第2話 魔王復活

 魔王城地下には、大量の治療・蘇生のための療養カプセルが用意された治療室がある。


 治療室の最奥、そこには巨大な治療・蘇生カプセルが設置された特別な一室が設けられていた。


 ここは魔王ダスター専用の治療室。


 療養カプセルの中には全裸のダスターが入っていた。


 カプセルの傍には最上級の医者が数人。テキパキと機類を操作し紙になにやらつづるといった仕事をこなしていた。


 そんな慌ただしい治療室の扉を開け、中へ入ってくる者がいた。


 眼鏡をかけたタキシードの男だ。


 チラリとダスターを一瞥した男は、近くにいた老医者へ声をかけた。


「治療はどこまで進んでいますか」

「ああ、はい。カプセルは問題なく起動しており、治療開始の時は頭部のみであった魔王様のお身体は、見ての通り大部分は再生していますじゃ」

「ふむ……では、何も問題は無いのだな?」

「はい。まだ手足の先は肉塊の段階ですが、いずれ指も生えます。このカプセルは他の通常カプセルよりも高性能とはいえ、毎度の事ながら魔王様の回復力には驚かされますじゃ」

「ダスター様ならば当然だ……が、やはり凄まじい。我々ではどうしようもない状態であっても、ダスター様にとっては致命傷ではない。おお…流石は我らを束ねし偉大なるお方…!」


 ダスターの生命力に感嘆の涙と鼻血を流し始める男。その背中部分が盛り上がり、タキシードを破って黒い翼が勢いよく飛び出した。


「ああ、気をお鎮めください。魔王様を迎えるために身を整えていたのでしょうに」

「む……ああ、そうだな。このような失態、『四天王』にあるまじきこと」


『四天王』

 それは魔王ダスターを支える4人の配下を指す。

 魔王直々に任命され、闇を与えられることで他の魔物を遥かに凌駕する力を持つ彼ら。

 魔族領に己の領地を与えられ、軍団を率いて人間側に侵攻している。


 男の名は『バルトアンデルス』。悪魔たちを束ねる悪魔長にして、『千変兵器サウザンド・ウェポン』と呼ばれる四天王の一角。


 彼は気分が高揚すると翼や尻尾などが出てきてしまう。深呼吸をして気を鎮めているところに、彼の影から腕が現れ替えのタキシードを渡した。


『シャドウデーモン』。バルトアンデルスの配下であり、主の従者及び懐刀として彼の影の中に住むことを許された悪魔だ。


 バルトアンデルスが鼻血を拭い指を鳴らすと、2着のタキシードが入れ替わった。

 ボロボロになった服はシャドウデーモンが影の中に沈め、バルトアンデルスは仕切り直すために咳をひとつ。


「指もいつの間にやら生えている。そろそろ目覚めるのでは?」

「ううむ、しかし計器の計算によるとまだ数十分はかかるはずですぞい。今までこれほどの怪我は何度もしておりますが、それらの治療データを元にした計測ですし間違いはないかと」

「ふむ……いやしかし、少し腕が動かなかったか?」

「姿勢を少々変えたのでしょう。ずっと動かないということはないですから」

「足は大きく動いたな」

「まあ想定の範囲内です。このカプセルは大きいですし、多少は大きく動いてもなんの問題は」

「なあ……」

「ありませ…なんです?」


 バルトアンデルスが目を向けている方へと目線を動かす老医者。


『………………』

「「………………」」


 目が合った。


 それを老医者が理解すると同時に計器類が警告音を出し始めた。


「な、何事か!」

「カプセル内の魔力量が増大し続けています!測定不能!」

「まさか…もう!?いくらなんでも早すぎる!数十分後というのは早くてその時間という計測。ほぼ頭部のみだったのだ、再生力が凄まじくとも意識を取り戻すことはまた別のはず!」

「それに魔王軍最新鋭の機器ですら測定不能……勇者との決戦を経てさらに高みへと登ったというのですか…!」


 黒い稲妻が走り出し、暗い光がカプセルの中から溢れ出す。防御結界が施された分厚いガラスはヒビが入り始め、凄まじい音と共に破られた。


「お…おお…!」

「ぐああっ!?」


 弾丸のように飛び散るガラスの破片。医者たちが顔を腕で覆う……が、破片の砕ける音はすれど、身体に痛みは走らない。


 そっと顔を上げると、眼前に結界が展開されていた。


「これは……バルトアンデルス様の『反転結界』!?」

「あらゆる攻撃や魔法を跳ね返すという結界じゃ!バルトアン……」


 老医者がバルトアンデルスへと視線を向けると、そこにはつい先程に見た見苦しい顔。


 服を突き破り現れている翼と尻尾はどれほど興奮しているのかを物語っている。


「おお…!王の、ダスター様の復活だ!勇者との死合いで負った傷をものともせず、さらに強くなって!万歳!ダスター様万歳!!」


 1人騒ぎながらも黒いマントを差し出すバルトアンデルス。ダスターは五月蝿さに少々眉をひそめながらも、マントを受け取り羽織った。


「……オレ様はどれぐらい寝ていたんだ?」

「はっ!勇者との戦いから約10年でございます。魔力も生命力も尽きかけていた御身は、そのどちらもかつてより強大となって復活されました!」


 先程の醜態など無かったかのように対応するバルトアンデルス。鼻血が拭ききれていないため少々無様だが、ダスターは気にもとめなかった。


「そうか……光の勇者についての情報はどうだ」

「3年ほど前から人間の国『アロガンス』にて、新たな光の勇者が現れたとの知らせが。今はおそらく齢10を超えたあたり……まだまだダスター様には及びません」

「ふむ……ならば、ゆっくりと侵攻しつつ育つのを待つか」

「……それともう1つ、お耳に入れたい情報が」

「なんだ、まだ何かあるのか」


 バルトアンデルスは少しばかり言い渋っていたが、唾を1度飲み込み口を開いた。


「はい。実は……光の勇者が現れたとの情報が」

「たったいま聞いたぞ」

「いえ……光の勇者が、どうやら2人いるようです」

「…なに?」


 ダスターのこめかみに血管が浮き上がる。

 医者たちはその鬼のような形相に肝を凍てつかせたが、バルトアンデルスは少しばかり鼻血を垂らしながらも極めて冷静に詳細を話した。


「偵察に赴いたシャドウデーモンによれば、獣人の国『ドデルオ』にて齢15ほどの少女が光の勇者であると名乗りを上げているとのこと。すでに国王が城に抱え込んでいたので本物かどうかは確認が取れていません」

「馬鹿者が!!」


 ダスターの一喝が衝撃波となる。ダスターの立つ床が陥没し、医者たちは吹き飛ばされた。

 室外でも何かが割れ悲鳴が聞こえる。外のカプセルまでもが破壊されてしまったようだ。


「……いいだろう。己を光の勇者であると騙るとは、逆にその顔を見たくなったわ」

「なっ!?ということは…!」

「ククク……そうよ」



「このダスター様自ら、その光の勇者とやらを見極めてやるわ!!」



 この時にはすでに、運命は狂い始めていた。

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闇光の双星 サンサソー @sansaso

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