俺たち四人は挫折してから夢を掴んだ
春夏 秋冬
第1話 近況報告会
俺たち四人は再びここに集まった。桜木町駅前にあるスターバックスコーヒーで、俺たちはいつも同じものを頼む。店内にも座席はあるが、駅前の立地の良さもあり、たいてい店内は混雑しており、四人も座れるスペースは残されていない。ただ、店外にもテーブルとイスが配置されており、俺たちはそこに座って語り合う。店外ということもあり、すぐ脇を人が通るため、大事な話は小声で話す。
「今日も夜勤明けで疲れちゃったよ」
看護師は椅子に座るや否や話し始めた。
「最近、ずっと『疲れた』しか言ってないや。口癖みたいになっちゃった。なりたかった仕事でも、こんな風に思っちゃうんだから、大人って嫌だよね」
看護師は空に浮かぶ雲の流れを見ながら言った。
「上を向ける分だけ良いじゃん。俺はいつも下ばかり見て、壁とか柱にぶつかってばっか」
大学院生はコーヒーの液面に浮かぶ小さな泡を見ながら言った。
「足元すくわれるよりはマシだよ」
「そうかな。足元すくわれたっていいんじゃないかなって、最近思ってる。上を向いてやりたいことをやれている方がよっぽどいい」
大学院生は看護師を見ながらそう言った。
「お前はやりたいことがあって、目指したいことがあって、今大学院に通っているんだろう。入学したのだって最近なんだから弱音吐くのは早いよ」
「じゃあ、お前は今やりたいことをやっていないのか」
大学院生に尋ねられた看護師は口ごもった。目線を一度コーヒーに移し、再び雲を見ながら話した。
「やりたいって思ってた仕事だよ。でも、何というか『仕事』って言っちゃっている時点で、看護師を目指してた時の自分とは違う気がする。看護師を目指してた時は『看護』をすることを夢みてたけど、今は『仕事』をしている。その違いがあるかな」
「ちょっと分かる気がするかも。『研究』をしたいって思ってたのに『成果』を出さなきゃって思うと、楽しくなくなる」
大学院生も流れていく雲に目を移した。俺たち四人の会話はここで止まった。元々、お喋り好きなやつもいない。沈黙があるのは常だった。
「うーん、俺たちってもう三十歳になったじゃん。残りの人生なんて、下手したらこれまで生きてきた長さと同じくらいしかないよね」
「それは早く死にすぎだよ。今の日本の平均寿命を考えろ」
「でもさ、残りの人生って長いようで短いし、短いようで長いでしょ。二人はさ、現状に悩んでいるのかもしれないけど、一度『なりたい』とか『目指したい』とか思ったことに挑戦して、今があるわけだから、今の状況が良いか悪いかは別にして、すごく良い体験していると思うよ」
「良いか悪いかは重要だよ」
看護師と大学院生は声を揃えて言った。
「うーん、そうかもしれないけど、俺みたいに看護師の国家資格を持っているわけじゃないし、修士号とか博士号とかを目指しているわけじゃないから、今のまま時が過ぎて、自分に何が残るのかって想像するとぞっとするよ。その分、二人はすごいと思う」
話し始めこそは考えながらゆっくりとした口調だが、次第にテンポよくパパは力説した。
「子育てして、子どもが巣立ったら、自分に何が残るのさ」
パパは重ねてそう言った。
「子どもが育ったという事実。それは何にも代えられない喜びであり、感動だよ」
小説家は言った。小説家を目指している、という表現が正確だ。
「まあね」
パパは小説家の意見を受け止めた。
「しいて言うなら、形にならないということはあるかな。何か作品として、世の中に出せるようなもの。子どもを作品として捉えると、どこか情が無いような感じもするし、適切ではないな」
「分かる。俺も修士論文として、自分の考えていることを形にしたときに、やっと達成感があったというか。目の前で見れるって大事かも」
「ちょっと違うかもしれないけど、看護をしてて、良くなったかどうかってあんまり分かんないことがあって。だけど、看護がどうだったか評価しなきゃいけないって難しくて、確かに目の前で見れるとか、物として残るって必要かもしれないね」
「子どもも幽霊じゃないんだから、見えるでしょ」
パパは間髪入れずに言った。
「いやいや、お前が『自分に何が残るんだ』って言ったんだろ」
大学院生がそう言うと、
「そうだった」とパパは苦笑いした。
近況報告会とは言っても、俺らは長い付き合いだから、お互いのことはよく知っている。だから、特に具体的なことを話すときは多くない。もちろん面白い話として、エピソードを披露することもあるけど、俺らはこの集まりくらいしか交友関係もないから、何回もエピソードを話して、話がうまくなっていくという現象もない。だから、たいてい話は面白くない。
「俺たちって、もう三十歳か。早いな」
今日もこれで解散だ。
俺たち四人は挫折してから夢を掴んだ 春夏 秋冬 @syunka_syuto
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