第8話
「では問題です! 楽器を吹くにあたって、いっちばん大事なことは、何でしょう⁉」
「一番大事なこと……やっぱり、楽譜を読むこととか、ですかね? オタマジャクシがいっぱい住み着いてて、見るとうへぇ……ってなりますし」
あまり詳しくないが、音符がいくつも並んでいるイメージがあるし、あれを読むのはさぞ大変なのではないだろうか。
「譜読みは慣れれば意外と簡単なんだよ。それよりも大事なのが……」
「大事なのが?」
「息だ!」
息。
はあ。息。
「息なんて、誰でもできるじゃないですか」
「そう思うだろ?でも、ちょっと違うんだよ」
「何が違うんですか?」
「じゃあ、試しにまずは深呼吸してみろ」
「? はい、わかりました」
息を吸って、吐く。
肩が吸うと同時に上がって、吐くと同時に下がる。
「今、肩が上がっただろ?」
「……はい。でも、それが?」
「今度は俺が深呼吸するから、ちょっと見ておいてくれ」
先輩が深く息を吸った。
おなかの下の部分が、妊娠しているかのようにぷくっと膨れた。
そして呼吸音を大きく出しながら息を吐いた。
大きく出たおなかは普段と同じようにしぼむ。
「先輩、一瞬妊娠しませんでした?」
「その理論だと、デブはみんな妊婦さんだな。……腹式呼吸って、聞いたことないか?」
「ありますよ! ということは……」
「楽器を吹くときは、腹式呼吸を使うんだよ」
「なんでですか?」
いきなり「これはこうするものだ!」なんて言われても、理由がわからなければ目的も意欲も失ってしまうのはRTAで経験済みだ。
どのような理論でこの行為をしているのかを理解しているからこそ、自分で別チャートを考えられるし、最適な動きができる。
「一つ目の理由としては、肩で息を吸う――
「ふむふむ。ここでこの前話した力みが出てくるんですね」
「二つ目は、使えるようになる息の総量が変わる。そうすると、ブレス(演奏途中の息継ぎ)の場所の自由度が上がって、曲のイメージを観客に伝えやすくなる」
「……ちょっと難しいですね」
「まあ、これに関してはなんとなくわかってくるさ。三つ目の理由は、いい音にするためだ」
「いい音にするため……ですか」
なんともアバウトな話だ。
いい音ってまず何かもわからない。
「これからちょっと長ーく話すな」
「覚悟しときますね」
「基本的に、「いい音ではない」と多くの人が感じるのは、か細かったり、音がとがっていたり……要は聞きにくかったり、聞き苦しい音なわけだ。じゃあ、そんな音が出ないためにはどうすればいいか? ってなるわけだが、それには響く音を作ることが大事なんだ。響けば遠くの人にも音は聞こえるし、音の悪いところもうまく隠してくれる。そして響く音を作るのに大切なのは太い息、そして、それを実現させるための腹式呼吸なんだ。……もちろん例外もあるけどな!」
「めっちゃ喋りましたね……ちなみに、例外っていうのは?」
「例えばクラリネットの高音なんかだな。音域が広いから、
「そういうことでしたか! よくわかんないです!」
「だよなぁ。俺も自分で言っててよくわかんなかった」
結局詳しいことは分からなかったが……響く音を作るためには腹式呼吸が必要になるってことでいいのだろうか。
百聞は一見に如かず、というが、やっぱり実際に体験してみてから、先輩が先ほど言ったことを理解するべきだろう。
さっきと言っていることが違う? まあ、そういうこともあるよね。
「とにかく、まずは練習あるのみだろ」
「そうですねぇ~。まあ、頑張りますよ!」
僕たちのアンサンブル 黒瀬くらり @klose_cl
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