無意識のうちに

「だーめ」

「……なんで?」


 返ってきた答えは、そんな一言。

 ちょっと意外で、ちょっと不満。声に現れたかもしれない。ちょっと反省。

 でも、理由がない内は納得できない。もう少しくらい話を聞かないと、おとなしくするわけにはいかないのです。

「真剣な、話をするよ」

 ただ、見つめようとした目は。

 今までに無いくらい、鋭くて。

「リナ。今の貴女は、何ができる?」

「──」

 言葉に詰まった。

 何ができる。何もできない。それをすぐに認めてしまうのが悔しくて、怖くて。

 そもそも「何かをする」為に、わざわざ中央までやってきた。こうして、見習魔鑑として一歩目を踏み出した。

 つもり、だった。

「責めてるわけじゃないよ。ただ……そうだね。例えばだけど、唐突に人に襲われたらどう対応する?」

「それ、は」

 ……経験としての話じゃない。

 何より、人としての話。

「もう一つだ。リナが今、誰かに連れ去られたりしたとしよう。そうなった貴女の為に、どれだけの規模で、どんな人が動くと思う?」

 ジャスティの言葉が染みてくる。

 想像するのは難しくない。ひとりやふたりでは、絶対に済まない。思い浮かべるだけでも、母さん、サヤ、セルジュさん、ジャスティ──ここで知り合った人達は、きっと私を探しに来る。

「って、思うじゃーん?」

 考えた直後。

 鋭くて冷たい目は、相変わらず私を射抜いていた。

誰も動かないよ・・・・・・・。冷静に考えてみな。実績も経験も無い小娘ひとりが居なくなって、じゃあそのひとりを探す為に、わざわざ自分の手を貸す奴がどんだけいるのさ。──親しいなら動くかもしれない。でも、その人たちが貴女の異変に気付くまで、どれくらいの時間がいると思う」

「──あ」

 この感覚。

 一瞬顔に熱が籠もって、即座にそれが引いていく。

 自惚れていた・・・・・・。無意識に。自分の為に誰かが動いてくれるとか、自分は誰にも危害を加えられないとか。何かが起きてもすぐに解決するとか。

 いつの間にかそんな思考が、頭の中に植わっていた。

「……シビュラさんの娘。サヤの友人。そうだね。その肩書きだけで大抵の人は怯んでしまう。名前って奴に、気付かない内に守られていたみたいだけど」

 ふう、と溜息。


「それを知らない奴からすれば、リナはか弱くて抵抗されても痛くない、ただの幼い女の子だよ」


 危機管理、という単語がよぎる。

 完全に甘かった。知らなかったのだ。無力であるという事が、一体どれだけ無防備なのか。

 無防備な行動が、一体どれだけ危険なのか。

「……言い過ぎたかな? まぁ、ひとりで出歩くなんて論外ってだけの話だよ。最初から一応目はつけてたけど、本当にそこのへんの意識が欠けてたらしいからね。釘は刺したぜ?」

「うん、いや──ありがとう。ごめん、なさい」

「謝るない。知らなかったなら覚えればいい。間違えたなら、同じ間違いを繰り返さなきゃいい。事が起きる前だったら、いくらでもカバーできるんだからさ」

 じゃら、と選別の終わった石が鳴る。

 革袋は既にいっぱいだ。彼女の作業は話のうちにも進められていたらしい。要領が良いのか、同時の作業に慣れているのか。気が付かないうちに全部終わっていた。

 ……色々と反省。初対面こそ最悪だったけど、尊敬できる人である事には変わりない。

 何かひとつができるようになった所で、すべてができるわけじゃない。自惚れは、きっとまたどこかで顔を覗かせる。深呼吸しながら言われた事を噛み締めていた。

「まぁそれはそれとして、興味を持ってもらえるのは大歓迎だぜ。少なくともウチはね?」

 ばふ、と重たい布を投げられた。

 少し埃っぽい匂いにむせながら跳ね除ける。何をする、とジャスティを睨むと、にまーっとした笑みを向けられていた。


「興味はあるんだろ? ウチの側から離れないって約束するなら──いいよ。暇な時間はぜんぶ、この国を知る事に使おうか」

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