第4話 二丁目の新井さん
課題 30分書き ランダムテーマ縛り:「ワイルドなデマ」「宗教」
「こんにちは、わたくしこういう者でして……」
差し出された名刺をちらりと見て、僕は玄関で微笑む女に視線を戻した。
「幸福の家、ですか……。」
「はい、わたし達は神のご意向に従い、皆様に幸せを伝道したく——」
女の言葉は僕の頭の中で霞になってぼんやりとかき消えていった。舌触りのよい言葉は、いつ聞いても胡散臭く聞こえるのは僕だけであろうか。いや、この場合、胡散臭さの塊でしかないわけだけれども。
僕の祖父の実家は離島で唯一の神社で、いわゆる後継ぎとして産まれたがため、やれ神道とはだの、祝詞だの、僕の人生は神様で溢れかえっていた。
そんな人生だからこその信条がある。
それは「地獄の沙汰も金次第」である。
現にこの新興宗教の女は、お布施などといい、龍の彫られた数珠を懐から取り出している。
「こちら、尊師様が念を込めました、ありがたい数珠です。今新たに真実に向き合うあなた様に向け、特別に八万円という末広がりの——」
「はぁ……はぁ……」
ぼんやりと相槌を打つ僕に、女はしびれを切らして言った。
「古川さん、でしたかしら? 失礼ですが二丁目の新井さんの噂はご存じでしょうか?」
急に小声になる女の声音に、僕は眉をひそめた。新井という名字にピクリと反応する。僕は恐る恐る女の話に耳を傾けた。
曰く、新井は新興宗教に多額のお布施をよせ、その傾倒っぷりは『尊師』も一目置く存在だったという。営業先での布教も手伝い、どんどんと信者を増やしていった新井は、その功績から次期『尊師候補』として数々の奇跡を起こしているというのだ。
「ですからあなたも今から徳を積めば、現世で神として君臨することも……」
病気平癒、夫婦円満、数々の次期尊師候補のありがたいお話をひとしきり聞いた僕は、女に向き直り言った。
「どうも……。新井は父方の名字でしてね。最近離婚しまして古川と名乗っちゃいますが、二丁目の新井です」
僕のそのとびきりの笑顔を見た女は、持っていた数珠を落として固まった。
筆トレな日々 蓮実 @Hasu-mi
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