第三話: Retake(仕切り直しとも……)



「――いいか、君たち。昨日も伝えたから覚えていると思うけど、私たち教師はこの文化祭において協力できることは非常に限られている」



 翌日……昨日の騒動の余波がそこかしこに残っている中、何時もならサラサラッと終わるはずの朝のHRにて、戸嶋先生はそんな事を言った。


 戸嶋先生が言わんとしている事。それ自体は、生徒たちの誰もが理解している。事実、昨日の騒動は誰の記憶にも新しいからだ。


 だからこそ、戸嶋先生はその記憶が色濃く残っているうちに忠告しておきたかったのだろう。


 何度か言葉を変えているが、中身は同じ……何か有っても基本的に教師たちは手が出せない、それに尽きた。


 これまでは教師が仲裁に入る諍いも、文化祭の間は見て見ぬフリ。度が過ぎれば警察を呼ぶし、その結果重い処分が下されても学校は一切庇う事も考慮することもしない。


 ごく一部分ではあるが、文化祭の間は大人として扱う。つまり、自分の責任は自分で取らせ、学校が肩代わりなどは絶対しない。


 子供だから、学生だから、未成年だから。


 そんな理由で犯した罪は軽減されないし、異世界側も考慮しない。あくまでも、一人の人間として向こうの法で裁かれる……と、戸嶋先生ははっきりと告げた。



「……この際だから、言っておこう。昨日、時田に暴行を働いた生徒たちだが、男子2人には停学3週間、煽った女子は1週間との通知が来た」

「えっ!?」



 驚きの声を挙げたのは、誰が最初だったか。


 まだ腫れている頬に痛々しくガーゼを張り付けている剛も、湿布を張っている番町も、欠伸をしながら聞いていたみっちゃん達も、当事者だったクラスメイト達も……驚きに目を瞬かせた。


 それは、処分内容に不服があるとか、疑問を覚えた……というモノではない。


 思っていたよりも、処分が下されるのが早かった事。なにより、その中身が……誰もが考えていたよりも、重いモノであったからだ。


 停学という体を取ってはいるが、実質は文化祭に参加させないと処分を下したも同じだ。いや、むしろ、学校にすら来させない辺り、それよりも重い。


 殴られた当人ですら、「いや、そこまで重くしなくても……」と零すぐらいだ。


 当事者ではあるが傍観者であったクラスメイトたちも、『え、そこまで?』と思う者がちらほらと居るのだから……彼ら彼女らの驚きが窺い知れた。



「……言っておくが、これでもまだ軽いぞ。何故なら、時田が殴り返して両成敗になったうえに、治療費と慰謝料を払うと向こうの両親が確約したからこの程度で収まったんだ」



 けれども、戸嶋先生の反応はあくまでも平坦であった。



「あの時、時田が返り討ちになっていたり、慰謝料等の支払いを拒否していたら、もっと酷い。男子2人は一発退学のうえに除籍扱い……つまり、高校に入学していたという記録すら公的には判断されるようになっていた」


「想像すると、恐ろしさが分かるだろう? 中学卒業してから今日までの約1年半、進学も就職もせずにブラブラしていたと公的に残されるんだぞ……そのうえ、逮捕されていた可能性もある」


「そうだ、最悪、除籍理由の『暴行事件を起こした為』という事実と、逮捕歴だけが残される。何処に行っても、真っ先に突っ込まれるような汚点を残し掛けた……むしろ、この沙汰は異世界側の温情と捉えた方が良い」



 そして、あくまでも淡々とした言い回しに。



「……これは、男子生徒のみに限った話じゃない。異世界の人達は、体格が小さい女子だからと特別扱いもしない。いいか、これまでの感覚ではしゃぐな、この文化祭の間だけはその事を念頭に行動しなさい」



 ……生徒たちの誰もが、ごくりと唾を呑み込んだのであった。





 ――と、いう感じの脅し(忠告とも言う)が終わって……放課後。



 文化祭中は基本的に部活も中止(ただし、試合やコンテストなどが有る場合、希望者は除く)になっている。


 もちろん、他にも外せない用事の為に席を外していたり下校していたりする生徒も居るが、だいたいの生徒たちは学校に残って文化祭への準備に取り組んでいる。


 それは、剛たちもまた同じである。何と言っても、3週間しか無いのだ。


 いくら時間削減の為に手間暇が掛からない『中世風居酒屋(偽)』にしたとはいえ、遊んでいられる時間は多くはない。


 というか、拘れば拘るだけ時間が足りなくなってくるのだ。


 せっかく『夢華屋』の協力が得られているのだし、やるならやれるだけやろうと思うのも、当然の話なのかもしれない。



「それで、今日は全体の大まかな内容だけど……」



 昨日と同じく、教壇に立ったみっちゃんが話を進める。


 まあ、話を進めるとはいっても、そこまで複雑なモノではない。『中世風居酒屋(偽)』をやると決まったので、後はその中身をどうするか、である。


 飲み物は炭酸ジュースだが、予算の都合もある。


 デパート等にあるお高いジュースを炭酸で割るか、手頃な炭酸系の清涼飲料水で行くかあるいは、値段で分けて商品を増やすか……だろうか。


 しかし、その場合は手順や工程が分かれて増えるし、収益の計算もその分だけ複雑になる。何せ、ココから更に食品を出すかどうかも考えるのだ。


 たかが一品、されど一品、だ。学生の出し物とはいえ、一つ商品を増やすだけでもそれだけ手間が増えるし……何を出すか、詳細をキッチリ学校に報告する必要がある。


 学生がやる事とはいえ、予算を貰って運営するのだ。太っ腹な事をしてくれるが、〆るところはキッチリ〆る……という事なのだろう。



 ……だからこそ、勢いのまま突っ走る事は出来ない。



 お店のようにレジが有るわけでもない。全て手作業での計算……金額の誤差が出ると、後々面倒事に発展しかねない危険性も孕んでいる。


 それ以外にも、何をするにしたってお金が動くのだ。おそらく、それら全てを含めた意味での文化祭……なのかもしれない。


 先に決めておかないとならないという、みっちゃんの意見は御もっとも。剛たちクラスメイトたちも異存はなく、昨日行うはずだった事を、遅れて今日にやっているわけである。



 ……で、だ。



 とりあえず、簡単な所からさっさと決めてゆく。席は幾つ用意して、どのように店内をデコレーションするか、商品にする飲み物……等々。

 ここらへんは、そこまで考える必要はない。


 テーブルは教室内の机を集めてテープで固定して、テーブルクロスを掛ければ良い。クロスが高いなら、ランチョンマットで代用すれば安く済む。


 飲み物は、基本的に出来合いの物。つまり、始めから完成している炭酸ジュースだ。混ぜて作る必要がある商品は、現時点では出来るかどうか不明なのでカウントしない。


 そして、ある意味では一番考えなければならないのは……飲み物以外を出すべきか否か、だろう……けれども、その結論は思いの外あっさり出た。



 ――ぶっちゃけ、飲み物だけなら中に入る必要なくない?



 そのキッカケは、クラスメイトのそんな言葉である。


 言われてみればそうだな、と誰もが思った。「――せやな」何故か関西弁で返事をしたみっちゃん。



 ――コスプレした人たちを見て貰うっていうか、個人的には本末転倒……みたいな感じがする。



 続けられたその指摘も、誰もが確かにそうだなと思った。


 教室の後ろの方で感心した様子で頷く戸嶋先生……どうやら、誰もが我知らず勢い任せで考えていたようだ。


 ……言われてみれば、確かにそうだ。


 『中世風居酒屋(偽)』でのコスプレは、あくまでも場の空気をそれっぽい感じにする為のものだ。


 コスプレがメインと言われれば否定出来ないが、だったらテイクアウト形式で、接客する人がコスプレするだけでいい。


 たとえるなら、オニギリを販売しているのに、店内で食事をしないと売らないと言っているようなものだ。確かに、本末転倒と言われればそれまで。


 そうではなく、やるのは『中世風居酒屋(偽)』だ。つまり、お店だ。拙くてチャチなモノでも、お店なのだ。


 何を出すにしても、とりあえずは店の中に留まってもらう……つまりは、席に付いて飲食をしてもらう前提のモノをセットで……というのを、改めて考える必要が出てきたわけであった。



「……ウインナーとか焼く?」

「ウインナーって、焼くのにけっこう時間掛からん? あたし、アレの丁度良い焼き加減て分からんよ……」

「……ウインナーってことは、皿と箸がセット? 1人当たり、何個にするの?」

「紙皿にウインナー3個とか来たら、ちょっと寂しいよね……」

「じゃあ、パンとか増やす? トーストとか、中世とかなら固いパンとか?」

「そこまで拘り過ぎると準備が大変過ぎるだろ。ていうか、さすがにそんだけ大量のトースターは用意出来ないでしょ」

「……一度にそんだけやったら、ブレーカー飛びそう」



 ざわざわ、と。にわかに騒がしくなり始める教室内。まあ、それだけ真剣なのだ。熱が入れば、声にも熱がこもってくる。



 ……。


 ……。


 …………そんな時であった。喧騒の中で一瞬ばかり訪れる、ほんの僅かな静寂。誰もが狙っていない、偶然の一致。




 ――ベーコンの串焼きでいいんじゃないか? 場合によっては、パンに挟んで出したらいい。




 何の気負いもなく、思いついた事をそのまま……ポツリと響いた、その言葉。自然と、それを発した者へと視線は集まる。



「……え、なに?」



 突如己に集まる視線に困惑を隠せない剛。そう、それを発したのは、剛であった。当然、剛はタイミングを計っていたわけではない。



「……剛っち、前から思ってたけど、君ってモッテいるよね」

「なにが?」

「女王が気に入る理由が少し分かった気がするって事だよ」



 当たり前だが、それを聞いたのは剛以外であった。当然、タイミングを計っていたわけではない。本当に、ただの偶然であった。


 だが、偶然だろうが何だろうが、剛の呟きは思いのほかクラスメイトたちの頭にスルリと入り込んだわけである。もう、その時点で……クラスメイト達の意思は決定したも同然であった。


 後は、値段だが……まあ、その辺は追々考えるとして……とりあえず、草案というか、方向性は決まった。



 ……で、だ。



 踏まえて、食料品を冷やす為の冷蔵庫などの設備は『異世界』が用意してくれるので、割り当てられる分をやりくりし、無理なら各家庭の冷蔵庫を使い、当日持ってくればいい。


 壁や入口の飾り付け事態は時間の余裕次第。準備期間は3週間、プロでもなく知識も技術もない素人が、あれこれ手を伸ばして中途半端になるのが一番まずい。



「イラスト掻けるやつおるかー? 張り出すポスターと看板用に、最低2つは作らないと駄目らしいぞ」

「あ~、下手くそだけど描けるよ。それだけに掛かりっきりになっていいなら、何枚か作れるよ」

「イラストはポスターだけで、看板は文字だけでいいんじゃねーの?」

「ん~、まあ、描く側からしたらそっちの方が有り難いかな。A4サイズのイラストを描くのは慣れているけど、メートル越えの看板サイズのイラストは初めてだから……」

「テーブルを固定するテープとか、色々と必要なモノをリストアップする必要も出てくるよな……」

「そういえば、予算っていくらぐらい出るの? 戸嶋先生、そこらへんはもう決まっているの?」



 わいわい、と。


 賑やかに成り始めた最中、クラスメイトの誰かが発したその問い掛けに、静観を続けている戸嶋先生は一つ頷いた。



「よほどの例外を除いて、各クラス5万~10万円だ。どう使うかは生徒たちの判断に任されているから、好きに使えばいい」

「……なんで、金額に幅があるんですか? そこまで差があると、凄い不満の声が出そうな気が……」



 不思議そうに首を傾げるその生徒に、「……さあ、俺からは何も言えない」戸嶋先生は。



「支給日は明日と、1週間後と、2週間後だ。2週間後に支給された時点で、それがそのクラスに渡される予算の総額だ。追加は無いから、考えて使いなさい」



 意味深にその言葉を付け足すと、それ以上は何も言わなかった。



 ……。


 ……。


 …………まあ、考えたところで異世界側の考える事だ。文句を言った程度で動くとは思えないし、貰えるだけ有り難いと、誰もがそれで納得した。


 さて、予算が貰える日は分かった。


 買い出しやその他諸々は明日から始めるとして、今日はまず全体図の設計と、何処から手を付けるべきかという優先順位を決めていくわけ……なのだが。



「……そういえば、準備期間中の間は『キーコくん』やるの?」



 誰が……いや、正確には、ポツリと零した編入女子の呟きに……その場にいる誰もが、ピタリと動きを止めた。


 ……。


 ……。


 …………無言のままに、視線が再び剛へと集まる。



「……ちょっと待て」



 今回は、剛も己に視線が集まる事は分かっていた。なので、女王に連絡を取るべくスマホを鞄より取り出した――瞬間。


 ――ぴろりん。


 メールの着信音。その出所は……他でもない、たった今、剛が手に取ったスマホからである。思わず落とさなかったのは、耐性が付いたからだろう。


 ――反射的に、剛は教室内を見回した。ついでに、窓の外を見やり……無言のままに、メールフォルダを開く。



 『少しは我慢するけど、頑張ってね❤』



 届いたメールは女王からで、中身は……ノルマは減らすけど無くなるわけではないという、事実上の厳命であった。


 そして、それの意味する事は……だ。


 只でさえ他のクラスに比べて人数が減っている(停学中なので)のに加え、毎日一定数の男子が『キーコくん』に駆り出される強制ハードスケジュール確定という……事実であった。



 ――それを、剛はクラスメイト達に説明した。



 もちろん、クラスメイト達は不満そうな顔をした。けれども、それは若さゆえに隠せていないだけで、誰も言葉にして出そうとはしなかった。


 不安定な思春期も相まって短慮な行動を起こす時もあるが、馬鹿ではない。予算に限らず、衣装を用意して貰えること事態が、『キーコくん』が関わっているのは明白であるから。


 なので、誰もが一瞬ばかり覚えた不満も、仕方がない事だとすぐに昇華したクラスメイトたちは……気持ちを改め、会議を続けるのであった。






 ――翌日。



「では、最初の支給金だ。総額を伝える事は禁止されているが、これだけは言っておく……得ていないお金を担保にして行動しないように」



 担任の戸嶋先生より、そう言って手渡されたのは『2万円』であった。


 2万円……使うにしても使わないにしても、使い所に迷う金額だ。一通り揃えようと思ったら足らないし、下手に使い切ると次の支給日まで何も調達出来なくなってしまう。


 また、購入しておく物も順番を考えなくてはならない。


 一番重要な食料品関係を押さえておきたい気持ちがあるが、開催日は3週間近く先だ……いくら冷蔵庫があるとはいえ、安全を考えるなら後の方が良い。


 最終的にそのように判断した後……担当を分けてから、絶対に必要となる細々としたモノを先に揃えておこうと思い……郊外にある大型業務スーパーへと向かった。


 ……向かったのは女子の大半で、買い出し等の担当リーダーは、気付けば番町がその座に収まる事となった。


 理由は、けっこう単純だ。送料無料ならタダで送って貰えるし、無理なら力のある番町などが運んで……という感じであった。


 もちろん、いきなり買うわけもない。あくまでも下見であり、実際にいくらになるのかという確認の意味合いが大きいのであった。


 ……で、残った方はと言えば……まあ、やれる事は限られている。


 衣装合わせは『夢華屋』の都合もあるので、極力全員がまとまって訪問した方が良い。なので、出来るのは……ポスターや看板作りぐらいだろう。


 その2つに使う画用紙やペン(絵具も)等の小道具ぐらいは学校側が支給するので、その2つに関しては早急に取り組むことが可能であった。


 とはいえ……いくら何でも、それで残った全員が取り組むかと言えば、そうではない。そりゃあ、手伝いやら補助やらはやれても、下書きの段階では1人か2人ぐらいだ。


 なので、結果的に手持無沙汰になったクラスメイト……その中でも、所用が無い男子たちは……下見に行っている男子たちの分も、『キーコくん』で頑張るのであった。


 ……ちなみに、女子の大半が買い出しに回ったのは、『キーコくん』が使えない事と、ポスターなどではまだ出番が無いから……である。


 また、実のところ剛もそっちに混ざろうかと(番町が行くので……)思っていたが、抜けた分の穴を埋める必要があった為、居残りでペダルをキコキコとこいでいるのであった。





 ――そんなふうに、他のクラスに1日遅れる形でようやく文化祭へと動き出した剛たち……で、あったのだが。



 時刻は、番町たちが学校を離れてから1時間後。何時もより少し少ない『キーコくんエリア』にて、何時もより気持ち強めにキコキコとペダルをこいでいた剛へ。


「……いきなりで不躾な話だと思う。でも、衣装の貸し出し……私たちのクラスにも融通出来ないかな?」



 何時もとは違い、神妙な顔で尋ねてきた秀一が、開口一番に飛び出した台詞が、ソレであった。


 いや、正確には、秀一だけではない。秀一の隣で、紅亜もまた同様の台詞を口にし……お願いしてきた。


 廊下で待ち伏せしている事が多い紅亜が、今日に限っては姿を見せなかった(まあ、文化祭のせいだろう)ので、元気にやっているかなと思っていたが……これは予想外の事態だ。


 とりあえず、突然のことで事情を呑み込めていない剛は、作業を止める。少し間を置いてから、素直に二人に理由を尋ねてみた。



 ……二人の用件はだいたい同じ。ハッキリ言えば、『夢華屋』に話を通して二人のクラスでも借りられないか……というモノであった。



 紅亜には昨日の夜、秀一には今朝方にてさらっと話をしたが……昨日の今日で早くないだろうか。


 不思議に思って尋ねれば、どうやらSNSのアプリを通じてぐるりと情報が回って来ているらしい。発信源はおそらく……いや、確実にクラスメイトの誰かがポロッと零したのだろう。


 ……今回の文化祭は誰も彼もが浮足立っているのかもしれないと、剛は思った。


 まあ、無理も無い事だ。何から何まで初めてだが、こうまで自由にさせてもらえるのだ……去年の文化祭に比べたら、それこそ雲泥の差というやつだ。



「……紅亜の方は、頼めば貸して貰えるんじゃないの?」

「いやあ……あの人、そういう特別扱いはしないから……」

「え、そうなの?」

「……時田くん、時に女はね、同じ女に対しては辛辣だったりするんだよ」

「……そうなの? 個人的には、女は同じ女に対しては優しくしてそうなイメージがあるんだけど」

「それは、同じコミュニティに属して対等の立場で……ていうか、男からの方がよっぽど優しいし気を使ってくれるんだよね」

「それは、女子だから……」

「女子だから優しくしたり気を使う男子は多いけど、男子だから優しくしたり気を使う女子は、その男子がよっぽどのイケメンか、その男子が好きか、あるいは親密な間柄か……その3つぐらいだよ」

「……そ、それは下心が」

「下心が有るのは男も女も同じ。男も露骨だけど、女も大概。私だって、大好きな時田くんだからこうするだけで……」

「――っ!? あ、ちょ……」

「男も女も一緒だよ。男は浅く広く、女は深く狭い。目立ちにくいだけで、男も女も性根は一緒」



 とりあえず、気になった事を尋ねてみたら、何とも世知辛い返答であった。まあ、その世知辛さも、腕を包む見事な柔らかさによって吹き飛んでしまったが。


 ……というか、これ以上話を聞く(というか、抱き締められた腕からの……)と色々な意味で我慢などが辛くなりそうだから、幾分か強引に話を切り替える。



(……なるほど、クラスメイトから強請(ねだ)られているわけか)



 そうして、一通り話を聞いた剛は……どうしたものかと頭を悩ませた。しかしそれは、断りたいから……という理由ではない。



(これ、下手すると関わりの無いクラスだけでなく、不公平だとか何だとか騒ぐやつ出てくるよなあ……)



 それが、反射的に考えてしまった剛の……言うなれば、懸念事項であった。


 正直な気持ちを吐露させてもらうなら、剛自身は何ら迷う事なく二人の要望に首を縦に振りたい気持ちしかない。


 もちろん、決めるのは『女王』だ。決定権は、剛には無い。


 けれども、この二人に対しては……剛は迷う事無く女王に連絡を取り、2人が所属するクラスへの衣装貸出しをお願いしたい……そう、思った。



 だが、問題なのは……他のクラスだ。理屈では分かっていても、感情が納得しない事は多々ある。



 というか、剛はこれまで散々それで痛い目に遭ってきたし、汚名だって被せられてきた。言葉だけでなく、身を持って実感してきたからこその懸念が、剛の脳裏に渦巻いていた。


 故に、確信を持って剛は予測する。


 ここで下手にOKを出したら、確実に……そう、確実に、『俺も・私も・僕も』と寄ってくる者たちが現れる、と。



 ……はっきり言おう、義理も付き合いも無いやつに気を使うつもりは欠片も無い。これも、剛の本音だ。



 しかし、感情で動くやつに理屈は通じない。いや、それよりも、剛が危惧しているのは……その矛先が内面ではなく、外へと向けられる場合だ。


 そういうやつらは、『何故、自分は駄目なのか?』を考えない。


 排除された時点で自らを被害者だと思い込み、加害者を責め立てる。場合によっては、直接的な嫌がらせすら『加害者であるお前たちが悪い』と考えているやつすら現れる。


 前にトラブルとなった狭間という女子生徒が、正しくそのタイプだ。


 客観的に、それが出来なくとも理屈で考えれば、アレは誰が見ても悪いのは女子生徒の方だった。結果的には順当に終わったが、一歩間違えれば尾を引く結果になっていただろう。



 ――そう、己に向くのであれば、女王の名を出して幾らでも説き伏せる事が出来る。



 だがしかし、それが己で無いのならば。異世界側から見ればたかが学生同士の揉め事の仲裁に動くだろうか。


 ……可能性としては、かなり低いように思える。


 何故なら、先日のトラブルも、結果的には仲裁の役目を果たしただけ。より正確に言えば、学校側が上手い具合に解釈して、言い訳に使っただけなのだから。



「……ごめん、ちょっと僕の一存では決められない。家に帰ったら女王さんに連絡を取ってみる。それでいいかな?」



 とりあえず、妥協案を出しながら二人にそのように説明すると。



(文化祭が終わるまでは、教師たちもほとんど口出ししてこないから……下手したら、一方的に悪評を立てられるような状況に成りかねない)



 何となく……本当に何となくなのだが、このまま無事に文化祭は終わらないだろうなあ……と、剛は思ったのであった。




 ……。


 ……。


 …………ところで。



「あの、紅亜さん」

「はい」

「いつの間にか、ずーっと柔らかいモノで挟まれている腕を放してほしいんだけど……」

「駄目です」

「え?」

「駄目です」

「……なんで?」

「先週ぐらいから思っていたのですが」

「はい」

「そろそろ、時田くんは異性の感触に慣れてきたと、私は思うのです」

「はい?」

「改めて言いますけど、私は時田くんが大好きです」

「あの、いきなり、そういうのは胸に悪いというか……」

「時田くんは、まあ、アレです。昔の事があるので、他人に対して幾らか心の距離が遠いので……だから、コレです」

「コレ?」

「アタックすればだいたいの女を抱ける男ではない大半の男は、おっぱい触らせたら好きになっちゃうとお聞きしました」

「……誰から?」

「みっちゃんから」

「……あ~、うん、何やってんのあの人?」

「なので、こうしておっぱいで挟んでいるわけです。幸いにも、私はこっちの女子たちに比べても巨乳、効果は抜群とお聞きしました」

「…………」

「時田くん」

「はい」

「これだけは、肝に銘じておいてください」

「はい」

「女にも、性欲はバッチリあるんです」

「――なんて?」

「セックスしたいなあって、思っているんです」

「いや、聞き返したわけじゃないよ。あと、明け透けなのは恥ずかしいから止めて」

「子供ですけど、子供じゃないんです。キスだけじゃなくて、好きな人と裸のお付き合いしたいなあって思っているんです」

「人の話、聞いてる?」

「AV見て妄想するのは男の子だけの特権じゃないんだよ。そこらへん、ちゃんと理解しないと駄目だゾ❤」

「時々だけど、紅亜さんも女王さんと一緒で、変な所で暴走する癖があるよね? 異世界の女子の性格なの?」

「だ、駄目……そんな目で見ないで……心のち○○が勃起しちゃう……!」

「最後まで猫被ってほしかったなあ……」




 と、いう感じのセンスティブな会話というか、いちゃつきに対して。



「……私も、彼女が欲しいなあ」



 傍で、半強制的に聞かされることになった秀一からの、羨望混じりの白けた眼差しが向けられている事に……二人が気付くのは、もう少し後であった。



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