第四話: まあ、気持ちはわかるけれども限度はある



 ──その日の夜。



『ん~、私としては別に貸し出しはしてもいいんだけど……ちょっと、迷う部分もあるわね』



 忙しいのか、中々連絡が付かなかった女王と連絡が取れたのは、晩御飯を食べて自室でくつろいでいる時だった。



「やっぱり、不特定多数は駄目ですか?」



 スマホ越しに聞こえてくる女王の声には、特に苛立っている様子はないし、困っている感じでもない。


 どっちでも良いけど、ホイホイと了承するのはなあ……といった感じの話し方かなと、剛は思った。



『いえ、それは問題じゃないの』

「それじゃあ、別の理由が?」

『こういうのは一度でもやっちゃうと、あの時はOKを貰えたのに……って逆恨みする子が絶対に出て来るのよ』

「あ~……」



 実際、その通りだった。



『剛くんも、しっかり頭の片隅に叩き込んでおいた方がいいわよ。人間、厚意が2回3回と続くと、それが当たり前に貰えるモノになっちゃうから』

「そういうものなんですかね?」

『男女関係なく、そういうものよ。だから、お互い様の精神を忘れちゃ駄目よ』

「──はい、しっかり叩き込んでおきます」



 よろしい……そう言葉を続けた女王は、次いで、『ちょっと、待ってちょうだい』ふ~っと溜息を吐いた……のを、スマホ越しに剛は聞いた。



 ……。



 ……。



 …………沈黙は、思いの外長かった。



『……やっぱり、駄目ね。あくまでも、剛くんだからって部分はあるし、他の人達に貸すとなるとみんなも不満を覚えちゃうから』



 たっぷり、3分程続いた沈黙の後で、女王はキッパリとNoと判断を下した。


 剛としては、良いか駄目かは全て女王の判断(そもそも、剛が言える立場ではない)なので、その事に対して文句は無い。


 というか、下手に不満を口にして、剛のクラスの衣装まで没収されたら目も当てられない。


 だって、既に剛のクラスは衣装ありきで計画を立てて動いている。紅亜たちのように、衣装が貸し出されない場合を踏まえたうえで動いているわけではない。


 ここでやっぱり無しみたいな感じになってしまえば、一番困るのは剛たちのクラスだ。なので、二人には悪いが、剛はこれで今回の話を終わらせることにした。


 とはいえ、だ。


 紅亜や秀一のクラス分ぐらいは許可が出たらなと期待していた部分はあったので、そこに関して残念な気持ちがあるのもまた、事実であった。



 ……幸いにも、だ。



 時間も無いので二人にメールを送った際、『分かりました、ありがとう』とだけ返ってきたので、『力になれなくて申し訳ない』と送った際に、だ。


 紅亜からは、『女王さんの人柄は知っているから、ほぼほぼ駄目だろうなと思っていたから気にしなくていいよ』と返された。



 曰く、『女王はそういった部分はキッチリ分けるタイプ』らしい。



 言われてみれば、己に対して色々と甘やかしてくれる事は多々あるが、『キーコくん』を始めとして、『お願いという名の命令』に関してはほぼほぼ妥協してくれないなあ……と、剛は納得した。


 異世界女子や他の男子たちが協力してくれたからこそ今のところはノルマ(?)をクリア出来ているが、あんなの一人では足の筋肉がちぎれるまで頑張っても無理だ。


 体調や状況によって多少なり融通を利かせてくれることはあっても、0には絶対にしてくれない。


 実際、文化祭準備の真っ最中だというのに0にしてくれないのだから、そういった線引きの強固な部分は、剛に対しても例外ではないようだ。



 ……で、秀一からの返信は、だ。



『とりあえず、駄目でもともとって感じだったから、責任を覚える必要はないよ』と、いうものであった。



 詳しく聞けば、言葉通り。


 秀一が剛と知り合いだからという程度の感覚で頼まれていたらしく、断られてしまったのならば仕方がないという感じらしい。


 曰く、『ゴネて女王(というより、異世界側)の機嫌を損ねる方が100万倍怖い』というのが、秀一たちのクラスの総意なのだとか。


 なので、秀一たちのクラスだけNoとなれば不満が出てしまうが、剛のクラスだけOKなら、むしろ、その方が不満は出ないからありがたい……という事であった。


 ……単純な話だけれども、それだけでも、とても心が軽くなった剛は……我知らず、安堵のため息を零すのであった。







 ……で、そうして文化祭の準備は始まったわけだが……これがまた、何も騒動は起こらなかった。



 まあ、理由は考えるまでもないだろうが、あえて言葉にするなら、今までのようにナアナアで誤魔化せない事を生徒たちが察し始めたからだろう。


 いわゆる、これまであったスクールカーストというやつが全く通用しないことを、言葉にされなくとも暗黙の内に勘付き始めたからである。



 ……さて、だ。



 少し話が逸れるが、この、『スクールカースト』というのは、なにも単純な序列関係を表す概念ではない。


 見た目が良いからカーストが高いとか、頭が良いからカーストが高いとか、家が資産家だからカーストが高いとか、そんなのはカーストを定めるための副次的な材料でしかない。


 この概念の最も本質的な部分は、目に見える身分(カースト)ではなく、如何に発言が周囲に通り易く、または通り難いかどうかの指標なのだ。


 つまり、カーストの高い者と低い者がトラブルを起こした際、だいたいにしてカーストの高い者の発言が通り、低い者の発言は黙殺されてしまう。


 そして、このスクールカーストは記録等に残される代物ではない。


 学生間の間に、『そういうカーストの者だ』と思われた時点で、その者も低い者と同レベルのカーストに落とされてしまう。




 これが、スクールカーストの本質なのである。




 たとえば、想像してみてほしい。


 どちらが原因なのか分からない状態で、お互いが怪我をしているのを第三者(互いに交友関係は無い)が目撃した。


 その時、お互いが『相手に原因がある!』と言われた時、第三者はどうするか。


 答えは、高い発言権を持つ者を支持し、低い発言権を持つ者を否定して嘘だと決めつける……である。



 もちろん、事情を知らないからどちらも信じないと判断する者はいるだろう。



 だが、そんなのは一切関わらないコミュニティの外の人間に限る話であって、学校という閉鎖的コミュニティに属する学生の大半は違うのだ。


 学生であろうと、子供であろうと、自分にとって不利益のある相手の味方はしない……それが、普通なのである。


 だから、カースト上位の意見が通る。下手に下位の者に付いてしまえば最後、そいつ自身も下位に位置づけられてしまうからだ。


 これの厄介なところは、記録として『身分』が登録されているモノではなく、あくまでも学生間の間にうっすらと認知され、そういうものだと思われてしまう……という点だ。


 それゆえに、一度でも『カースト下位』に成ってしまったが最後、そう簡単にコレを覆す事は出来ない。



 何故なら、スクールカーストは形として有るわけではないからだ。



 あくまでも、学生間の間で『でも、あいつは……』といった感じで認識されているだけで、コレさえ変えれば上に行けるという代物ではないのだ。




 ……かつて、剛が幼馴染の悪意ある嘘に晒されてしまった際、誰も剛の味方に付く者はいなかった。




 実のところそれは、単純にとばっちりで異性の敵認定されたくないから……だけが理由ではない。


 カースト最下位に近い位置に居ると共通認識された剛の傍にいれば、自分たちすらも同じ位置にされてしまうことを無意識に悟っていたからである。


 そして、逆に言えば、カースト上位の味方に付いていれば、何かしらの理由が無い限りは下位に落ちる事はない。


 むしろ、上位の者に気に入られた時点で、その者も末端ながらカースト上位に入れて貰える可能性すらある。


 ゆえに、より多くの者が上位の者に味方する。


 その方が得であり、最短でも進級してクラスが変わるまでの1年間を平穏に過ごす為には、それが現代の学生の処世術なのである。



 ……で、話を最初に戻そう。



 その、なんとも厄介なスクールカーストがこれまで通りには働かないと学生たちが判断したキッカケは、他でもない。


 剛に対して行った、あの暴力事件である。


 内容は、どうでもいい。


 重要なのは、暴力を起こした生徒たちに対して、超法規的に処分を下したばかりか、学校側ですら一切庇えないのだということを思い知らされた……コレに尽きた。


 そう、『スクールカースト』の厄介さは形のない概念に由来するが、言い換えれば、その概念が通じない相手に対しては、ほとんど無力な代物でしかない。


 例えば、学校側であり、親であり、警察であり……今回、その相手が『異世界人』という圧倒的な格上であった。



 結局のところ、ただ、それだけの話である。



 そして、それだけの話であっても、学校というコミュニティから逃れられないほとんどの学生は、内心はどうあれ受け入れるしかなく。


 その結果、特に問題らしい問題が起こる事もなく、各自の進行具合によって多少なり喧嘩になったりはするものの、見守っている教師たちが内心感心しているぐらいには滞りなく進んでいるのであった。



 ……。



 ……。



 …………さて、そんな感じで全体的に平和に準備が進んでいる最中、それは剛たちのクラスも例外ではなく。



「へい、おまち!」



 文化祭本番まで残り7日となったその日、剛たちのクラスでは……『夢華屋』より貸し出された衣装の試着という、一足早い仮装ファッションショーが行われていた。


 とはいえ、ファッションショーといってもそうたいした事ではない。


 いちおうは当日まで秘密なのでカーテンを閉めて、出入り口の窓ガラスを紙で見えないようにしただけの簡易なモノである。



「どーよ、これ。いやあ、着る前からうっすら察していたけど、凄いよね、これ、乳がたっぷんたっぷんだわ」



 けれども、本日仮装のモデルを務める者たちのレベルが、あまりに高すぎた。


 まず、最初に姿を見せたのは、何時の間にか陰で『ギャル員』(ギャル委員長の略らしい)みたいなあだ名で呼ばれたりもしている、みっちゃん。


 十人居れば十人が美人と称する美貌を持つ、褐色肌(本人曰く、焼いたとか)の彼女は、『中世の酒場の女性』をイメージした仮装をしていたわけだが……率直に、凄かった。


 単純に、胸がたっぷんと揺れていた。それも、谷間がくっきり外から確認出来る状態で。


 頭からスッポリ被り、膝の辺りまである、だぼっとした長いワンピース。そこへ、腰から下を刺繍の入った布が巻き付き、ボタンにて固定。


 そして、上半身は……胸の膨らみを阻害しない形になっている、コルセットが一つだけ。おかげで、逆に胸の膨らみを強調するような状態になっている。


 他にはブーツとか髪飾りとか有るけれども、胸元を抑えるのは、少し分厚いそのワンピースだけ。肝心のコルセットは、胸以外をカバーしている。



 ……率直に言おう、すごい恰好だ。



 なにせ、乳房を隠しているのはワンピースの布一枚だけで……外からは分かりにくい状態になっているが、実はブラジャーを付けていないのだ。


 おかげで、先端などは二重になっているとかで透け防止になっているようだが、膨らみを締め付けるモノではないから、乳房全体の輪郭がハッキリ出てしまう。


 そう、出てしまっている。平均的な女子高生のレベルを逸脱した、見事な膨らみが。



 どうして、そうなってしまったのか? 



 それは、衣装の入った袋に『ブラジャーを付けると100%透けるヨ!』と書かれた赤字のメモ(しかも、筆書き)がわざわざ貼り付けてあったからだ。


 ……下着が透けるなら肌でも透けるだろ。なんで下着だけ透けるんだよ。


 そんな当たり前な疑問を誰しもが思い浮かべるところだが、実際に下着だと透けて肌だと透けないのが分かってしまった結果……なのであった。



「どーよ、男子ども。これがH寄りのGカップだゾ!」

「うぉ、ぉぉぉ……!」



 そんな、目に毒を通り過ぎて、目に銃弾な光景を見せられて、反応しない男子はいない。番町だって、最前列で見ている。


 だって、軽く身動ぎするだけで、たぷんたぷんと揺れる。なのに、それを両手でポンポンと弾ませるのだ。


 皮膚の張りとじん帯によって支えられてはいるが、状態としては、トランポリンに乗せた水風船も同じ。


 ブラジャーのようにフックでガッチリと押さえられているわけではない。


 右に動けば右に、左に動けば左にと、重力と慣性に引っ張られて弾むのは、仕方がない事であった。



 ……で、だ。



 そんな光景、分かってはいるけど視線が吸い寄せられる。


 思わず、剛を含めて男子の誰もが声にならない歓声をあげてしまい、『異世界女子』を除く女子から冷たい眼差しを向けられるのもまた、仕方がないことであった。



 まあ……女子たちがそのような態度を取るのも、仕方がない。



 なにせ、確かに中世っぽいかと言われたら、『そんな感じがするかも?』といった良い塩梅ではある。


 けれども、こうまで露骨に『性』が強調されてしまえば、色々と考える者が出て来ても不思議ではない。



「……ねえ、時田くん、本当にこれ以外に衣装はなかったの?」



 というか、冷たいを通り越して不満の色が強く出た。


 ジロリ、と1人の女子の問い掛けを切っ掛けに、同様に不満を抱いていた女子たちから一斉に視線を向けられた剛は……意味が分からずに首を傾げた。



「俺に聞いたって衣装は変わらないよ。ていうか、どの衣装にするかは女子全員で見に行って確認して選んだだろ」

「それは……そうだけど」



 ばつが悪そうに視線を逸らす女子に、剛はため息を零した。



「どんな話し合いをして選んだのかは知らないけど、俺に文句を言われても困るよ。男子は男子、女子は女子、女子たちも賛成しただろ」



 剛の言い分は、事実である。最初は、全員で向かって実物を見てその場で決めるという話であった。




 ──『夢華屋』曰く、衣装の種類は豊富なので、好きなのを選んでよい……とのこと。




 しかし、言い換えれば選択肢の数だけ迷いが出るということ。一つ二つならともかく、何十着も種類があるとなれば、相応に時間が掛かる。


 そして、『夢華屋』は一般の家ではない。業務の関係上、無関係者であると同時に、まだ学生である彼ら彼女らを長居させるわけにもいかない。


 なので、最初はあまり時間を取らせるわけには……という意見もあって、全員で行ってパパッと終わらせる……予定をしていた。


 だが、実物を前にして、試着云々をしたいという意見が女子から上がった結果、『夢華屋』が指定した日時で良ければ半日使ってもよい……と、してくれたのだ


 なので、御厚意に甘えて男子と女子に別れて『夢華屋』に向かい……という経緯があったので、女子の衣装に関して剛は完全にノータッチであった。



「でも、透けるなんてその時は気付かなくて……案内された試着室が薄暗くて……」

「そう言われてもなあ。衣装は完全に『夢華屋』の善意で貸してくれている物だしなあ」



 本心からの、そう言われてもなあ……であった。



「……ねえ、もう一度『夢華屋』の方へ掛け合ってくれない? これじゃあ私たち、恥ずかしくて着られないから」



 だから、周囲に聞こえないように声を潜めながらの、そのお願いに。



「はっ?」



 ──なに言ってんの、おまえ? 



 思わずそう言い掛けた剛は、ギリギリのところで飛び出しそうになった剣呑な言い回しを呑み込んだ。


 ……そのまま、5秒程掛けて静かに、こみ上げた苛立ちを抑えた剛は……改めて、その女子を見やった。



「残念だけど、無理。前にも似たような事を言ったけど、俺は向こうにお願い出来る立場じゃない」

「でも……」

「本当に、無理。ていうか、それって女子たちの総意なの? みっちゃんとかは、気にしてなさそうだけど?」

「それは……」



 言いよどむ女子から、他の女子へと視線を移す。


 大なり小なり違いはあるけれども、ほとんどの女子が……まあまあ似たような顔をしており、服を取り変える事に同意見といった様子であった。



「……はあ、もういいよ」



 埒が明かない問答を打ち切った剛は、みっちゃんを呼ぶことにした。


 途端、賛同していた女子たちは露骨に動揺を露わにした。まあ、そうなるのも当然だ。


 声を潜めた時点で、自分たちのソレがワガママであるのを自覚してのこと。露呈を避けたいからこその行動だったからだ。



 ……が、そんなのは剛には関係ない。



 ゆえに、他の者たちが気付いて反応するよりも早く、「はいはい、なんですか?」何も知らないみっちゃんがたぷんたぷんと胸を弾ませて近寄って来た。



「女子たちのその衣装ってさ、どんな具合で決まったの?」

「どんなって、コレ?」



 ひらひら、と。


 ワンピースなのでスカート状になっている裾を指でつまみ上げたみっちゃんは、「いやあ、大変だったよ!」そう言って笑みを浮かべた。



「さすがは『夢華屋』って言うのかな。置いてある衣装が軒並みセクシー路線っていうか、なんと言うか……ちょーっと、文化祭で着るには情熱的過ぎていてさ」

「そうなの?」

「コンセプトが合っているやつはけっこう有ったんだよ。でもね、さすがにビキニのアーマーみたいなのは駄目だと思わん? 葉っぱ一枚で作ったパンツみたいな感じだったよ、アレは」

「う、う~ん……」

「他にも色々見たけど、思っていたよりスケスケな素材使っているやつが多くてさ。だから、その中でも一番肌が見えないやつがコレだった。あたし的には、せっかくだからセクシー路線で攻めたかったんだけどね」

「……じゃあ、無理やりみっちゃんたちが決めたってわけじゃないんだね?」

「うん? そりゃあそうでしょ、ちゃんとみんなで相談した──ちょっと待って、一から説明して。なんで、そんな事をあたしに聞いたの?」

「え、一からって……」



 さすがに、はぐらかす事は出来ないので、簡潔ながらサラッと経緯を伝える。



「──もしかして恥ずかしくなった?」



 コミュニケーション能力高過ぎな、みっちゃん。


 剛からサラッと簡潔な説明しか受けていなかったが、すぐに裏側に思い至ったようで、剛の後ろの方へ移動していたその女子へと話しかけた。



「……その、ブラを脱ぐ必要があるとか、知らなくて」

「あ~、まあ、そりゃあそうだね。でもまあ、本当にあの中ではマシなんだよ」

「私は、ソレじゃなくてもっと刺繍の入ったやつの方が良かった」

「貴方が手に取っていたやつ? ちゃんと説明したじゃん、アレは体温に反応してサイズが大きくなって脱げやすくなったり、透明になったりして丸見えになる、ストリップ用だって……タグに説明があったでしょ」

「それは……でも……」

「だいたい、ソレだって嫌って決めたのはそっちじゃん。他にも色々あったけど、他のも恥ずかしいって全部×して、最終的には貴女だってコレでいいって言っていたじゃん」

「…………」

「別に、中にシャツとか着れば透けたって恥ずかしくないでしょ。コルセットだって、嫌なら付けなきゃいいじゃん。何が恥ずかしいの?」

「そ、それは……」

「絶対に着ないと駄目ってわけでもないじゃん? 着たくないなら、自分でそれっぽいのを用意してもいいと思うよ、あたしはね」

「…………」



 その女子は、何も言わなかった。


 いや、言わなかったのではなく、言えなかったのだろう。



 みっちゃんの意見は全て正論であり、事実であったから。



 確かに、文化祭で使用するにははばかられる衣装は多かった。だが、同時に、多少の羞恥心さえ我慢すれば使用出来る物も多かった。


 それを、『男子たちに見られるのは恥ずかしい』と拒否したのは、『異世界女子』を除く女子たちなのだ。


 そう、みっちゃん含めた『異世界女子』からすれば、今更になってなんじゃそりゃあ……というのが、本音であった。



 ……けれども、嫌なモノを無理やり着て貰おうとは誰も思っていなかった。



 だから、妥協に妥協を重ねた結果、『思っていたよりも地味だけど、ま~仕方ないよね~』といった感じで選ばれたのが、この衣装なのだ。



 ……まあ、確かに、眼前のクラスメイトの言い分にも一理あるとは、みっちゃんも思った。



 選んだ時には部屋が薄暗くて(元々、照明の数が少ない部屋だった)そこまで気が回らなかったし、明るいところで着てみてから分かる事もある。


 それは、否定しない。そこで嫌だなあと思うことも否定はしない。



「……あのさ、あたしに限らず、けっこう色々と譲歩したじゃん? アレも嫌、コレも嫌、じゃあバラバラに好きなのにしようかっていうのも嫌って突っぱねたの、そっちじゃん?」



 たんたん、と、みっちゃんは苛立ちを抑えるかのように軽く床を蹴った。



「だから、妥協に妥協してコレにしたんじゃん? それをさ、知らない部分があったからって、わざわざ別のに取り変えるように……って、ちょっとさ、あたしらに対しても失礼だと思わんの?」



 でも、ここまで譲歩したのだ。


 たとえ、眼前の彼女たちに自覚が無くとも、嫌な思いをするよりはと、みっちゃんを含めた『異世界女子』たちは、自らが選んだ衣装を諦め、彼女たちに譲歩したのだ。


 それなのに、その譲歩ですら不十分だと言わんばかりに不満を出されては、だ。


 我慢したみっちゃんにとって、おまえいいかげんにしろよと思わずにはいられないぐらいに、非常に不愉快極まりない話であった。



「……だ、だって」



 そう、だからこそ、だ。



「男子の前で、ノーブラなんて……そんなの……」



 ぽろぽろ、と。


 堪えきれないと言わんばかりに大粒の涙を零し始めに合わせて、『男子の前で……』というフレーズに。



 ……まあ、女子だし、嫌がる……のも、仕方がないか? 



 男子たちが、それならまあ仕方がないかもと納得しかけ、剛もまた(まあ、女子だしなあ……)そのように考え始めた──のだが。



「はあ? なんすか、ソレ? てめーのおっぱいにどんだけの価値があんのか知らんけど、ワガママも大概にしなよ」



 女である……そして、『異世界人』であるみっちゃんには、欠片も通じなかった。


 オブラートに全く包まれていない抜き身の刃が如き返答に、言われた女子のみならず、少なからず同調していた者もギクッと肩を震わせた。



「着たくないなら着なくていい。誰も強制はしない。それでいいっしょ。それ以上を求めるなら、代わりの衣装を用意するなり何なりしなよ」



 ──美人が怒ると怖い。



 そんな言葉を、誰が最初というわけでもなく思ったのは……それだけ、みっちゃんが怒りを露わにしていたからで。



 ……。



 ……。



 …………結局、その後しばらく言い合ったが、『今更このタイミングでの変更は無理だし、『夢華屋』も暇じゃないから』という常識的な判断によって、みっちゃん側の言い分に軍配が上がったのであった。




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