第七話: それは誰の悪意か



 そうして迎えた、文化祭当日の朝。




 とりあえず、自室のベッドにて起床した剛は……己のスマホに何かしらのトラブル報告が来ていなくて、一つ安堵した。


 責任者というわけではないが、結果的には色々と中心人物……とまではいかなくとも、『夢華屋』のバックアップを受けている身だ。


 加えて、女王より、学校の異世界女子に関してよろしくとも口頭で言われてしまっている。


 今のところ、特に『異世界女子』より相談は受けていないが……とりあえず、心の隅っこに注意を置いている。


 まあ、何をどうしろという話だが、剛に拒否権が無い以上は、何かしらの相談を受ければ答えるしかないのが現状であった。



 ……で、だ。



 みっちゃんとのカラオケにて、色々と知りたくもなかった情報を知る事になったが、とりあえず、何時ものように身支度を整えていく。



(良かった、晴れてくれた。やっぱり、雨よりも晴れだよな)



 開かれたカーテンの向こうから降り注ぐ日光に、剛は目を細める。


 天気は晴れ、温かくて、絶好の文化祭日和というやつだろう。


 SNSより紅亜と秀一からも『タイミングが合ったら一緒に回ろう』と連絡が来ていたので、けっこう剛は楽しみにしていた。


 それは、一緒に回ろうと話していた番町も同様であり、『秀一のやつ、けっこう細かい作業得意なんだぜ』と話していたあたり、かなり期待しているのは見て取れた。


 ちなみに、さすがに文化祭前後は『一生に一度の思い出みたいなものだし、ね❤』といった感じで、女王より『キーコくん』も免除ということになった。


 ……で、考えていると、どうにも落ち着かない気分になってしまいながら、朝食を食べ終えて。


 久しぶりにソワソワと良い意味で落ち着かない様子を両親よりからかわれながらも、そそくさと家を出て、学校へと向かう──最中。



(……? なんだか人が多くないか?)



 何時も通っている通学路を進みながら、ふと覚えた違和感に首を傾げた。


 目に見えて混雑している……程ではない。


 ただ、何時もよりもちょっぴり多いように思える。


 言うなれば、何時もなら2,3人ぐらいしか待っていない横断歩道が、今日に限って5,6人居る……といった感じだろうか。


 それがたまたまならともかく、前を見ても後ろを見ても左右を見ても、何時もの景色に2,3人ぐらい見知らぬ人が追加されているような……気が、しなくもない。



(……気のせい? いや、何だかカメラを持っているやつもチラホラ……)



 ──なんだろう、なにかイベントでも近隣で開かれるのだろうか? 



 日曜日だし……内心、剛は首を傾げた。


 町内でやるような小さな催しに、明らかに遠方から来た感じの人が居る。よくよく見やれば、他府県ナンバーのバイク等もちらほらと……うん、わからん。



 ……とりあえず、学校に行けばクラスメイトの誰かが知っているだろう。



 そんな程度の気持ちでひとまず思考を切り上げた剛は、遅れないようにと小走りに学校へと向かった。


 何故なら、剛は午前の部の当番である。


 衣装は教室に置いてある。早めに着替えておいた方が無難なのは、言うまでもないだろう。


 まあ、着替えるとはいっても、男子の衣装なんて女子に比べたら地味だし、コルセットという他者の手が必要になるモノが無い。


 とはいえ、言い換えれば、その逆はあり得る。用意された『更衣室』が混雑する可能性が十二分に考えられるからだ。



 なにせ、使うのは剛たちだけではない。



 時間帯によって、混み具合は半端ではない。タイミングがかち合ってしまえば、最悪トイレの中などで四苦八苦しながら着替えるハメになるだろう。


 それに、手の空いている男子が冷蔵庫より食材を運搬、機材の設置や直前の消毒などの朝一の雑用がある。


 特に部活などのしがらみがない剛は、朝にも弱いわけではない。


 それに、成り行きとはいえ衣装の問題も含めて、今年は色々と参加した。自分がそうしろと決まっているわけではないが、どうにも気が急かされて……ああ、そうか。



(父さんも母さんも、コレを見透かして笑っていたのか……)



 自覚したつもりではあったが、自覚していなかった部分までも自覚してしまった剛は、何とも言い表し難いむず痒さで駆け出したく……っと。



「──剛っち! 大変だよ!」



 学校の正門へと来た辺りで、声を掛けられた。


 声を掛けて来たのはみっちゃんで、なにやら険しい顔で小走りに駆け寄って来た──なんだ、何かトラブルでも起こったのか? 



「とにかく、来て!」

「え、あ、うん」



 気にはなったが、それよりも早く手を取られて駆け出してしまう。


 あまりの勢いに、口を挟む暇もなく手を引かれるがまま、剛はみっちゃんに付いて行った。






 そうして、教室へとやって来た剛は最初、一角にて集まっているクラスメイト達の姿を見て、嫌な予感を強く覚えていた。


 だって、明らかに雰囲気が暗い。少し離れたところに居る異世界女子にいたっては、ハンカチで涙を拭っている。



 ──まさか、朝から喧嘩? 



 そんな感じには見えないが、涙を流している異世界女子が気になる。


 けれども、みっちゃんはその子ではなく、人だかりの方へと向かい……必然的に、剛も中へと通され……直後、中心にあったソレを見て絶句した。



 ソレは……切り刻まれて無造作に床へ放置された衣装であった。



 いや、もはやそれは衣装ではない。カッターで切り裂いたとかではなく、ハサミで念入りにやったのだろう。


 衣装の残骸、切れ端の塊といっても過言ではないそれが、こんもりと山を作っている。山の大きさから見て、三つ、四つ……全て、女子用の衣装であった。



「……これ、何時から?」



 信じ難い光景に、剛はしばしの間、言葉を失くしていた。けれども、何時までも呆けているわけにはいかない。


 何度か深呼吸をして気を落ち着かせてから尋ねれば、「朝、俺が来た時には、もう……」男子の一人が青ざめた顔で答えてくれた。



「それって、何時頃?」

「えっと……だいたい、10分程前。言っておくが、俺じゃないぞ」

「分かっているよ。ていうか、そんな事してもメリット皆無だろ……ところで、これは誰の? 何人分あるの?」



 剛の問い掛けに、ポツポツと手が上がる。割合としては異世界女子が3、こっちの女子が1で、現時点で計4名分が確定。


 その中には、みっちゃんの手が有った。


 そして、現時点で唯一のこっちの女子は……先日、みっちゃんと衣装の事で言い合いになった、あの女子であった。



 名は、秋道子あき・みちこ



 今頃になって名が発覚したというわけではないが、まあ、それはそれとして。


 可愛い系の顔立ちをしている秋は、黙っていても愛嬌を感じさせる。しかし、今回ばかりは、傍目にもハッキリ分かるぐらいに顔を強張らせている。



 それも、当然だ。仮に剛が女子だったならば、今以上に動揺していただろう。



 怖がって当たり前で、悪戯にしてはあまりに悪質だし、やり方が攻撃的過ぎて、身の危険を覚えて硬直してしまっても仕方がない。


 同じく、異世界女子たち……みっちゃんたちの顔色が悪くなるのも、仕方がない。


 そう、傍目にも分かるぐらいに表情が強張っている。


 涙こそ見せていないが、相当にショックを受けているのが鈍い剛にも分かるぐらいで……それは、男子たちも例外ではなかった。


 そりゃあ、誰も彼もがショックを受けて当然だ。


 乗り気じゃなかったなら……いや、乗り気じゃなくとも、自分が使う衣装、自分が使わないにしても、このようにされて、何も感じない人がどれだけいるのだろうか。


 少なくとも、己がされたら非常にショックだろうと剛は……はて、そういえば、ここにあるモノ以外は無事なのだろうか? 



「切られているのはコレだけ? 他は確認した?」

「──っ!」



 剛のその言葉に、ハッと我に返ったクラスメイトたちが各々の衣装を確認しに動く。


 例外は、自宅に保管していた者たちだけで。


 そして、教室に置いておいた剛も、自分の衣装を確認しに向かい……ひとまず、無事なのを確認してホッと安堵した。



 ──あ、いや、安堵している場合ではない。



 クラスメイト達より確認するついでに、各机や他に何かされていないかを確認する。


 この状況だ、いちいちプライバシーなど言っていられる場合ではない。既に、警察沙汰にしてもおかしくない状況なのだから。



「……なんだ、何かあったのか?」

「あ、番町くん、大変な事がね──」



 そうしている間に登校してきた、番町を始めとしてクラスメイトたちに、他の子たちが事情を説明する。


 そうして、各々の衣装やら何やらを調べ終えた後。どうやら、悪戯されたのは細切れにされた4人分(全て、女子の)の衣装だけだという事が分かった。


 それを、不幸中の幸いというべきかは判断に迷うところだ。「──冷蔵庫の方は見てきたけど、そっちは無事!」ひとっ走りして確認してきた男子の報告に、一つ頷いた剛は……どうしたものかと頭を抱えたくなった。



「……この中に、裁縫上手な人っている?」

「いや、これは無理……手芸部だけど、これ一着をそれっぽく繕うだけでも数日はかかるよ」



 ポツリと零された誰かの問い掛けに、一人の女子が困ったように首を横に振った。


 確かに、素人目線である剛の目から見ても、衣装のどれもが、テープやらホッチキスやらで誤魔化せる感じではない。


 そもそも、仮に取り繕ってそれっぽく出来たとしても、衣装に使われている生地が特殊だ。


 細い糸を使って縫い目が見えにくいようにしても、遠目にも明らかに補修されたのが分かってしまうだろう。


 そんな悪目立ちをさせてしまうぐらいなら、着ない方が……そう考えてしまうぐらいに、酷い状態なのである。



「どうするよ?」

「どうって……」



 妙案が出せないまま時間だけが過ぎて行く中、番町が話しかけてきた。言わんとしている事を察した剛は、モゴモゴと唇を閉じるしかなかった。


 そう、番町の言わんとしている事は分かる。それは、今日の役割をどう振り分けるか、だ。


 残念なことに、今日使う衣装は全て、その人に合わせたサイズを用意してある。おまけに、元々が、そういうお店で置かれている物だ。


 ある程度伸縮性があるとはいえ限度はあるし、そこまで生地が丈夫とは思えない。つまり、衣装の交換というのが中々に出来ないのだ。


 チラッ、と。


 みっちゃんたち異世界女子と、この世界の女子である秋をこっそり見比べた剛は……内心にて、どうしたものかと頭を抱える。



(胸とかそれ以前に、体格からして大きさが違うっぽいんだよなあ……)



 似たような体形であったならば、まだやれただろう。


 だが、異性である剛の目から見ても、みっちゃん含めた異世界女子と、秋との間には大きな違いがあった。



 具体的には、身長を始めとして骨格の違いだ。腰の高さとか足の長さとか、そんな小手先で誤魔化せる部分ではない。



 骨格が大きいということは、その分だけ誤魔化しようがない大きさがあるわけで。


 同じ身長でも体格に違いが出ることが多々あるというのに、パッと見ただけでもだいたい一回り近く違いがある。


 さすがに、なんとか気合で誤魔化せられる範囲ではない。


 想像の話だが、着たら最期、ブチブチッと生地が耐え切れずに破けてしまう光景を……いや、そもそも、だ。



(衣装……どうしよう、弁償するといくらになるんだろう……)



 この後始まる文化祭もそうだが、この衣装は借り物だ。


 女王は事情を汲んで色々と配慮してくれる優しい人だとは思うけど、同時に、落ち度が有れば容赦なく突いてくる経営者でもある。


 そして、この場合……窓口は剛であり、管理責任という点を考えれば、落ち度は幾つも指摘されてしまうだろう。




 ──なんで、鍵付きロッカーなり何なり保管に気を付けなかったの? 


 ──こんな事態になるなんて思わなかったって、貴方なりに出来る自衛手段はいくらでもあったでしょ? 


 ──自分が壊したわけじゃないから、責任を追及されても困るって……まさか、本気でそう思っているの? 




 とまあ、そんな感じで、ちょっと考えただけで言われそうな事が次から次に脳裏に浮かぶ……ああ、いや、違う、今はグダグダ後悔している猶予は無い。



「……ちょっと、『夢華屋』に連絡してくる。屋上……の、扉は閉まっているだろうし、その前で話しているから、用があったら来てくれ」

「それは……大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないけど、こうなった以上はとにかく早い方が良いと思うから……ごめん、ちょっと電話しに行くから、準備を進めておいてくれるか?」

「おう、わかった。こっちはこっちでやるから、頑張れよ」



 心配そうにする番町たちに、剛は乾いた笑みでそう答えると……足早に廊下へと出て、屋上へと向かう。


 授業の無い文化祭とはいえ、さすがに屋内で通話をしていると咎められてしまう。あくまでも、文化祭は学校行事の一つではあるからだ。


 しかし、下手に外を選ぶわけにはいかない。


 なにせ4着とはいえ、文化祭の為に用意した衣装を意図的かつ悪意で破損されたのだ


 あくまでも悪戯なのか、それとも何かしらの脅しかは分からない。


 けれども、これが原因で大事になり、文化祭そのものが中止になるのは、剛としても不本意である。


 なので、パッと考えて人が来なさそうな場所(要は、電話出来そうな場所)と言えば、そこぐらいしか思いつかなかった。



『──ハロー、ハロハロハロ、ハロー、ぐっども~にんぐ、剛くん。朝から電話してくるなんて珍しいわね、何かあったの?』



 早朝というわけではないが、電話するには早い時間帯。


 しかし、電話口より聞こえてくる女王の声は穏やかで、ひとまず機嫌を損ねていないことに安堵した剛は、恐る恐る……先ほど発覚した事件を説明した。



『…………』


「…………」


『…………』


「…………」


『…………ほ~ん、そう、そんな事が、ねえ』



 すると、話し終えてからタップリ20秒ほどの間を空けてから、ようやく返ってきた言葉が、ソレであった。



 正直に言おう……めっちゃ怖い。



 声色や声の大きさこそ変わっていないが、なんと言うか、分かる。声だけでも、ソレがよく分かる。


 怒っている。それはもう、怒髪天を突いていると瞬時に察したぐらいには、怒っている。



『それで、剛くん』

「は、はい!」



 名前を呼ばれた瞬間、反射的に通話を切りたくなった。そうしなかったのは、ひとえに剛が持つ責任感だろう。



『衣装が駄目になったのなら、新しい衣装が必要でしょ? その4人、何時頃にこっちに来られそう?』

「……え?」



 だからこそ、剛が……女王から掛けられたその言葉を、少しの間理解出来なかったのも当然であった。



『え、じゃないわよ。文化祭始まるんでしょ?』

「え、あ、いや、それはそうですけど……」

『それじゃあ、呆けている暇は無いわよ。今すぐにでもこっちに取りに来るぐらいしないと、午後の時間に間に合わないでしょ』

「あ、はい、わかりま──って、そうじゃないです」



 もっともな話に思わず納得しかけた剛は、すぐに首を横に振り……声を潜めて尋ねた。



「衣装、貸してくれるんですか?」

『え? 衣装無しでするつもりだったの?』

「いや、そういうわけじゃ……でも、結果だけを見れば衣装を4着も駄目にしてしまったから、もう貸してくれないかと思って……」

『何を言っているのよ、ソレはソレ、コレはコレよ』

「それは……」

『責任の所在は、一旦後回し。まずは、衣装の用意でしょ。なんと言っても、一生に一度の思い出だよ……やりきらないと損でしょ?』



 あっけらかん……今の気分を言葉にすればそんな感じにアッサリ言ってのけた女王に、剛は面食らって次の言葉が出て来なかった。


 でも、言葉は出なくとも、剛は心から嬉しかった。


 いくら、相手が学生とはいえ、だ。普通なら怒鳴り込んできそうなところを、逆に女王は気遣ってくれたのだ。


 責任という言葉にちょっと腰が引けたけれども、それでも新たに衣装を貸してくれると言ってくれて、剛はホッと胸を撫で下ろした。



『……ところでさ、剛くん』

「なんですか?」



 しかし、そんな安堵感も。



『実は、私の方からも話そうと思っていた事が一つあるんだけど』

「なんですか?」

『あなた達が借りた衣装っていうか、その衣装を着て接客するっていう催し……ネットに晒されていたっぽい』

「……え?」

『晒したアカウントは削除されちゃっているけど、既に衣装の画像が出回っていて……けっこう過激な事が書かれていたっぽいのよ』

「え? え?」

『汗掻くと透けて見えるとか、ブラのライン丸見えだから皆ノーブラだとか、着る学生めっちゃ乳デカいとか……まあ、色々と』

「え? え? え?」

『今回の文化祭って、これまでと違って生徒の自主性に任せてオープンにやるって話でしょ? よっぽどオカシイ風貌じゃなかったら、外部の人達が普通に入れるようになっているわよね?』

「え、いや、それは……ど、どうなんでしょうか、来るにしてもそこまでは……」

『ふ~ん、そうなの? こっちの文化祭とかって、だいたい外部の人達がふっつ~に入れたりするから、そっちもソレが普通だと思ってたから、ちょっと新鮮ね』



 女王の口から語られた、新たな問題によって。



『もしかしたら、おっぱい目当ての人達が多数来るかもだから、覚悟しておいた方がいいと思うよ』



 剛は……しばしの間、呆然とするしかなかった。




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