第六話: 異世界女子の体質



 みっちゃんに案内された駅前のカラオケ店。



 その外観を見た時、率直に剛が抱いた感想は、『あ、ここってカラオケ店だったのか』という驚き。


 そして、『異世界のカラオケ店って……』という呆れた眼差しであった。



 何故、そう思ったのか。



 それはひとえに、『異世界のカラオケ店』というやつが、剛が想像していたよりもずっと豪華で、かつ、パッと見ただけではカラオケ店には見えなかったからだ。



 まず、建物自体がとても綺麗だ。


 以前、前を通りがかった時に『あ、工事している』という感じでチラ見しただけで終わったが、その工事の結果がコレなのだろう。



 だから、全部がピカピカである。


 外壁もそうだし、自動扉もそう。床のタイルもそうだし、取り付けられている照明カバーも……誰が見ても、一目で全てが新品だというのが分かる状態であった。



 そして、当然ながら……ガラスの自動扉の向こうに見える店内だって、めちゃくちゃ綺麗である。


 おまえもう、どこぞの高級ホテルなのかと思ってしまうぐらいにピカピカだ。


 そのうえ、受付と思われる場所には、それはそれは中々お目に掛かれない美女が座っているのだ。


 しかもこの美女、遠目でも分かるぐらいにスタイルが良いうえに、リクルート系のスーツを着ているという、ちぐはぐっぷり。


 これで、駅前に出来た新しいテナントビルではなく、ただのカラオケ店だと誰が気付けるのか……少なくとも、剛には無理であった。



(……異世界人のセンスって、本当に独特だな)



 そう、剛が思ってしまうのも致し方ないだろう。しかも、カラオケ店に見えない理由は、それだけではない。


 出入り口の上に取り付けられた店名の看板だが……少なくとも、剛はこれまで見聞きした事がない名前であったからだ。



 名を、『プレス・シェンタ』



 聞けば、異世界ではポピュラーかつ全国的にチェーン店を広げている、とても有名なカラオケ店らしい。



「ちなみに、このカラオケ店は『夢華屋』系列だよ」

「え、マジで?」



 衝撃の事実。


 思わず足を止めれば、手を引いていたみっちゃんが「あれ、知らなかった?」、にへらっと笑い……次いで、真顔になった。



「剛っち……『夢華屋』の規模を甘く見たら駄目だよ。こっちだと実感湧き難いと思うけど、あっちだとガチで世界を股に掛ける大企業だからね」

「そりゃあ、知っているけど……」

「ちゃんと実感した方がいいよ。『夢華屋』って、マジで幹部の了承一つで小さな町一つを干上がらせるぐらい簡単って話らしいから」

「……マジ?」

「私も都市伝説程度でしか知らないけど、喧嘩売った相手の一族全員を浮浪者にさせたなんて話が普通に信じられているぐらいには、マジだよ」



 ……とまあ、そんな感じの雑談をしながら、店内へと入る。


 中に入れば、外から眺めていた時よりも圧倒される。これが本当にカラオケ店かと疑ってしまうぐらいに綺麗で、学生服に身を包んだ己が場違いに思えてならなかった。



 しかも、間近で見やる店員もまた、本当に綺麗だ。



 本業モデルで、こっちは趣味の副業と言われても納得してしまうぐらいの美貌。そんな顔で、ニッコリと微笑まれてしまえば……剛でなくとも、思わず硬直してしまうだろう。


 おまけに、スタイルも良い。いや、良いなんてレベルじゃない。


 特に目立つのが、スーツ越しなのにハッキリ分かるぐらいに膨らんでいる胸部だろう。ちなみに、口調も柔らかで、剛は終始ドキドキしっぱなしであった。



 ……が、まだ驚くのは終わらない。



 そうして、指定された部屋に入った剛は……あまりにもピカピカしている室内の綺麗さに、思わず一歩退きたくなった。



 もうね、アレだ。



 置いてある機材や設備自体は、普通だ。


 ソファーに、テーブルに、カラオケ機に、エアコンに……そこだけを、文字だけで見れば、普通だ。


 けれども、あまりにも真新しく高価そうな(初見時、アンティークかと思ったぐらい)ソファーは、まるで座る人を選ぶかのようで。


 テーブルも、一目で高級品だと分かる造形で……それこそ、剛がその上に飛び乗って飛んだり跳ねたりしても、ビクともしないだろうなあ……という雰囲気を醸し出していた。


 取り付けられたエアコンだって、『あ、これCMでやっていた最新の……』というやつで……そのおかげか、とても心地良く空調が保たれている。


 唯一、設置されているカラオケ機一式ぐらい……いや、よくよく見るとディスプレイの画質があまりに綺麗なうえに、マイクも……こう、専門職の人達が使うような……止めよう。



 とにかく、思っていたよりも数十倍は豪華な光景に、剛は思わず気後れしてしまった。



 だって、これだけ金が掛かっていそうな内装なのに、60分250円。学割を使えば、なんと最初の60分の部屋代はフリーという理解不能な金額設定。


 それにプラスしてドリンクフリー、Sサイズながらポテトも付くらしい。はたして、これでどうやって経営を成り立たせているのだろうか。


 実は隠れたオプション追加制で、会計の時にそれがプラスされるのでは……そう警戒してしまうのも、致し方ない話であった。


 とはいえ、異世界人であるみっちゃんが欠片も警戒していない以上は、ただの心配し過ぎ(取り越し苦労……というやつだ)なのは明白で。


 曰く、セキュリティばっちりなので、荷物が盗まれる心配はない……とのことで。


 促されるがまま、みっちゃんに手を引かれるがままドリンクバーへと向かい、再び室内へと戻って来た二人は、差したストローにてちゅ~っとジュースを吸うと。



「~~くはぁぁあ!!! あんの糞野郎、マジで鬱陶しくて腹立って仕方ねえっすよ!!!」

「……どうどう、みっちゃん」

「あたし、あ~いうしつこいやつが一番嫌いなの。もうね、何度その顔面にハイキックを叩き込んでやろうと思ったことか……!」



 そっとテーブルにグラスを置いた剛と、叩きつけるようにグラスを置いたみっちゃん……何とも言い表し難い対比が、そこに稀ていた。



 ……ちなみに、一個訂正。



 みっちゃんは、ちゅ~、どころではない。じゅごごご、である。


 よほどうっ憤を溜めていたのか、頬をべこっと凹ませながら、一瞬でグラスを空にした。陸上部顔負けの肺活量に、思わず剛は目を瞬かせた。



「ごめん、それも貰っていい?」

「え、あ、いいけど、飲みかけだよ?」

「大丈夫、剛っちなら」



 関節キス……状況と雰囲気さえ違っていたなら、その事実にちょっと胸をドキドキさせてしまっただろう。


 とりあえず、このドキドキはそんな甘酸っぱいモノではないことに剛は認識しつつ……あまりの剣幕に、剛はそっとグラスを差し出す。


 途端、それもぢゅ~っとストローで一気に飲み干したみっちゃんは……深々と、それはもう胸中にて澱んでいた全てを吐き出すかのような、深いため息を吐いた。



 ……。



 ……。



 …………それから、たっぷり20秒程。



 うんうん、と。目を瞑り、腕を組んだまま、何度も頷くみっちゃん。


 その姿に、剛は「……ジュース追加してくるけど、同じやつでいいの?」それだけを言って「ノンシュガーのストレートティーで」……とにかく、腰を上げる。


 フリフリと手を振られた剛は……何だか変な事に巻き込まれかけているのかもしれないと思いながらも、ドリンクバーへと向かう。



 ──飛び出し掛ける愚痴を堪え、頭の中で情報を整理しているのだろう。



 そう、己に言い聞かせながら、両手にグラスを持った剛が指定の部屋に戻れば……申し訳なさそうに頭を掻くみっちゃんが、そこに居た。



 ……で、だ。



 ソファーに腰を下ろした剛に、ようやく本題というか、みっちゃんは今回の事のあらましというか、これまでの経緯を説明してくれた。



 その内容を、簡潔にまとめると、だ。



 まず、あの時みっちゃんと喧嘩(というより、一方的な押し掛け?)になりかけていた男の名は、吾妻悟あずま・さとる


 歳は……剛より1歳上で、上級生……つまり、3年生だ。


 サッカー部に所属していたが、受験勉強を理由に引退。現在は帰宅部というやつで、みっちゃんとは直接的な接点は無い……とのこと。


 接点が無いのにどうしてそこまで知っているのか……剛は知らなかったが、どうやらその吾妻悟という先輩は、けっこう有名なプレイボーイらしい。



 みっちゃん曰く、『表には出ていないけど、ちらほらとセフレが居るっぽい──ていうか、絶対居る』とのこと。



 それを聞いて、率直に剛は『居ても不思議じゃない』と思った。


 思い返してみれば、吾妻……吾妻先輩とやらのルックスは良かったから。


 平均よりも背丈も体格もあり、異性に慣れているのが雰囲気からも感じ取れた。


 女子から人気があると言われたら、そうだろうなと納得するぐらいには……で、だ。


 そんな先輩が、どうしてみっちゃんに……当たり前といえば当たり前な疑問を投げかけてみれば。



「そんなん決まっているじゃん。あたしの顔とボデーを見て、抱きたくなったんでしょ。ヤリたいって顔に書いてあったし」



 実に、身も蓋もない返答がなされた。



「…………あ、うん」



 誰もが分かっていても言わない剥き出しの答えを真正面から言われた剛は、どう返事をすれば良いのか分からず、曖昧な笑みで誤魔化すしかなかった。


 いや、まあ、だって、剛にはみっちゃんの言葉を何一つ否定出来なかったから。


 なにせ、みっちゃんは美女である。それも、モデルをやっていても不思議ではないレベルの美女だ。


 顔もそうだし、スタイルも良い。距離感の近さからスキンシップもフレンドリーで、香水を常に付けているのか、傍へ寄ると甘い香りがする。


 女性から辛い仕打ちを受けて来た剛ですら、率直にそう思うぐらいだ。異性から優しい対応を取られてきたと思われる吾妻先輩が、声を掛けてしまうのも無理はないだろう。



 ……なるほど、これで、どうしてみっちゃんが吾妻先輩を嫌がったのかは、分かった。



 つまりは、下心を全く隠さないまま露骨に迫って来たから、嫌悪感を覚えたわけだ。


 そりゃあ、苛立ってグラスをテーブルに叩き付けたくも──。



「あ、言っておくけど、別にそれ自体はなんとも思っていないよ」



 ──どうやら、違ったようだ。



「え、違うの?」



 思わず、真顔になって尋ね返せば。



「違うよ。ていうか、男が女をそういう目で見るのは普通じゃん? あたしからすれば、むしろ全く見て来ない男子の方が怖いんだけど……」



 心底、なんで聞き返すのか分からないと言わんばかりにズバッと言い切られた。



 ……。



 ……。



 …………しばし、剛は言葉を失くしていた。



 前から度々実感する事はあったけど、今回もそうだ。



 剛の常識から考えて……だ。



 意中の相手でもない男からあのような迫り方をされ、なのに、それ自体は何とも思っていないと口にする女性がどれだけいるだろうか。


 少なくとも、剛には想像出来なかった。


 だからこそ、『異世界人』の感性は、本当に俺たちとは根本から違う部分があるのだと……強く──。



「まあ、違うとあたしも思うよ。とりあえず、あたしたち『異世界女子』は、あの男みたいなタイプは滅茶苦茶嫌うね」



 ──剛が実感するのを読んだかのように、みっちゃんはそんな事を言った。



「でもね、それはあの男の顔とか雰囲気が嫌だとか、アプローチの仕方が嫌だとか、そういう理由じゃないの」



「……えっ、と、それじゃあ、どうしてあんなふうに嫌がっていたの? 生理的に受け付けない……とか?」

「ん~、単純に、からだよ」


 言わんとしている事が分からなかったので率直に尋ねれば、またもや率直に教えてくれた。



 ……? 



 意味が分からずに首を傾げれば、「あれ、剛っちなら、女王様あたりから説明されていると思ったけど?」みっちゃんも不思議そうに首を傾げ……あっ。



 ──思い出した。思わず、剛はハッと顔を上げた。



 そうだ、あれは、『夢華屋』のオーナー(というより、御機嫌取り?)の仕事を始めてするにあたって、『夢華嬢』の説明で女王が話していたことだ。



 女王曰く、『夢華嬢』は……いや、『』。



 女の臭いを嫌うのではない。いや、実際のところは不明だが、何故か、女と通じた男に対する嫌悪感が半端ではない……らしい。


 これまで、学校で顔を合わせていた『異世界女子』はそんな素振りを見せたことが……まあ、見せないようにしていたのだろうけれども、なかった。


 『夢華屋』で顔を合わせていた『夢華嬢』たちですら、実際に嫌がる姿を見た覚えがなかった。なので、みっちゃんから指摘されるまで、すっかり忘れていた。



「……俺は説明でしか聞いていないんだけど、異世界の女性って、その……『臭い』って、どれぐらい嫌なんだ?」

「相手が彼氏だったら問答無用で別れるし、友人に居たら臭いが無くなるまで半径50m以内に近寄らないで欲しいぐらいに嫌かな」

「そ、そう……思ったよりも嫌なんだね」

「見た目が120点だとしても、『臭い』を出している時点であたしたち異世界の女からすれば、マイナス100億点以下だよ」

「マイナス100億……」

「こっちの男たちは隠したつもりなんだろうけど、あたし達にはモロバレなんだよね。正直、あの人が目の前に来た時は、お腹から胃液が登ろうとしていたよ……」



 とりあえず聞いてみれば、思っていたよりもずっと力強く断言された。


 それはもう、力いっぱい不機嫌そうに顔をしかめて。


 ある意味、レアな表情を目撃した形になった剛は……なるほど、確かにあのルックスなら女子たちは放って置かないし、セフレの一人や二人は居ても不思議じゃないな……と、納得した。



 と、同時に、本当に『臭い』が嫌なんだな……とも、改めて思った。



 そう、女王も、確かに似たような事を言っていた。


 『臭い』に関する部分は異世界の女にとっての体質であり、言うなれば共通した特徴なので、個人の好みの問題ではない……と。



(女子たちが放って置かないうえに、女慣れした男ほど『異世界女子』から嫌われる……か)



 文字にしてみれば、なんとも奇妙な体質というか、一般的な好みから離れているというか……まあ、俺には関係ない事だなと、剛はひとまずそう己を納得させ、ストローへと──。



「……問題なのは、あの人がちょっかいを掛けて来るよりも、あの人のセフレをしている他の女子たちなんだよね」

「……え、そっち? ていうか、セフレって……」



 またもや飛び出したセクシャルな単語に、剛は思わず声を詰まらせ……たのだが、みっちゃんは全く気にしていなかった。



「ん? セフレって、セックスフレンドの略だよ」

「いや、それぐらいは知っているよ」

「だったら、想像付くでしょ。もうね、『臭い』でバレバレ。あの女子、あいつとSEXしたんだなってのが……」

「あ~、うん、そうだね」

「剛っち、巻き込む形になっちゃったけど、君もそのうち他人事じゃなくなるよ、コレは」

「……そうですか」



 ──カルチャーショックにクラクラしながらも、気持ちを切り替えるために、今度こそジュースをちゅ~っと吸う。



「だって、あの人のセフレって、前にあたしに突っかかって来た、クラスメイトのあの子だし」



 ──出来ることなら、知りたくなかったな……そんな情報。



 反射的にそう言い掛けた剛の呟きは、幸いな事に喉から外へ飛び出す事はなかった。



「あ~、本当にどうしよっかな……あの子、絶対あたしに逆恨みしてきそうなのがなあ……ていうか、絶対あの子だけじゃなくなるよなあ……」

「……セフレでしょ? セックスする友達みたいなものなら、いちいちそんな事はしないんじゃないの?」



 頭を抱えて悩み始めるみっちゃんに、そう慰めの言葉を剛は掛けてみた。



「──甘い! 剛っちは甘いよ。セフレって言っても、色んなセフレのパターンがあるんだよ」



 けれども、すぐさま否定された。


 というか、セフレのパターンって……と、いう内心の疑問が視線に現れてしまっていたのだろう。



「いい、剛っち。セフレにはね、一夜限りの行きずりセックスを除いて、大まかに分けて三つあるの」

「三つ?」

「一つは、性欲処理兼キープ君。これはガチでエッチの相性良い相手とかエッチが上手い相手とか、彼氏にする気はないけど、キープしとくと色々得だしなあ……そういう相手がコレに入る」

「はあ、なるほど」

「二つ目は、逆。彼女に成りたいけど成れない女が、相手の気を引くためにセフレの位置に甘んじているパターン。前にあたしに突っかかって来たあの子はコレね」

「……うん」

「次に三つ目は……これはかなり少数だけど、腐れ縁みたいな感じでダラダラ続いているやつ。下手に手を出すと誰も幸せにならないエンドを迎える場合が多いから、注意だよ、注意!」

「お、おう」

「そ・ん・で……周りに攻撃するのはだいたい二つ目のパターンの女の子。相手に言うと自分が切られることを察しているから、周りを攻撃して自分が切られないようにするわけ……わかった?」

「……説明ありがとう、すごく納得出来た」



 みっちゃんは、そんな感じで簡潔に教えてくれた。



 ……。



 ……。



 …………さて、だ。



 みっちゃんの状況は分かったが、とりあえず、己が出来る事はほとんど無いことに剛は思い至る。


 せいぜい、吾妻先輩がまたみっちゃんに声を掛けてきた際に、用事を頼みに来た友達として引き剥がすぐらいが関の山だろう。


 その、みっちゃん曰くセフレのクラスメイト……名前は……何だったか思い出せないが、無関係である己が口を出せる事でもない。



 ……なので、現時点での剛が出来る事は。



「──よし、辛気臭い話はこれでお終い! それじゃあ、歌おう! 悩んだってしゃーないしゃーない、剛っち、あたしから曲入れていい?」



 マイクを片手に、手慣れた様子でパパパッとデバイスに曲を入力していく……溜め込んだうっ憤を、みっちゃんの中から吐き出させるために。



「あたしね、これは95点狙えるんだよね」

「え、それはマジですごい……」

「せっかくだし、今日は98点目指すぜ、ふぁいあー!!!」

「ふぁいあ~」



 半ば、ホストになった気持ちで……みっちゃんが気持ちよく歌えるように手伝ってやりたいと、剛は思ったのであった。



 ……。



 ……。



 …………ただ、まあ、それはそれとして。



(……変に暴走しなければいいんだけど)



 件の、その女子がどのように動くのか……一抹の不安を、剛は覚えずにはいられなかった。



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