第11話
それから土日を挟んだ三日後の放課後、柚希は階段を全力で駆け上がっていだ。
「みんなもう来てるよね…。」
息を切らしながら、美術室の扉を開ける。
「遅いぞ、ゆず。」
「柚希ちゃん、お疲れ様。」
「やっほ、柚。」
三人がそれぞれに柚希に声をかける。柚希は息を整えながらみんなのいる机に近付いていった。机には、お菓子が置いてある。
「どうだった?」
クッキーの袋を開けながら、裕が尋ねる。柚希はみんなの顔を見回した後、口角を上げて言った。
「じゃーん。この通り、ばっちり許可もらってきましたよ。」
そう言いながら顔の前に出した紙には、美術部の正式な活動を許可する文書が記載されていた。部長の欄には、出雲柚希、部員の欄には常松裕、白枝椿、知井宮杏子と書かれている。その横には、生徒指導、教頭、校長の認め印が押してあった。
「良かった。これで安心して活動できるね。」
「で?何するの?」
マドレーヌを食べながら杏子が尋ねる。
「うーん、まだ具体的には決めてないけど、とりあえずは自分の描きたいものや作りたいものを作っていこうよ。」
「オッケー。そういうフリースタイル賛成。」
「うん、私も賛成だよ。しばらくしたら、コンクールに向けて作品制作していくのもありかもね。」
「そうだね。杏は?」
柚希は黙っている杏子に声をかける。
「オレは、絵がかければ何でも良い。」
「あはは…。そうだ、画材なんだけど。」
そう言いながら、柚希は裕に目を向けた。裕は柚希が何を聞こうとしているのか分かったようで、食べていたクッキーを飲みこんでから言った。
「美術室にあるものなら、好きに使って良いよ。」
「ホントですか⁉」
そう言いながら柚希は目をキラキラさせる。なぜなら、美術室には柚希がほしくてたまらなかった油絵具があるからだ。
「わ、ゆずがめっちゃキラキラした目で油絵具を見つめてる。」
「油絵か。私も描いてみたいな。」
椿の言葉に柚希は我に返る。
「椿ちゃんも油絵初心者?」
「うん。」
「じゃあ、一緒に始めようよ。」
柚希は椿の両手を握り、迫っていく。
「うん、でも使い方分かんないよね。」
「大丈夫、杏に教えてもらおう。」
そう言って杏子にキラキラとした目を向ける。杏子は柚希の子供のような目に勝てなかった。仕方ない、とため息をついた時だった。
「油絵か、久しぶりに描いてみよっかな。」
ここにも経験者がいた。
「裕先輩も油絵描けるんですね。これなら安心だね椿ちゃん。」
そう言う柚希はとても楽しそうだった。その場のみんなが思った。このメンバーといる時は、だれも殻をかぶらなくていい。ありのままの自分でいられる気がした。
「んじゃ、まずはキャンバス張りからね。」
そう言って、準備室から木枠と白い布を持ってきた裕。
「え、自分で張るんですか?」
「当たり前。さ、ちゃっちゃと済ませるよ。」
そこから二人一組になって、布を引っ張る人と釘で木枠に留める人に分かれて作業した。初心者の二人に合わせて、サイズの小さいキャンバスを四つ作る。
真っ白な画面は、まだ何にも染まっていない。これから、彼女たちの心を映す鏡へと変化していくのだ。
「自分でキャンバスを張ると、なんだか思い入れが変わりますね。」
「うん、より自分らしい作品が描ける気がする。」
裕のその言葉に柚希は納得する。
「やっぱり皆、絵描く時はありのままの自分でいられるんだ。」
「キャンバスの上では、嘘つく必要ないしね。」
「真っ白いキャンバスに向かってる時は、自分の本音を全部受け止めてくれるような気がする。」
「そうだね。だから、描く人の数だけ、色んな絵が生まれる。一つとして同じ絵がないから、美術って面白いよね。」
みんなお互いの言葉に共感する。心の中に抱えた本音も全部絵に表現すればいい。
美術部は、様々な悩みや葛藤、生きづらさを抱える彼女たちが、ありのままの自分でいられる場所。美術を愛する者同士、互いに切差琢磨しながら高め合っていける。そんな予感がした、春の日だった。
キャンバス ほな @wakahona
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