第68話 エピローグ
『やっほー。お兄ちゃん久しぶり! この動画を見てるってことは、お兄ちゃんってばちゃんと夢を掴んだってことだよね? おめでと、お兄ちゃんなら絶対成功するって冬陽は信じていたよ』
ガサッ、ガサガサガサ――
『というわけで、そのお祝いにわたしからプレゼント! どうよこのフレンチトースト!黄金色に焼けていて、お兄ちゃんのやつより別格に美味しそうでしょ? って、そこで微妙な顔をしないでよ。見てないけど分かるんだからね? 今のお兄ちゃん、絶対「へっ」って鼻で笑ったから。画面越しにでも分かるから。見てなさいよ? こう見えて、何十回もやり直した末の集大成なんだから! ……ちょっとだけ心配だから味見する』
カチャカチャ――ぱくっ。
『……ふ、普通だ――。ど、どうして!? あんなに頑張ったのに……って、そんなことよりも。お兄ちゃんに伝えておきたいことがあるんだった。心して聞いてね?』
『お兄ちゃん。実は――って、本当は気付いてたと思うけど、お兄ちゃんの料理――とっても美味しかったよ。でもね、言うのは止めてた。理由は、本音を言うと恥ずかしいのが半分。それから、もっと上手になってほしいってのが半分。だって、お兄ちゃんの料理スキルって、わたしが微妙な顔をする度にメキメキ上がっていってたから。このまま言わない方が良いのかなって、わたしなりにお兄ちゃんの事を考えてたんだよね。わたしってばお兄ちゃん想いのいい子ねー』
『でも、もうこの場なら言っても大丈夫だよね? 本当に美味しかったから! 毎回ほっぺが落ちそうになるのを抑えるのが大変だったんだから! お兄ちゃんは料理の才能があるよ間違いない! このわたしが保証するわ!』
『……というわけで、以上が冬陽ちゃんの告白タイムでした。言っておくけどお兄ちゃん? 夢っていうのは、叶えてからが大変なんだからね? ここで満足しないこと! 慢心はダメ絶対! というわけで、これからも頑張ってね。応援してるよ、お兄ちゃんが大好きな冬陽ちゃんより――ってね!』
男は、古びた携帯の動画の再生が終わると、そっと涙を拭った。
「――ったく、あいつは……」
動画の最後のシーン。冬陽と自分を呼んでいたポニテ少女が、少し寂しそうな表情で携帯へと腕を伸ばすシーンで終わった動画を見つめながら、男は一度だけ鼻を啜った。
「……ありがとな、冬陽。お前のお陰で、俺は今ここにいる。夢を、叶えられたんだ」
舞台袖から、明るいスポットライトの中を見つめる。ふと、ステージに立つ司会者の視線が自分と合った気がした。
次の瞬間。司会者が大声で天井に腕を伸ばした。
「さぁ! 次にご登場していただくのは、この度、時雨市で初めてのミシュラン三ツ星を獲得した日本料理店『ふゆひ』のオーナー。春野夏樹さんです! 春野さんは、奥さんの名前の料亭を開き、今回の――」
万雷の喝采が男を出迎える。自信と誇りと、そしてちょっぴりの寂しさを胸に抱いて、男は15年前に夢見た世界へと躍り出る。
その背中は、立派な一人の男の背中だった。
クラン 小さくなった幼馴染の面倒を見ることになったんだが? おっさん @nanaya777
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