【幕間】決して「普通」にはなれなくて
何も知ろうとしなかったんだ。
気が付いたら誰よりも優れていた。周りの誰もが自分より下だった。できない事は何も無いし、世界の何もかもを知った気でいた。
辺境の出だ。だから知らなかった、という言い訳もやめにしよう。
知ろうとしなかった。他の誰が、どれだけの努力と時間を重ねて、僅かな才能にしがみついて、必死に血反吐を散らしてでも戦って。
……自分は優れていた。他の誰よりも。当たり前だ。
辺境で魔鑑師になろうとする人間なんて、誰一人として居なかった。そもそも誰とも争えてない。自分が一番。自分しか名乗る人が居ないんだから当たり前だ。
当たり前だ。
そんな中で自惚れに浸かっていれば、自分以上しか居ない所に飛び込む事になるのも。
誰よりも劣っている自覚を持ちながら、誰よりも自分を磨く術を持ち合わせていない愚か者になるのも──当たり前の、事だった。
才能はあった。今でもそう思う。
努力はなかった。疑いの余地は無い。
協調は忘れた。……独りだった。いつまでも。
口先では賞賛して。心の中では見下して。現実を見て口を噛んだ。
あいつらより優れている。間違ってない。なのにどうして。
他の皆に、一歩でも追いつく事ができないんだ。
当たり前のように、今日を越えれば明日は来る。
当たり前のように、
当たり前のように、──何一つとして成し得ないまま。
世界は変わる。歴史は変わる。未来を変える。
途絶えた歴史を掘り起こす考古学者。
旧い文明の魔法を再建する、過去と未来を繋ぐ歴史家。
……そうであると思っていた。そうであれば、できない事は何も無いと思っていた。
事実、魔鑑師としての日々は想像通りだった。だけど、辺境での「なんでもできる」は──中央では「なにもできない」と大差ない。突出していると錯覚した才能なんて、そもそもスタートラインの大前提。
そこから努力と研鑽を重ねてきた他の人達に。
才能だけに甘えていた自分が、追いつけるわけもなかったんだ。
「魔法を使いたい?」
人に師事を仰いだ。恥を覚悟で。
魔鑑師である上に魔法を使えれば、魔法師としての実力も身に着けられる。
他の人より一歩でも前に立てる、なんて。
「おかしな子だね。見習いとはいえ魔鑑師なのに、魔法が一つも使えないの?」
──ああ。
並ぼうとする前に、より高く立とうとした。
既に隣に並んでいる気でいた。
……現実は、ひたすら後ろで足踏みしているだけだったのに。
無知は知った。馬鹿だと認めた。
愚かな自分を理解した。……無視できるとは、思えなかった。
自惚れ。怠惰。逃避。もうそういった物は、自分の中にずっと植わっている感情だ。
だから認めた。それ以上の感情に、必死に縋った。
そもそも勝負の舞台に上がれていない。もう散々だ。同じ事したって今更追いつけるわけがない。
じゃあどうしたら届く。それへの答えは最初から持っていた。
辺境で誰より優れていたのは、それを誰も手に取らなかったから。
自分には、何がある。
才能は、あったんだ。
毎日勉強漬け。
与えられた部屋は荒らすわ、書類や石版は持ち込んで落書きを繰り返すわ、やりたい放題。
誰も何も言わなかったのは、それを認められていたのか、或いは見離されていたのか。今となっては確かめるのも怖いけど。
通り一辺倒の日常で使える程度の魔法。魔力の扱い方。魔鑑師としての観測能力の研鑽。そこまでは、一般の魔法師でもやる事だった。
だから、あと一歩。誰もやらない事をやった。
「ぶち砕けぇぇぇええええ!!!」
国の端っこ。瓦礫の山。探索は済み、無価値と結論付けられた遺跡群。
自分とそれを何故か重ねた。ただそこに居るだけで何もせず、結果は誰にも認められないゴミの塊。
いつかはこうなっていたのかもしれない。
既にこうなっているのかもしれない。
自己嫌悪。それを杖に込めて、
魔力を固めた杖の先端は、日を跨ぐ度に速度を上げて。
風切り音が聞こえる頃には、毎日一本は杖をへし折り。
もうなんでもいい、ただその辺の石の塊でもいいと、手元にひたすら魔力を込め、眼前の
無駄だろう。実用性なんてどこにもない。力任せの魔法なんて、魔法と呼ぶにも抵抗感がある。自分でもそう思う。
それでも。
これ以外、人並み以上になれる方法は、結局思いつかなかった。
何本も杖を折り、何回も手を切り、二年は同じ事を繰り返していた。
執念と呆れられた。馬鹿と笑われた。ただ、それでも。
名前を呼ばれるくらいには、認められるようにはなれたんだ。
ウチは、結局のスタートラインを間違えたから。
綺麗な目をした
……少しでも導きたいと。傲慢に、勝手に願ってる。
西の国の見習魔鑑 ねこのほっぺ @motimotitanukineko
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