浜辺の漂流物と出会いの季節

砂上楼閣

第1話

浜辺には浪漫がある。


一年を通して、様々な出会いが浜辺に訪れる。


出会いとは浪漫だと、僕は思う。


そして、なんやかんや夏場が一番出会いの機会が多いとも。


もちろん出会いと言っても人ばかりじゃない。


ちょっと変わった形をした流木、迷い込んできたぷりちーな生き物、たまに手紙の入ったビンなんてお洒落な出会いなんてものもある。


海にはなんでもある。


それが例えどんな漂流物であっても、考え方によってはそれは素晴らしい物語の始まりなのさ。


ま、僕は人との出会いを求めてここまで来たんだけどね⭐︎


…………。


空は快晴!


浜辺には人がごった返し、ここに来るまでの電車やバスにも海に来る人が沢山いた。


ここに来るまで、色々あったなぁ。


この日のためにバイトしてお金を貯めて、雑誌を見て服も選んできた。


没個性の極みと呼ばれた僕なりに勇気を出して、朝4時に起きて2時間かけて髪を整髪料でキメて、バイト代のほとんどを使って一式揃えた服とアクセでお洒落もしてきた。


入念なイメージトレーニングを繰り返し、かっこよくて自然な仕草を鏡の前で練習した。


夏休みに入って10日間にも及ぶ特訓を終えて、これで、こんな僕でもいける!


そう思ってクーラーの効いた部屋を出た僕は現実に戻ったよ。


なんで長袖長ズボンで買っちゃったんだろう、ってね?


貰い物じゃなくて、今が旬の雑誌を買えばよかったと後悔した。


そりゃ学生のバイト代でも一式揃えられるわけだよね。


在庫処分に一役買ってしまった…。


まぁ気付いたからといって、今更新しい服を買うお金もなく。


まだ春物だし、この程度で諦めてたまるか!と一念発起して計画通りに家を出発したのが今朝のこと。


海に辿り着くまでにたくさんの視線を独り占めしながら、イケイケコーデが実を結んだことを確信する。


老若男女問わず、移動中の僕は注目の的。


途中コンビニで買った2リットルの水が無くなるくらい汗はかいたけど、多少濡れてた方が男はワイルドでカッコいいものさ!


ポジティブシンキング!


ここまでは計画通り、完璧さ!


僕はややふらつく脚に叱咤して、意気揚々と砂浜に降り立った。


…………。


けれど、ここでちょっとしたミスをしてしまった。


ここは海だ。


つまり海パンになるわけだ。


更衣室で僕はちょっと派手目のイカした水着に着替えたわけ。


もちろんゴーグルは首掛けで、水泳キャップはパンツに挟んでおく、水泳部員のカッコいいスタイルで。


……うん。


お洒落な服脱いじゃってるじゃん⁉︎て気付いた時には少しだけ泣いたよね。


僕は何のためにここまで苦労して…。


更衣室の床に崩れ落ちた姿勢で十数分。


まぁ実質一瞬で僕は切り替えた。


いやいや、素敵な出会いは別に浜辺で完結するわけじゃない。


海で泳いで、遊んで、じゃあちょっと近くのお洒落なカフェでおしゃべり、なんて事もあるじゃないか。


素晴らしい出会いを果たし、いい感じに仲良くなって、水着から着替えたらまぁ素敵!と好感度も2段ジャンプばりに上がるのさ!


これはもっけの幸いってやつだ。


今の僕は幸運にも味方されてるわけか。


よし、ちょっと汗でワカメみたくヌメヌメになった髪型をセットし直して、早速可愛い子に声をかけにいこう!


素敵な出会いは待ってるばかりじゃやって来ない。


僕の方から出会いをプレゼントする気持ちで行こう!


…………。


なんて、カッコつけた事を考えてみたけれど。


出会いがあれば、当然別れもあるんだ。


失った物の価値なんて、それこそ当人の想い次第。


人と人との別れだって、その想いの強さ、付き合いの長さ、積み重ねてきた経験で大いに変わるだろう?


今日会ったばかりの可愛いあの子とだって、ほんの1時間程度で燃え上がるような恋に発展することもある。


けれど不意に冷めて、さようなら楽しかったそれじゃバイバイなんてことも、もちろんある。


それが一夏の出会いで、一夏の思い出ってやつさ。


天辺を少し過ぎて傾いた太陽をアンニュイや気分で仰ぐ。


うわ、眩しっ!


ま、僕の場合は1時間どころか、声すら掛けられずに半日過ぎちゃったけどね。


仕方ない、夏の太陽は眩しくて、暑くて。


当然、魅力的な子たちも眩しくて、情熱的で、それ以上に話しかけようと近付く僕に冷たい視線を向けてくるもんだからね。


仕方がない。


うん、仕方ない。


今はとりあえず折れた心を、いや、火照った身体をさますために、人気の少ない岩場で一休みしてるところさ。


塩水が目に染みる。


おかしいね、まだ海には入ってすらいないのに。


……ふぅ。


よし、そろそろ切り替えていこう!


ふ、むしろこういう人気のない場所の方が、いい出会いがあるってもんさ。


彼女たちも、周りの目が気になってシャイになっちゃっただけ☆


可愛い子猫ちゃんたちはワイルドな僕が怖かったんだ。


か弱い彼女たちを怖がらせてしまったことを後悔する。


……それに、そう。


そうだ。


別に僕は海にナンパしにきたわけじゃない。


俺は思い出を作りにきたんだからね。


本当だよ?


素敵な出会いって言っても別に人との出会いに限った話じゃない。


この砂浜に来たばかりの時にはそう考えてたわけだし?


お洒落なカフェなんて行こうと思えばいつでも行けるし?


お、この貝なんて綺麗だな。


持って帰ってビンにでも入れておこう。


お、波に削られてすべすべになったこの石とかいい感じじゃん。


うん、いい思い出になる。


…………。


そう、思い出だ。


海にはなんだってある。


このちょっと形のいいすべすべしてる石だって、思い出という付加価値さえあれば最高に価値のあるものに早変わり。


大丈夫、僕だけは君の輝かんばかりの価値に気付いてあげられる。


そこら辺で売ってるようなどこにでもある安物だって、本人からしたらかけがえの無い大切な物、なんてこと、あるだろう?


イカした僕がクールにプレゼントしたものなら、そこらに転がってる小綺麗な貝殻やすべすべな小石だって最高のプレゼント。


形の残る思い出さ☆


ふぅ、さて、気持ちも切り替えられたし後半戦と行こうか!


ちょっと涙、いや、汗をかきすぎて喉が渇いたから、水分補給をしてからね!


この岩場から海の家は遠いけど、仕方ない。


元気を出していこう!


なんなら戻る道すがら、素敵な彼女たちの方から声を掛けてくるかもしれないからね。


体育座りで強ばった体を無視して一気に立ち上がる、と…?


しまった、急な動きに立ち眩みが…


って、うわぁ…⁉︎


…………。


はは、参ったね。


まさか足を滑らせて海に落ちるなんて。


しかも浅瀬かと思いきや思ったより深かった。


熱い日差しに浮かれて油断していたよ。


やれやれ、夏の海の開放感に浮かれてしまっていたようだ。


もっとも、ある意味今の方が開放感が素晴らしい。


火照った体を海水が冷やしてくれたのもある。


けれど、1番の理由、それは今まさに自分の格好が原因さ。


どんな格好かって?


生まれたばかりの赤ん坊、と言ったら分かるかな?


ようは素っ裸さ。


いや、別に僕は露出趣味の変態ではない。


はいていたお魚さんマークが最高にクールな水着が、海に落ちた拍子に脱げてしまったんだ。


転げ落ちたことに慌てていた僕は、水着が脱げたことに気付かなかったんだ。


岩場に上がった時には海パンは波に流されていってしまった後。


どうやらお魚さんは母なる海へと帰って行ったようだ。


まぁ、なんだ。


今の僕はさっきまでとは比べ物にならないくらい、さらにクールでワイルドになったね☆


…………。


1時間探したけど、流された海パンは見つからなかった。


あんな布切れ一枚と変わらないパンツでも、あるのとないのじゃ大違い。


0と1の差はたったの1でも、それらは全くの別物。


この夏の海というシチュエーションにおいて、日常よりも弾けたけしけらん格好がいかに許されていようとも、素っ裸はさすがに不味すぎる。


黄色い悲鳴は大歓迎だけど、マジもんの悲鳴を上げられたら残りの夏休みは全て檻の中で過ごす事になりそうだ。


まだまだ日差しは強く暑いはずなのに冷や汗が止まらない。


とりあえず下半身は海の中に避難させているけど、このままじゃ真っ暗になるまで陸には上がれない。


そんな時間じゃ海の家もみんな閉まってしまうだろうし、そもそも私服すら回収できないだろう。


この岩場は本当に人気がないのが不幸中の幸いだけれど、それもこの状況を打破する結果には繋がらない。


何か…何かないのか!


この際だ、浜辺にうちあげられた海藻だってないよりはましだ!


とりあえず心許ない下半身を隠すことができるならなんだっていい!


…………。


「…………。」


ゴクリと唾を飲んだ。


探せばあるもので、僕の手には水着が握られていた。


妙に光沢があるというか、布地面積が小さいというか、有り体に言えばビキニのパンツが。


もちろん僕がはいていたものじゃない。


お魚さんマークの入った水着は商店街の奥深くに眠っていた一点もの。


間違ってもこんなセクシィなビキニじゃない。


なんてこった。


この出会いはあまりに刺激的すぎる。


これを、はくのか?


それは、もはや犯罪ではないか?


確かに数の上では0から1になりはしたが、これをはく事で0に0をプラスして手錠の形になりはしないだろうか。


……背に腹は変えられない。


僕はゆっくりと、光沢のあるビキニに足を通した。


キュッとしたフィット感。


脳裏に衝撃が走り抜けた。


いや、別に僕が何かに目覚めたわけじゃない。


気付いてしまったんだよ…。


僕は水着が脱げて、代わりにこの水着を拾った。


つまり、僕以外にも水着をなくした人がいるってことだ。


おいおい、どんな運命的な確率なんだ。


男と女がそれぞれの水着が流されて、片方がそれを拾う。


つまりこの浜辺には、水着を流された女の子がいるってことだ!


もしかして、これは運命…?


こうしてはいられない!


彼女を救うことができるのは僕だけってことじゃないか!


これが本当に運命なら、彼女の方も僕の水着を拾って、僕のことを探しているかもしれない。


どちらにせよ、この出会いだけは必然のものにしなければ!


僕はビキニを改めてフィットさせ、走り始めた。


…………。


そして…


僕は運命的な出会いを果たす事になる。


トゥンク…!


おいおい、もしかして、その水着。


特徴的なお魚さんマークの水着、それは僕の…


その人と僕は互いに見つめ合った。


僕の目線は、釘付けだった。


僕の水着をはく、君に。


よく焼けた褐色の肌に、水を弾くハリのある素肌。


ボリュームのある胸に、自身に満ち溢れた表情。


なんて事だ…。


運命の女神様に祈らずにいられない。


僕は、今すぐにでもはいているビキニを脱ぎ捨てたい欲求に駆られた。


えっと、もしかしてこのビキニ、いや、ブーメランパンツ、お兄さんが無くしたやつですか…?


あ、そうなんですね。


実は僕も水着、流されちゃって。


はは、偶然て、あるもんですね…


…………。


ほんと、海ってやつは出会いの宝庫さ。


この夏、一生忘れられない思い出が僕の胸に刻まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浜辺の漂流物と出会いの季節 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ