第41話 エピローグ
真犯人である堀迫の事は、それから連日マスコミをにぎわした。
中には梶浦家の事に触れたコメンテーターもいたが、すぐに黙殺に近い扱いになり、黙った。そんなものだろうとセレは思ったし、変に騒がれても迷惑でしかない。
正義感に駆られて「訴えを起こそう」などと言う人も中にはいたが、セレは断って無視した。
「いいのか」
モトが訊いて来る。
ここは海の上、釣り用レンタルボートの上だ。ターゲットはインターネットを利用して窃盗をしている男で、海の上に浮かべた釣り船から出て来ない。そこで、釣り客に偽装して船に接近し、狙撃する事にしたのだ。
「この赤と緑の?うん、あたりは多いな」
一応本当に釣りはしている。ヤリイカを狙う、イカメタルとオモリグという釣りだ。
「仕掛けの話じゃねえよ」
言いながらも、モトは黄色のリグを赤と緑のものに変えた。
「堀迫は捕まえられただろ。無理に、こんな仕事を続ける事も無いんじゃねえか。常識的に考えて、まともな進路じゃねえしな」
セレは仕掛けを落としてしゃくりながら、
「まあ、真犯人が逮捕されたのは、区切りではあるけどな。でも、これを始めたのは、そういうためじゃないし」
と言い、あたりに合わせて大きくしゃくってかけると、仕掛けを巻き上げた。
『どうだ?』
「ヤリイカが絶好調だ。明日はイカの刺身だな」
リクの声にセレが答えると、モトは苦笑した。
「そうか。
おう、リク。ビール冷やしておいてくれよ」
『おう!セレも早く大人になれよ。一緒に飲もうぜ』
セレとモトがクスッと笑った時、リクが言った。
『船の右舷側を前方からゆっくり近付いて来る船が見えるか。ターゲットの船だ』
明るいライトを点けた船が漂うように近付いているのが見える。
「ああ、見えた。あれか」
『ドローンで確認したら、やつも甲板で釣りをしてやがるぜ』
「了解」
セレは竿を竿立てに立て、ロッドケースからライフルを取り出した。
「ああ、いるいる。
距離600メートル、無風。いつでもいいぞ」
モトも竿を竿立てに立て、双眼鏡を覗いている。
スコープの中、男が見えた。
元々は、騙されて全財産を失い、今乗っている船だけが残ったという詐欺の被害者だった男だ。しかしその後、自分がパソコンを使って銀行から他人の預金を盗んだり、金でハッキングを請け負ったりするようになった。海の上で暮らすのは、その方が逃げやすいからと、落ち着くかららしい。
(こいつも、被害者側から、加害者側に踏み越えたんだな)
男も釣りをしていた。
呼吸を止め、引き金を絞る。
男はイカを取り込もうとしたところだったが、頭の一部が爆ぜ、硬直したようになると、前のめりになるようにして海に落ち、沈んで行った。
「さあて。そろそろ帰るか」
「そうだな」
ライフルをしまい、続けて釣り道具を片付ける。
(立ち位置なんて、あやふやなものだな。こうしていても、いつ僕らだって、邪魔になったからって処理されるかわからない)
セレはそう考え、主をなくして漂う船を見た。
「行くぞ」
モトが言って、船のエンジンをかけた。
自分の人生という船の行き先は、まだ見えない。
デマルカスィオン~境界線のこちら側と向こう側 JUN @nunntann
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