【断章】密やかに
夜も更け、静けさを取り戻した鑑定施設。
時折、人の足音が聞こえる程度。それもむしろ少数だからこそ耳に残るものであり、ざわめきと言うにもまだ足りない。
「所感はどうですか、ジャスティ」
「ウチに聞く?」
そんな深夜。
奥の部屋に、明かりが灯る。
筆頭魔鑑、セルジュの部屋。一人でいるには余力がある部屋も、二人もいればやや手狭。
一日の作業の痕跡に、手入れは殆ど行き届いていない。床に散乱する紙片、鉱石、小瓶。乱雑ではあるものの、なんとか足の踏み場は確保できる程度だ。
「……率直に言って、
少女は両手をかざし。
数度、開け閉めを繰り返す。
「普通に触れた。『
「ふむ」
意図的に、何度か触れた。
割と嫌われているという前提は、何度も崩れた。
拒否してしまえば触れない。それは魔法で刻まれた規律。踏み越えられない一線の筈なのに。
彼女は、ついに本気での拒絶はしなかった。
「一生見習いでしょ。一人前とか、危なっかしくて見てらんない」
「そういう貴女も、監督役を任された上で、どこか楽しそうですが」
とん、と紙束をまとめつつ、机を挟んで目を合わせる。
寝不足か、隠すに隠せない目元の隈は、しかしその優しさに溢れた瞳の印象を歪める事なく。
「悪い気はしないのでは?」
「……まぁ、ね。妹ができたみたいで、嫌じゃないよ」
嘆息。
壁に体重を預け、だけど、と続ける。
「魔鑑師。魔鑑師。そんなに拘らないといけないかな。シビュラさんもなんで止めなかったんだか。あの子、誰かの役に立ちたいって本心を自分で見失いかかってない?」
「幼いが故、迷う事も間違える事もありましょう──」
一息。
席を立ちながら、セルジュの言葉。
「数年でも長く生きているのなら、それを正し導くのも……小生たちの仕事です」
「……そんなもんか。そうだよねぇ」
「時に、ジャスティ」
ん、と改めて目を合わせる。
そこに差し出される数枚の紙片。インクの匂いが鼻につくが、既に乾いた後なのは見て取れた。
受け取りながらこれはなに、と疑問をぶつける。回答は即座。
「久々に、貴女に探索業を頼む事になります」
「ウチ? ──いや、仕事ならやるけどさ。もっと適任、いくらでもいるっしょ」
「今に関しては貴女が適任ですよ。リナに経験を積ませる事も理由です故」
なるほど。
つまり、お互い気を許している間柄なら、彼女の精神面に過度に負担をかけなくとも済むと。
「だからと言って、なんでもない所に行かせる理由は?」
話の隙間に書類に一通り目を通す。
新しく発見された遺跡。道のりと距離と、四枚に渡って描かれた内部構造の地図。
報告内容。感想。それらはあまりに中身が無い。
中身が無い、という報告である。
「まさにそれが理由ですよ」
「ん?」
疑問。
問い直した声に、やはり回答は素早く。
「何も無いのです。不気味な程に。居住環境にせよ研究にせよ、或いは実験施設であったにせよ……遺跡としての役割が微塵も見えない。異常だとは思いませんか?」
「……だから、観察の精度が高いリナに『見て』もらおうって?」
趣向。納得はしたようだ。
気乗りしないけど、と呟きながら、情報をまとめて胸元へと抱える。
「了解。用意だけはしとく。……セルジュ、
「承知しました。出撃までには整えておきましょう」
ふい、と踵を返し、扉を開け。
挨拶もなく、少女は静かに部屋を出る。
一人残った青年は、やはり静かに机に戻り。
「……皆、この国の大事な宝物です。丁寧に磨き上げ、次の未来へと繋げたいものですね」
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