episode 5 Anemone who wants to be loved ,and forbidden fruits
✳︎ジェイクBの忘れられない日✳︎
「瞳の色もだいぶ落ち着いてきたね、ソラ」
「ありがとう。ジェイクBの美味しい料理のおかげかな〜?」
僕の言葉に、ソラがにこやかに笑った。アリスを出港して、一週間が過ぎた。キラッキラのライトブルーだったソラの目も、ダークブルーくらいまで落ち着いていたけど。
正直、ソラの瞳の色と相変わらずの〝引きの強さ〟が、僕は羨ましかった。
何もしてないのに、無自覚に色んなものを持ってる。そして、色んなものを惹きつける。
僕は、何も持ってないし、何も惹きつけない。自分で言うのも何だけど、あるのは人柄ぐらいかな?
食堂で乗組員の相談にはたくさんのってきたけど、そういえば僕の相談には誰ものってくれない。まぁ、悩みもほぼほぼないからなぁ。
「ジェイクB、元気ないね? 大丈夫?」
ミハエルの声で、ハッとした。
「いや〜、考え事しててね」
「……また、変なこと、考えてないよね?」
恐る恐る言い放つミハエルの言葉に、僕はあぁと苦笑いする。
フォーチュンクッキーのこと、まだ根に持ってんだな。
「……今は、そんな暇、ありません」
「ジェイクB」
「何?」
「今度の寄港地、一緒に降りない?」
「いいよ。アネモネ……だっけ?」
「そう、アネモネ」
薄い紫色の星ーーアネモネ。特にこれといって何かあるわけじゃない。
まるで、僕みたいな星。
でも、ミハエルはこの星が好きだ。
寄港する度に、どっかにフラッと出かけて、ニコニコした顔で帰ってくる。ジェイクFでさえ、アネモネでのミハエルのその行動が謎らしい。だから、ミハエルが〝一緒に降りよう〟なんて言うのは、本当にめずらしいことだ。
……たまには、誰かと行動したいのかな?
「……ミハエル、どこまで行くんだよ」
「もうちょっとだから、ジェイクB頑張って」
ミハエルとアネモネに降りたって、初めて気がついたことがある。
アネモネに山があるなんて、知らなかった。いつも食堂の窓から眺めていて、よくわからなかったけど。そしてその山を、ミハエルがひたすら登るって、知らなかった。いつも、アネモネで登山なんかしてんだろうか? かれこれ、二時間は登ってる……。
ミハエルは、やっぱり、謎だ。医者って、よくわかんないな……。
「ついたよ、ジェイクB。見て」
ミハエルが、僕にそう言った。
視線の先に……紫色の花が広がっていた。地平線まで、延々と広がる紫の花。
すごい……! キレイだ……!!
「すごいよね、アネモネが自生してるんだよ」
「……よく、見つけたね。こんなとこ」
「僕、ここが大好きなんだ。……風が吹いたら、アネモネも揺れるでしょ? なんだか僕を包んでくれるように、癒してくれてさ。まるで、ジェイクBみたいなんだよ」
「……えっ?」
ミハエルは、少し笑った。
「ジェイクBは、日頃のみんな真ん中で、みんなに愛されてて。だから、みんなジェイクBが大好きで。ついつい、ジェイクBに甘えちゃう。こんなこと中々言えなかったけど。……あのさ、ジェイクB。みんなのことばっかり考えてないで、たまには、みんなに甘えてよ。僕も、みんなもジェイクBが大好きなんだから」
そう言うと、ミハエルは僕に向かって優しく笑った。日頃言われてないから、かなり免疫がないのは自分でも自覚している。そんな男前が、優しく微笑むから……もう、恥ずかしくて、恥ずかしくて。みるみる、顔が赤くなるのが、自分でも分かった。
うわぁぁぁ! なんなんだ、今日は!!
引きが強いぞ!! めちゃくちゃ引きが強いぞ!!
いつもは、羨ましいって思ってたソラ並みの〝引きの強さ〟だ! めちゃくちゃ心臓がバクバクして、心が安定しない!! ……ソラは、いつもこんな、ハラハラしてるんだろうか? 悪いけど、僕には、無理だな。
「ジェイクB。アネモネの花言葉、知ってる?」
「……いや」
「〝君を愛す〟」
「……愛されたいね。いつまでも皆に」
自然に出た僕の言葉は、アネモネを靡かせる風に乗って。空へと高く舞いあがった気がした。
山からの帰り道は、……膝にくる。ミハエルがサクサク歩くから、ついて行くのに精一杯で……気をつかってよ、ミハエル。僕は一番の年長者だって知ってるよね?
思いのほか疲れてしまって、今日の晩御飯のメニューがうかばない。
最悪、うどん定食かな……。重たい足取りでシップに乗り込み、ため息をつきながら食堂に入ると……。
「ジェイクB、お誕生日おめでとう!!」
一斉になる、クラッカー……! おかげで、目はチカチカして、耳がジンジンする。
「え? 誕生日!?」
あ、今日! 僕の誕生日か!? ってゆうか、自分の誕生日も忘れていたなんて。僕は、なんてうっかり者なんだろう。
チカチカする目を細めると。食堂の食卓の上には、たくさんのご馳走が並んでて、みんな満面の笑みで僕を見ていた。
「わぁ……すごいな」
「みんなで作ったんだよ! ジェイクB! こっちに座って!!」
かわいい顔を満面の笑みで満たしたケントが、僕を引っ張って食卓の真ん中の席へと案内する。
「……っう」
なんて、幸せ者なんだろう、僕は……。こんなに平凡な僕なのに、みんなに愛されて。涙が出てくる……。
「わー! ちょっと、泣かないでーっ!」
「主役なんだから、笑ってってー」
「こっち!こっち、座って」
特別じゃなくても、いい。いつも穏やかに。
僕は、みんなの中心にいるわけじゃないのに、僕という存在を忘れないでいてくれて。こうして、僕を大事に思ってくれる人がいるだけでも。奇跡に近いくらい、素晴らしい。
だから、僕は……スターシップが。大好きなみんながいるから、スターシップが好きなんだ。
✳︎レイと禁断の惑星✳︎
〝最終寄港地・エターナル〟まで、あと三星。
ジェイクBの涙に濡れた誕生日パーティーから、しばらく経って、次の寄港地〝メーラ〟が小さく見えてきた。
真っ赤な、本当に真っ赤な小さな星。
真っ赤過ぎて、遠くからでもよく見える。
白雪姫が、ついつい食べちゃったあの果物。
アダムとイブが、そそのかされて食べちゃったあの果物ーーそう、りんご。
熟したりんごによく似てるから、〝メーラ〟って名前がついたらしい。
でも、この星には、りんごなんてない。死神星・リーパーと一緒で、不毛の星だ。
酸素濃度や重力はまあまあ普通だけど、不適格レベルが最高ランクに定義されるほど、あまり人が住むには適さない。ただ、ここはありとあらゆる宝石が採れる。星の中心から、バームクーヘンみたいに宝石の地層があって。ダイヤモンドの地層。サファイアの地層。レアなところだと、パパラチアやアレキサンドライトまで。地表面の地層がルビーになっているから、星が真っ赤に見えるというわけ。
だから遠くから見ても、星自体がなんだかキラキラしている。リーパーと一緒で、採掘するためだけに人が住んでる星だ。
宝石の星ーーメーラ。人々を魅了する宝物の星、禁断の果実にふさわしい名前の星。
「ミハエル、メーラでも健康診断するんだよね?」
食堂でスパゲティ定食を食べながら、僕は同じくスパゲティに舌鼓をうつミハエルに聞いた。
「うん。メーラもリーパーと同じで船医の健康診断が義務付けられてるからね」
「……俺も一緒に、降りちゃダメかな?」
「別にいいけど? データ管理作業はジェイクFがするから、特段、何もする事はないけど。それでもいいの?」
「うん。一度、降りてみたかったんだ」
「でも、最近、ガスが噴出しはじめたみたいだから、ウロウロするんだったら、気をつけてね。レイ」
「わかった」
俺が、メーラに降りたい理由は二つある。
一つは、切り取られた宝石の地層が見てみたいっていう好奇心、ただそれだけ。もう一つは、久しぶりに父さんに会いたい。
父さんは二年前から、転勤でメーラに宝石の採掘のエンジニアで来ている。メーラにいるうちに、一回は会っておきたかった。メーラは地球から遠いし、お母さんも心配してたし。
「レイ、メーラに降りるの僕も一緒におりようか?」
大きな瞳を俺に向けて、ジョーが言った。
「大丈夫だよ。家族に会うだけだし」
父さんには、メールで連絡をして、会う約束も取り付けた。あとは、メーラに寄港するだけ。
「レイ、久しぶり」
「……父さん!?」
俺は、久しぶりにあった父さんに愕然とした。
見た目が十歳くらい若返ってる!
「いや〜、噴出したガス吸っちゃって。一週間くらいで元に戻るみたいなんだけどさぁ。本当、まいっちゃうよなぁ。父さんの同僚なんか、ガスを立て続けに吸っちゃって、子供みたいになっちゃって。色々大変なんだよ」
って、全然大変そうに聞こえないよ。むしろ、ワザと吸ったんじゃないかってくらい、楽しそうだ。
どおりで……健康診断中のミハエルが、怪訝な顔をして、地球と連絡取り合ってたりしてたんだなぁ。健康診断対象者が子どもになってますとか、ありえないよ。
「レイ、お前も気をつけろよ。お前なんか、一気に子供になっちゃうからな」
「わかったよ」
その後、若くなった父さんの案内で、メーラの切り取られた地層を見た。幾重にも重なった、キラキラした地層がキレイで。個性的だけど、それぞれの独自の輝きが、まるでスターシップの乗組員みたいだ。
その時、俺は満足して、ちょっと油断してしまったんだ。父さんにも会えて、地層も見れて。地面の亀裂から、ふわっと白い煙が上がるのを見逃していたんだ。
あとちょっとで、スターシップのタラップ。その瞬間……目の前が急に真っ白になった。そして、思いっきりガスを吸い込んでしまう。
苦しくなって……息ができなくなって……。
そこで、僕の記憶が途絶えてしまった。
「え? レイなの? かわいい!」
瞳の色が、すっかり元に戻ったソラが、俺を見て言うと、子どもにするみたいにぎゅっと抱きしめた。
「ちょっと、やめてよ。ソラ」
「……何? 中身は、大きなレイなの? なんか、かわいくない……」
ソラが、ガッカリした表情で呟くから、俺はなんとなく虫の居所が悪くなる。
……そんなガッカリするなよ。
俺だってなりたくてなってるわけじゃない。メーラに降りて、散々「ガスが噴出するから、気をつけろ」って言われてたにも拘らず、思いっきりガスを吸い込んで……。
結果、僕は。小学生くらいの体になってしまった。でも、頭ん中は大人のまんまで。大昔のマンガの〝名探偵〟みたいで、服も靴も、何もかも、ブカブカだ。
「メーラの作業員の話によると、一週間くらいで元に戻るらしいから……それまで、辛抱してなきゃね、レイ」
ミハエルが困った顔をしていて。その横で船長であるダニエルは、さらに困った顔をしていた。
「舵取りは、大丈夫か?」
「大丈夫!! できるよ!!」
「……ある程度、力もいるからなぁ……。出航を遅らせようか……」
「大丈夫だってば!! 何だよ!! みんな、俺のこと子ども扱いして!!」
「って言うか、思いっきり子どもなんです! 大人しくしときなさい!」
ジェイクBがお母さんみたいに、俺の頭を押さえて言う。
あぁ、もう……!! なんなんだよ、みんなして!!
「それくらいにしてあげてください。操舵は、レイの指示で僕がやりますから」
ジョーが、俺を優しく抱きしめて言った。
……だめだ。優しくすんなよ、ジョー。いつもはこんなこと思ったことはないけど、ジョーの体は、大きくてあったかくて……。ふわって、俺を優しく包んでくれるから、涙が出そうになってしまう。
「じゃあ、座標割り出しは?」
「船長ができるでしょう?」
「……まぁ、そうだね」
……優しいけど。相変わらず、合理的思考なヤツだな。船長に向かってそんなこと言えるのって、ジョーくらいだよ。
「メーラからの出航は、比較的ラクだし。座標くらいは僕一人でも大丈夫だから。ジョーはレイについててよ。ね、ダニエル」
「……ソラが、そういうなら」
「よかったね! レイ。ジョー、レイを部屋に連れてってあげなよ。色々あって疲れてるだろうし。色々やらかす僕が言うから、間違いないと思うよ」
ソラの冗談めいたフォローに救われた。
早いとこ、部屋に帰りたかったのは、本当だ。別に……慰めてもらう必要はないんだけど。
とにかく、自分自身が情けなくて、一人前じゃないみたいに言われて、悔しかったんだ。
「レイが寝るまで、こうしてあげるから」
俺の頭の撫でたり、手を握ったりして。ジョーが、俺に優しくしてくれるから、また泣けてくる。
「……子どもじゃないんだよ、俺は。子ども扱いすんなよ」
「わかってるから。でも、今は疲れてるでしょう?ゆっくり休んで」
「ごめん、ジョー。八つ当たりだ、これ」
「ううん、大丈夫」
「……ごめん。ありがとう、ジョー」
あったかいジョーの手が気持ちよくって。
目を閉じた俺は、驚くほどすぐ眠りについてしまった。
「かわいい! けど、中身はいつものレイだって、滲み出るように分かるよ、うん」
俺を見て、ニヤニヤ笑いながら。一言余計なことを口走って、カールが機関室へと去っていった。
……中身が外見を裏切ってて、悪かったな。やっぱり、というか。「一晩寝たら、元に戻っちゃうんじゃね?」なんて淡い期待を抱いていた俺は。
頭脳は大人、体型は子どもの〝アンバランスな俺〟二日目に突入した。
「ジョー、大丈夫?」
「なんとなくコツは掴めたから大丈夫」
「いざとなったら、僕がフォローするから!」
デイヴィッドはそう元気に言って、俺の華奢になった肩をポンと叩く。いつもはかわいいデイヴィッドが、めずらしく頼もしく見えるから不思議だ。そして、続けてこう言った。
「でも、あれだね。メーラのガスを吸うと不老長寿になるのかもね」
そうかーー! ミハエルの怪訝な顔は、このことなのか!
このことが宇宙に広がると、きっとメーラのガスを求める人が増える。悪用する人だって、きっと増える。
アダムとイブみたいに、白雪姫みたいに……。
人が手にしたらいけない、禁断の果実ならぬ〝禁断のガス〟を。
メーラは、その星自体が〝禁断の果実〟なんだ!
その時、船内放送で船長の声が響いた。
〝今回の寄港地メーラで、見た事や体験した事は、決して他人には言わないこと。家族でも大切な人でも。絶対に。このことは、スターシップの乗組員だけの秘密だ。以後、気を付けて職務を遂行するように〟
俺の心の中は、不安でいっぱいだった。
足が震える……。誰か、今の俺のことを言ってしまったら? 父さんのことを、言ってしまったら?
ジョーは、俺の目線まで腰をおろして、俺を抱きしめた。
「大丈夫。心配しないで。スターシップの仲間は、レイが不安になるようなことはしない。大丈夫だから」
消えない不安が少しだけ溶けて、安心からか涙が出てきた。
「嫌いだ……」
「レイ?」
「俺、この星。嫌いだ……」
メーラ、禁断の果実。
真っ赤に誘惑するように輝くこの惑星。
魅了され、翻弄され、狂わられる。
泣き出した俺の背中を、ジョーはゆっくりとさすりながら言った。
「大丈夫、僕がいる。みんな、レイを守ってくれるから。安心して、レイ」
単調だけど、暖かく響くジョーの言葉に。俺はどうすることもできなくて、ジョーにしがみついて泣きじゃくってしまった。
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