第7話

「それなら、俺も厳しめでいくぜ?」

「はい! よろしくお願いします!」


 先輩は一度大きく背伸びをしてから、私のことを見直した。

 その視線に、やっぱり下心は感じられない。


「吹奏楽部あるあるなんだよな、入部希望の初心者を持ち上げまくるの」

「そうなんですか?」

「入れてしまえばこっちのものって感じだな」


 先輩が言った内容をまとめるならば、

 吹奏楽部にとっては当たり前だが、人数が多ければ多いほど出来る曲の幅が上がったりなど、部活動全体としての自由度が上がる。

 そのため、部員はなるべく多くの新入部員を――初心者、経験者関係なく――入れようとするが、吹奏楽部が大変だというのは、もう周知の事実。


 青空〇ールとか、響けユー〇ォニアムとかで思いっきりばれたからな……って、遠い目をしていた。


 だから、体験できた初心者を持ち上げて、持ち上げて、持ち上げ倒して入部してもらうようにするらしい。


「まあ、やめちまう奴も一定数いるが……入ってくれる母数が多ければ残る人数もある程度はって感じだな」

「なんか、なりふり構わない感じ……なんですね」

「ノリと勢いで生きてるところあるからな、楽器やってる奴」

「その言い方、敵も生まれますよ⁉」

「だいじょーぶだいじょーぶ、楽器やってる奴は大体『自分以外の周囲の楽器やってる奴は、頭がおかしい』って思ってるだろうから」


 突っ込むなあこの先輩⁉

 やれやれ……みたいな顔をするな! 全国の楽器やってる人を敵に回してるからっ!


「と、とりあえず練習しましょう! 少なくともこの話からは離れましょうっ⁉」

「そうだな……じゃあ、まずは姿勢からだ」

「姿勢……でも、私別にそこまで悪くないと思うんですけど?」


 ゲームは体が資本。特にRTAみたいにずっと同じ姿勢でいる以上、運動とか姿勢とかも考えないとすぐに体が悪くなってしまうのだ。

 運動するゲームのRTAは別。リング〇ィット走ってる人絶対人間やめてる。ゴリラかな?

 ……尊敬してますよ。本当ですよ。


「猫背とかじゃないんだが……簡単に言えば、左に傾く」

「傾く」

「そう。傾く。楽器を右足の太ももに当てながら吹くから、どうしてもちょっとだけ傾く。んで、多分初心者の場合はりきむ」

「力む」

「そう、力む。どうしてもな、慣れないことをする以上体に力が入るのは当然なんだが、意識的に体の力を抜かないと力むのが癖になる」

「癖になる」

「そう、癖になる。ダメな状態で癖になると、強制するの大変すぎてげろ吐く。マジ。だから、最初こそ姿勢とか息とかアンブシュアに気にするべきだよな」


 マシンガン超えてガトリングかな⁉


「つまり傾くからアンブシュアでげろ吐く……?」

「RTAの説明聞いた田代と同じレベルになってる……⁉ ちょ、ちょっと落ち着け? ゆっくり説明するから!」


 先輩の説明を分かりやすくまとめると、こうだ。

 一つ目、姿勢について。

 テナーサックスは右太ももの外側に楽器を置く以上、まっすぐの姿勢でいるより、少し左側に傾いていたほうが楽器が吹きやすい。とはいえ、猫背はだめ。


「特にサックスはストラップ……首にかけて楽器を支えるやつ。それのせいで猫背になりやすいから注意な」

「なるほど。メモしときますね」


 二つ目、体の力みについて。

 楽器を吹くということは、日ごろでは使わないような息の使い方をする以上、体に力が入りやすい。そして、力むのをそのままにしていると癖になり、それを直すのはげろ吐く……らしい。


「ゲームでも特に難しいところでもないのに一回でも嵌るとずっと嵌り続けるところ、ありますもんね」

「うわあ、遠い目……。ちなみに、そのせいで自己新記録逃したことは……」

「思い出させないでください……あのオブジェクトまっじ許さねぇ……ゲーム世界壊せてたら間違いなく最初にギッタンギッタンにしてやるっ……」

「待って待って黒いオーラ出てるんだけど⁉」


 三つ目、アンブシュアについて。

 楽器を吹く時の口の形をアンブシュア、というらしい。そして、アンブシュアも一度悪い癖がつくと治すのが難しいらしい。

 声に出して読みたい言葉だね、アンブシュア。癖になるね。

 アンブシュアアンブシュア。


「まじ、先生によってアンブシュアの指摘が違うの困るんだよ……」

「うわあ、遠い目……。ちなみに、そのせいで本番トチッたことは……」

「思い出させないでくれ……あの本番まじ忘れてぇ……そして本番三日前にアンブシュアにケチつけやがった顧問まじギッタンギッタンにしてやるっ……」

「待って待って黒いオーラ出てるんですけど⁉」

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