episode 4 The fun planets and the mysterious planet Alice.

✳︎ジェイクFと不思議な惑星✳︎


スターダストの溜まり場も、無事通り抜け。

間もなく次の寄港地、ファースに到着する。

ジェイクBが巻き起こした〝王様ゲーム的なフォーチュンクッキー〟の騒動も、次第に収まりを見せ。

食堂の入口から、フォーチュンクッキーが消えたから、もうみんな満足したんだろう。

結局、何人チャレンジしたか分からないけど……。

色んな人が、不自然な行動をとっていた。


見てる分には、楽しかった。

やる分には、苦痛だ。


みんなは知らないだろうけど、実は。

僕もひっそり、フォーチュンクッキーのチャレンジをしていたんだ。

みんなが知らない理由は、もちろんフォーチュンクッキーの内容にある。

一口クッキーを食べて、出てきた紙に書いてあったこと。


〝ネタがつきたので、みんなの幸せをファースに着くまで、祈っててください〟


……ある意味、ババをひいた気分。

何、これ? ジェイクB、めっちゃ手抜きじゃんか。

なんだよ、つまんねーッ!!

……ま、とりあえず。

みんなの幸せを祈ろう……。


「ジェイク、何してるの?」


リフレッシュルームでお祈りをしている僕に、ソラが話しかける。


「スターシップのみんなの幸せを願って、お祈りをしてるの、もちろんソラの幸せもね」

「本当に? ありがとう」

「ファースまであとどれくらい?」

「あと、4時間くらいだよ。そろそろ大気圏に入るからね」

「はーい」


ファース ーー 笑劇、道化芝居って意味の星。

この前のリーパーとは、正反対の星。

重力が、地球の四分の一。だから、歩くだけでフワフワする。

それ以外は、そこそこ快適な星だ。

この星は足腰に負担をかけずに、自給自足ができるから、定年退職後の移住に大人気で。

ある程度、年を召された方しか住んでない。

おじいちゃんやおばあちゃんがふわふわ楽しそうに歩き回る星。

その姿が滑稽で、こんな名前がついたらしい。

この星に荷物を降ろす時は、正直気を使う。

船内の重力と星の重力が違いすぎて、荷降ろしの際、倒れてしまいそうになるから。

倉庫長の僕としては、絶対に許せない失敗だから、気を引き締めなきゃ。

僕はキュッと唇を噛んで、壁にかけられたヘルメットを手にした。


ファースに到着して、荷物を無事おろし終え。

ホッと一安心した僕は、船のデッキからファースの地面に飛び降りた。


「う、わぁぁい!!」


相変わらずふわふわして滞空時間が長いから、ちょっと楽しい気分になる。

楽しくなると、走りたくなって。

着地すると再びふわっと体が浮き上がる感覚に嬉しくなった。

ゆっくり大きな放物線を描いて、また地面に軽く着地する。

……毎回、楽しい!


「ジェイクF!! あんまり遠くに行っちゃダメだよーっ!!」


僕の背後でミハエルの声が響いて。


「はーい」


僕はミハエルに手を振ると、また僕は大地を軽く蹴ったんだ。


しばらく重力にまかせてふわふわしてると、目指す懐かしい家が見えてきた。


「ジェイクF! 久しぶり!」


その家の前で畑仕事をしていたおじいちゃんが、僕に向かって手を振る。


「おじいちゃん! きたよー!」


……もちろん、本当のおじいちゃんじゃないけど。

この人は僕の友達、というか。

結構前のこと。

僕がまだ荷降ろしが不慣れな時に、いきなり現れてコツとか丁寧に教えてくれた、いわば恩人みたいな人だ。

元々はスターシップのエンジニアだったらしい。

この人と仲良くなって、色んな事を教えてもらって、僕の仕事の幅は、ぐんと広がった。

だから、僕はファースに来たら、この人の家に行くのが常で。

この人に対して、本当に家族みたいな感情を抱くようになっていた。


「はい、頼まれてたリーパーストーン」


僕はポケットから、ピンポン玉くらいのリーパーストーンをとりだした。


「これより大きいのがあったんだけど、僕の大事な人にあげちゃった。ごめんね」

「まん丸でキレイだなぁ。これを仕上げた人は、腕がいいんだなぁ。ありがとう、ジェイクF」


そう言うと、おじいちゃんはにっこり笑って。

まん丸なリーパーストーンを、ぼんやりと光を放つ遙か彼方の太陽と重ねた。


また、会えるかな……。


いつも、思う。

おじいちゃんにも、いつかは会えなくなるんだ、って。

そうしているうちに、大事なミハエルにも会えなくなる。

奇跡は素晴らしい事だけど。

奇跡がもたらす〝きっかけ〟は時に、残酷だ。

だから、僕は。

残酷にしないように、一瞬一瞬を懸命に頑張って生きなきゃいけないんだ。


「おじいちゃん、今度は何を持ってきてほしい?」

「そうだなぁ。ジェイクFの顔を見るだけでもいいんだけどなぁ」

「そんなこと言わないでよー」

「じゃあ、スターポットをお願いしようかなぁ」

「うん!! たくさん持ってくるね」

「いやいや、一つでいいよ」

「じゃあ、二つ!」

「二つ?」

「おじいちゃんと、僕の。二つあったら寂しくないし、ちょうどいいでしょ?」


僕の提案に、一瞬、おじいちゃんはキョトンとした顔をした。

そして、めちゃくちゃ楽しそうに「そうだなぁ!」って笑ったんだ。



「いつも、悪いよねぇ。すごく立派な白菜! 今日は白菜と鶏肉のクリーム煮にしようかなぁ」

「おじいちゃんが、今度はトウモロコシが出来る時期にきてって言ってたよ!」

「うわぁぁ、マジで! めっちゃいいわぁぁ」


ジェイクBは、僕がおじいちゃんからもらってきた白菜を見て、目をうるうるさせている。


「また、おじいちゃんのとこ行ってたんだ」


ミハエルが、少し寂しそうに言った。


「そういえば、おじいちゃんがミハエルにって」


僕は、おじいちゃんのお土産をミハエルに渡す。

小さな小瓶に入った砂。

よく見ると、一つ一つが星の形をしていて、小瓶の蓋には小さなカードが付いていた。


「これって、星の砂? すごいね! 初めてみた!」

「おじいちゃんの生まれた所に沢山あったんだって、これ。今まで大事に持ってるって凄いよね」

「へぇ、凄いね。……ん? カードに何か書いてある」


ミハエルが、目をまん丸に見開いて、カードを除き見る。

その瞬間、みるみる、目が潤んで……。

僕にしがみつくように抱きついてきた。


「ジェイクF!! 君がどんなに自由人でも、心臓に悪い行動をしても、僕は、ジェイクFが一番大事だからね!!」

「はぁ?」


ミハエルは、僕をけなしてんだか何なんだか、よく分からないことを言って。

僕をさらに強く抱きしめる。

何? なんなんだ?

その時、僕の目の前に小瓶のカードがプラプラ現れて、その文字が目に飛び込んできた。


〝ジェイクFの大事な人へ。

危なっかしい、私の大事な人を、いつまでも大事にしてください。それが私の最後の願いです〟


なんだよ、おじいちゃん。

何、言ってんだよ……最後の願いって、何?

不甲斐なくも僕は、泣きそうになってしまった。


やっぱり、奇跡って残酷だ。

残酷だけど、奇跡って、なんて素晴らしい……。


泣きそうな僕の頬に、ミハエルはソッと温かな手を重ねる。

その感触があったかくて、心の底から安心してしまった。


おじいちゃん、最後なんて……変なこと言わないでよーッ!!

まだまだ先のことなんだからねー!!


「今度、おじいちゃんのところ、一緒にいっていい?」


ミハエルの一言に、僕は頷いて答えた。






✳︎船長ダニエルと不思議の惑星のソラ✳︎


大きな白い星と、同じくらい大きな赤い星。

その間に輝く、小さな小さな水色の星。


小さな水色の星ーーこれが今度の寄港地〝アリス〟だ。


信じられないけど、アリスは惑星だ。

衛星じゃない。

並ぶように漂う、大きな白い星と赤い星がアリスの衛星なんだ。

普通、逆だよな。

大きさからいって。

寄港するにも大きな衛星に阻まれてしまって、座標や航路を微妙に変えて進まなければならないから。

アリスは〝最難関〟な寄港地になる。


白い衛星は〝ビアンカ〟

赤い衛星は〝ローザ〟


誰が付けたか分からないけど、この天体を見てると、不思議の国のアリスを思い出してしまう。

そしてソラは、このアリスが大好きだ。

空気も薄くて、重力も少しキツいのに。

寄港すると、いつもニコニコ船を降りて、〝スターポット〟っていう石を拾ってくる。

暗闇でもキラキラ水色に光る石は、本当に幻想的で。

ガラス瓶に詰まったスターポットは、ぼんやりとソラの部屋を照らすんだ。


「また、スターポット拾ってくるの?」


俺は、真剣な顔で座標を割り出している最中のソラに、話しかけた。


「……うん。今回は、ケントも一緒に行きたいって」


コンソールから、目を離さずにソラは答える。


「ダニエルも行く?」

「……俺は、いいや」

「わかった。じゃ、二人で行ってくるね」


そう言って、ようやくコンソールからソラは、俺に満面の笑顔を見せたんだ。

その時はーー。

その笑顔がしばらく見られなくなるなんて、思いもよらなかった。




「ソラとケントが、まだ帰ってない!?」


ディヴィッドが涙目になって、俺に訴えてきた。


「夕飯までには帰るって、ケント言ってたのに! 空気薄いし、重力もあるから、どっかで倒れてるのかも!」

「薄いって言っても、エベレスト登るほどじゃないんだし。重力だってリーパーほどじゃないから……ソラがついてるし、大丈夫だろ」


にしても、遅い……。

……本当に、なんかあったんだろうか。


「船長っ!! 船……ダニエルッ!!」


薄暗い道の先から、ケントの俺を呼ぶ声が聞こえて。


「ケントだっ!」


さっきまで、この世の終わりみたいな声をしていたディヴィッドが、とたんに明るい声をだして駆け出した。

薄い空気と地味にキツイ重力。

息も絶え絶えに、スターシップに乗り込んできて、ディヴィッドに支えられたケントは、崩れるように倒れこんだ。


「ケント! 大丈夫!? ソラは!?」

「ソラがっ! ソラが、いなくなっちゃった!」


え……? 何? いなくなっ……た?

今にも泣き出しそうな顔をしたケントの言葉に、頭が真っ白になるほど俺は、何も考えられなくなった。


「僕が、スターポットの丘の上で、ちょっとバランスを崩して……落ちそうになったんだ。けど、ソラが引っ張ってくれて。すると、ソラがバランスを崩しちゃって……。そのまま、崖から落ちちゃった……」


ケントが泣くの我慢しなながら、状況を説明する。

そんなケントの手を握って、ディヴィッドが寄り添っていた。


「薄暗いし、ソラを呼んでも返事がないし……。僕、どうしたらいいか、わからなくなっちゃって……」


とうとう耐えきれなくなったのか、ケントはぐしゃぐしゃに泣き出した。


泣きたいのは、俺の方だ……。

なんで、ついてかなかったんだよ、俺は!


「……今日はもう暗いし、探すとしても他の乗組員が大丈夫って保障もない…….。明後日、出航だ。荷物は、遅らせられない……明日、帰って来なかったら、ソラを置いてくしかない……」


船長としての立場から発した自分の言葉が、これほどイヤになるとは思わなかった。

その時ーー。


「それ、本心?」


ジェイクBが真剣な顔をして、俺を真っ直ぐに見つめていった。


「船長としての言葉でしょう? ダニエルは? ダニエルとしての言葉はどうなの?」


「……心配に決まってる。今すぐにでも探しに行きたいって、思ってる! でも、俺は!!.」


パシンッーー!!


鼓膜に響くほど豪快な音がして。

そして、左頬が痛い。


俺は、ジェイクBにビンタされていて。

その瞬間、水を打ったように、シン……と静まりかえる。


「だったら、しっかりしなよ! 〝でも〟はいらない。一人かけてもダメなんだよ、この船は。だったら今、全力でソラを探すんだよ! だって、僕たちは……Be all one……なんじゃないの?」


ジェイクBに言われて、冷水をかけられたような。

そんな感じがしてハッとした。


……そうだ、そうだよな。

何、今まで、カッコつけてたんだ、俺。

悪いけど、荷物より何よりソラが大事だ。

ジェイクBの言葉で、目が覚めた。

俺は拳を握りしめて、全員一人一人に向き直った。

真っ直ぐに、見つめる皆の目に答えが出ていて。

俺は頷く。


「……この船は、誰がかけてもダメなんだ。ソラを見つける、必ず見つける! 力を貸してくれ!!」




✳︎ ✳︎ ✳︎


気が付いたら、あたりは真っ暗で何にも見えなかった。

唯一の光と言えば、僕の手の中に握られたスターポットのみ。


……あぁ、また、やっちゃった。

どうしてこうもドジなんだろう……。


崖から落ちそうになったケントを引っ張ったら、自分が崖から落っこちるなんて……。


また、ダニエルに笑われる……かな?

その瞬間、僕の胸になんとも言えない不安が、首をもたげた。

ここがどこだか、わかんないし。

帰れなくなってしまったら?

もう二度と、ダニエルにも……皆にも会えなくなってしまったら?


二度と会えないかも、しれない……。

僕の目が、ジワッと、熱くなる……。


……ん? ちょっとまてよ?

僕は、一体なんの上にいるんだ?


僕の体の下には、ふわふわした白い毛並みがあって。

そして、ほかほかあったかい。

たまに……グルグル……猫がノドを鳴らす音が聞こえる。

悲しいとか、不安とか。

そんな感傷に浸っている場合じゃ、ないかもしれない……。


僕は、恐る恐る、見上げる。

手のひらのスターポットの明かりが。

僕の何倍あるかわからない、大きな猫の顔を照らした。


「ニャーッ」


大きな口を開けて、僕の顔を舐めてくる……。


「……わ、わーっ!!」


きっと、僕は、この猫に食べられて、死んでしまうのかもしれない……。


ごめん、ダニエル。

もう、君に会えないよ……。




✳︎ ✳︎ ✳︎


ガシャーンーー!


「いってぇ……」


俺が持っていた懐中電灯が、突然割れて床に落ちた。

割れた破片で指を切ってしまって、血が滲む。

嫌な予感、しかしない。

ソラに、何かあったんだろうか?

心配で、胸が押しつぶされそうだ……。


「船長、大丈夫?」


ケントが、泣きはらした目で俺に言った。


「大丈夫だよ」

「僕、着いて行かなくていい?」

「いなくなった場所もだいたいわかるし、ディヴィッドたちが、船から援護してくれるからね。外は暗いけど、いざとなったらGPSもあるし、心配しなくていいよ。俺が、絶対ソラを連れ戻すから」


そう言った俺に、ケントはしがみついて、また泣き出してしまった。


「船長、行きましょう」


いつになく真剣なウィルの声に、気が引き締まる。


「あぁ」


返事と同時に。

俺はケントをそっと引き離す。

トランシーバーを耳にかけると、俺たちは暗闇のアリスに一歩踏み出したんだ。




✳︎ ✳︎ ✳︎


……結果から言うと。


僕は、猫に食べられなかった。

僕が痩せすぎて、おいしそうに見えなかったからか。

単なる仲間だと思ったのか。

その真意を知ることは叶わないけど。

この白い大きな猫は、ノドをグルグル鳴らして、僕にその大きな顔を擦り寄せてくる。


「何? お前、寂しいの? にしても、おっきいなぁ、お前」


僕が口の下を撫でると、スターポットに似たライトブルーの瞳を薄く閉じて、気持ち良さそうにしている。


大人しくて、かわいい。

猫好きのダニエルが見たら、なんていうかな?

「連れて帰りたいッ!!」って騒いじゃうんだろうなぁ。

僕がそのふわふわとノドの毛並みを撫でていると。

猫は耳をピクッとそばだて、急に立ち上がって歩き出した。

数歩歩いて、振り返る。

まるで〝ついておいで〟って、言ってるみたいだ。


確かに。

ここにずっといるよりは、いいかも……。


僕は、スターポットの明かりをたよりに、この大きな白い猫についていくことにした。


アリスって、こんなところだったんだなぁ……。


スターポットがあるだけだと思ってたんだけど。

色んな植物もたくさんはえてるんだなぁ、って。


「こんばんは」

「あっ、こんばんは……えっ!?」

「ふふふ。良い晩ですね」

「!?!?」


突然、小さな水色の花に話しかけられ、僕は言葉を失った!

喋ってる!? 花が、喋ってる!!

いきなりの出来事に、僕は白い猫にしがみつく。


アリスって、こんな星だったっけ???

猫は大きいし、花は喋る……え? えー???


「あなたを探している人たちが、このずっと先にいます。この猫が、あなたを案内しますよ〜。途中で、わたしの仲間が、またあなたに話しかけるので、ちゃんと話を聞いてくださいね」


おしゃべりな花は、葉っぱを右に左に、揺らしながら話す。


「なんで……おしゃべりできるの?」

「なんででしょう? ふふふ」

「ふふふって……」

「たぶん……」

「多分?」

「あなたがもってる、スターポットのせいです」

「……これの?」


僕は、手の中のスターポットをみた。


「わたしの花の色やこの猫の目の色、スターポットと一緒でしょう? わたしたち、スターポットのかけらを養分にして生きてます」


……よく、わかったような……わからないような。

でも、悪い花じゃなさそうだ。

僕は腰を下ろして、ユラユラ揺れる花の高さに視線を合わせた。


「だから喋れるの? すごいね」

「そういうことなんだと思いますよ? ふふふ」

「……そっか。色々教えてくれてありがとう。今度アリスに来た時、また、君に会えるかな?」

「どうでしょう? 一期一会っていいますから。でも、また会えるといいですね」


再び歩き出す猫と僕に。

その小さな花は、いつまでも葉っぱをふっていて。

その姿に僕は僅かながら、安心してしまっていたんだ。




✳︎ ✳︎ ✳︎


「ゔわぁっ!」

『……ちょっ!! ウィル! マイクの近くで、全力で叫ばないでよ!!』

「だって、さっきから、花が話しかけてくるんだってば」

『ダジャレみたいな事ばっかりいって!! そんなわけないでしょ!! いい加減にしないと、ウィルの無線きるよ!』


援護中のディヴィッドの怒鳴り声が、トランシーバーの中で響く。


ウィルが、ギャーギャーいうのも無理はない。

だって、本当に。

ダジャレでもなんでもなく、本当に花が話しかけてくるから。


スターシップから、だいたい二時間くらい歩いた頃だった。

暗いし、二人してめちゃめちゃ警戒しながら歩いて。

気を張ってる時に、道端で小さな水色の花に話しかけられた。


オバケか宇宙人に遭遇パターンだとおもった、マジで。


「こんばんは。あなたたちが探している人は、この道をまっすぐ行ったところです」とか、「大きな猫と一緒に歩いてますよ」とか。


はじめは小さな花のおしゃべりに、めちゃくちゃ警戒していた俺たちだったんだけど。

わざわざ、ソラとおぼしき人の情報を教えてくれるから、思わず「ありがとう」と言ってしまう。

するとおしゃべりな花は、そのたびに茎を揺らして「どういたしまして」と返事をした。


アリスって、こんな星だったか?

こんなに不思議な、惑星だったか???


ガサッ……。


「!……ウィル」

「あぁ」


俺たちは音のする方を注視して、携帯したレーザーガンを構えた。


……暗闇から現れる、白い影。


思わず、息をのんだ……。


白い大きな猫。


「ね、ねこ!?」

「でけぇ……」

「ニャー」


構えたレーザーガンを落っことしそうになるくらい、間の抜けた猫の鳴き声に。

俺とウィルは、思わず顔を見合わせた。


花が喋ってたのは、これか……???

その少し後ろを、見慣れた顔の人が歩いている。


「あっ! ダニエル! ウィル!」


そう言って笑ったソラの顔。


「ソラ!! ソラ……?」


駆け寄って、ソラを抱きしめたかったはずなのに。

俺は、ソラの姿に思わず息をのんだ…….。


ソラの瞳の虹彩の色が、ライトブルーになっていたから。



「ソラを見つけた」

『本当に!?よかった!!』


俺の発した言葉に、トランシーバーの先でディヴィッドが安心した声を出した。


「ただ……」

『ただ?』

「ソラの目が、青い」

『……えっ? どういうこと?』


そんな緊迫した状況下。

ソラはにこにこしながら、ウィルに話しかける。


「この猫、でっかいよねぇ。でも、大人しくてすごくいいコなんだよ。猫好きでしょ? ウィルも撫でてごらんよー」


ソラは、自分の目がどうなってるのか、わかってないんだろうな。

上機嫌なソラに、ウィルが心配そうな面持ちで言った。


「……ソラ、どっか、具合とか悪くないの?」

「なんで?」

「……その、なんていうか……えっと」


ソラは、神秘的になったその瞳で俺たちを見つめるて、にっこり笑う。

となりにいる大きな猫と、おんなじ色の虹彩。

その虹彩に見つめられて、ウィルが言葉を飲み込んで押し黙った。


「ソラ……お前の目の色、その猫とおんなじだ」


状況機嫌なソラに向きなおると、俺は真っ直ぐにソラを見て言った。

ソラがその言葉に目を見開く。


「……本当に?」

「本当……」


眉を顰めたウィルが、小さく返事をした。

ソラは、しばらく猫を撫でながら何か考えていたけど、俺に向かって困ったように微笑んで言った。


「でも、僕は僕だよ……変わんないんだけどなぁ」



✳︎ ✳︎ ✳︎


「多分だけど。猫とか花とかのことを考えたら。スターポットのかけらとか粉末が多く溜まっていたところに、長時間いたからじゃないかと推測する。一番影響がでやすいところが、ソラの場合、虹彩だったのかもね。体内から成分が抜けたら、元に戻ると思うよ」

「本当に!? よかったぁ」

「その前に、ソラ! 貴重な症例だから、写真撮らせて」


なんかミハエルが嬉しそうだ。

僕の目をモバイルでパシャパシャ、何十枚と写真を撮りはじめる。

ミハエルが興奮するくらいなんだから、結構、めずらしいんだろうな。


しかし、ミハエル以外はみんな。

僕の目を見て、ビックリしていた。


特にケントなんか、僕を見てボロボロ泣いちゃってさ。

ずっと謝ってて。

あんまり泣くから、僕の方が苦しくなる。

全然、大丈夫なんだから。

大丈夫なんだってば。


「あぁ、でも。パッと見、怖いな」


改めて自分を鏡でみると。

あの猫みたいなライトブルーの目がうつって。

我ながら、その鮮やかな色合いに驚いてしまう。


……そりゃ、ビックリするよな。

自分でも、ビックリするんだから。


その時、僕を見つけた時のウィルとダニエルの顔を思い出した。

驚愕と恐怖が入り混じった顔。

変わってしまった僕が、本当に怖かったんだろう。

……ダニエルに嫌われちゃったかな、僕。


コンコンーー。


不意に部屋のドアをノックされ、僕は慌てふためいて返事をする。


「は……はい! はい!」

『俺だけど……今、いい?』

「……いいよ」


少し躊躇してから、ドアを開けると。

ダニエルが立っていて、僕と目が合うとすごく心配そうな顔して僕を見つめる。


「どうぞ……入って」


部屋に入ってきたダニエルは、僕の頰をそっとなでて「本当に、大丈夫? 何ともない?」と言った。


「うん。全然平気」


一瞬、ダニエルが泣き出しそうな顔をして。

そして、僕をキツく抱きしめる。


「ちょっ……ダニエル、痛いよ」

「……なんでついていかなかったんだ、俺は。ソラがいなくなってしまうじゃないかって、ずっと不安だった……。もう二度と会えないんじゃないかって。見つかって、ホッとしたのに!! いつもと違うソラを、怖いと思ってしまった……。そんな、俺が、許せない!」

「……それは、しょうがないよ。ダニエル」

「しかし!!」

「さっき鏡見たら、自分でもビックリしたし」

「……」

「自分を責めないで。むしろ、喜んでほしいな」


僕は、極力笑顔でダニエルに応える。


「生きてダニエルに会えたこと。そして、貴重な僕に出会えたこと。僕はダニエルに笑ってほしいんだけど」

「……ごめん、ソラ」


滅多に泣かないダニエルの目から、涙がこぼれ落ちた。


「泣かないでよ。ミハエルも元に戻るって言ってるし……。それに、僕、結構この目の色、気に入ってるんだけど、ダニエルはキライ?」


ダニエルは、目を見開いて僕を見て、そしてクスッと笑う。


「相変わらず、ポジティブだな」

「ドジな分ね」


ダニエルはにっこり笑うと、僕の瞼に優しくキスをした。


それから、僕たちは色んな話をした。

ダニエルは、本当は、あのおっきな猫を連れて帰りたかったこと。

僕は、あのおしゃべりな花が、欲しかったこと。

今度、アリスに寄港した時は、二人であの猫とあの花を見つけに行こうって、約束したこと。


今まで知らなかった、惑星アリスの本当の姿。


どの星も寄港するたびに、新しい発見があって面白い。


だから、僕は、ダニエルとみんなと一緒にスターシップに乗ることが、好きで好きでたまらないんだ。


きっと、父さんもそうだったんだろうな。

色んな惑星に魅せられて、好きになって。


うん、きっとそう。

だから、いまでも。

この宇宙のどこかで、楽しそうに笑ってるって思ったんだ。


そう、今の僕みたいにね。

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