幸運少女 meets 不幸少年

霜音

第1話 守銭奴の君

 ブラックカード。それは超お金持ちだけが持つことができるカード。

 守銭奴。それはめちゃくちゃお金が大好きな人。


 キュッキュという音を立てて、ホワイトボードに文字が整列していく。

「この二つが今回の計画のカギとなるのだよ。いいかね?」

 ひげもじゃ眼鏡の男。でっぷりとした体に丸い鼻。彼は俺のボス。

 俺はこれから、誘拐犯になる。


 長い黒髪。白い肌。赤い唇。まるで白雪姫のような彼女は、この国最大の財閥、金泉の跡取り娘だ。この少女が今回のターゲット。泣こうが喚こうが、無理やりにでも連れ去って、身代金をがっぽりいただくのだ。

 しかし、できることなら穏便に済ませたい。そのために必要なのが、そう、ブラックカード。とある筋によると、彼女はかなりの守銭奴らしい。つまり、少女を金で釣って誘拐しようという魂胆だ。もちろんこのブラックカードは偽造だが、その手間を上回るほどの利益がこの計画にはある。

 聖なる夜をメインフィールドとしていそうなおじさ…ボスだが、実は頭の切れるおじさんなのだ。


 決行時間となった。計画通り、ターゲットに近づく。彼女は無防備にも、一人でクレープを食べている。

 え…。デラックスモリモリクレープじゃないか。真面目に悪の稼業に勤しんでいる俺でもワリカンしないと食べられないのに。ずるいぞ、金持ち。この計画が成功した暁にはボスにおごってもらおう。

「ねぇ、きみ? もっと美味しいもの食べない?」

 ターゲットを覗き込む。彼女の口には生クリームが付いていた。クレープに夢中だったようだ。可愛いじゃないか。

「美味しいもの? シャトーブリアンとか?」

 うそだ、可愛くない。きゅるんとしやがって。俺はデラックスモリモリクレープが一番美味しいと思うけどな。シャトーブリアン見たこともないし。口にクリームつけずにクレープ全部食えよ。

「そう、シャトーブリアンとかだよ。他にもたくさん。ほら、なんか、こう…フランス料理とか。だからさ、僕と一緒に来ない?」

「うーん、行かない。今はこの体に悪そうな味を楽しんでるの」

 きっぱり振られてしまった。しかもなんかクレープがディスられた。俺の心がちょっと傷ついた。いやぁ、自分の意見をはっきり言えるいい子だなぁ…。

 俺はそれでもめげないぞ。シャトーブリアンには負けないっ。

「一緒に来てくれたら、ご飯も食べられるし、お金もあげるよ」

「…お金?」

「そう、お金。実は僕の雇い主が君と話してみたいと言っているんだ。食事とお金はそのお礼だよ」

 ふと我に返る。いや、これパパ活やん。俺、仲介アプリやん。

 それでもやっぱり。守銭奴は違う。お金の一言で表情が変わった。きゅるきゅるの瞳だったのに、ギラギラの瞳孔だ。守銭奴の誘拐にはパパ活か…?

「雇い主は、君がすごくいい子だったらこれをあげてもいいって言っているよ」

 はい、ここでブラックカード!

 少女は息をのんだ。釣れたか…!

「なあに、それ? 役に立つの?」

 おっと? 財閥のお嬢様なのにブラックカードを知らない!? これは計画外だ。いや、彼女は守銭奴だ。まだいける。

「これはクレジットカードといってね、お金の代わりになるものだよ。これを使うといくらでも、買い物ができるんだよ」

 ふむふむ。ターゲットが頷いた。

「…怪しいわね」

 視線の鋭さに刺される。俺は、じり、とあとずさりする。まさか偽造を見抜いたのか。さっきのは知らないふりだったか…!? 高度すぎる。さすが跡取り娘だ。

「だって、そんなお金と似ても似つかないものがお金の代わりになるなんて。絶対変よ! 私は信用できない!」

 いやクレジット(credit = 信用取引)カードなのに!?

 少女が立ち上がった。まずい、帰ろうとしてないか? ええい、プランBだ。ブラックカードは捨て!!

「待って、待ってよ。カードが嫌なら現金もあるよ!!」

 少女がバッと振り向いた。こちらを凝視している。引くほど。

 そんなに現金主義だったの…。このキャッシュレス時代に。目に見える物しか信じないタイプ?

「いくら?」

 声がマジだ。

「ひゃ、ひゃくまんえん…」

 彼女がスッとこちらへ近づく。満面の笑みだ。俺は一歩下がる。ボス、この仕事、メンタルやられます。特別手当ください。

「ねぇ、ぜんぶ、ピン札?」

 こ、怖すぎる。白雪姫のダークサイドを見た気分だ。本当は千円札とか混ざってるのに…。しかもピン札じゃないのに…。なんなの? 潔癖症なの? だってプランB用だもん…。死んだ…。

「ピン札、じゃないよ…」

 少女がカッと目を開く。このままじゃ俺がターゲットだよ。イノチノキケン…。

「いやだ! ピン札がいい!! 私はピン札しか触りたくないの!」

「い、いちまいくらいピン札あるかもしれないよ…。み、見る…?」

「全部ピン札がいいのよ! お父様はピン札でくれるのに!!!」

 お、お父様。甘やかしすぎぃぃぃいいい!たまには汚れた金も掴ませよ!?

 ピン札以外に免疫なさ過ぎて泣いちゃってるよ!? もうどうするのこれ。お父様のせいだからね?

「ほら…。あの、一緒に来たら、全部ピン札と交換するから!! 美味しいもの食べよ?」

「おごってくれる…?」

 うんうんうん。なんでもおごってあげるよ(ボスが)。

 俺も泣きたい。誘拐犯なのに。

「お札の種類は全部でもいい? 額は減ってもいいわ。デザインが変わるから現行紙幣をできるだけコレクションしておきたいの」

「…はい」

 え、守銭奴ってコレクターってことだったの。情報微妙に違うじゃん。急に生き生きしだすじゃん。キラキラ笑顔。

「じゃあ早く行こうよー。シャトーブリアン一緒に食べようね」

 少女はスキップしている。いや、勝手に行かないで…。誘拐するの俺…。


 ボス…。泣かれて喚かれましたけど、誘拐成功しました。今は睡眠薬で眠ってます。

 お給料ください!!!!!

 あとデラックスモリモリクレープとシャトーブリアンください。誘拐犯のプライドもください。

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幸運少女 meets 不幸少年 霜音 @moimoi2118

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