一日を通して

「ひどいめにあった……まだじゃりじゃりする……」

「警告したぞウチは」

「最初から後ろ向けって言ってほしかったです」

「そしたらベストタイミングを見逃すじゃん」

「むー」

「ぷに」

「ぷー!!」


 ほっぺたをふくらませて抗議したらつつかれた。ぷん。

 西の国の東端(らしい)からずるずると元の道に戻り、焼け始めている空を眺める。もう夕方。騒がしくはあったけど、楽しみながら歩いている時間はいつもあっという間で。

「紹介は大雑把だけどね。この国が豊かでいる為には、どうしても東の力が必要でさー」

 いつの間にか増えた袋を抱え直し(お肉と水と香草と、通りすがりの人に分けられた調味料。食べ物ばっかり。本当に食べ切れるのかな?)、ジャスティはぼやき混じりにつぶやく。

「一応ね。『生きる』だけならなんとでもなるよ、この国。水はそっちの分野に長けた魔法師がいるから、オアシスに頼らずとも問題ない。食べる物に拘らなければ、着る物に拘らなければ、使う為の素材はいくらでもある。でもさ──」

 ふ、と視線が横に向く。

 釣られ、同じ方へと目を向ける。

 街の外。国の外れ。その先には辺境とひとまとめに呼ばれる、中央から離れた小さな集落。

 そことここを隔てる、大砂漠。

「そうだよね。……豊かさを知ってしまったら、この砂漠って何も無い・・・・んだよ。今の幸せを前提にしたら、ただ生きるだけっていうのは美味しくない」

 ふぅ、と溜息。

 ……言いたい事はものすごくわかる。言われてみれば、それもそうだ。

 辺境で母さんと暮らしていた時から、砂漠では手に入らない物もたくさんあった。違和感とか考える事もしなかったけど、今思えば、それらはきっと東の物。

 この国は。

 ──この土地は、余裕を生み出す物が無いんだ。

「それもあって、完全に独立したいって意見と、同時に東の国と改めて共存したいって意見。めっちゃくちゃに割れていてね。……どちらも正しいと思う。ウチはどちらにも肩入れできない」

 一歩先を行く背中は。

 私には、どこか寂しそうに見えた。

「国の未来を託す、なんてさ。まだ早いと思ってたのに、人手も足りなくてウチにも話が回ってくる。決めないといけないこと、認めないといけないこと、知らないといけないこと──切り捨てないといけないこと……ああいや、」

 この話は早いね。

 そう切り上げて、彼女はくるりと振り返る。

「難しい話をしに来たんじゃないや。じゃあ、リナ。今日一日を通して、この国についてどう思った?」

「えっ」

 聞くばかりになっていた所だったから、正直身構えていなくて。

 間の抜けた声をあげてしまったけど、ひと呼吸。ちゃんと考えて、考えて……素直な感想を口にする。

「……良いなって、思った」

「ふぅん?」

 足が止まる。

 夕陽を背負って、ジャスティの顔が少し隠れる。

 ──笑顔。ふざけた笑顔ではなく、どこか私を見通すような、不思議な顔。

「ジャスティの言う通りだとも思うんだ。……この国だけじゃ余裕なんて無くて、できる事もあんまりない。東の国に頼ってる事も多くて、満足な生活ってどうすればいいのかわかんない。でも、」

 そう。

 今日、色んな人の顔を見て。

 街の声を聞いて。歩いて回って。思ったのだ。


「皆、今日を笑顔で生きてる。良いなぁって、……素敵だなって思ったんだ」


 暗い景色を思い出す。

 何も無い日々を思い出す。

 ご飯は食べられた。水も飲めた。

 でも、あの時はそれだけで、私は「生きる」をできていなかった気がしてならない。

 ──それを変えてくれたのは母さんで。

 そうなってからの自分と変わらない満足感が、西の国を包んでいたんだ。

「……そか。よし、よしよし」

「わっ。え、ジャスティ──?」

 唐突にくしゃくしゃに撫でられる。

 乱暴で、でも暖かくて。彼女らしくて、でもらしくなくて。

 私が混乱しかけた所で離れられて、またくるりと踵を返す。

 そうしてできた影色の背中から、優しく左手を差し出して。


「そろそろ帰ろう。明日に向けてゆっくり休まなきゃ。意外と気付かない内に、疲れってのは溜まってるもんだからさ」






 鑑定施設に戻る頃には、もう日が殆ど沈んでいて。

 受付のピースさんからは小言をもらい、ジャスティがけらけらとかわす姿を見ながら縮こまり。

 すれ違う色んな人から心配と期待の声をかけられ。


 慌ただしく過ぎていった、見習魔鑑マギクスラナーとしての一日は。

 終わり始めると、ゆっくりと夜に沈んでいった。

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