秋の両名は先日、色々と言い合って不穏な空気を作り出した関係であり、道中で喧嘩しないかな……と、ちょっと不安に思ったが……あえて言葉にはしなかった。
さすがに二人とも、そこまで馬鹿じゃないだろうと思ったから。
既に『夢華屋』に迷惑を掛けているというのに、ここで更に迷惑を掛けるような事を仕出かせば、どうなるか……さすがに、まともな頭をしていたら察せられるだろう。
まあ、みっちゃんの方が、『セフレ止まりの女』っていう感じで捉えているのか、端から相手にしていないっぽいし……止めよう、考えたところでキリがない。
「この中で、午前に変更出来る女子いる? あと、それとは別に、午後も兼任してガードマンをやって欲しいんだけど、やれる人はいる?」
衣装はひとまず解決したと考えて、もう一つ……早急に解決しなければならない問題が、コレである。
そう、不運なことに、衣装を破かれたのは全員が午前の担当で、しかも、全員が女子だ。
このままでは前半は男子ばかり(しかも、人数が少ない)、後半は女子ばかりが多いという、中々不均衡な割合になってしまう。
もちろん、それが致命的に悪いというわけではない。
学生がやる文化祭だし、商業的に儲けを出さなければならないというわけでもないから、別に午後だけ人数が増えても問題というわけではない。
ただ、せっかくの文化祭でもあるわけだ。
人員の供給過多のせいでひたすらぼーっと突っ立っているだけとか、お喋りしているだけとか、そういう状態にするのもよろしくはない。
それに、出来うるならあまり人の少ない状態は避けておきたい。
衣装の件がネットに流出し、部外者の来訪が増えるかもと女王より警告されている以上は、そういう状態を作るのは避けるべきだ。
なので、ガードマン的な意味で男子を配置出来たら……と、剛は思って男子たちを見やったわけだが……どうにも、反応はよろしくない。
まあ、異世界側の息が掛かった初めての文化祭だし、見て回りたいという欲求に関しては、剛も同意見だから苛立つようなことはない……けれども。
(最悪、先生たちに相談してみようかな?)
ほとんど任せると言われてはいるが、どうにもならない場合は、トラブルが起きたと素直に教師に報告……しても良くなるかは分からんけど、しておこう。
とりあえず、代表する形で剛が改めてクラスメイトに尋ねれば、誰も彼もがう~んと唸り、首を縦には振らなかった。
まあ、そりゃあそうだろう。
例外はあるだろうが、だいたいは誰かと時間を調整したうえでの割り振りだったのだ。
午前だろうが午後だろうがOKな人もいるだろうが、運が悪いことに、今回はそういう人はいなかった。
「なんとか替われる人はいない? 3人……せめて、2人は午前に回ってほしいんだけど」
剛の視線が、女子たちに向けられる。
けれども、女子たちは気まずそうに視線を逸らすばかりで手を上げる者は……いや、違った。
「あ、じゃあ、私が午前に回るね」
「う~ん、まあ、これも思い出かなって頑張るよ」
異世界女子の2人が、手を上げてくれた。
……今更説明するのもなんだが、この2人も他の異世界女子と同じく美少女である。
最初に手を上げたのは、『絵に描いたような和風美人』の
現代に蘇ったかぐや姫に見えるぐらいの、絶妙な儚さを感じさせるだけでなく、艶やかな黒い長髪に負けず劣らずの美貌である。
本名は当人曰く、『こっちの世界の人では上手く発音出来ないから』ということで、桔梗という名前は音の響きと文字の可愛らしさから選んだらしい。
ちなみに、異世界女子の中では比較的胸のサイズがおとなしいらしいのだが……日本人の平均レベルで見れば十分巨乳に入る部類ではあるので、比べる相手というか世界が悪過ぎる。
そして、次に手を上げたのは『北欧系の金髪碧眼の外人系』の
当人曰く、『愛おしい、愛する、愛情、愛を語る言葉に愛以上の言葉は無く、愛以外の言葉もない、唯一無二の言葉』であるのを気に入ったからなのだとか。
なので、いちおうは愛と名乗ってはいるが、ラブでも何でも、とにかく『愛』を意味する言葉なら好きに呼んでもいいとのこと
顔立ちこそ幼くローティーンに誤解されがちだが、その身体つきは良い意味で『豊満』の一言。誇張抜きで、『本当に高校生?』と思われるぐらいの……話を戻そう。
「ええっと、いいの?」
頼んだ手前、こうもあっさり手を上げてくれた二人に思わず尋ねれば、「あ~、気にしなくていいよ」あっけらかんとした様子でそう言われた。
「こっちの世界の人達だと中学校高校と地続きな子がいるから余計に嫌なんだろうけど、私たちにはそんなのないからさ」
「え?」
「言ってしまえば、私たちって受験を勝ち抜いた新入生みたいなもんだからさ。『異世界の女子』って一括りにされがちだけど、実際は出身がバラバラだし、顔合わせしてから大して長くないんだよね」
「そうなんだ……」
それにしては君たち、最初からけっこう仲良くしていたような……まあ、いいか。
「じゃあ、午前はこれで良いとして……午後の方で出られる男子いる? とりあえず、俺は出るから」
ただでさえアクシデントに見舞われて時間をロスしているのだ。
こんな事で時間をこれ以上使ってはいられない。
決められる事はちゃっちゃと決めて、準備を進めないと予定の時間に間に合わなくなる。
なので、剛が代表して一枠を埋める。
途端、番町から視線を向けられたが、あえて無視する。
まあ、剛が午後も回るとなれば、秀一や紅亜と回ろうとしていた計画が駄目になるのだから、そりゃあ視線の一つや二つは向けて当たり前である。
「……しゃーない。じゃあ、俺も午後やるよ」
すると、一つため息を零した番町が、手を上げた。
「え、いいの?」
「仕方ねえよ。秀一は他にも回るやつはいるだろうし、アイツはアイツで、1人で遊園地とか回れるぐらいにはマイペースなやつだからな」
「え、マジで?」
「マジだぞ、見た目からは想像付かんけどな」
思わず声を掛ければ、番町よりそう説明された剛は安堵のため息を零し──。
「でもまあ、後で紅亜に埋め合わせしとけよ」
「あ、うん、そうだね……」
──直後、番町から釘を差された剛は、ほうっと重い溜息を零した。
そうだ、言われてみれば、秀一とは別に、紅亜のことも考えなくてはならない。
紅亜の事だから、仕方がないねと納得してくれるだろうが、それでも、楽しそうに待ちわびていたのは記憶に新しい。
そんな紅亜の笑顔が曇るのは、正直嫌でしかない。
だが、俺は知らんぞと振る舞ったところで、その後ず~っと気にしてしまうし、おそらくは紅亜からも怒られると思うし……埋め合わせは後で……っと。
「じゃあ、私たちも予定通り午後もやろうかな」
「え、あ、そう?」
どういうわけか、先ほど午前の方をやるといった異世界女子たち……桔梗と愛も手を上げた。
「……別に、無理しなくていいよ」
率直に、男子の替わりに出ようとしているのかなと剛は思った。
気持ちとしては、素直に嬉しい。
手持無沙汰にさせてしまうのは心苦しいが、それでも、本音を言わせてもらうなら、足りないより足りている方が良いに決まっている。
けれども、替わってほしいのは男子だ。残念ながら、女子ではない。
それも、特に見た目が良い異世界女子が出て来るとなると、危惧しているような相手が余計に寄って来てしまう……それでは、本末転倒になってしまう。
「う~ん、無理ってわけじゃないよ。どっちかって言うと、その方が私……っていうか、私たちにとっても都合が良いから言っているんだよ」
「どういうこと?」
首を傾げて尋ねれば、「う~ん、引き継ぎって感じ?」そう桔梗が答えた。
詳しく聞けば、要は『ヤバい客なり何なりが居たら、それを教えておきたい』とのこと。
それなら伝言なりメモでもいいのではと思ったが、それだと不十分らしい。
曰く『私たちにしか分からない感覚だから』とのことだが……異世界人にはそういうのが有るのだろうと察した剛は、お願いすると了承した。
(まあ、それだけ人目を集め易いけど、言い換えたら、それだけ人目があれば逆に抑止にはなるかもだろうし……)
そこに、いくらかの打算があるけれども……ひとまず、最低限の事は決め終えたので……予定通り、準備に入ろうとクラスメイト達に指示を出した。
まあ、準備とはいっても、先日の内に用意出来る部分は全て用意してある。
アクシデントのせいで多少はドタバタしたが、蓋を開けてみれば、文化祭開催時間の10分ぐらい前には全員の準備を終えることが出来たのであった。
……。
……。
…………ちなみに、だ。
「あのよ、以前から思ってはいたんだけどよ……」
「皆まで言わなくていいよ、言いたい事は分かるから」
「そうだぞ、言わなくても分かる」
「ああ……マジでやべぇよな」
「ヤベー……同じ人間とは思えねえよ……」
先に教室に戻っていた男子が、女子を出迎える形で待っていたわけだが……そんな彼らの視線を集めたのは、やはり異世界女子であった。
有り体にいえば、同い年とは思えないぐらいの……グラビアスタイル。
顔だけでも相当に注目を集めるというのに、首から下もえげつない。
こっちの世界の女子が全員子供体形に見えてしまうぐらいに、ヤバかった。
もちろん、こっちの世界の女子のスタイルが悪いわけではない。むしろ、普段から努力しているのが透けて見える女子もいた。
実際、ちゃんと谷間が作れている女子もいるし、くびれが作れている子もいるし、背筋がシャンと伸びている子もいる。
そして、可愛い顔立ちの子もいる。
だが、相手が悪過ぎた。
美人のうえに可愛いには、太刀打ち出来なかった。
たとえば、黒髪黒目の日本人系の顔立ちをしている桔梗だが……あくまで日本人系なだけであり、その美貌は群を抜いている。
加えて、背丈があまり変わらないからこそ、違いが余計に現れてしまう。
要所はちゃんと出ているのに全体的な線の細さ……も、そうだが、まっすぐ伸びた背筋を見るだけで体幹が違うのが分かるし、腰の高さも細さも違うのが分かる。
酷い言い方だが、まさしく『月とスッポン』という言葉が嫌でも男子たちの脳裏を過るぐらいには……格が違う。
そう、もはや骨格というか、遺伝子のレベルで格が違い過ぎる。
そのせいで、別の衣装を着ているという印象すら覚えてしまうぐらいで。
教室に戻って来た、こっちの女子たちにチラチラと視線を向けていた男子たちも、桔梗の登場を境にして、誰もがそちらに視線を向けるばかりであった。
……だが、しかし。
裏ボスは、その直後に来た。それは、もう一人の異世界女子である、愛。なんと、愛の方は愛の方で、桔梗以上にえげつなかったのだ。
何がえげつないって、スタイルが、である。
愛は先日の衣装お披露目の時、『準備していないから……』ということから衣装を着なかったので、今日まで分からなかったが……断トツでヤベースタイルだったのだ。
具体的には、みっちゃんより一回り以上大きかった。
誇張抜きで男子の顔をちゃんと挟めるぐらいに大きく、腕を差し込めば……すっぽり隠せるぐらいに、たっぷりとした重量感を露わにしていた。
……いや、まあ、一部男子の言う通り、薄々察せられる部分はあった。
なにせ、袖から伸びる手の細さや、中にボールでも詰めているのかと思うほどに前が浮いている、制服の胸元。
加えて、歩く度に僅かばかり震える。そう、分厚い制服越しだというのに、中がちゃんと詰まっているのが分かるのだ。
これまでは、あくまでも噂レベルで『アイツ、すごくね?』と囁かれていた程度だった。
だが、実際に蓋を開けてみれば、それは噂ではなかった。
噂以上のヤベーボディを隠し持っていた事実に、努めて平静でいようと頑張っていた剛ですら、深すぎる谷間に視線を吸い寄せられてしまうのを抑えられなかった。
(こ、これ……ヤバくないか?)
けれども、同時に……その危険性に気付いた剛は、締まりの無い顔で見惚れている男子たち(番町、含む)の手を引いて、教室の隅に集まった。
……あのさ、皆も同じことを思ったかもだけど……アレ、ヤバくない?
……あ~、それって、危険が危ないって感じのヤバい?
……そりゃあ、そうだよな……アレはヤバい、血迷うやつが出ても不思議じゃない
……桔梗さんも普通に巨乳に入る部類なんだろうけど、愛さんがデカすぎて貧乳に見える
……なんとかさ、午後も出て来るって、できない? 男子が大勢いるって時点で、変な考え出る人減ると思う
……うん、出た方がいい。俺は出るよ、桔梗さんを見た時にもちょっと思ったけど、愛さん見たらヤベーって思ったから
……しかも、桔梗さんも愛さんもうっすら化粧していない? なんか唇トゥルトゥルなんだけど
……いや、そこは普通にリップ塗っているだけでしょ
……正直、番町居るだけで十分じゃねって思ったけど、桔梗さんと愛さん見たら気が変わった
……どういうことだよ?
……いや、番町って体格良いし背もあるっしょ? だから、大抵のやつは一睨みしたらだけど、アレだけ綺麗だと、それでも強引に来るヤツいそうだし
……直接は来ないけど、今年は異世界人が参加しているから、もしかしたらネット配信者とかが来るかもだよ
……あ~、う~ん……そっか、そっちも考える必要があったか
……そうだよな、直接的に手を出して来ないにしても、盗撮とかそういうのは気を付けないと
……そういうのは異世界側がなんとかしてくれるんじゃないの?
……してくれるだろうけど、事が起こってからだろ? 出来るなら、何も起こさせないのが一番でしょ
……それもそうか、しゃーない、せっかくの文化祭だけど、これを見て見ぬふりは出来ねえか
そうして始まる、男子だけの内緒話。
さすがに、女子が居るからではなく、君が居るからガードマン増やした方が良いよねという話を聞かせるわけはいかず……始まる直前まで、こしょこしょと秘密の相談は行われた。
……また、相談が終わって、『女子たちが心配だから、男子たち全員がガードマンに回るから』と伝えた際。
「持つ者も考え物ってやつ?」
「……なんか、ごめんね」
察したのか、苦笑する桔梗と、困ったように頭を下げる愛と。
「…………」
「…………」
「…………」
衣装に着替えたけれども、最初から最後まで無言のまま教室の隅で固まっている女子たちの姿が……妙に、対照的であった。
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