第五話: 盛大に巻き込まれた気配を感じた
──そんな感じで、女子とみっちゃん(異世界女子たち)との間で不穏な空気が流れたが、それ以上の事にはならなかった。
まあ、客観的に考えられるなら、女子側の言い分はワガママ以外の何物でもない。
嫌なら嫌で最初の段階で意見を出せば良かったのだし、みっちゃんの言い分通り、中にシャツなりインナーなりを着れば良い。
というか、本気で嫌なら自分で用意すればいい。それが出来ないなら、着ないという選択肢もある。
みっちゃんたちが選んだのであればともかく、状況的にはこっちの女子たちが嫌がった結果、例の衣装になったのだ。
それを、『やっぱりコレも嫌だから別のに……』なんて言い出したら、いくらなんでもみっちゃんたちに限らず、衣装を貸してくれている『夢華屋』にも失礼である。
おそらく、それは不満を口に出した女子(言葉にせずとも、賛同していた女子も)もうっすら理解しているのだろう。
その証拠に、その日以降は不満を口にすることはなかった。
各自が出来る範囲で準備を手伝い、様々な小物を買い集め、土曜日の午後を使って最後の準備を済ませ……夕方頃に、ひとまずの準備を全て終えたのであった。
……そのおかげで、教室の中は……まあ、様変わりしていた。
まず、『汚い部屋だとイメージ悪いよね』という意見が出た事から、洗剤を使用しての清掃が成されたことで、他のクラスに比べて明らかに綺麗になった。
合わせて、取り付けてあるカーテンもわざわざ外され洗濯され、せっかくだからと天井もモップなどを使用して掃除された。
それが終われば、お店の準備だ。まあ、準備と言ってもそう多くはない。
幾つかの机を繋げてテープで固定し、テーブルクロスを掛けて作った即席のテーブルが、全部で四つ。
中央に置かれた花瓶に一輪の花、ティッシュが一つずつ置かれている。傍には、ゴミ箱用のダンボール箱が一つずつ。
そして、黒板側に並べられたテーブルには男子たちが持って来たホットプレートが並べられていた。
作るのは、ベーコンの串焼きだ。紙皿は無しで、飲み物は……たまたま特売セールで売られていた炭酸オレンジ。
おかげで、ちょっとだけベーコンが分厚くなった。まあ、だからなんだと言われたらそれまでだが……で、だ。
「それじゃあ、最後の確認するよ」
ノートを片手に、クラスの全員に聞こえるように、みっちゃんは口頭による確認作業を始めた。
「男子の衣装とかの着替えは理科室で、女子は3階のあたしたちが一まとめにされているクラスね」
「そういえば、なんで3階? わざわざ上まで行くの面倒臭くないか?」
「1階にすると、外から覗かれる心配があるからだってさ」
「ああ、なるほど」
「衣装に関しては先生に確認を取ったけど、自宅に持ち帰って当日持って来るか、このまま教室に置いておいてもいいってさ」
「……それ、大丈夫? 盗まれたりしない?」
「異世界側から睨まれる覚悟があるやつが、この学校に居るのかって言われた」
「うおぉ、なんて直球的な脅しだ……」
番町たちの質問にみっちゃんはそう答えると、「そんで、次は明日使う食材だね」続けてその他の連絡事項へと話を移した。
……内容としては、そう複雑なモノではない。
当初より決められていた通り、食材は学校側が用意してくれてある冷蔵庫に全て保管してある。
想定していたよりも飲食店を開くクラスがなかった事から、割り当てられる割合が多くなったことで、各家庭の冷蔵庫を活用しなくてもよくなったおかげだ。
「洗い物は『家庭科室』と『家庭科準備室』のどちらかで行うように。これに関しては、学校側も見つけ次第注意するってさ」
「へえ、なんでまた?」
「詳しくは知らんけど、手洗い場とかの排水はパイプが小さくて詰まり易いらしいよ」
ぺらり、と。みっちゃんはノートのページを捲った。
「あとは、もう知っていると思うけど、制作したポスターとか看板は当日の朝に設置だってさ……用意出来ているよね?」
「出来ているよ。教室の壁側に立てかけておくから、朝に手の空いているやつが持って行けばいいだろ」
「そう、それじゃあお願い。それと、当日に手提げ金庫を支給するってさ」
「金庫?」
「残ったお金とか、当日の支払い云々とか会計に使えってさ。そんなのあるなら最初から貸してくれって……あ、それとね」
みっちゃんは、ノートから顔をあげてクラスメイト達を見やった。
「前から話していたけど、午前の部、午後の部で別れる予定だけど、それでいいね?」
それは、当日の当番というか、仮装をする順番のことだ。
文化祭は、一日しかない。なので、午前と午後に別れて行うのが妥当……というのが、少し前に相談して決めたことである。
まあ、全員が平等に文化祭に参加するとなると、自然とそうなる。
所詮は学生の手作りではあるが、それでも今回は『異世界側』がバックアップに付いている文化祭なのだ。
例年とは自由度が違うこともあって、一目見ておきたいと思うのもまた、当然で。
剛もまた、秀一や紅亜のやっている出し物を一目見ておこうかなと思っていたから、その点については特に異論はなかった。
……ちなみに、秀一のクラスは『ジグゾーパズル』で、紅亜のクラスは『ご当地汁物店』らしい。
例年通りならば、飲食店なんてまず許可が下りなかったのだが、ある意味では異世界バンザイである。
そんなわけで、剛に限らず他所を見ておきたいと考えている者は多く、その事に関しては誰も異論を述べることもなく頷いたのであった。
……。
……。
…………そうして、だ。
最後の確認とは言っても、以前から何度か口頭なりプリントなりでお知らせはされていたので、今更気を付けるような事はそこまでない。
なので、その日はそのまま流れで解散となり、剛も番町と一緒に帰ろうかと思っていたのだが。
「──すまん、今日はちょっと用事があるんだ」
あっさり、番町からは断られてしまった。なんでも、どうしても外せない幼児なのだとか……そして、番町だけではなかった。
タイミングが合わない、というやつなのだろう。
秀一も、今日はどうしても外せない所用が有るとかで、授業を終えた直後にそのまま帰ったらしい。
紅亜も、今日は『異世界女子の集い』というやつがあるようで、剛が帰る頃にはもう、学校からは居なくなっていた。
……と、なれば、本日の剛は独りでの帰宅で確定であった。
この文化祭準備を通じてクラスメイトとも雑談を交えるぐらいには成っていたが、これはまあ、剛自身の性格にもよるが、単純に出遅れてしまったせいだ。
つまり、秀一や紅亜の所在を確認している間に、クラスメイトのほとんどは帰路に着いてしまっていたわけだ。
これはまあ、事前に口約束などをしていたわけでもなく、『タイミングが合えば……』という暗黙のアレだったからである。
なにせ、クラスが違うし出し物もそうだが、準備の進行速度も違う。
そして、『異世界人』たちの介入が成されているこの文化祭に対して、あまり軽々しく臨んでよいのか……いまいち、不安を隠しきれない。
なので、始めから準備期間の間はソレに集中した方が良いと剛たちは事前に話を済ませていた。言葉にはせずとも、タイミングが合わなかった時は各自が帰宅する流れになっていた。
(……あ、そういえば、今日が最新刊の発売日だっけ?)
だから……今日は独りだし、本屋に寄ってから帰るかな……と、軽く考えていた。
「──おっそいぞ、剛っち!」
が、しかし。
玄関を出て、正門を通って曲がった直後──そう、声を掛けられると同時に、ガシッと腕を掴まれた。
その瞬間、剛が最初に認識したのは、二の腕に触れた、包み込むような柔らかさ。そして、温かさ。
次いで、甘い香り。制汗スプレーには無い、何とも表現し難い匂いが、むせ返ってしまうほどに鼻腔を満たした。
そして、最後に認識したのは……学校に1人居るだけで超有名になりそうな美貌に浮かぶ、朗らかな笑みを形作る横顔。
(……みっちゃん?)
正直に、剛は己に何が起こっているのか、状況を理解出来なかった。
ありのままを語るのであれば、横合いから飛び出して来て、みっちゃんがいきなり腕を抱き締めるようにして密着してきた……といったところだろうか。
けれども、分かるのはそれだけだ。
はっきり言って、剛はみっちゃんとそこまで仲が良いわけではない……と、思っている。
というより、みっちゃんが異性に対してもフレンドリー過ぎるだけで……過去の影響から、そういった意味での動揺は少なく……自然と、みっちゃんが見ている先へと視線を──
「はあ? なに、おまえ?」
──向けた瞬間、剛は理解した。というか、嫌でも理解させられた。
何故なら、非常に分かりやすかった。
だって、そこに居たのは1人の男子生徒。番町ほどではないが体格が良く、剛よりも背が高い。顔立ちも、『イケメン』の範疇に入るだろう。
残念なことに、剛は眼前の男子が誰なのかは知らない。ただ、学生服から、同じ学校の生徒であることは分かる。
あと、何かしらのスポーツをやっているのも、雰囲気から感じ取れる。
全体的にスタイリッシュというか、運動系の部活をやっている者特有の、スラッとした輪郭を持っていた。
……で、だ。
その、名も知らぬ男子生徒から睨まれている。
誓って言おう、初対面の相手だ。会話はおろか、まともに顔を見合わせた覚えすらない。
なのに、睨まれている。
それはもう、親の仇かと言わんばかりの強烈な眼光だ。いったい、俺が何をしたのか……剛は内心、首を傾げた。
「なにって、それは──」
「だ~か~ら~、何度も言っているじゃん! いいかげんにさあ、しつこいよ、あんた!!!」
答えようとしたら、それ以上の甲高い……普段のみっちゃんからは想像が付かない、剣呑な声色が横から放たれた。
……剛は、無言のままにみっちゃんへ視線を戻す。
「ほら、早く行こうよ。カラオケ行くって約束でしょ」
すると、みっちゃんからはそんな言葉を返された。合わせて、グイッと腕を強引に引かれる。
……何度も言うが、剛とみっちゃんの関係は、あくまでもクラスメイトである。
そう、剛は、間違っても己がみっちゃんたちを始めとして、『異世界女子』より、そういった方向から好意を抱かれるような存在だとは思っていない。
……まあ、紅亜という例外はあるけれども、それはあくまでも例外。
とにかく、『夢華屋』や『女王』というファクターが背後にあるからこその話だ。そのおかげで、『異世界女子』からの距離が近いだけ……それはまあ、否定するつもりはない。
でも、ソレは、ソレ。コレは、コレ。
(……とりあえず、話を合わせた方が……いいのかな?)
理由は分からないけれども、笑顔の裏に見え隠れしている必死な感情というか、切羽詰まった気配を感じ取った剛は……改めて、目の前の男を見やると。
「すみません、そういう事なんで」
そう言って、逆にみっちゃんの腕を引っ張り、抱えられた腕を動かして、みっちゃんの腰に手を回した。
──瞬間、男の目付きがさらに鋭くなった。
ここが人気の無い夜だったら、即座に拳が飛んできそうな剣呑な光を帯びていた。
だが……そうはならなかった。
部活動は休止中で、生徒たちの大半は下校しているとはいえ、今は夕方にもなっていない。
天気も良く、興味深そうに視線を向けながら通り過ぎていく生徒(実に、タイミングが良い)もいた。
……さすがに、こんな状況で手を出すような馬鹿ではないのだろう。
舌打ち……それはもう、誰が聞いても不快に思うほどに力強い舌打ちをした男は、剛たちに背を向けて……そのまま、道路の向こうへと行ってしまった。
……。
……。
…………そのまま、姿が完全に見えなくなってから、たっぷり20秒ほど待った後。
「……ありがとう~、剛っち……本当に、ほんと~に、助かったよ……」
ようやく、剛から腕を放したみっちゃんは、そう言って深々と頭を下げた。
その顔からは、傍から見てもハッキリ分かるぐらいに疲れ切っているのが見て取れた。
……いったい、何があったのだろうか?
思わず、そんな疑問が剛の脳裏を過っても仕方がないだろう。
だって、教室で解散した時、みっちゃんはそんな顔をしていなかった。
と、なれば、その後で剛がここに来る、わずか30分にも満たない時間の間にそうなってしまった……わけなのだが。
「……その、みっちゃん、いったい何があったの? あの人、みっちゃんの知り合い?」
事情を教えてくれないならそれでいいし、教えられたところで出来ることなんて高が知れている。
ただ、気まずい場の空気を切り替えるキッカケ……その程度の気持ちで尋ねた。
「……行こう、剛っち」
──だけだったのだが。
「……? 行くって、何処へ?」
「カラオケ。もうこんなの、歌って憂さを晴らさないとやってらんない」
「それなら、俺じゃなくて友達を呼んだ方が──」
──何がどうなって、そう思ったのかは知らないが。
「なに言ってんの? 剛っちとあたしって、とっくの昔に友達っしょ」
「──っ!」
「え、なに、その反応……も、もしかして、剛っちはそう思ってなかったの!?」
なにやら、ショックを受けているみっちゃんの姿に、剛は慌てて違うと告げれば。
「う、あ、い、いや、そうじゃない、そうじゃないよ。その、みっちゃんみたいな美人から友達と思われていたのが……」
「……思われていたのが?」
「正直、嬉しい反面戸惑った。ほら、みっちゃんって人気者でしょ? だから、クラスメイトA、B、Cの内の1人かなって思ってた」
「……ふふ、なにそれ?」
なにがおかしいのか、ふふふっとギャルっぽい見た目に似合う明るい笑みを浮かべたみっちゃんは。
「──よし、剛っちの変な誤解を解くついでに、予定無いならカラオケに付き合って! 奢るから!」
「え、いや、それぐらいなら持ち合わせが──」
「大丈夫、『異世界人』が経営している、あたしたち『異世界人』なら格安で利用できるカラオケ店が駅前にあるから!」
「え、そんなのあったの!?」
改めて、剛の腕を……いや、剛の手をギュッと掴んで握ると。
「そこで、色々と説明するから。それじゃあ、しゅっぱ~つ!」
「ちょ、結局二人で?」
「そう、二人で! リードしてあげるからさ、ほら、駆け足だよ、駆け足~!!」
有無を言わさない……正しく、そんな調子で小走りに駆け出し……気付けばもう、断れる空気ではなくなっていた。
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