第40話 真犯人(4)拳銃の構え方

 セレの背後で、律子は声にならない悲鳴を上げた。

(アメリカから持ち帰ったのか。それとも、日本で手に入れたか。

 まあ、向こうで一応射撃は経験して来たんだろうな)

 セレは堀迫を見ながらそう思ったが、構え方はまるで映画やドラマに出て来るそれだった。

(あの構え方に意味があるんだろうか?よくギャングやチンピラがああやってるけど、命中率は普段僕達がしてる方が高い気がするけどな……)

 内心で疑問に思う。

「怖いか。そうだろう。ぼくはアメリカで拳銃も練習して来たんだぞ。

 ぼくは正しい、間違っていないと言え。そうしたら助けてやる」

 堀迫は片手で拳銃を握り、グリップを横に倒して、体を斜めにした構え方で、そう言った。

(一応普通の高校生がこれを制圧するのは不自然だな。どうしよう。そろそろ援軍が到着してもいい頃だけど)

 思って、背後の律子の様子を窺う。

 律子は青ざめながらも、怒りの色を目に湛えて、セレのシャツを握りしめながら堀迫を睨んでいる。

(まずはここから出る事か)

 セレはそう決め、堀迫に向かって、両手をあげて言った。

「こっちは武器も持っていない高校生だ。そこまで威嚇しなくてもいいだろうに。

 もっと話をしないとわからないかも」

 言いながら普通の足取りで近付いて行く。

 当然のようにそうされて、堀迫も律子も却って戸惑い、対応が遅れた。堀迫の拳銃を握る手の上から手をかけてグイッと内側に捩じる。

「何を──痛い!は、離せ!」

 堀迫がジタバタとするが、銃を手にしていた右の膝が床に着き、右腕を背中に捻り上げて行く。

「梶浦、君?」

「逃げて、桐原さん」

「え、でも」

「早くここから出て、誰かに知らせて欲しい」

「あ、わかった!でも」

 律子は「あぶない」とためらったが、堀迫を制圧しているように見えるセレを見て、頷いた。

「大丈夫みたいね。気を付けてね!」

 律子は堀迫の横を走って階段を上って行った。

「くそう!何でわかってくれないんだ!」

 叫ぶ堀迫に、セレは訊く。

「訊いていいか。さっきの構え方にどんな意味があるんだ?」

 堀迫は、思いもかけない問いにキョトンとした。

「へ?」

「どこで習ったんだ?」

「その、隣の、学生に」

「正式に射撃クラブで習ったわけじゃないのか。

 その割に、そういう構え方をするやつっているんだけどな」

 堀迫は真剣に考えるセレを、不審そうに見上げた。

「なあ」

「な、何だ」

「ほかの人間が犯人として逮捕されているのを知って、どう思った?」

 堀迫は体をビクリと硬くした。

 セレは自然体のようにも見えるが、怒っているというのは堀迫にもわかった。

「なあ?」

「それは、申し訳ないと思ったけど、警察が悪いだろ。ぼくは悪くない。ぼくが他人に罪をなすりつけるように何かしたわけじゃない!」

「ああ、それは確かにな」

 堀迫は少しほっとした。

「でもな?やっぱりそれってどうなんだろうな」

 堀迫はセレの静かな物言いと態度に、今更ながら、体に震えが走るのを感じた。


 階段を駆け上がった律子は、バッグも何もかも自転車と一緒に道端に残して来た事を思い出した。

 それで目に付いた玄関ドアから外に飛び出した。隣の家の人にでも言って、警察に電話をかけてもらおうと思ったのだ。

 が、出たところで、スーツ姿の男達が車から下りて来るのを見て、仲間かと焦った。

「桐原律子さん?」

 中の1人が言う。

「はい、あの」

「警察です。梶浦瀬蓮君に電話が来たのを家族の方から知らされて、救出に来ました」

「まだ中に梶浦君がいます!犯人は拳銃を持ってて!」

「わかりました。あなたはここにいてください」

 言って、彼らは静かに、素早く、家の中に入って行く。

 律子は1人残って、祈るように両手を組み合わせた。


 セレのイヤホンに、リクの声が入る。

『薬師のチームが入って行ったぞ』

「わかった」

 堀迫は、セレが突然脈絡もなくそう言って、眉を寄せた。

 が、適当に何か自分の中で説明を付けた。人間とはそういうものだ。

 セレは突然、堀迫を軽く突き飛ばした。

「わかった。もうこれ以上事件について訊く事はない」

 堀迫はセレを見て、好意とは程遠い物を感じ、怒りにカッと頭に血を上らせた。

「バカにするのか!」

 叫んで拳銃を突き出す。

「遅い」

 セレはその手首を強く打ち、拳銃を取り落とさせると、がら空きの胴に膝蹴りを叩き込んだ。

「うん。やっぱりその構え方に意味はないのかな」

 そうセレが言った時、階段を下りて来ていた公安のチームの先頭にいた男が、呆れたような顔をした。

「何を遊んでいるんだ?」

「いや、この構え方ってどうなのかと思って」

 彼らは苦笑を浮べたり首を緩く振ったりしながら地下室に入って来ると、体を丸め、えずいている堀迫を強引に立ち上がらせた。

「映画やドラマだけの、実用からかけ離れた構え方だ。カッコいいらしいぜ」

「カッコよさより命中度だな」

 セレは肩を竦めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る