誘拐


「ゲホッ……ゲホッ……」

「ああ……ユニ、大丈夫ですか……」


離れたところで

地面に座り込み


王子に介抱される騎士

ユニ=シャンドラは

呼吸が苦しそうだ


無理もない

己の全体重に加え

鎧や武具、そして私の助力で


それら全てを乗せて

地面に叩き付けられたのだ


並の人間ならばそれで

命を落としてもおかしくはない


手加減出来る相手では無かった

全力で無力化に踏み切らねば

反撃をもらう可能性がある


なにせ

あの地獄を生き抜いた騎士だ

最後の最後まで気は抜けないというもの


それに比べ……


「これ、飲んでくださいユニ」

「い、いえ……私は……ゲホッ……」


王子


彼はてんでダメだ

戦いに向いてない

剣を取って戦う器でない


あれはただの

少し大人びているだけの

普通の子供だ、戦士にはなれまい


木の影に寄りかかり

そんなことを考えていると


「……容赦ないな、トゥラ」


横から声をかけられた


「ああ、クリム


意志をねじまげて力で従わせるんだ

あれくらいで丁度いいんだよ」


「本当に誘拐する気か?」

「トゥラは嘘は言わない」


決めたことだ

私が決めたこと


足でまといかもしれないし

今後の計画に支障があるかもしれない


それでも

連れていきたいと思ったのだ

実際、彼女たちをこのまま


国に返してしまえば

きっと死んでしまうだろう


王子の命を狙ったものが

国にいるというのなら

近い将来、必ずだ


槍の騎士ユニ=シャンドラ

彼女も同じだ、何せこの度の襲撃を

生き残ってしまったからな


ありもしない罪を擦り付けられて

処刑されるのがせいぜいだろう


それくらいなら

この私が引き取って

連れていきたいと思ったのだ


「気に入ってるのか、あいつを」

「ユニは、そうだな気に入っている」


「王子は?アイツはどうする」

「彼は、何かに役立つはずだ」


「まあ仮にも、王子だからな」

「むざむざ死なせてやる事もない」


「……考えは分かるがな」

「イザという時は切り捨てる」


「ああ、それなら良い

俺もアイツを守る気は無い」


「無論、トゥラもだ

さっきのであの王子が

戦えない事が分かったからな」


「ほう、それは良かった

子供を庇って死ぬ、なんて

ふざけた死に方をされたくないんでな」


「そんなに優しく見えるかな?」

「……見えないな」


私たちは冷酷な暗殺者

その辺の判断は出来る

割り切る術も身に付けている


イザという時は切り捨てる

あくまでも連れていくだけ


肩入れはしないし

守ることもしない


ただこのまま国に返しても

無意味に命を散らすだけなのが

目に見えているので、それを防ぐだけ


王子が居ればユニは着いてくる

私の目的は彼女だけだ、彼女さえ

いるなら別に後はどうでもいい


「よし、認識は共有した

あとはお前の好きにするといい」


「おお、理解が早くて助かる

随分と、トゥラに染まってきたな?


うん?」


「だれかのせいでな」


「——あの」


クリムと今後の方針の

擦り合わせを行っていると

ユニが、声をかけてきた


「どうかしたかな?」


返事をする


「誘拐の件でお話が」

「……ふむ」


「あぁ、身構えないで下さい

私も、王子と話し合ったんです


主従の身ですので、王子が

お決め下さいと言ったんですが……


いえ、そうではなく」


コホンと咳払いがひとつ

頬が少し赤く染っている


「……王子は、納得しておられました

クリム殿や、トゥラ殿に負けた事で


己の力のなさを痛感したと

本来、貴方たちが居なければ

私たちは今、この世には居ません」


噛み締めるように

思い出し悔やむように

どうにもならない過去のこと


至らなかった己の全て

失った仲間のこと


それらを思い出すように

彼女は、ゆっくりと語る


「国に戻っても、きっと

殺されるだけなのでしょう


味方は居ますが

いつまで守り切れるか


私も国に帰れば王子に

付きっきりとは行かないでしょう」


「その前に

キミは恐らく処刑される」


「……かも、しれません」


お家争いは実に汚いものだ

倫理観も正義も存在しない

あるのはただ歪んだ意思のみ


どうなるかなど

目に見えている


「……何も出来ずに

王子を失うよりは


たとえ先行きが見えない旅路でも!

地獄に続くのが分かってる未来より


あなた達と!

いえ、あなた方2人に

私達の命を預けます!


どうか誘拐してください

よろしくお願いします……!」


力強く

深く深く下げられる頭

意思が、こもっている


強い意志が


その様子を見て私は

クリムと顔を見合わせる

真面目な女だ、と


しかし、それと同時に

頭のいい2人だとも思う


彼女らはしっかりと

己の置かれている状況を整理し

そして理解しているのだから


そのうえで

自分たちが生き残るうえで

どっちが可能性が高いのか


期待できるのかを考え

答えを導き出したのだ


「俺たちは、お前たちを守らんぞ」


横のクリムが口を開く

厳しい口調だった


「はい」


「あくまで誘拐であって

護衛対象ではないからな


イザという時は守らんし

場合によっては見捨てる


戦い方に手段は選ばない

暗殺もする、毒殺も盗みも

生き残るために何でもやる」


「はい」


「……良いんだな」

「未来があると信じておりますゆえ」


意思は固いようだ

これはもう決まりだな


「ユニ」


私は彼女の名前を呼ぶ

ユニは未だに頭をあげない


「顔を上げるんだ、ユニ」

「はい……」


綺麗な顔だ、まだ若い

それだというのに

死地を超えた目をしている


覚悟を決めた

守り抜くモノの目だ


気に入った


「キミのことは好きだ

これから、よろしく」


手を差し出す


「なっ……な、何を仰るのですか……!

あ、いえ……その……よろしく……?」


ユニは戸惑いながらも

私の手を取ってくれた


その横でクリムは


「あんた、女もイける口か?」


などと

軽口を叩いているのだった。

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トゥラの消えかけた命の灯火 ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

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