異世界転生、されちゃいました。

kayako

異世界転生、されちゃいました。



最初に消えたのは、50代だった。

まさしく働き盛りの年代。そんな彼らが、この国から次々と姿を消した。

原因は誰にも分からなかった。病気でも災害でもなく、ただ、彼らは忽然と消えていく。

老人たちは騒いだ。誰が自分たちを支えて働いてくれるのか。誰が自分たちの介護をしてくれるのか。

子供たちは騒いだ。ネットに引きこもるばかりの自分たちを、誰が食わせてくれるのか。

しかし企業はすぐに代わりの人材を若い世代から宛がった為、社会そのものに直ちに影響はなかった。当然、政府も動くことはなかった。

ただ、ネットに流布したのは──

深夜、街を爆走するトラック。それに吸い込まれるように激突していく人間たち。その噂。






次に消えたのは、40代だった。

企業の──そして家庭の、インフラの大黒柱とも言える世代が消え始め、老人も子供も揃って泣き叫んだ。

そして、消失した彼らが残したメッセージが、ここにきてようやく明らかにされ始めた。



「もうたくさんだ」

「どうして僕たちだけが、これほど働かなきゃいけないんですか」

「深夜まで当たり前のように残業してへとへとで帰ってくれば、足腰立たない親とむくれる子供が待っている。子供と言ってももうすぐ二十歳なのに」

「俺だって身体が限界なのに、定年はどんどん伸ばされ、会社でも家でもこき使われる」

「学生時代は親と教師に散々抑え込まれ、いざ仕事につこうとすれば大就職難に見舞われ、貧乏で結婚も出来ない。年金もなく老後の資金もない」

「一生が、親と子供の世話で終わった。私のやりたいことって何だったんだろう」

「どんな災害や疫病があろうと、インフラを支える為という理由で構わず満員電車に詰め込まれて」

「老人や子供といった弱者最優先という理由で、対策も支援も一番後回しにされるのが我々の世代だ」

「働き口があるならまだいい。俺なんか新卒で失敗して以来ずっと派遣で、ずっと生活はカツカツだ」

「ひもじいのに仕事がなくて、枕営業するしかなかったけど──

そのことがネットでバレた瞬間、あっという間に世間から放り出された」

「親世代は、自分たちはもっと苦労してきたって散々言ってるけど、そりゃ未来に希望があったから頑張れたってだけの話だろ」

「僕たちは──

一体いつまで、苦しまなきゃいけないんですか」






40代の殆どが消え失せたことで、インフラにも著しい影響が出始めた。

銀行は開かず、警察も消防署も機能せず、街のあちこちで道路や電柱、水道管の破損が目立つようになった。当然ネットサーバーも至るところで障害が発生し、若い世代を支えていたネット社会までが崩壊の危機に瀕した。知識と人間関係の殆どをネットに依存していた世代は激しく混乱し、誰が悪いかの虚しい犯人捜しが幾日も幾日も行われた。

しかし企業はすぐに海外から労働者を雇い入れた為、経済面での混乱はごく僅かな期間で治まった。



ここにきてようやく、政府も重すぎる腰を上げた。

数年にもわたる遅い調査の結果、分かったことは二つ──



一つ目は、「異世界転生」を称する小説の台頭。

たまたまトラックに跳ねられたことで、厳しすぎる現実から異世界へ転生し、強大な知識と力をもって、架空の世界で思うがままに力をふるい、自らの望みを全て叶え、悠々自適に過ごす──

そんな内容の小説が、消えゆく世代の間で大流行していた。



二つ目は、奇妙なトラック事故の頻発。

深夜に街を爆走するトラック。そこへふらふらと、自ら接近していく人間。当然事故が発生するが──

何故か遺体どころか血の一滴も発見されず、トラックはまた何処かへ消えてしまう。警官隊を総動員したところでトラックは一向に捕まることはなく、包囲網をせせら笑うかのように全く別の場所で事故を起こす。そして延々と犠牲者だけが増え続けるのだった。


政府はこれらの事象から、40代50代の度重なる失踪事件の原因を、主に「異世界転生」小説に惑わされた自殺と断定。

まず、異世界を題材にしたファンタジー小説はほぼ全てが発禁処分となった。勿論、異世界を題材にした映画も、ゲームも、アニメも漫画もドラマも全て。

創作者たちの抵抗は少なくなかったものの、「人命を守る為」なる大義名分の前には、無力に等しかった。




それでも消失事件は減少することなく、逆に増加の一途をたどった。

ヤケを起こしたかのように、政府は次々と発禁の手を伸ばしていく。異世界「っぽい」舞台を題材にしたコンテンツ──例えば、宇宙を舞台にしたロボットアニメ、300年前を舞台にした妖怪ものの小説までもが次々に発禁となった。

ネット上においても、「主人公が他の人間とは少し違う力を持つのはおかしい」「主人公だけ出生が特別なのは変だ」果ては「主人公だけ親がいないのはおかしい」「主人公だけ頬に傷があるのは奇天烈」などなど、ほぼ当てつけのような理由で──

古今東西、あらゆる漫画、アニメ、ゲーム、映画、ドラマ、小説が激しく叩かれ、存在を抹消された。異世界への憧れを歌った歌さえも。

勿論多くの創作者はこれに異を唱えたものの、その意見さえも「人命軽視の犯罪者のたわ言」としてネットで叩かれ、発禁処分を待つことなく彼らの創作物も事実上封殺された。

「人を傷つけ、死に導く違法危険物」として。






それでもなお、人の消失は止まらなかった。

インフラを支えるべく、政府も企業も有能な若手を限界まで働かせ、それでも足りなければ海外から労働力を補充した。

しかしそんな努力も虚しく、やがて電気や水道、ガスの供給は止まり、電車は走らず道路は寸断され、食糧は底を尽き建築物は倒壊し、犯罪・疫病・災害が都市地方問わず発生した。

50代が完全に消滅し、40代も殆どが消え失せた頃、遂に30代までもが失踪し始める。




「経済力がなきゃ、男としても人間としても認められない。そう信じて必死で眠らず働いても、自分が生きていくだけで精一杯なんだ」

「働き口はどんどん新卒や外国人に奪われる。学歴も職歴もなければ、いくら仕事があってもそいつらに奪われるだけってどういうことだ」

「家を買って結婚して子供を育てる余裕なんて、あるわけないよ」

「結婚して子供を産めと散々言われて、必死で婚活と妊活してやっと子供を授かった──

でも、保育所がなくて子供を預けられなくて、それでも働かなきゃ生きていけないなんて、酷すぎる」

「将来の展望も見いだせないのに、ジジババどもの中で働き続けるなんて、もう嫌だ」

「少しでも子供たちを叱れば、子供に暴力をふるう親として吊るし上げられる。私たちはそうやって育てられてきたはずなのに、どうして?」

「育児も仕事も家事もママ友との付き合いも全部やらなきゃいけないのは、何故? 

母親だって一人の人間なのに」

「上の世代が逃げるなら、俺たちだって逃げるまでよ」

「そんな僕たちに残された希望は──架空の世界にしかなかったのに」






彼らの遺したメッセージは、老人たちしかいない政府に届くことはなかった。ただ、若者共の甘えだと皮肉るばかり。

大人たちに甘え、かつ、大人たちへの侮辱しか出来ない子供たちにも、響くことはなかった。ただ、自分たちを置いて夢の世界へ逃げる大人を糾弾するばかり。

政府はさらなる締めつけを行ない、小説・映画・アニメ・ゲーム・漫画・音楽・絵画──

ありとあらゆる芸術が、国から、ネットから締め出されていく。

この国で、労働以外に尊重されるものは、スポーツだけとなった。

しかし優秀な監督やコーチ、スタッフを失った選手たちは実力を発揮できず、世界の舞台で敗れていくばかり。それは、この国が誇った医療・IT・建築・工業──あらゆる技術も同じだった。

かつて技術大国と呼ばれたこの国は、この国随一かつ最大の資源たる「人」を徐々に失い、知識と技術を失い、誇りまでもを失いつつあった。





「頼むー帰ってきてくれぇー!

おとーさんが悪かったー!!」

「ぱぱー、ままー! おなかすいたよー!!」

消えた子供たちの名を呼びながら、街を徘徊する老人。

深夜になっても、消えた親を探し求めて泣き叫ぶ子供。

無力な彼らを容赦なく打ち据え、安価な労働力として海外へ売り飛ばす業者。

そんな光景が、街に溢れた。

電気が消え、道路が崩れ、マンホールから下水が噴出するままの街に。






数年後。

30代の人間が完全に消滅するとほぼ同時に──

この国の名前そのものが、地図から消えた。














侵略戦争により完全に壊滅した、かつての首都。

数年前には高層ビルがところ狭しと立ち並んでいたそこは、今や人っ子一人いない、完全な廃墟と化していた。

草木も生えぬほど破壊しつくされた道路に照りつける、灼熱の太陽。

砂が堆積し、黒い虫が何匹となく蠢くその道端に、一台のトラックが止まった。

トラックから降りてきたのは、運転手の男と、二人の幼い兄妹。

男のシャツの裾をつまみながら、恐る恐る、兄らしき子供が尋ねる。

「ねぇ、おじいちゃん。

ここ、ホントに僕たちの国なの?」

男は砂塵の渦巻く空を見上げながら、それでも気持ちよさそうに伸びをした。

「あぁ、そうだよ。

このへんは国立競技場跡、だったかな?」

そう言いながら、男は内ポケットからタバコを取り出し、美味そうに咥えた。

まだ幼い妹が尋ねる。「おじいちゃん、それナニ?」

「あぁ、これか。タバコって言うんだよ。

やっと誰の目も気にせず、吸えるようになったなぁ」

男が一つ息をつくと、その口から出た白い煙が輪を描き、空へ消えていく。

そんな彼に、兄は尋ねる。

「あれだけいた外国の人たちも、いなくなっちゃったね……

この国は、別の国になったんじゃなかったの?」

そんな子供の疑問に、男は優しく答えた。

「この国は、人が資源みたいなものだった。

人がいなくなれば、土地も資源も貧弱な上、災害が日常茶飯事なこの国に、価値なんてないってことさ」

「なら、この国は何故、人を大事にしなかったの?」

「何故だろうな。それはじいちゃんにも分からん。

ただ言えることは──」

男はトラックを振り返りながら、満足そうに微笑む。

「じいちゃんは、人を大事にしない世界から逃げたがっていたみんなを、何とか違う世界に送ってやれた。

それが、じいちゃんが彼らにしてやれた、せめてもの償いなんだよ。

最初に50代の人間の消滅が始まったその直前、偶然ギリギリ60代に滑り込んでたじいちゃんの」

「それじゃ、みんなを消した伝説のトラックって、じいちゃんの……?」

「さて、そりゃどうだかな。

似たような考えの奴らは、俺の同期には山ほどいたし」

首を傾げる兄妹。男は微笑みながらタバコを投げ捨て、そのまま靴でもみ消した。

その行為を責める者は、今や誰もいない。



「これからは、じいちゃんがここに「異世界」を作る。

ここには何もないが、誰からも何も押しつけられない。何をしても責められない、何をするのも自由。俺たちは無双状態」

「……異世界? 無双?」

兄も妹もその意味が理解出来ず、首を傾げたままだ。

しかし子供たちを運転席へと担ぎ上げ、男は再びトラックへと乗り込んでいく。

「その意味も、もう分からん世代か。

それもじいちゃんが、ちゃんと教えてやる。さぁ、乗った乗った。

これからがホントの、異世界転生の始まりだ!!」



男の陽気な声と共に──

砂の降り積もった道路に真っすぐなタイヤの跡を残し、勢いよくトラックは走り去っていった。


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