episode 6 End and departure
✳︎ケントの願いの終着点✳︎
ふわふわした綿花が、風に揺れる。
まるで地上に雲が広がってるみたいで、僕は変な気分になる。
その不思議な風景の真ん中で。
お姉ちゃんは、その雲をそっと手に取った。
一面に広がる綿花畑。
丁寧に摘み取った綿花を、お姉ちゃんはそっと手に持ったカゴの中に入れる。
いっぱい、いっぱい、綿花を摘んで。
そんなお姉ちゃんが、すごく綺麗で。
声を掛けるのも忘れちゃう僕に。
お姉ちゃんは気づいて。
大きく、ゆっくりと手を振って、僕の名前を言うんだ。
「ケント」
嬉しくなって、僕はお姉ちゃんに向かって手を伸ばした。
でも……伸ばした手は、全くお姉ちゃんに届かなくって。
だんだんと、お姉ちゃんの姿が薄くなって。
必死になって、手を伸ばした僕の手が。
届くか届かないか……その瞬間、消えて無くなっちゃう。
途端に胸が苦しくなって、涙が止まらなくなって。
僕は一人、綿花畑の中で佇んでいた。
「どこにいるの? お姉ちゃん……」
「ケント!! どうしたの!? 大丈夫?」
ハッとして目を開けると。
目の前に、心配そうなディヴィッドの顔があった。
あぁ……夢か……。
視界がぼやけてて。
夢の中で泣いていたはずなのに、リアルでも泣いていたんだってのが分かる。
また、この夢……。
エターナルに近づくにつれて、頻繁にみるようになった。
いなくなった、お姉ちゃんの夢……。
正直、気が狂う……身が持たない。
はぁー、と。
長くため息をつく僕を心配したのか。
ディヴィッドが困った顔をして、僕の涙を拭ってくれた。
「ケント、大丈夫? どっか痛いの?」
「違う……違うよ。ごめんね、ディヴィッド。心配かけて」
たまらず僕は、ディヴィッドにしがみついた。
お姉ちゃんのことが心配でたまらないのに。
僕はディヴィッドの優しさとあたたかさを、求めていて。
ディヴィッドと離れたくない……。
でも、エターナルに着いて。
お姉ちゃんを見つけたら、ディヴィッドともお別れなんだ……って思うと。
気持ちが昂ってどうしようもなくなった。
出会いがあれば、別れもある。
ジェイクFは、それを〝奇跡〟って言ってたけど。
〝別れ〟の奇跡は、耐えられそうにないよ……。
思わず、ディヴィッドに頬にキスをした。
「何? ケント。寂しいの?」
「うん……」
「大丈夫だよ、僕が、そばにいるから」
「うん……」
「安心していいよ、ケント」
ディヴィッドは、そう言って僕を抱きしめてくれた。
甘えちゃ……いけないんだよな、本当は。
でも、あと少し。
あと少しでいいんだ。
ディヴィッドにも、スターシップのみんなにも。
僕を愛してほしいって、思ったんだ。
「みんなで、願いを叶えに行こうぜ!」
カールが、ニコニコしながら言った。
カールの言っていることが分からなかったけど。
どうやら次の寄港地、デザイアのことを言ってるみたいだった。
「願いが叶うって、どういうこと?」
僕は、ディヴィッドに聞いた。
ディヴィッドは、ヘヘッとイタズラっ子みたいな表情をして言った。
「デザイアは、重力もそんなにないし、常に偏西風が一定の風速で吹いてるんだ」
「へぇ。そうなんだ」
「そこの観光っていうか……。ハト型の紙ヒコーキを飛ばすのがあるんだよね」
「ハト? 鳥のハト?」
「うん、そう。その紙ヒコーキに願い事を一つ書いて、飛ばして。ハト型の紙ヒコーキが、落っこちないで星を一周したら願いが叶うんだって」
「えー!? それ、本当?」
「分かんないけど、デザイアに行くとみんなするんだよ」
願い事なんて……いっぱいあるよ……。
ありすぎて、どれか一つなんて、選べない……。
その時僕は、多分。
すっごく、思いつめた顔をしちゃってたんだろうな……。
「気軽にやろう……な? ケント」
って。
船長が、僕の頭をポンと叩いて言ったんだ。
✳︎ディヴィッドの願いと出発点✳︎
ケントが、最近、元気がない。
一緒に過ごしていても、無意識に泣いちゃったりする。
どうしたんだろう……お姉さんに、早く会いたいのかな?
でも……僕は、ケントと〝さよなら〟したくないんだよ。
ずっと、スターシップで。
ずっと、一緒にいたいんだよ……。
終わりにしたくない。
僕の願いは、希望は、常に出発点なんだから。
デザイアに寄港して、僕はケントの手を握ってスターシップのタラップを降りた。
ケントは相変わらず口数少なげに、僕についてくる。
「あはははーッ!!」
その時、僕たちの目の前で、楽しげな笑い声が上がった。
楽しげに笑いながら、ジェイクFが軽やかに側転を何回もしている。
ジェイクFは、重力で遊ぶのが好き。
また、一人で笑いながら走り回っている。
楽しそう〜。
まぁ、僕はしないけど。
そんなジェイクFを尻目に。
僕は降り立ったデザイアの空を見上げた。
青い空に、止まることなく吹き続ける風が、気持ちイイ。
その時、さらに騒がしい声が僕の鼓膜を揺らす。
「願い事は一つ! 一つだからなっ!」
カールは、みんなに紙ヒコーキとペンを配りながら言った。
こういう時は、カールはなんだか体育の先生みたいだよな。
ハト型の紙ヒコーキとペンを渡された僕は、ぐっとペンを握りしめる。
……僕の願い事は……もう、決まってる。
出発点の願い事だ。
「ケント、書いたら一緒に飛ばそう!」
「……うん」
困ったような顔をするケント……。
ケントはしばらく空を眺めて、思いついたようにペンを走らせる。
そして、ここ最近見られなかった、かわいい笑顔を浮かべた。
何かを吹っ切ったような。
終着点から出版店に、切り替わったような。
そんな爽やかな笑顔を見せたんだ。
「ディヴィッド! できた! 飛ばそう!!」
「いくよ、ケント!」
「うん!」
「一、二の三!!」
ふわぁーー、と。
紙ヒコーキが、僕たちの手から離れる。
僕たちの飛ばした紙ヒコーキは、偏西風にのった。
グングン上昇して、アッと言う間に小さくなる。
同時に。
みんなが飛ばした紙ヒコーキも、一斉に空に舞って、みるみる小さくなっていった。
「って言うかさ、一周回るのにどれくらいかかるの?」
「さぁ……?」
僕は、空を見上げながらいった。
「ねぇ、ケント」
「何?」
「ケントは、なんてお願いしたの?」
ケントが恥ずかしそうに笑う。
「ディヴィッドも教えてくれる?」
「もちろん!」
「〝みんなの願いが叶いますように〟」
「……ケントォォ!!」
なんて、なんていい子なんだろう! と、涙腺崩壊寸前の僕に。
ケントは苦笑いを続ける。
「僕は願いがたくさんありすぎちゃって……。欲張りだから。だから、みんなの願いが叶えばいいなぁって思ったんだよ」
「……僕は、ケントとずっと一緒にいれますように……って、書いたんだ」
「それ、僕のたくさんある願い事の一つだよ」
ケントの笑顔が、晴れ晴れとしていて、キレイで、かわいくって。
ただただ、紙ヒコーキの行方なんかそっちのけで。
僕は、ケントを見つめてしまっていたんだ。
✳︎ケントの願いの行方✳︎
紙ヒコーキを飛ばしたら、なんか吹っ切れた。
きっと、お姉ちゃんにも。
ディヴィッドにも。
スターシップのみんなにも。
離ればなれになっても。
絶対、会えるって思えたから。
だかり、僕は大丈夫なんだって。
「やったー! 俺の願い、叶ったー!!」
食堂で、真剣にタブレットをガン見していたウィルが叫んだ。
「なに? どうしたの?」
「アーモンドチョコバー、1年分! 当たった!」
「ほんとに!? すごい」
ここのところ、みんながあちこちで喜んでいる。
デザイアで飛ばした紙ヒコーキの願い事が、叶っているらしい。
嬉しいそうなウィルを見てたら、ジェイクFが息を切らして走ってきた。
「ケント! スカイプがきてるよ」
……その言葉に、ドキッと。
胸騒ぎがしたんだ。
「ケント。連絡が遅くなってゴメンね」
お姉ちゃんの声と、その元気そうな姿に、心臓が止まるかと思った。
スカイプの相手は、僕が探し求めていたお姉ちゃんで。
あまりのことに、僕は頭が真っ白になってしまって。
つい、責め立てるような言葉を発してしまった。
「……今まで、どうしてたの? 散々探して!! 貨物船にまで乗り込んで!! どんなに心配したか……!!」
「ごめんね、ケント」
お姉ちゃんは、申し訳なさそうに言った。
その後お姉ちゃんが語る話に、僕は声が出なくなるくらいビックリした。
最初は、服飾の縫製の仕事で、エターナルに就職した。
そこで、腕が認められて、デザイナーの助手になって。
な……なんだよ。
稼げる仕事って、このことだったのか……。
……ちゃんと、言ってよ。
そして、話の結びにお姉ちゃんが言った。
今、地球にいるらしいーー、と。
「はぁ!? 地球!?」
「エターナルから地球に行くまで一年かかるでしょう?」
「……」
「デザイナーと打ち合わせとか服をたくさん作ってたらね、連絡できなかったのよ。着いたらついたで、ショーがたくさんあってね」
相変わらず、天然というか、マイペースというか。
お姉ちゃんの話にだんだんと、頭痛がしてくる。
「でも、どうして」
僕は声を絞り出した。
「僕がスターシップに乗ってるって、わかったの?」
「そこの船長さんのおかげよ」
「え?」
「船長さんが、寄港地に片っ端から連絡を取ってたみたいよ。〝時間がかかって、ごめんなさい。大事な弟さんは、うちの船で元気に生活してます〟って、申し訳なさそうに頭をさげられちゃって。私が、悪いのに」
船長……僕のためにそんなことしてたんだ。
船にも載せてくれて、お姉ちゃんまで探してくれて。
本当、頭が上がらないよ……。
「でね、さらに船長さんにお願いされちゃったの」
「何?」
「〝ケントは、うちのスターシップにはなくてはならない存在だから、このままずっと、このスターシップに乗せていただけないですか?〟って」
「え?」
なんで? どうして、僕の願いが分かっちゃうの?
叶わないだろうと、半ば諦めていたその願い。
嬉しくて、悲しくもないのに、涙が溢れて止まらない。
「……やっぱり、船から降りたくないのね。そんな気がしてたんだけど」
「うん……ごめん、お姉ちゃん」
涙越しで滲むお姉ちゃんは、にっこりと笑った。
「ケントの人生よ。ケントの思うがままに行動してごらん。私もそうしてるから、ね。ケント」
「うん……うん」
船長に、お姉ちゃんに、みんなに。
一生お礼を言っても言い足りない……。
なんで? やっぱり願いが叶うのは嬉しいのに、どこか悲しくて。
僕は、ただただ、泣くしかなかった。
「船長……何から何まで、ありがとうございます」
僕は、泣き止まないまま、船長に頭を下げた。
船長に泣き顔を見せたくなかったし。
何より、船長の顔をまともに見られなかったんだ。
「お姉さん、元気そうでよかったな」
船長は、僕の頭にあったかい手をのせる。
もう、やめてよー……。
余計、涙がでちゃうよ。
「ほんとに、なんて言ったらいいか……僕、ここに……スターシップに……ずっと、いていいの?」
「ケントがよければ、ね」
その言葉に、僕は思わず船長に抱きついてしまった。
「……船長!! ありがとう……ございます!!」
「そのかわり、地球に着いたらちゃんとスターシップの採用試験受けるんだぞ。勉強は、スターシップのみんなで教えるから」
「……はい! はい! 頑張ります!」
船長が、僕をぎゅっと抱きしめて。
そのぬくもりと深い優しさを感じながら。
僕は今まで生きてきた中で、一番幸せなんだって思えてたんだ。
✳︎ディヴィッドの願いとこれから✳︎
「ディヴィッド! ディヴィッドと僕の願いが叶ったよ!!」
ケントが、泣きながら僕に抱きついてきた。
僕はよく状況が飲み込めなくて、泣きじゃくるケントを覗き込む。
「どういうこと!?」
「僕、スターシップにずっと乗れるって!」
「え!? マジ!?」
「うん! マジだよ!!」
うわぁ……僕の願い事、叶っちゃった。
僕は、涙でぐしゃぐしゃになった、ケントに小さな顔を両手で覆う。
「願いが叶ったのに、なんで泣かないてるの?」
「……だって」
「嬉しいんでしょう? 笑って、ケント。ケントの笑顔がみたいよ」
僕の言葉に、ケントは一瞬、困った顔して。
そして、とびきりの笑顔をみせた。
……かわいい、好きすぎる。
僕は思わず、ケントの頬にキスをして、そして言ったんだ。
「ディヴィッド……お祝いしよっか?」
「うん」
✳︎船長ダニエルと終着点、そして……✳︎
とうとう最終寄港地、エターナルが見えてきた。
大きくて、青い。
みんなが憧れる理想郷。
その前にちょっと、待って。
忘れてしまいそうなくらい小さな小さな、深い蒼い星が見える。
エターナルの一つ前の寄港地、スペクトル。
キラキラしたエターナルに比べて、目立たないスペクトル。
この二つの星は、すごく近い。
二日あれば、互いの星も行き来できるくらいの距離だ。
エターナルの影に隠れて、まるで〝おばけ〟みたいな存在。
だから、ここはちょっと特殊。
星自体が、刑務所だから。
貨物船が寄港する目的は、一つ。
受刑者が作った品物を積み込むため。
他の寄港地みたいに何日も滞在せずに、半日で出航する。
だから、あんまりイメージもなければ、思い入れもない。
さっさと出航して、早くソラとエターナルで遊びたい!
エターナルは、遊園地とかアミューズメントがたくさんあるから!!
ただ、スペクトルの寄港が近づくと、途端に操舵士と倉庫長がピリピリしだす。
受刑者の侵入防止のためだ。
きちんと接岸せずに、空中で止まった状態をキープして、積み荷を行う。
ディヴィッドは毎回緊張してキャーキャー騒ぎ出すし。
レイは集中しすぎて、口数が少なくなる。
ジェイクFは緊張を和らげるためなのか、いつも以上に高い声で笑い出す。
スペクトルに近づくと、三人がカオスな状態になるから、船長の俺でなくともすぐにわかるんだ。
そういう、俺も若干、緊張する。
間違った指揮はできない。
エンジンの出力調整が微妙になるから、機関士のカールとウィルが、二人体制で機関室にこもってるし。
乗組員全員の安全が、俺の肩にかかっているんだって。
改めて思い知らされるんだ。
『積み荷、完了です』
コンソールから、ジェイクFの声が聞こえた。
俺はハッと息を短くはいてマイクをオンにする。
「了解。機内点検を十分に実施して、一時間後、出航する」
オレの声が、艦内に響いた。
「ねぇ船長、エターナルで何するの?」
ソラが、座標軸を入力しながら言った。
「絶叫マシンに乗りに行く」
「また?」
「ソラももちろん行くだろ?」
「いいよ〜」
そう言って、ソラは楽しそうに笑った。
みんながこんな笑顔になってくれたら、それでいいんだ。
そう。
スターシップの仲間は、それでいいと思うんだ。
誰かが寂しかったら、誰かがなぐさめて。
誰かが泣いていたら、一緒に泣いて。
誰かがハッピーがだったら、みんなでハッピーになって。
それが、俺たちで。
一つになって……。
We want to be 〝ONE 〟なんだって。
最終寄港地、エターナル。
待ちに待った星に、みんなそわそわしていた。
「ハメ外すのもいいけど、くれぐれもケガしたり、ソラみたいに行方不明になったりしないでよーっ!」
ジェイクBの言葉に、ソラが苦笑いする。
みんな嬉しそうに、エターナルに上陸する。
でもこれで終わりじゃないんだ。
俺たちの仕事は、これからも続く。
スターシップは、飛ぶもんだろ?
みんなの夢や希望をのせて。
だから前を見て、みんなで一緒に進むんだ。
明日は、どの星に。
スターシップにたくさんの、夢と希望をのせて行くんだろうか。
完
Star ships 汀 @migimigi000
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