西の国
鑑定施設を一歩出れば、陽光はむしろ眩しいくらい。
反面、地面を焼きそうな光は、それでも心地よささえ伝えてくる。
……何か心に嫌な感じ。別に魔法そのものが嫌なわけではないけれど。
むしろ。
こんな大規模な魔法を扱っているのが、結局、一人だけという違和感が。
「ぼーっとしてると人混みに飲まれるよ? ほら、おいで。それとも手も繋いでおく?」
はっ。
いけない、考え事で頭がいっぱいになってる。良くない。外に出るにあたって、守らなきゃいけない約束がある。
ひとつだけど、大事な約束。
ジャスティの側を離れない。私の為に言ってくれた、この人の好意は裏切りたくない。
「ごめん、大丈夫。……っていうか、手を繋ぐと何されるかわかんないからちょっとダメ」
「バレた?」
「何かする気だったの!?」
「バレた?」
もちろん、と手を振りながら邪悪に笑う。
真剣な顔をしたかと思えば、いたずらっぽい笑顔を見せる。からかわれたと思ったら、間違えそうな私を諌めてくれる。
……よくわからない人。でも、それに嫌な感じはしないから不思議。
「まぁ、一割くらいは冗談だよ。まずは──ウチの行きつけの肉屋から見てみようか。朝の煮込みハンバーグ、そこで貰ってる物だからさ」
「九割本気って遠回しに言われた!?」
「いやっほう! ウチだぜ!」
「うるさい」
ばーん! と一気に扉を殴り開けるジャスティ。
……
石造りというよりは、大きな石をくり抜いたような印象の建物だった。このあたりで良く見る、遺跡をそのまま住居に使っているようなものかな?
「全くお前さんはいつもいつも……っと。連れが居るのに小言は良くないね。ちっこいの、名前は?」
「ちっこいの」
立てられたカウンターの奥。
ふたまわりくらい年上に見える女性の言葉に、つい自分を刺しながら同じ言葉を返してしまう。
据わった目で面倒くさそうに頷かれると、どうしても怯んでしまうけど。それでも聞かれたからには答えないと。
「リナです。最近辺境から出てきて、」
「辺境から出てきたなんて言わなくてもわかるよ。中央の人間にそんなの生えてたら、そうそう忘れるわけがない」
頭を指される。なるほど、と猫耳をなでなで。
確かに特別な物なのだろうし(得したことはない。損したことは……すぐ隣の人に飛びつかれたりするくらい)、自分以外でこれが生えている人を見た事がない。納得。私のトレードマークになるんだろうか。
猫耳の
……なんか違う? かも。
「そりゃ忘れらんないっしょ。それよりエマー、いつものアレー!」
「三日分」
ジャスティの声に即応。
どす、とカウンターに大きな袋が置かれる。見た目や音が既に重そう。
……肉屋?
「内容は?」
「いつもの、いつもの、いつもじゃないの。今回は向こうで
「おっと、豊作。いいねいいね!」
「……一番の肉食娘だからなお前さん。何かと仕入れりゃ勝手に食ってくれる。処分先としては困らんね」
ふふーん、と満足げな顔をするジャスティ。そのまま袋を担ぎ上げる。
重たくないのか、と思ったけど、彼女はとても軽そうにそれを持ち上げる。
無意識か、全身を僅かに淡い色が覆う。……魔力の残滓。魔法になる以前の、魔力だけが溢れる色。
なんとなく理解した。きっとジャスティ、自然に腕の力を魔力でかさ増ししてるんだ。
ただ、それ以前の疑問がひとつ。
「エマさん。質問、良いですか?」
「すぐに済むなら」
「えっとですね──」
カウンターの奥を覗き込もうとする。
開かれたままの扉。その奥は今ひとつ見えないけれど、大きなスペースがある事は容易に想像できた。
「こんなに沢山のお肉、どこで手に入るんです?」
「……ジャスティ、話してないのか」
「これから話す所だけど。この子の好奇心が強いだけだよ」
まずい。でしゃばった。
焦って慌てて取り消そうとしたけど、エマさんの呆れ顔とは対象的に、むしろジャスティは満面の笑顔で。
「リナ。そもそも西の国は資源が全然足りてない。食料とか建材とか、あと加工技術とか。そういったものの代わりに魔法を駆使して色々と発展してきたわけだけど、根本の原料って話はどうしようもないのさ」
「あ、うん。それはわかる。オアシスから離れた所で国が出来上がってしまったから、そもそもご飯の為に遠征が必要だって──母さん、よく愚痴ってたから」
んむ、と頷き。
彼女は続ける。
「じゃあもう答えは明確じゃない?」
「?」
「これは西の国のものじゃない。あっちの──
明確じゃない? って。
いや、確かにここ以外に国はあるのは知ってる。知っては、いるけど。
「ジャスティ……東の国って、砂の海の先にある国でしょ? どうやって行くのさ、そんな所」
大前提。
西の国は、青の海と砂の海に囲まれている。
青の海は、人が飲めない塩水の波で。
砂の海は、人が渡るには向かない果てまでの砂漠。
まっすぐ東にはひたすら砂の海。その先に東の国がある。そこまでは、知っている。
けど、人が空を飛ぶ魔法は目下開発中。徒歩で渡り切るなんて、熱で揺らいで見えない先まで向かうの、いくらなんでも無理がありすぎる。
考えてみようとしたけれど、考えても答えが出そうにない。両手を上げて降参のポーズ。
彼女はそれを見て、責める事もなく。
「おっけー。それじゃ、次は……船ってやつを見てみようか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます