時間停止AVは存在しない裁判

「これは世紀の裁判だ」

 裁判を起こした弁護士は開廷前に語った。


「被告人、前へ」

 法服を纏った裁判長が低音の響く声で言った。被告人の男は証言台の前に立った。

「あなたには、過去の発言・発表した論文の撤回を求められています。嘘偽りなく証言することを誓いますか」

「はい、誓います」


 弁護士が被告人に向かった。

「あなたは半年前に『時間停止AVは100%やらせ』という論文を発表されましたね。私も驚きながらも読ませていただきました。率直な感想は、実にひどいものだ。中身がスカスカ。最早、時間停止AVは2割本当というのが常識であることは覆すことの出来ないことなのに、あなたの論文の影響で過去の研究者達の地位や名誉が傷つけられている。今すぐ撤回していただきたい」

 弁護士は畳み掛けるように言った。それに対して被告人は表情を変えることなく黙っていた。被告人が発言するとなると空気は一気に張り詰めた。


「論文には間違いがないと思っております。長らく、この国には本物の時間停止AVが2割存在するというのが常識でした。やらせとされるビデオには人間がピクリと動くのを確認できます。それに対して、本物とされるビデオは何をされても動くことはない。毛の一本も揺れることもない。私は時間停止という世界に興味を持ち、研究者として活動を開始しました。その後、国が時間停止による被害を食い止めるために特別チームを組むというので私も協力することになりました」

 弁護士は資料を片手に持っていた。

「あなたは大変優秀な人だったようです。しかし、1年前から否定的な立場を取るようになった」

「ええ、私は研究のためにとあるビデオを入手し、愕然としました。『時間停止23 スポーツ女子にイタズラ!』というタイトルのビデオ。そのビデオは研究者の間では本物として扱われていました。時間停止を操る男が現れて、人間は石像のようにピタリと止まる。そこまでは良かった。しかし、遠くから猫が歩いてきた。猫は時間停止の力も何のその、ゆったりと動き回り、ゴロゴロと転がりながら人間の足にちょっかいを出していたんですよ」


 傍聴席がざわついた。裁判長が静粛にと叫んでも収まるのに時間が掛かった。被告人は続けた。

「時間というのは一直線なんです。戻ることは不可能。停止が仮に出来たとして、その間の運動はすべて止まる。人間だけ止まるというのは都合がいい解釈に過ぎない。猫がゴロゴロ、ニャァーなどというシーン自体存在する時点でおかしい。もちろん、そのビデオだけでは100%がやらせであることを立証することは不可能。他のビデオも入手すると、次のビデオにもおかしいところがあった。そこには振り子時計がゆらゆらと動いている映像が・・・・・・」

「その映像を見たことであなたは、時間停止のAVは全てウソであると考えを変えた」

「ええ。私はそれをきっかけに目覚めました」


 弁護士は小さく頷き、ふっと鼻で笑った。

「時間停止という力が存在するというのを確証させたのは被害者の存在です。学校の体育館で授業をしているときに男が入ってきた瞬間から記憶がなく、気づけば服は剥がされていたり、男性教師はバスケットゴールに頭から突っ込まれていたりというのをビデオで証言しています。あなたの行動は、その人達の気持ちを逆撫でするものですよ」

「逆にその人達がやらせ側だったら?」

「何?」

 二人は睨む合う形になった。

「最近は時間停止によって被害にあった人たちに助成金を出すことを始めた。それを悪用している人たちがいるのでは?」

「被害にあった人たちは全員が演技をしていたとでもいうのですか」

「あなたは時間停止AVをわかっていない」


 被告人からの言葉を屈辱と感じたのか、弁護士は睨みを強めた。

「私は何百という時間停止AVを見てきた。そこでわかったことがある。目を閉じさせたり、都合よく一人だけ時間停止を解除したり、カメラアングルをうまく利用して被害に遭っている人の顔を映さないようにしたりと工夫が凝らされていた。いつまで経っても老人が振り込め詐欺に遭うように、手口が巧妙なんですよ。というか、ビデオを撮影している人は一体誰だという話ですよ」

 勝ち誇った顔を見せた。諦めがつかない弁護士は、

「まばたきをしていない人が映っていることだってあるだろう!」

「それはプロだからですよ」

「行為に及んでも声を出さないのは!」

「そういう人もいるでしょう」

 弁護士は項垂れた。


「私は現実を知ってしまった。しかし、皆さんはその現実を直視することもしない、時間停止なんてありえないんじゃねと薄々気づいている。誰もが疑問に思いながらも、無視を決め込む。それが許せなかった。非科学的なものに固執してしまうと人間は成長するのをやめてしまう。その危機感から私は発表したのです」

「私は・・・虚無を信じていたのか・・・・・・」

 被告人は項垂れる弁護士の肩に手を掛けた。

「男子高校生と言いながら明らかに40代のおっさんだったり、清楚系AV女優という矛盾、おかしい以外の何物でもないものを受け入れることができるのは人間の良い点でもある。しかし、それに固執してしまうのは違うはず。程よく、楽しみましょうということですよ」


 弁護士はコクリと頷いた。被告人は傍聴席に向いた。

「皆さんも信じているけれどおかしいものがあると思います。私もふたなりや女の子ぐらいかわいい男の娘の存在を信じているやつなんておかしいと思っていますが、その人の思いや考えを尊重したい。みんな、いろんな考えがあるから良い世の中が生まれる。排除ではなく、良いところを見つけあうことのできる世界。そんな世界を目指しましょう」

 被告人の言葉に感銘を受けたのか数名が拍手をした。


「判決を言い渡します」

 裁判長の言葉に全員が注目した。


「男の娘の存在を否定したので死刑」

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