砂の海を越える船
石でいつもは組まれている足元は、木材が入り混じりかかっている。進めば進むほど、木を踏む独特の感覚が返ってくる。
そんなおとなしい足元とは真逆に、容赦の無い喧騒が耳を打つ。
皆が好き勝手を言っているわけじゃない。宛先のある、だけど容赦の無い言葉のかけあい。
巻き込まれたらそれだけでめげそう。強い言葉をぶつけられるの、本当は慣れていないのです。
「大丈夫? 猫耳塞ぐ?」
袋を片手に覗きこまれた。
わかってて言ってるのかな、ジャスティ。
「猫耳は塞いでも意味ないの……こっちの耳なの……」
「ふぅん? 改めて聞くと不思議だね。感覚はあるのに音は聞こえないんだ?」
むー、と頬を膨らませて睨みつける。
わかってなかった。探られてる。中途半端に知られないままなのも苦労しそうなので、私の知る私を説明しにかかっておこう。
「猫耳は音が聞こえないの。塞いでも問題ないの。でも触ると勝手に動くの! ぴるぴるってなるの!!」
「どれ」
「みぎゃーーーっっ!!?」
「ぴるった」
「おこった」
「ごめんて」
……油断した私も悪いけど!
さっきまで静かだったのにいきなりとか、対策しろっていう方が無理!
「ジャスティ……なんでそんなに猫耳に執着するのさ」
「もふもふだから?」
「理由になってない」
ほんのり唸りながら──警戒は欠かさず──、辺りを改めて眺めてみる。
足元。木材。
目の前。整地された広場。
多くの人。砂の海。──大きな木の塊。
四角っぽいけど、どこか丸みを帯びていて。全体にかかる靄っぽい色は、魔法がかけられていると静かに主張していた。
人のうるささと真逆の、静かで重苦しい、大きな建造物。
それは次々と人と荷物を飲み込んでは、また同じように吐き出している。中は空洞なのは間違いない。
間違いない、けど。
「ねぇ。もしかして、あれが『船』?」
「うむ」
がらがらと横を荷車が通っていく。慌てて道を開けてから、邪魔していないかと再確認。
横への警戒は忘れない。
「リナには魔力が見えてるかな? 船の先端に上質かつ巨大な魔石が埋まっていてね。そこの周辺に術式を書き込んで、継続的に魔法を機能させてるの」
「うん。……うん?」
「
「…………うん?」
首を傾げながら、必死に咀嚼。
いきなり知らない魔法が出てきた。いや、私が無知なだけだろうけど。たぶん。
数秒。ゆっくり噛み砕いて。
「魔法をあの木の塊に重ねて、人と物が砂の海を越えられるようにしてるの?」
「ざっくり言えば、そうだね。ただ両国共に、互いの事はまだ信頼しきれてなくてさー」
す、と指が斜め上を向く。
船の先端。とがった所……より、すこし内側。
「見えるかな? あそこが舵。つまり、あそこで船の進む先を制御するの」
「むむ」
「あそこの技術は、ほぼ東の国がぜんぶ握ってる。見てるだけだと簡単に見えるけど、実際にやると全く動かなくてね。プロフェッショナルって凄いよねぇ」
信頼しきれてないと言う割にはけらけらと笑う。
国の問題と個人の感覚は別のもの、ということか。……うん。わからなくはない。
そもそも私は東の国を知らないし、なんならこの国もまだよく知らないのだ。何が嫌いとか、何が怖いとか、考えるのも難しい。
今は、みんなを好きでいられればそれでいい。で、納得しておく。
「対して、東の国は魔法って話すると殆ど通じない。あっちは技術を身に着けようにも、魔法を使える人材がいないに等しいらしくてさ」
「……移動の方向は東の国、移動する為の力は西の国?」
「そういうこと」
なんとなくは理解。
喧騒の隙間。よくよく見てみれば、この国では見ないような格好の人もたくさん。
もしかして、あの人達が東の国の人なんだろうか。
「まぁ、信頼してないってのはどうなんだろうね。偉い人達の考え、ウチはよくわからないし。今の所は船を動かす為の技術は両国の協力が必須だし」
……聞いていたらわかる。
どちらもお互い、足りない所を補い合っているように聞こえる。できない所を支え会って、できる事で全力を尽くして。
なんとなくいいなぁって、思うのだ。
「主にアレで両国間の物資を交換してる。東の国の肉とか木材とかを貰う代わりに、こっちは上質な水と魔法技術の提供。お互い価値の低い物で求める物を手に入れられてるって聞くし、悪くない取引なんじゃないかな」
話しているあいだに。
がこん、と重たい音がした。
木の塊──船の口が閉まる。いつの間にか人の行き交いは無くなっていて、逆に船の上に人影がちらほら。
「ちょうどいいタイミングだね。ほら、今から動き出す。──風も砂も大変な事になる。まずかったらすぐに反対向きな?」
言いながらジャスティはフードを被る。
そもそも鑑定施設を出る前にマントを投げられたのはこれが理由か。ならって私も深めに被り、それでも船の様子を伺おうとして。
爆発するように膨れた魔力に、圧倒された。
爆発。爆発。それ以外になんと言えばいいのか。
船体に被さっていた靄が唐突に広がり、色も途端に緑が溢れ、確かな方向性を示していく。
どこから。示された、先端から。
そんな時間は、三秒も続かず。
「──っ!?」
ごうっ! と風が耳を打つ。
吹き荒れた砂塵が肌に突き刺さる。痛い。慌てて背中を向け、せめて顔は守ろうとする。
ばちばち。背中から聞こえる音は容赦がない。周りがどうなってるのかわからないし、今うっかり振り返ればまた痛い事になる。
喋る余裕もなくて、黙って耐えて、──十数秒。
風が収まり、砂も落ち着き、そろそろ大丈夫かと振り返れば。
「こんなの毎日何回もやってんだぜ。流石にこっちはウチの趣味に合わないなぁ……?」
遠く。
今さっきまで近くにあった船が、砂の海に浮かんでいた。
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