第3話
課題 「きんのゆびわを純文学に」
毎日の仕事が終わる日暮れには、様々な人が疲労感や充足感を連れて歩いている。家主の男は自宅の門前に座り込み、悲喜こもごもの人間模様を眺めていた。
「やあ。今日もなんとか日が暮れたよ」
形の崩れてわらも所々抜け落ちてしまった麦わら帽子を取ると、通りかかった初老の男性は言った。
「やあ。収穫祭までにはなんとか麦の収穫を終えたいものだね」
「全くだ。今年は日照りがよくないのもあって、神様にでも祈りたい気分さ」
初老の男は苦々しく笑うと、噛み煙草を吐き捨てた。噛み煙草は赤茶けた地面に吸い寄せられるように、平たく吸い付いて広がっていく。家主はそんな初老の男を眺めていたが、そっと懐からきんのゆびわを取り出すと、男の前に突き出した。
「おいらの自慢のきんのゆびわだ。おまえさんこのゆびわの噂を知っているかい?」
男は、急に差し出された異質な輝きにたいそう驚き、目を見開いたまま固まったままでいた。目の前のきんのゆびわは、今までに見たどの麦よりも輝いて、落ちかけた夕日を、ぎらりと鈍く照り返していた。その光沢たるや、年の初めに上がったどの朝日よりもまぶしく、領主の邸宅に置かれた大きな暖炉の火よりも煌々と初老の男を誘惑した。
「なんだね、それは…。どれ、手に取って見せておくれ」
男が魅入られたように手を伸ばすと、家主はぱちんと指を鳴らしながら指輪を包み隠した。
「ダメだダメだ、こいつはただの指輪じゃないんだ。なんでもひとつ願い事の叶う、この世の宝なんだ!」
「だけど、おまえさんはあぶく銭を稼ぐその日暮らしのごくつぶしじゃないか。なんだってそんな宝物があるのに貧乏なんだい」
家主はことさらに声を潜めて、男に耳打ちをしてみせた。男は最初いぶかし気に首をかしげていたが、やがて決意したように頷くと、家主が持つきんのゆびわに触れるとこう言った。
「たくさんの金貨が欲しい! 百万枚の金貨が欲しい!」
すると、どこから現れたのか、初老の男はおびただしいほどの金貨の山に押しつぶされ、あっという間に見えなくなった。
すっかり日の暮れた家の前には、家主と、輝く金貨が小山のように積み重なっているばかりだ。
「どいつもこいつも頭の足りないやつばかりで、おいらは宵越しの夢も見れやしない。働く理由なんてないってものだ。“山分しよう”なんてうまい話にはなにか裏があるものさ」
笑う家主の指には、鈍く輝きを宿したきんのゆびわがしっかりとはめられていた。
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